第31話
「ちょ、ま、む、ぬわーー!!」
美しく澄んだ青い空、白い雲、そして暖かい日射し。
南国情緒あふれるハワイの空に青年の悲痛な叫びが響き渡る。
直撃音が響き渡り、青年は空から追放される。
似たようなタイプと聞いたときから、嫌な予感はあったのだ。
もしかしたら、あの人も身体に教えてくれちゃう系じゃないのか、と。
そして、こういう場合に限っていやな予感とは大体外れないのだ、ということも短い人生ながらも既に経験済みであった。
そう、青年――佐藤健輔は再び地獄に叩き込まれていたのだった。
時間は朝まで戻る。
昨夜は夕食会を含めて特に問題なく1日を終えた。
明けて次の日、合宿の2日目。
2日目からは、グループ単位での活動がメインになる。
健輔は男が1人と言う状況に若干の憂鬱を感じつつも、相棒たる九条優香と共に残りのメンバーを待っていた。
「おはようーよろしくねー」
快活な葵の声と
「はろはろー、今日からは楽しくなりそうだねー」
同じく爽やかな真希の声。
妙に嬉しそうな先輩2人は朝の清澄な空気にぴったりな雰囲気で彼らの元にやってきた。
昨夜に感じた悪寒は小さくなるどころか、どんどん大きくなっている。
健輔からすれば、この2人が爽やかな雰囲気を纏っている時点で既にいやな予感しかしない。
「おはようございます。……葵先輩に伊藤先輩、機嫌いいですけど何かいいことでもあったんですか?」
「なんでもないよー、気にしないでいいからねー。……そうよね? 真希」
「うんうん、その通りね、葵。……健くん、ちょっと硬いよー? もっとフレンドリーにいこうよ。せっかく合宿なんだからさ、私ももっと仲良くなりたいなー。そうだな、まきりん、って呼んでくれていいよー」
「き、機会があればでお願いします」
「皆さん、よろしくお願いしますね」
すごく怪しい2人の先輩に、微妙に空気の読めない相棒。
これはダメかもしれない、心の中で乾いた笑いを浮かべる健輔だった。
「ハーイ、葵! 今日は楽しくいきましょうねー!」
「皆さん、よろしくお願いします」
健輔たち4人は指定された戦闘フィールドへと合流する。
そこにはホスト側のためか、既にハンナとサラが待っていた。
メンバーを代表して葵が頭を下げる。
「おはようございます。今日から細かい指示はハンナさんからいただくように伝えられていますので、お手数かけますがよろしくお願いします」
「ええ、わかってるわよ。葵と、真希はもう知ってるわよね。そっちの男の子が健輔であなたが優香ね? 期待してるわ! 今日からよろしく」
笑顔で差し出される手に、おずおずと右手を差し出し握手をする。
すごくいい人に見える、しかし健輔の脳内警報は止まらない。
知れば知るほど、身近にいる人たちとこの人が良く似ていることがわかるからである。
「こっちの2人にはちょっと準備をしてもらってるの直ぐに戻ってくるから、戦闘準備だけ先にしておいて貰えるかしら?」
「それは大丈夫ですよ、もう準備してきてますので問題ないです」
「流石! 真由美のところの子たちは話が早くて好きよ。まずは、軽く準備運動から始めるわ。時間がもったいないし先に始めましょう。私が撃つから5分避け続けるのでいいわよね? まずは健輔からでいいかしら」
「おっけーでーす。それじゃあ、健ちゃん、れっつ、ごー」
流れるように決まった準備体操とやらは明らかに達成できない内容としか思えず、茫然としている間に彼は砲撃の雨にその身を曝すことになったのだった。
「大丈夫ですか? 健輔さん」
「うん? ああ、うん。大丈夫だよ。何か落ちている間にも砲撃が当たったような気がしたけどきっと気のせいだろ」
微妙にやさぐれているが、なんとか健輔はやりきった。
最後に直撃してしまったが、そこまでの奮闘が認められて次は葵の番になっている。
「お疲れ様です、どうぞ」
涼やかな声に後ろを振り向くとサラが笑顔で飲み物を差し出していた。
後ろでは真希が軽く魔力を回しているようだった。
「ありがとうございます」
礼を言って飲み物を受け取る。
健輔は思ってたよりも雰囲気が柔らかい『鉄壁』を横目で盗み見る。
昨日の模擬戦でもその脅威を見せつけていた人物だが、健輔は今回の合宿で1番話を聞きたかったのが彼女だった。
彼女はチーム内での役割が完全に決まっている。
『壁』であるという役割を突きつめている。
逆に健輔はこれといった役割がない、いや『遊撃』『穴埋め』というべきだろうか。
役割を固定されないという固定がなされているとも言えるだろう。
ポジション的には健輔の真反対にいると言える相手だからこそ聞いてみたいことがたくさんあるのだった。
「ふふ、さっきまであんなに不機嫌だったのに少し魔導について考えだすと、真剣な顔になりますね。真由美が褒めてた理由がわかります」
「へ? あ、いや、すいません」
「謝らなくていいですよ、何か聞きたそうな顔してますけど、遠慮なく聞いていただいて構いませんよ。どうせ、私はあれをやらないので」
既に葵から真希へと順番は移っていた。
やらないというのは意味がないということなのだろう。
機動戦が不要な彼女には『避ける』という選択肢がそもそもない。
だからこそ、昨日模擬戦で負けたともいえるのかもしれないが。
「俺の系統についてはご存じでしょうか?」
「知ってますよ。初期に多くの系統が使える代わりに習熟が極めて難しい系統。魔導の中でも珍しい才能ありきのもの、『万能系』ですね」
「俺はあなたとは逆の役割になると思います、特にチームの現状から考えると穴埋めがいないとやりづらいでしょうから」
「そうでしょうね、あなたの選択肢の多さは正直私も羨ましいものです。でも、あなたは取りうる選択肢が多いから迷う、という所ですかね? 羨ましいことですが、確かに1年生には難しいことだと思います」
地力を上げるのは健輔が今後も取り組むべき課題なのは明白である。
だが、これはどうやろうが改善に時間がかかる。
今後のスケジュールから考えてもそこまで余裕があるとは思えなかった。
9月からは平均週2の割合で試合が行われ、12月で予備選は終わる。
終了段階で総獲得ポイントが多いチームが代表決定戦へと出場。
上位2チームが世界戦へと行く。
どう考えても地力が上がるだけの時間はない、となると頭でその差を埋めるしかないがここで地力不足が響いてくる。
「優香は試作機を手に入れてから一気にレベルアップしました。俺の方も多少はマシになったと思います。でも、だからわかるんです、ここからは急激に伸びないだろうなって。もちろんこの合宿終わりはそこそこ強くなれるとは思うんですけど」
「そこは相手も一緒ですものね。なるほど、だから知っておきたいんですね? 自分の仕事というやつは何になるのか」
健輔がサラに聞いてみたかったのはそれであった。
サラの仕事は壁であること、つまり敵の撃破は彼女の役割ではない。
だが、逆に何でも屋である健輔はやれることが多すぎて混乱するのだ。
自爆が多いのも、とりあえず撃破を目指した際に火力が足りないからこその苦肉の策でもある。
断じて、自爆が好きというわけではない。……好きというわけではないのだ。
「……なるほど、ふふ。葵と同じことを迷ってますよ、そっくりですね」
「あーそれ、既にかなり言われてるので勘弁してもらっていいですか?」
「あら、それは失礼を。アドバイスという程でもないですけど、あなたは深く考えた方がいいタイプですかね」
深く考えた方がいいタイプ? それは一体どういうことなんだろう。
顔に出ていたのか、サラは続ける。
「あなた方みたいな前のめり系は結構知ってますけど、このタイプは結局行動が同じですから特に言うことがないんですよね。あなたは精神力もありそうですし」
……褒められてるのだろうか、それともバカにされているのか微妙な感じの発言だったがこれは前者だろう。
早奈恵先輩あたりなら「お前も結局、脳筋だから何を言っても無駄だ」と切り捨てられる話題に真剣に対応してくれる辺りこの人は善人である。
「葵は深く考えないで行動するタイプ、あなたは深く考えて行動するタイプ。だけど、結局行動しちゃうから悩んでも意味ないってことです。最後は結局、自分で決断しちゃうでしょ? 仮に私がこうした方が遊撃には良い、と言ってもあなたは最終的に自分が良しとして、チームのためになるなら自爆でもなんでもする人です」
話したことなどほとんどないのに完全に見抜かれている。
いや、おそらく試合のデータなどは真由美から貰っているのだろう、そこから読み取ったと考えれば辻褄はあう。
「むしろ、私はあなたの弱点はその部分だと思いますよ。思い切りが良すぎるっていうの部分を必ず突かれますよ。私ならそうします」
「……それは、どういう」
「簡単よ、葵もそうだけど、いざという2択でどう身体が動くかわかるのって前衛としては割と大きな弱点ってことよ。あなたは器用だからこそ、相手にいろいろ考えさせるために行動に選択の幅があった方がいいの」
サラと健輔の声に割り込んでくるのはハンナの声だった。
笑顔で出迎えるサラは、振り返ると続きを促した。
「私はあなたの姿勢は大好きよ。男の子ならあれぐらい貪欲じゃないと女は満足させられないと思うもの。だから、今の姿勢に曖昧さを追加する、程度の考えでいいのよ。あなたはきちんと考えるタイプだから問題ないわ」
私を信じてみなさい、と言い残すと練習を始めると言って移動を促してくる。
なるほど、確かに真由美の親友だ。
何度目になるかわからない納得を胸に練習へと向かおうとする。
「ねぇーヴィオラ。私たち、お仕事は終わったわよね?」
「そうね、お姉さま。だから、ハンナお姉さまたちのところへ合流しにきたのでしょう?」
似たような声が、それを引きとめる。
この状況でやってくる人物は、相手側の残り2人しかいない。
「ヴィエラ、ヴィオラ御苦労様、紹介するわね。私のチームの1年で将来はサラの代わりになるだろう2人よ」
ハンナの紹介に従って健輔たちの前にやってくる2人の美少女。
健輔たちよりも年上に見えるのは白人だから、同じような背丈で髪形も同じツインテールで纏めている2人がやってくる。
「初めまして、姉のヴィエラです」
「初めまして、妹のヴィオラです」
そう言って一礼する2人は気品を感じる振る舞いだった。
上流階級出身だと言われても納得できるだけのものを感じさせる。
「この子たちは2人でセットになってるから、楽しみにしててね? 結構いい感じに仕上がってるからね」
ニコニコした様子のハンナは話を区切ると、今後の予定について説明を行う。
「さて、昨日いっぱい言われただろうから細かいことはもう言わないわ。まずは、ちょっと特性というかこっちのやり方を知ってもらおうと思うから、こっちの人と組んで貰うわね。2人組みを作ってもらうわ。一応、相性なども考えて分けてるから心配しないでね」
「葵とハンナ、優香と私、ヴィエラと真希、最後に健輔とヴィオラで軽くスキンシップします。では、始めましょう。私たち側は前もって話を聞いているので日本チームは指示に従ってください」
習うより慣れろ、と言わんばかりの放り投げだった。
健輔からすると理論だの、理念などと言われるよりは余程わかりやすいため不安はないのだが、初対面の女子と2人で練習しろと言われるのは流石につらかった。
疾しい事など何もないが、彼女いない歴≒年齢の純情少年にとって女とはまさに彼方に存在するもののため接触しずらいのだ。
慣れればそこまでではないのだが、見たことのないタイプであるこのヴィオラという少女はやりづらいことこの上なかった。
「えーと、よろしく?」
「はい、よろしくお願いしますわ、お兄様」
「お、お兄様? いや、普通に健輔でいいんだけど」
「申し訳ありません、見知ったばかりの殿方をいきなり呼び捨てるなどと……恥ずかしくてできません。御不快でなければ、お兄様、と呼ぶことをお許しください」
「あ、はい。……もうそれでいいです」
やばい、新種だ。
健輔の胸に暗雲が立ち込める。
今までの人生中で初めて出会うタイプの人間に混乱していることを自覚しながら、心の防壁の修復を開始する。
とにかく、早く始めないと飲みこまれてしまう。
「じゃ、じゃあ、何をするか聞いてもいいかな? 指示は君に従えということだったけど」
「はい、ハンナお姉さまからお聞きしております。お兄様はなんでも万能系を使用なさる方だとか。それに対応するのに私がちょうどよい能力を持っておりましたので、今回お相手を勤めさしていただきます」
「お、おう。じゃあ、模擬戦でもやるのか? ……1対1の形でいいのかな?」
「はい、ただ事前に1つだけ。今回のルールでは引き分けはなしです。時間は無制限、相手を撃墜した方の勝利。それをルールに行うようにと」
「わかった、じゃあ、距離を取るよ」
「はい、位置についたら念話をください」
1度手合わせをするのは理に適っているため問題ない。
このルールもなんとなくだが確認したいことはわかる。
問題は相手だ。
ヴィオラ、名前しか知らない少女だが一体どんな戦い方するのか。
まだ見ぬ敵との戦いに先程までの気後れも忘れて健輔は作戦を練るのだった。
「ハンナお姉さまの言われるとおりの方ですね、お兄様は」
出会って1時間足らずの相手に対してのものと思えば、十分好意を含んだ言い方だった。
ハンナからは大雑把な指示を、サラからは詳細な考えを貰っている。
情報を伏せて戦うのは些か以上に申し訳なく思っているのだが、情報が丸裸だと自身が敗北する可能性が高くなる。
元々、姉であるヴィエラとの連携を前提とした能力なのだから、当然ともいえるのだが。
『準備はいいぞ、いつでも始めてくれ』
「了解しました。では、試合を開始しましょう。3・2・1――」
念話が入り、思考を中断する。
これよりは戦場である、余計な思考はいらない。
ただ、新しいお客様に楽しんでいただけるように芸を魅せつけるだけである。
「――0、では、お兄様。人形がないという片手落ちの状態で申し訳ありませんが、私の糸裁きをご堪能いただければ幸いです」
さあ、劇を始めよう。
相手はまだ役どころがわかっていないが、素晴らしい可能性を秘めている。
それを引き出せるならきっと素晴らしい演者になれるはずである。
「不肖の我が身ですが、精いっぱい演じさせていただきますのでお付き合いをお願いします」
意地悪な魔女と未熟な戦士の劇が幕を開けるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
連休ということですので遅くなりましたが正月更新になります。
サプライズでしたが喜んでいただけると嬉しいです。
次の更新は水曜日になります。
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