第321話
古川楓。
アマテラス所属の2年生であり、後衛を纏める魔導師である。
系統は遠距離・収束。
典型的な砲撃魔導師であり、特筆すべき要素は何もなし。
良く言えば、経験と実力のバランスが取れた魔導師だったし、悪意を籠めて言えば凡才だった。
2年生としては錬度が高いが、世界大会の決勝にくる魔導師としては不足もよいところである。
ロイヤルガードがなんだかんだと言って、クォークオブフェイトのメンバーとある程度戦えたのに対して彼女たちは完全に無力だった。
――そう、そんな事は誰よりも彼女たちがよくわかっている。
己の分、などというものを最もよくわかっているのは、他ならぬ本人たちだった。
「きゃああああッ!」
傍を駆け抜けた破滅に叫び声を上げる。
圧倒的に格上たる砲撃魔導師の真由美。
彼女と戦うための札などないに等しい彼女に出来るのは、せめて1秒でも長く存在して、桜香が桜香として妹とぶつかる時間を作ることだった。
アマテラスのメンバー全員はよくて秀才のバランスの良い魔導師ばかりである。
だからこそ、逆転の札もないが、簡単に落ちることもない。
最終的に落ちることに変わりはないが、それでもやれることはあった。
「やっぱり、怖いな……。でも、頑張らないと。私たちは、アマテラスなんだから!」
実力は確かに足りないだろう。
それでも、この決勝戦まで来たチームとして矜持があった。
彼女たちは桜香を信じてきたのだ。
ならば、最後までそれを貫き通すのが、筋というものだった。
自分たちの努力、決意が意味を成さない現実は辛いが、そんなもの全てのチームに共通していることである。
桜香という圧倒的な才能だけでなく、アマテラスというチームもまた負けても仕方がないと、少なくとも精神面では思って貰わないと、彼女たちに負けた相手に申し訳なかった。
「最強の名を背負うのは桜香で、このチームが来年の王者になる! パーマネンスに劣るなんて、言わせないッ!」
彼女たちは桜香という温室に守られた花だった。
この決勝戦、桜香単独ではチームを守れない相手とぶつかることでようやく、その現実と対面したのだ。
遅いかもしれないが、無駄なことではなない。
次の世界大会で桜香1人だけのチームと言われないために、この敗北は必要なことだった。
試合が終わっていないのに来年の事を考えるのは、早いかもしれない。
しかし、彼女たちには当然のことだった。
桜香が、負けるなど考えたこともない。
たとえ、1度地に落ちたとしても、彼女たちの信頼は何も変わらなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!! まだっ!」
特大の攻撃で心が悲鳴を上げても、まだ身体は大丈夫だった。
初体験に驚いたのであって、慣れてしまえば落ち着くことは可能である。
覚悟だけでは、圧倒的な力に立ち向かうのに不十分だった。
今は補うだけの体験は存在している。
「皆、同じように此処に来た! だから、私たちも乗り越えないと! 一緒に、居てあげられないから!」
今更過ぎる言葉を1人で自問する。
桜香に導かれて、桜香と共にやって来た。
だが――そこにチームの力はほとんど貢献していない。
2戦目もほとんど気が付いたら勝っていた。
そんなレベルだったのだ。
こんなチームになってしまったのは、彼女たち全員の責任だった。
かつてのアマテラスの延長線上、いつもと同じことだけをしていた。
そんなことだから、桜香が行くべき場所に付いて行けなかったのだ。
心だけは、と決めていたのに、彼女の可能性を真剣に考えていなかった。
「近くいたから、ちゃんと考えてなかった……。彼女が、太陽だってわかってたのに!」
意地しか残らぬ戦場で楓は決死の覚悟で踏み止まる。
敗北は見えていても、粘りに粘るのだ。
それが、桜香だけでなく全員との約束だった。
「アマテラスを、舐めるな!」
真紅の暴虐は戦場を蹂躙する。
蹂躙するが、未だに誰も落とすことは出来ていない。
彼女たちはバランス良く育った2年生なのだ。
健輔たちのようにこのレベルでも通用するような強みは皆無だが、基本的な動作自体は身体に染み付いている。
正当な訓練を経た者の強さ、というものがそこにはあった。
「……右! 次のパターンは、左!」
今のアマテラスの苦境は偏にチームの方向性作りの失敗の影響が大きい。
本当はもっと大きく破綻するところを仁がなんとか抑えていたのだ。
本当は分裂した際に最初からやり直すべきだったのに、これまでの延長で来てしまった。
それこそが、今の桜香との関係になった理由である。
アマテラスは良くも悪くも閉じたチームだった。
外から思想を持ち込むことはしない。
確かに、国内の敗戦から自分の出来る範囲で強くなろうとはした。
同時にそれは理解できる範囲でしかなかった。
埒外たちの共演。
普通の外にいる戦いなのに、その認識は致命的だと言わざるを得ない。
「これぐらいじゃ、足りないんだ……!」
叫ぶ声も既に時遅し。
ようやく答えを見つけても試合の中では間に合わない。
いつだって、人は準備万端で試練を迎えられるとは限らない。
だからこそ、底力というものはいざと言う時に問われるものだった。
「まだ、まだ……このままじゃ、終わらないから!」
決意を固めて少女は息を潜める。
遅すぎた悟り、それでもやれることはあるのだ。
彼女たちの星、輝ける太陽のために出来ることはまだ残っているのだ。
耐えて、耐え抜く。
その覚悟は対峙している健輔たちにも伝わっていた。
「真由美さん」
「うん、簡単にはいかないね。流石、アマテラスだよ」
「そうですね。うん、あれぐらいはやって貰わないと」
会話をする間も敵チームを追い詰めるために身体は動いている。
必死で避け続ける彼女たちの姿を、健輔はしっかりと見つめていた。
健輔は強くなり、見える範囲も何より出来ることは増えた。
彼の実力を疑う者はおらず、実際にしっかりとした実力が付いている。
だからこそ、忘れてはならない。
何かを手に入れた時、確かに失うものあるのだから。
目の前の敵は、来年に太陽に相応しい威光を備えて輝き出す。
健輔はそのことを忘れないように心に刻むのだった。
アマテラスの劣勢に驚きの声を上げたのは、国内勢の1部。
逆に当然だろう、と泰然とした態度を見せたのは海外組の過半であった。
アマテラス、というチームの威光を知っている国内と海外の差がこの温度差を生んだ元凶である。
実際に桜香と対峙したことがあり、この中で頂点に最も近い女性は憂いの表情で試合を見守っていた。
この脆い光景はつい先日、ヴァルキュリアでも見受けられたものである。
他人事とは思えないのが、フィーネの正直な感想だった。
「桜香の安心感。スーパーエース故の弊害ですね」
「不滅は優秀だからの。通常状態なら、皇帝よりも上だ。安心するのも無理はないわな」
「個人的には、気に入らないわね。戦場にいるのに、サポートも満足に出来ないのは正直、どうよってと思うわ」
ハンナの言葉にフィーネは苦笑する。
魔導師の能力を抜きにして、仮にリーダーの適性でランクを作るとするならば、彼女は最上位の存在だった。
フィーネも人を率いることに長けているが、円滑な代替わりまで出来るか、と言われると疑問符が付く。
実際、レオナが立ち直るのに健輔というわかりやすい敵役がいなければ上手くいったのかは微妙なところだろう。
その点、ハンナが率いるシューティングスターズは贔屓目に見てもよくやれている。
アメリカのナンバー2たるこの女性も、パーマネンスと同じくほぼ最初からチームを作り上げたのに関わらず、代替わりさえ完璧なのだ。
次代、アリスとラッセル姉妹は世界上位から見ればまだ未熟な点はあるが、1年時点の完成度では破格だろう。
純粋な後衛でアリスに勝てる魔導師は、来年度は『星光の魔女』ぐらいしか存在していなかった。
ラッセル姉妹もまた、代わりのいない貴重な才能である。
今の強みを潰さずに来年度も実力を上手く継承することが出来ているのは、ランカークラスのチームでも『シューティングスターズ』だけだった。
「あなたたちは人に教える能力も優れていますが、全ての魔導師がそうという訳ではないですよ。桜香は優れていますが、才がある故に教導は難しいでしょう」
「そうでしょうね。教師、というのは天才よりも理論型の方がよいでしょう。健輔さん辺りはよい教師役にもなれそうです」
「莉理子、やめときなさい。何人にトラウマを刻むつもり?」
「ああ……それがありましたね。理論も出来るのに、何故か教え方は葵方式でしたね」
莉理子が何を思い浮かべたのかは、フィーネにも直ぐにわかった。
あの日、巻き込んでしまった少女のことであろう。
健輔から飛行を教わった、という申告があった彼の弟子に健輔が行ったことを考えるととんでもないスパルタなのは直ぐにわかる。
割と根性論も好きな健輔が、教導に課すメニューなど大体想像が出来てしまう。
限界までやればレベルアップ出来る、などというメニューになるのは明白だった。
負けず嫌いにはいいだろうが、間違いなく一般的ではない。
「フィーネさん、あの、これはどういうことなんでしょうか」
小声で尋ねてくるレオナに困ったように微笑み、フィーネは軽く解説を行う。
この状況は強い魔導師を抱えたチームが等しく陥る危険性があるものだった。
実際に、この場にもそれに陥っているチームがある。
アマテラスのように最悪のタイミングで露呈することはレアであったが、今までの事例からもない訳ではない。
「世界大会に優勝するのではなく、出場して1回勝ち抜くのは、正直なところチームが無くても可能と言えば可能なのです」
「は、はぁ、それはわかりますけど……」
「それは、理屈として知っている、ということでしょう? 実際に肌で体感するとああなるんですよ」
「ああ、なるほど……」
レオナがスクリーンに視線を移す。
戦いはさらに一方的な流れになっていた。
既にアマテラスからは2名が脱落。
残りの3人もクォークオブフェイトの猛攻を前に、試合開始30分も経たない時点でライフを半分ほど失っていた。
もはや決着は時間の問題、そう呼べるべき領域にまで来ている。
「私は指導者として、チームの方向性、チームとしての戦い方も決めて、あなたたちに多くの選択肢を提示しました」
「はい、私の『光』も適性とフィーネさんの勧めでこうなりました」
「ええ、でも、これって誰にも出来ることでしょうか?」
「へ……? そ、それは難しい、と思いますけど」
「そう、難しい。――だからこそ、あのようにアマテラスは脆いんですよ。自分の道を決めるのは難しいです。特に、伝統があれば尚更でしょう」
構図は1回戦とほとんど同じでも、内情が大きく異なる。
桜香は確かに圧倒的な魔導師であるが、仮に指導者として見た場合、フィーネの足元にも及ばず、皇帝にすら勝てないだろう。
紛いなりにもチームの方向性を示している両者に対して、桜香はただ只管に自分が強くなっているだけだった。
彼女がリーダーではない、という影響もあるだろうが、この辺りの歪さはある意味では桜香の弱点も言える。
「目指すべき、道しるべがないからどうしたら良いのか、わからない。そういうことですか」
「ええ、チームの戦い方があるなら、それに徹する。個人の戦い方も同様でしょう。しかし、アマテラスは総合型の魔導師たちの集まりで、チームです。柔軟性の高さがそのまま、自分の責任の大きさになります」
こうして、アマテラスは統率を失い能力を発揮しないままに散っていく。
おそらくクォークオブフェイト側の魔導師を連れて行けても1人か、2人辺りが限度となるだろう。
桜香のために自爆するだけの人望はあるため、誰かがそれを敢行する。
そして、あっさりとスルーされてしまう。
自爆に関して、他のチームの経験を鼻で笑うマスターがクォークオブフェイトにはいる。
彼と自爆で競うなど無謀としか言い様がない。
「チームとしてのアマテラスはこのまま負けるでしょうね。しかし――いえ、だからこそ、ここからが怖い」
「フィーネさん?」
レオナを無視して、フィーネは兆候を見逃さないようにスクリーンに集中する。
そう、桜香は統率者としてはフィーネたちに劣る、事実であるし、疑うべきもない。
代わりに彼女は、戦士として、魔導師として飛び抜けている。
皇帝がルールからはみ出している故の最強ならば、桜香はルールの中にいるのに理解出来ない究極だった。
「忘れないでください、健輔さん。桜香は、必ず進化する」
届くかどうかもわからない言葉を託して、女神は戦場を熱く見つめる。
太陽はまだその真髄を見せていない。
彼女を追い詰めた時こそ、この試合の本当の始まりでもあるのだ。
妹と熱戦を交わす桜香は、まだ九条桜香であり、『アマテラスのエース』ではない。
『不滅の太陽』として、覚悟を決めた時、何が起こるのか。
フィーネだけでなく、多少先を見る目がある者たちはその瞬間を待ち続けるのだった。




