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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第316話

「ふむ、事前予想でも、ここまで荒れますか」


 ヴァルキュリアに割り当てられた宿舎の1室で、フィーネは世界大会の情報に目を通す。

 アンケート結果、という体で公開された優勝チーム予想は混迷を深めていた。

 アメリカは本命であるパーマネンスを含めて、準優勝すらも逃した状態に阿鼻叫喚となり、欧州は1チームも残っていない状態に叫び声を上げる。

 選手に対する誹謗中傷に至っていないのは、勝ちあがってきたチームの強さを素直に認めているからだろうか。

 皇帝を中傷しようにも、彼が『最強』なのは他ならぬアメリカ校の人間たちがよく知っていた。

 それを上回ったクォークオブフェイトが強いとしか言いようがない。


「プライド、ですか。負けた相手をきちんと評価できるのは、私的には素晴らしいことだと思いますがね」


 集めたデータを保存しておき、今度は別のファイルを閲覧する。

 彼女が魔導機に集めた戦闘データ。

 アマテラスの、正確に言うならば桜香のものに厳しい表情で目を通す。

 健輔が己の不利を悟っていたように、フィーネも彼が桜香相手の戦いが厳しいことを見抜いていた。


「この相性は……ちょっと、キツイかもしれないですね」


 健輔が厳しい面は幾つもある。

 まずは桜香の勝ち方が徹頭徹尾、自分の力を高めて干渉を妨げる方法でしか勝利していないことが上げられる。

 通常の攻撃だけで勝負を決しているため、奥の手の存在などがハッキリとわかっていないのだ。

 情報の秘匿、健輔に対する有効な対策であろう。

 これでは、健輔も事前対策の立てようがない。

 元々、桜香は対策が難しい相手だったが、今ではさらに厳しくなってしまった。

 昔はあった一種の寛容性がまったく見えないのだ。

 他にも厳しい要素はいくらでもあり、悲観的な推測はいくらでも可能な状況である。

 しかし、フィーネの表情はそこまで悲観的なものではなかった。

 

「状況が絶望的でも逆転できる。なんとかしてくれると、そう感じさせてくれる方ですけど。今回は、仕込みが残っていなさそうなのが問題でしょうか」


 『最強』に勝つのは簡単ではない。

 あらゆる意味で、健輔は全力を絞り尽くした。

 現状の強さで、あのパーマネンス戦以上のものを発揮するのは難しく、アマテラス戦でそれを使用出来ない。

 健輔の意外性というものはフィーネも認めるところだが、今回ばかりは何をするのか彼女でもさっぱりわからなかった。

 最も、全く情報がないという訳ではない。

 かつての攻略法も無意味ではないし、大筋としては対『皇帝』の戦略が使える。

 強さの極点に至れば、そこまで大きな差異は生まれない。

 健輔としても、完全に未知の強さではないというのは朗報ではある。


「……さて、私ならどうしますかね」


 深く思考に沈むフィーネ。

 そんな彼女をノック音が現実に引き戻す。

 フィーネが時計に視線を移すと既にレオナと約束した時間だった。

 思ったよりも深く沈んでいた自分に、彼女は苦笑を浮かべる。


「フィーネさん、入りますよ」

「どうぞ、レオナ」

 

 新しくチームのリーダーとなったレオナがいろいろと物を抱えて部屋に入ってくる。

 フィーネは彼女の要求に直ぐに応えてくれた優秀な後輩へ労いの声を掛ける。


「お疲れ様。ごめんね、少し無理を言いましたか?」

「いいえ、どうせ、本格的な引き継ぎは本国に戻ってからですから。フィーネさんこそ、暇を持て余してはいませんか?」

「ふふ、今はまだ世界大会がありますから、大丈夫ですよ。彼が何処まで行くのか、興味も尽きませんので」


 フィーネは対外的に引退したことになっている。

 次のリーダーとして『来年』の準備を進めているレオナと違い、ゆったりとした日々を過ごしていた。

 レオナも忙しいとは言っても、それほど大したことはなく転送でここと本国を日に何度か往復しているだけである。

 遣り甲斐はあるようで、数日前とは違い顔に精気が戻っていた。

 人はやりたいことがあれば、前に進める。

 フィーネは後輩たちが打倒『クォークオブフェイト』を掲げて、前に進もうとしている様を嬉しそうに見守っていた。


「またデータを見てたんですね。……た、確かにパーマネンス戦は素晴らしかったですけど……。あ、あのデリカシーの無さはどうかと思います」


 フィーネが展開していたデータを見て、レオナは少し頬を赤くして先輩に忠言を放つ。

 魔導師として、あの戦いに憧れる気持ちもあるが、レオナにとってはある意味で憎い怨敵もある。

 簡単に認めることは出来ない、でも、試合は素晴らしかった。

 そんな葛藤が態度に現れており、フィーネからすると可愛らしいこと、この上ない態度である。


「頬が赤いですよ。まあ、私たちの技もしっかりと使ってくれましたから、気持ちはわかりますけどね」

「て、照れとかではないですよ。ただ、試合では格好良かったのに、ってだけです」


 最強の魔導師に1歩も引かなかった姿は、あの休日で見たものとは同じと思えない。

 楽しそうなのは変わらないが、籠められた意思の性質が明らかに異なっていた。


「言いたいことはわかります。……あなたも、今より強くなったら納得できるようになりますよ。挑んでくれない、というのは思ったよりもずっと寂しいですから」

「それは……」

「高みに置かれる、というのを好む人もいます。クリストファーなどはその類でしょうしね。でも、その分の辛さもあるということです」


 人は自分のいる立ち位置でしか、世界を見ることは出来ない。

 どれほど強い魔導師であろうが、精神的には普通の人間なのだ。

 王者であった『皇帝』も含めて、何かしらの飢えを抱えた部分はあった。

 健輔という魔導師は不思議なほど、そこを癒してしまう、もしくは合致する魔導師なのである。

 万能の可能性、弱くとも手を伸ばすだけの手段を持つ彼は、『戦い』を望む者にとっては福音に等しい存在だった。


「まあ、そんなことはどうでも良いと言えば、どうでも良いですけどね」


 重くなった空気を晴らすため、殊更軽くフィーネは健輔についての話を終える。

 興味は尽きず、応援もしているが、フィーネから彼に出来ることはもう残っていなかった。

 彼女も桜香に対する対抗策は、作り上げることが出来ていないのだから。


「……そう、桜香は弱点を無くすのではなく、汎用的に行くことを選んだ。間違いなく、あなたを意識して」


 普通に強い、というなんとも形容しがたい存在になった桜香。

 彼女を倒すための、わかりやすい解決方法は存在していない。

 そういうバトルスタイルだからこそ、やろうと思えば健輔以外でも倒す方法は普通に存在した。


「レオナ、あなたならアマテラスの『太陽』とどう戦いますか?」

「へ? えーと、私は、距離を取って、チマチマと削ることになると思いますけど」

「道理ですね。正攻法でいいと思いますよ」

「あ、ありがとうございます。でも、急にどうして?」


 レオナの当然の疑問にフィーネは曖昧な、いつもの笑みを浮かべる。

 答えるつもりはないのか、と少しだけ不満そうな顔をするが、


「レオナ、感情が出てますよ」

「えっ、あ……す、すいません!」

「いいですよ。いつも煙に巻くように、答えない私も悪いです」


 意地悪をしているつもりはないのだが、自分で考えて欲しいと思い、答えをはぐらかしてしまうのだ。

 フィーネも悪い癖だと思ってはいる。


「桜香の強さは、彼女が敵に正攻法を強いるところにあります。あなたも、この事はきちんと知っておいてください」

「え……」


 意味深な発言に、レオナは言葉が出てこない。

 後輩の様子に、再び笑みを浮かべて女神は断言するのだった。


「強い魔導師、というのは私も含めて、最終的に正攻法での攻略を求めてきます。あなたが、そんな領域に至れるのを待っていますよ」


 強くなるためのヒント、それが最上位の魔導師には隠されている。

 世界大会、最後の試合。

 フィーネは、この戦いが先の試合に負けないほど、熱いものになると確信していた。

 同時に、上を目指す者たちにとっても得る者が多い試合であるだろうとも。


「余さず学習するといいですよ。来年のために、ね」

「は、はい!」


 各々のスタンスで、最後の戦いを魔導師たちは待つ。

 この戦いは1つの終わりであると同時に始まりでもある。

 静かに事態は進んでいるのだった。






 部屋で休んでいた健輔だったが、時刻が午後14時40分を過ぎたあたりで陽炎によって起こされた。

 送られていたメッセージ、内容、全てを聞いて一気に眠気が吹っ飛んだ彼は慌てて準備を始めることになる。

 メッセージに書かれた待ち合わせの時刻は午後15時。

 割とギリギリに陽炎が起こしたのは確信犯なのだが、そんなことに気が回らないほどに慌てた健輔はダッシュで待ち合わせ場所に向かった。


「はぁぁ……はぁ、はぁ、はぁ、久しぶりに、焦りというものを感じたぞ」

『見事なタイムですね。魔導の使用ありきといえ、相当なタイムが出ていますよ』

「魔導を使って、常人ぐらいのタイムが出なかったらダメだろう。てか、そんなことよりも、いるのか?」

『検索を行います。待ち合わせ用に、位置情報を発信しているならば、直ぐに特定できると思います』

「頼むわ」


 待ち合わせ時刻と大凡の場所は書いてあったが、それなりに人通りの多い場所、交通要所たる転送ゲート前では、該当の人物を目視で探すのは面倒くさいことだった。

 健輔は陽炎に捜索を任して、行き交う人々に視線を送る。


「……外人が多いな。いや、まあ、当たり前なんだけどさ」


 自分でも普通すぎるコメントだと思いつつ、つい口から飛び出てしまった。

 転送ゲートの民間開放は、天祥学園つまり日本は最後発になる。

 その関係で法整備などが進んでいないため、まだまだ浸透しているとは言い難い面があった。

 対して、海外校では運用を開始して数年経っている。

 十分に浸透した、と言い切るほどではないが、それなりに使用するものたちは増えていた。


「将来、か。……早奈恵さんは、こういう大型施設に関わりたいとか言ってたな」


 早奈恵の希望としては、魔導陣の組み合わせの研究などをしたいらしい。

 健輔の『オーバーバースト改』などの改良に協力してくれた際に聞いたことだった。

 後1試合。

 試合に出て戦うのはいつも通りなのに、次の戦いは勝っても負けても大きくチームが変わることは避けられない。

 どこから見ても小学生にしか見えないのに、威厳のある早奈恵のサポートを受けることは今後なくなる。

 妃里の派手な外見に反して、意外と古風な点で注意してくることも、隆志の下から支えてくれるような安心感も今後はない。

 そして、真由美というリーダーに率いられる試合は、次が最後だった。


「あんまり、しんみりするのはらしくないんだけどな……」

「まったく、その通りだな。俺を破った男が、妙にしょぼくれているのは些か気分が良くない」


 自信に溢れた声と、隠すつもりのない気配。

 背後から誰かが来ているのは、知っていたため驚きはない。

 驚きはないが、本当に来たのか、という思いはあった。


「……えーと、初めまして、でいいんですかね?」

「ああ、初めまして、だな。改めて、問おうか。お前は何者だ?」


 声の調子は軽い。

 王者は元王者になっても、その優雅さを失っていなかった。


「佐藤健輔、です。そちらは」

「クリストファー・ビアスだ。会えて嬉しいよ。『白の影法師』」

「こちらこそ、『皇帝』」


 健輔は振り返りつつ、右手を前に差し出す。

 試合ではともかくとして、プライベートでは小市民の健輔である。

 内心では心臓がバクバクだったが、顔には出さない。

 無駄に鍛え上げられたこの部分は、確かな力を発揮している。

 しかし、王者の眼光は健輔の虚飾を見破る。

 

「話には聞いていたが、プライベートと戦場では、大きく様相が異なるな」

「……な、なんのことですかね?」

「笑顔が引き攣っているぞ。女帝に少々、話を聞いただけだ。勝者にプレゼントするにも、相手のことを知っていないとな」

「は、はぁ……」


 今回のメッセージにも書いてあった。

 プレゼント、健輔に心当たりはある。

 試合中の些細な言い合い、あれについて王者は律儀に約束を守ろうとしているのだろう。

 この辺りの器の広さは、3強に共通していることだった。

 フィーネは流石に大盤振る舞いが過ぎたが、皇帝、桜香も健輔に与えてくれたものは計り知れない。


「いろいろと迷ったが、いずれ役に立つだろう。俺は女神のように器用ではないのでな。次の試合には、役に立たずにすまんが許してくれ」

「あ、いえ、そんな! 口約束を守ってくれるだけでも、その……嬉しいです!」

『データを受信しました。ありがとうございます、皇帝陛下』

「何、構わんよ。俺の軌跡が全て消えるのは我ながら寂しい、とお前を見て思っただけだ。どちらにもメリットがあることだ、気にするな」


 パーマネンスは全員が3年生であり、今年で姿を消すことになる。

 ヴァルキュリアのように――フィーネのように来年に残るものは何もないのだ。

 立つ鳥跡を濁さず。

 しかし、何も残さないというのも、それはそれでどうなのか。

 残るものを見た王者は、自分を倒した者に種を植えることにした。


「次の試合、太陽との戦いだが……少し厳しいかな?」

「そうですね。ええ、俺はかなりヤバイと思います」

「ほぉ、素直に肯定するな。『最強』に勝利した身なのに謙虚だな」

「ここで増長してるようなら、渡すつもりなかったでしょう?」

「よくわかっているな。どうなるかは俺にもわからんが、試合を楽しみにしているよ」

「ありがとうございます。微力を尽くしますよ」

「ではな。また、会おう」

「ええ――また、戦いましょう」


 健輔の言葉に笑みを見せて、皇帝はそこから足早に去っていく。

 2人は敵、馴合うような関係ではない。

 用事を済ませば、元の関係に戻るべきだった。

 先に行く者と後を託される者。

 この構図はいろいろなチームで行われいる。

 最後の戦いは、今年の総決算。

 既に来年の『次』の戦いの準備も始まっているのだ。


「何、あの背中……。かっこいいな」

『マスター、呆けてる場合でしょうか?』

「お、おう。わかってるよ?」


 託したものがどのように芽吹くのか。

 王者は背から聞こえる声に笑いを噛み殺しながら、思いを馳せていた。

 彼から見ても、現在の桜香は厄介な相手である。

 情を拗らせた女ほど、厄介な敵はいないだろう。

 男と男の決戦だった、パーマネンスの戦いとは明らかに毛色が異なっている。


「さて、どんな花となるのか。楽しみだな」


 王者から挑戦者へ、受け継がれるものがあり、それがいつか芽を出す日を楽しみに待つ。

 引退後の余興には最適だった。

 だからこそ、王者は魔導が大好きなのだ。

 この平和な時代で、ただ力を競うことが出来る。

 いつか来る再戦の日を待ちながら、彼は魔導という世界から去るのであった。


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