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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第326話『跳梁』

 先に動いたのは白い影。

 『不滅の太陽』を倒すために、健輔は己に出来ることをやり通す。


「バレット、展開!」

『誘導砲撃――掃射します!』


 健輔が展開した砲塔に白い力が集まる。

 遠方から感じる魔力の高まり、クォークオブフェイト随一の後衛との連携技。

 この戦闘には、クォークオブフェイトというチームの全てが注ぎ込まれている。


「いっけえええええええええッ!」

『落ちなさいッ!』

『私の分もあるよッ!』


 健輔たちの動きに合わせて優香と葵が動く。

 誤射など警戒すらもしていない。

 味方を信頼して、背中の全てを任せる動きだった。

 そんな2人の突撃を支援するかのように、万を超える魔力球が空を覆う。

 和哉による支援術式、1つ1つは大したことはないが、数が集えば威力は桁違いとなる。

 決戦術式という形でこそ健輔は支援を行っていないが、1回戦の時のようにやれるだけのことはやっていた。

 優香の『イマジネーション・イデア』の効果をチーム全員に行き渡らすために、今回は力を使っている。

 想像系の能力は扱いが難しい。

 皇帝のように自在に想像を操るのは、今の優香には出来ないことだが、健輔の協力があれば仲間の理想を描くぐらいはやれた。

 どちらが欠けても成立しない関係。

 比翼の翼は、最強の太陽に向かって翼を伸ばしていた。


「姉さんッ!」

「貰ったわよッ!」


 文字通りの意味で、この攻撃はクォークオブフェイトの全力に等しい。

 加減などなく、各々がやれるべきことを行っていた。

 チームとして一丸となった最適な行動。

 故に、桜香は――全てを読み切っていた。


「――私が、無策でこの状況が来るのを待っていた。そんな風に思われるのは癪ですね。言ったはずです。パーマネンスとの戦いは、見ましたよ、と」


 桜香の言葉共に、大量の魔力が噴き出す。

 真紅の暴虐、白き流星、黄色の魔力弾。

 全ての遠距離攻撃がその動作だけで、威力と速度が減衰してしまう。

 

「天照」

『発動――『魔断結界』』

「何!?」


 続いて発動された結界術式にいたっては、真由美の砲撃が接触した瞬間に消滅する異常事態を引き起こす。

 名前から考えて、浸透系を用いた術式であることは明らかだった。

 系統融合の汎用性、及び特性がこれ以上ないほどに活用されている。


「マズイ……!」


 健輔の脳裏に最悪の展開が過る。

 確かに健輔は皇帝との戦いに勝利した。

 今の形態は、あの戦いには及ばないまでも中々の領域には来ている。

 だからこそ、肌で感じるのだ。

 圧倒的な格差、というものを。


「健輔さん!」

「健輔、止まらない!」

「っ、わかってます!」


 優香と葵の叱責に健輔も慌てて動き出す。

 戦況を見通す目がこの時ばかりはマイナスに働いていた。

 来る未来に、恐怖を感じてしまう。

 健輔は豪胆であり、この戦いを心底から楽しんでいる。

 そんな彼でも、簡単に想像が出来るほどに今の桜香は危険な力を秘めていた。

 

「まだ、1つしか使っていない……! くそ、どうすれば……」


 桜香はまだ力を隠している。

 準備は整えた。

 あの優香の姉たる人物がそのように断言しているのだ。

 次に起こる事象がなんなのか、健輔には容易に想像が出来る。

 桜香が持ち得る系統は5つ。

 固有能力と組み合わせれば可能性は無限大である。


「……陽炎、いけるな!」

『事前のシミュレーションよりも危険度を上昇させます。……おそらく、まだ頂点ではないです』

「わかってるさ!」


 健輔、葵、優香の3人が別々の方向から攻撃を仕掛ける。

 その間にも後衛組からの支援は続けられているが、ダメージは一切存在しない。

 魔断結界を突破出来ずに足踏みしていた。

 魔力がない空間であっても、本来ならば使用されている魔力が尽きるまで、消滅するようなことは起こり得ない――はずだった。

 それを成しているのは、あの壁が、極めて精密な空間展開型の結界だからである。

 内部を通過している間に、桜香の魔力から干渉を受けて結合を阻害されてしまう。

 結果として魔力は霧散してしまい、攻撃としての体を成さなくなるのだ。


「制御力、魔力量、後は技量か? 全部が飛び抜けてないと、出来ないな」


 皇帝でも出来ない最強の防御方法である。

 桜香のみ、正確には彼女と同じだけのものを持っていないと出来ない技だった。

 健輔とはまったく異なる方向性だが、同じオンリーワンであり、同時に高い汎用性を誇っている。


「リミッター、解除! 私が仕掛けるから、2人は後から来て!」

「了解です!」

「わかりましたッ!」


 健輔の思索を別に戦況は動く。

 桜香は不動。

 彼女の結界を突破してダメージを与えるためには、近接戦闘に移るしかない。

 危険性は誰もが理解していた。

 葵も最初からフルスロットルであり、全力を投入している。

 クォークオブフェイトというチームに不足はない。

 全員が正しく必要な動きをしていた。

 それでも猶、彼女1人の方が強かっただけである。


「リミッター解除……。私も、それは出来ますよ?」

「わかってるわよ! 性格、悪くなったんじゃないの!」

「どうでしょうか? ――そうですね、もしかしたら、そうかもしれません」

「私もいますッ! 姉さん!」

「ええ、そうね。でも、結果は変わらないわ」


 葵の猛攻を涼しい笑みで捌きつつ、優香の攻撃を素手で防ぐ。

 魔力の防護が優香の攻撃力を大きく上回っている。

 健輔と同調したことにより、優香の攻撃力は今の健輔とほぼ同等のはずだった。

 それが、何1つとして通用しない。

 

「優香が効かないのだから、当然、あなたもですよ。健輔さん」

「知ってたさ! でも、通じないからやめる、ってのは意味が違うだろ!」


 この試合に至った時点で、全ては覚悟している。

 仮に今の技が全て通じないとしよう。

 それでも、もう止まることなどあり得ないのだ。

 倒れるのならば、前のめりでないといけない。

 勝手に諦めて、桜香は強いなどと言うのだけは、死んでも認めない。


「通るまでやり続ける。たとえ、どうなろうとな!」

「――ふふ、やっぱり、健輔さんは素敵ですね」


 花が綻ぶような、満面の笑み。

 その裏にある嗜虐心を健輔は確かに感じた。

 自分に屈辱を与えた相手に、今度はやり返そうとしているのだ。

 暗い喜びに浸るのは、わからないでもなかった。


「猫被りが上手い」

「同感ね。だから、あの子、あんまり好きじゃないのよ」

「そ、その、姉さんは……素直なだけですから!」


 優香のフォローになっていない言葉に葵も健輔も笑ってしまう。

 危機的状況、それでも彼らの在り方は変わらない。

 桜香もわかっていたのだろう。

 クォークオブフェイトを見つめる瞳には、確かに熱が浮かんでいた。


「この試合に、私は全てを賭けています。だからこそ、受け止めてください。――最後まで」

「やって見せるさ。遠慮はいらない。全部、晒して見せろよ!」

「ふふ、ええ、お言葉に甘えさしていただきます」


 優しい笑みを浮かべて、ゆっくりを頷く桜香に寒気を感じる。

 微笑みは変わらず、穏やかなままなのに瞳には絶対なる意思が籠められていた。

 すなわち――必勝への想いである。

 

「では、葵に倣って私も見せましょう。どこまでも、私は強くなる」

『リミッター解除』


 桜香の身体から一気に魔力が噴き出し、性質がまた変化する。

 魔力が濃くなりすぎて、健輔たちの気分が悪くなるほどの圧倒的な力。


『危険です。見たことのない濃度、下手をすると固有化よりも上かもしれない』

「何か起こると思うか?」

『詳細は一切が不明です。身体系の制御暴走のはずですが……、力が安定していきます』

「固有能力との組み合わせだな。確か、魔導安定化能力とかいうのがあっただろう?」

『肯定します。まさか、一時的に自身を高める力で、自分を強くしたと?』

「パワーアップしたまま、安定するとかインチキもいいところだよな。でも、それしかないと思うぞ」


 葵がそうであるように、身体系からの魔力回路の意図的なブーストは本来は過剰な負荷を掛けるため、多用は出来ないし時間制限もある。

 しかし、桜香にはその常識が通用しない。

 固有能力『魔導安定化能力』。

 この固有能力は、彼女の高いポテンシャルを高い領域で安定させるためのものだった。

 かつての国内大会でもそうだったが、桜香には息切れというものが存在しないのだ。

 エンジンを暴走させると、何故かその状態で安定するという意味不明な能力となっている。

 桜香は上限を上げるほどに、安定した強さを発揮するようになるのだ。

 暴走させたはずの領域が安定域となり、彼女は無限にリミッターを解除することが出来る。

 こうなってしまえば、葵のパワーも見劣りしてしまう。


「葵さん!」

「っ――」

「貰います」


 桜香が何気なく振るった斬撃を、葵は全能力を以ってなんとか回避する。

 彼女を援護するように真希と真由美の砲撃が届くが、世界最強クラスの後衛が放った攻撃がその何気ない斬撃と相殺されるに至って、誰もが改めて理解した。

 この女性のポテンシャルは、危険である、と。


「……そろそろ、いいですかね」


 魔力が暴走した状態で完全に安定する――言葉にすると意味不明な状況だが、桜香は力が完全に制御できる状態に落ち着いたのを見計らって、一言呟いた。

 空気に走る緊張。

 次に出てくる言葉を、誰もが予期していた。


「大分、慣れてきました。こちらからも、行かせてもらいます」

「健輔! 避けなさいッ!」

「――なっ!?」

 

 葵の叫びに応じて、身体を無理矢理動かす。

 背に走る痛み、正面の桜香が剣を振るったのと同時の出来事に、健輔は一瞬だが何が起こったのか把握出来なかった。


『マスター、ライフ40%。2撃目、来ます!』

「――攻めろ! 守ると負ける!」

『了解、です。全方位、全力魔力放射!』

「バースト!」


 味方の位置すらも考えずに、ただ魔力を全力で放出する。

 相手の攻撃方法もわかっていないのに、ここで防御をすれば負けてしまう。

 健輔の直感がそのように叫んでいた。

 桜香の2撃目を決死の攻撃が防ぐ。

 よく防げたというべきだろう。

 健輔だからこそ、この攻撃は防げた。

 ――いや、防いでしまった。

 この世で最も健輔を信頼している敵が、彼は防御してくれると信じていたからだ。


「やはり、防ぎましたね」

「え――」


 満面の笑みを浮かべた桜香が、膨大な魔力を携えて其処にはいた。

 奇襲の攻撃でも、健輔ならば防いでくれる。

 桜香の確信がこの行動に繋がったのだ。

 ある意味において、優香以上に健輔を信じているからこそ、彼女は健輔が実力以上のものを発揮しても特に何も思わない。

 桜香撃墜。

 たった1度でも奇跡を起こした健輔に2度目があるのは当然だと、九条桜香は信じている。


「今度こそ――終わりです」

『障壁を!』

「くっ……!」


 意味がないとわかっていても、陽炎は僅かな時間を稼ぐために障壁を展開する。

 健輔も相棒の行動を止めることはしなかった。

 1秒に満たずとも行動を遅延させることには意味があると、健輔は知っている。

 桜香の熱に浮かれたような――同時に限りなく冷めた瞳と睨み合う。

 このまま素直に終わる訳にはいかない。

 あっさりと負けてしまうようでは、この女性は1人ぼっちの道を歩んでしまう。

 しかし、健輔に出来ることはもう残っていなかった。

 万能の力もこの圧倒的な力押しの前では、有効性を確かめる暇がない。

 健輔の万能性は事前に準備が必要なのである。

 多彩な手札を持ち、圧倒的なパワーすらも保持する桜香は、健輔の天敵と言う他なかった。


「させるかあああああッ!」

「葵……っ!」

「葵さん!?」


 健輔に斬撃が直撃する瞬間に葵の拳が背後から桜香に迫る。

 桜香の行動を読んで、あえて健輔を見捨てる形で隙を見出したのだ。

 不利な状況でも、それを逆手に取る嗅覚。

 彼女がクォークオブフェイト随一の前衛である由縁だった。

 桜香でも、彼女ほどの勝負勘は持っていない。

 ピンチというのは、同時にチャンスでもある。

 状況を動かすために積極的に攻勢に出た桜香は、先ほどまでよりも確かに隙を見せていた。


「小細工を!」

「言ってなさい!」


 桜香が迷い斬撃が鈍る。

 葵が生み出した一瞬の隙で健輔は立て直しを図る。

 このまま健輔を仕留めればよかったのに、葵を見て咄嗟に防御へ意識が向いたのは、桜香でも避けられない本能のようなものだった。

 誰だって攻撃を向けられれば、選択に迷ってしまう。

 瞬きほどの間だったが、健輔には十分だった。


『シャドーモード、真由美の力を!』

「零距離、貰うぞ!」

『術式発動――『終わりなき凶星』!』


 目を離した一瞬で攻めていた桜香が受けに回っている。

 状況の激変には『不滅の太陽』も動揺を見せた。

 同時に、


「――流石です!」

「ピンチで嬉しそうに、笑ってんじゃねええええッ!」


 楽しそうな様子も見せていた。

 浮かぶのは満面の笑み。

 苛立ちを力に変えて、渾身の砲撃を放つ。

 結界を張れないようにして、チャージした砲塔を直接接触させる。

 今からチャージしていたのでは間に合わないが、既にチャージした分が後方に存在していた。

 シャドーモードも日々進化している。

 1回戦の時とは、出来ることの幅が違う。


「本家本元との共同作業だ! 普通の奴とは、一味違うぞ!」

『空間接続――いけますよ!』

『桜香ちゃん、覚悟ッ!』

「真由美さん!? そうか、魔導機同士をリンクさせて――!」

『融合術式『終わりなき連星』!』

 

 桜香が最後まで言い切る前に、クォークオブフェイト最大級の火力が放たれる。

 2つの破滅が、至近距離で炸裂したのだ。

 火力という1点で見れば、大会でも最強クラスの1撃だった。

 真由美と健輔、2つの凶星がお互いに威力を高め合いながら直進する。

 干渉で防ぐのも困難な純粋な魔力攻撃としては至高の1発だった。


「健輔さん!」

「わかってる! ……どんな、化け物だッ!」


 だからこそ、その光景は信じたくなかった。

 零距離で叩き込んだ破壊の砲撃は、桜香の周囲を守る膜のようなものに吸収されていく。

 常にボディラインに沿って展開されていた膜こそ、固有能力『魔導吸収』によるものだった。

 それがどれほど規格外の術式であれ、純粋な魔力によるものならば必ず吸収する。

 皇帝の究極の一撃も例外ではない。

 いや、以前であれば使いこなせていなかったため、可能だったのかもしれない。


「これが……」

「姉さん、やはりあなたは……」


 能力への理解を深めて、己の道を定めた。

 負けないという強い意思もある。

 そう、彼女の心に肉体はいくらでも応えられるのだ。

 眠っていた力など、腐るほど存在しているのだから。


「……見事です。あの状況から、もう1度ひっくり返されるとは思いませんでした」


 赤と白の吸収した魔力で生み出したスフィアを生み出しながら、桜香は健輔に優しく微笑む。

 リミッターを解除した力は既に馴染んでいる。

 彼女に不足はもう、存在していない。


「ですから、もう1度、言います。――こちらから、行きますよ?」

『リミッター、解除』

「……最悪だな」


 恐ろしいほどの進化の速度。

 解除したリミッターに身体が慣れたから、そこで再度リミッターが生まれたのだ。

 今度はそこでリミッターを解除した。

 自作自演とでも言うべきだろうか。

 彼女は固有能力を用いて戦うほどに、無限に成長していく。

 魔力量、という分野で彼女と競うのは事実上不可能だった。


「お前の姉さん、やっぱり凄いな」

「はい。……自慢の、姉ですから」


 絶望的な壁を前に健輔と優香は笑い合う。

 太陽の輝きは頂点に辿り着こうとしている。

 この輝きを撃ち落とさないと勝利は出来ない。

 クォークオブフェイトの絶望的な抗戦が始まるのだった

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