第311話『決着』
「なんだ?」
『これは、見たことのない魔力反応? クリス、気を付けて――』
ジョシュアの警告がクリストファーに届くが、戦場にいる彼の方が空気の変化には敏感だった。
健輔との攻防、思い浮かべたこともないバトルスタイルの連続変化は彼にとっても刺激が強く、大変楽しいものばかりであった。
ライフは半分にまで減らされて、おまけとばかりに勢いまでも奪われてしまう。
最強の魔導師が追い詰められている。
そのスリルは彼にしても言語にし難い楽しみがあった。
だが、それも終わりに近づいていたのを確かに感じていた。
底が見えてくる。
健輔の猛攻が、彼と剣を合わせるほどに健輔の詳細をクリストファーに伝えてしまっていたのだ。
クリストファーは確かに戦闘魔導師としての経験は浅い。
戦場での機微、などというものはそこまで聡くはないし、実際にあまり感じ取れているとは言い難いだろう。
それでも、彼は王者であり、余人の魔導師とは違う感性で確かに戦場を支配していた。
だからこそ、感じ取れるものがある。
先ほどまで確かに見えていた健輔の限界が、まったく想像の出来ない領域に飛んでいった。
健輔が予測できる範囲内での力、『想像』に特化した王者には造作もなく思い浮かべられる。
しかし、事前に判別するための情報もない状況では、彼にもわからないことはあった。
「……不確かな未来に、己を賭けたか。そういうタイプには見えなかったが、それが貴様の選択なのだな」
王者としての在り方が、今、試合の様相が変わってしまったのを感じていた。
相手が僅かな時間と可能性に全てを賭けたのを理屈ではなく、本能レベルで察したのだ。
この感覚を皇帝はよく知っている。
彼の前に現れた数多の挑戦者たちが、チームのために全てを賭けた時とまったく同じ感覚だった。
普段の彼ならば、ここで思うことは試合の終わりについてである。
言い方は悪いだろうが、そこまで追い詰められてからの全力などクリストファーには通用しない。
己を最強にすることすらもない状態で、いつもその状況を迎えていた。
紗希の献身を受けた桜香でさえも、彼から『最強』の姿を引き出せなかったのだ。
よく知っている感覚、だが見知らぬ構図。
知らない、ということに皇帝は笑う。
「勝利が見えない状況でこの感覚を迎えるか。これは、初めてだな。……いや、俺がまだ挑戦者だった頃にはあったかもしれないな」
口元に僅かに浮かぶ微笑は懐かしさからだろうか。
それとも別の理由があるのか、彼にも判別は出来ない。
揺れ動く天秤を幻視し、皇帝は確かにこの試合の終わりを感じた。
どちらが残るにせよ、この攻防で試合は終わる。
それは確定された出来事だった。
「楽しい時は過ぎ去り、現実が戻ってくる。……結末はわからんが、ただ全霊を賭すのみ」
『クリス? 君は、まさか……』
「ジョッシュ、お前はお前のやり方で、この試合を戦えばよい。だが、奴との語らいに乱入するのだけは――やめてほしい」
黄金の魔力が強くなっていく。
瞳も髪も全てを染めあげた絶対の輝きが主の戦意に従い、全霊を世に示そうとしている。
力は既に出し切っているのだ。
王者たる彼も、もはや世に示せるのは己の意思しか残っていなかった。
限界を超えて、力を発露しても勝利が確定しない。
彼がまだ挑戦者だった以来の出来事。
3年間の最後の最後に、魔導師として本懐を果たす時が来た。
「技も、知恵も、力も尽くして、最後は心しか残らない。――ああ、魔導の戦いとはそういうものだった。それが、やりたかったんだ」
1番強くなったが、それによって彼には高め合う相手がいなくなった。
女神は強かったが、ぶつかり合う機会は少なく、太陽は今年になってから本当の輝きを見せ始めた。
先代太陽も、強くはあったが1人では彼に勝つことは出来ない。
フィーネが不運だという話があったが、不運さで言うならば皇帝も負けてはいなかった。
しかし、その無聊もここまでのようである。
大きな遅刻をしながらも、ようやく彼の前に別の道を歩む好敵手が来てくれた。
「行くぞッ!」
『武運を。……君の勝利を信じているよ』
友の言葉に心だけを返して、クリストファーは前に進み出す。
健輔を倒して、己の勝利を確定させる。
決まった道筋を歩むのではなく、己の手で完結させないといけない試合に感謝の念しか抱くことが出来ない。
全てを尽くした先に、敗北しても納得できる未来がある。
黄金は虹に向かって突き進む。
この試合で最も長くて、熱い5分間が始まるのだった。
万能系のリミッターを外す。
健輔もやったことがない、未知の領域の技だったが、解除して直ぐに自分のやれること、力の使い方を感じ取った。
全系統中、最も特異な系統たる万能系。
仮説では魔力を操り、如何なる魔力の性質をも再現できる、と考えられていたが、今の健輔にはそれが誤りであることがわかる。
おそらく、順序が逆なのだ。
本来、先にあるべきは万能系であり、他の系統こそがこの系統の特徴を抽出したものではないか。
まだ本質を完全に理解できた訳ではないが、今までより深い領域で自分の魔力に接したことで、健輔は本能のレベルで自分の系統について理解を深めていた。
「ま、戦いの役には立たないけどな」
この戦いの後には生きてくる情報だろうが、今はそれほど関係がなかった。
重要なのは結果であり、必要なのは知識よりも力である。
黄金の王者は、頂点に立つだけの力で健輔を蹂躙しにきているのだ。
呑気に学術的な考察なぞする暇はない。
何より、時間的制約が迫っている。
「正直な話、きつい。でも、これなら、きっと――!」
身体の中から暴発しそうな力の塊を感じていた。
いつの話だったかは健輔もうろ覚えだったが、担任の里奈の言ったとおりである。
万能系は小分けにしておかないと制御できない系統なのだ。
健輔もかつてよりは自由に力を分けることが出来るようになっていたが、今の状態は制限の全てを解除した状態である。
真由美たちの力を制御した状態で、自分の溢れ出しそうな力を抑えなければならない。
そして、そんな無茶をずっと続けるのは不可能だった。
「行くぞッ!」
故に決着を急ぐ必要がある。
虹の閃光となって、健輔は黄金と正面からぶつかり合う。
剣に籠めるのは、力と意思。
自分の中のありったけを、この瞬間に賭ける。
「はあああああッ!」
「ウオオオッ!」
斧と双剣が正面からぶつかり、両者の魔力が弾け飛ぶ。
細かい戦術論、戦い方など此処に至っては意味がない。
どちらも1撃に全てを籠めて、ただ我武者羅に攻撃を繰り返すだけだった。
繰り出す攻撃の全てが必殺でなければならない。
ここから先に温い攻撃は存在してはいけないのだ。
「術式展開―『ペンタゴン』!」
『術式を並列起動します。『終わりなき凶星』『蒼い閃光』『白き閃光』『ライトニング・ネメシス』『ジャッジメント』』
「ッ、何!?」
健輔を覆う虹の魔力が暴走でもするかのように荒れ狂う。
入り乱れる様々な魔力反応。
系統も発動方式も異なる魔導を健輔は自分の魔力だけで購おうとしている。
今の彼に、常のような系統の入れ替えは必要がない。
万能系の万能たる真の力、その一端が衆目に晒されていた。
1つだけでも敵のライフを消し飛ばすだけの攻撃が都合5つ、たった1人の王者に向けて放たれる。
「消し飛べえええええッ!」
真紅の光が直線で全てを薙ぎ払い、蒼と白の閃光が追随する。
物質化した雷光は皇帝の直上から裁きの1撃と共に舞い降りてきた。
別々の方向からの最大攻撃に、王者の顔に確かな焦りが浮かぶ。
予想を大きく超えた攻撃を前にして、クリストファーに出来るのは自分が最強だと信じることだけ。
障壁を展開することも出来ずに、5つの破滅は確かに直撃するのだった。
『マスター、直撃を確認しました』
「まだだ! いくぞ、陽炎!」
『了解しました。次の術式を展開します』
皇帝が生存していることを確信したかのような行動。
先ほどの攻撃群は1つ1つが他の魔導師の必殺技であり、エースクラスでも簡単に耐えられるものではない。
それこそ、直撃を受けて無事だと断言できる魔導師は桜香しか存在していないだろう。
健輔が知る限りにおいて、『最強』の魔導師しか耐えられない攻撃。
そう、『最強』の魔導師は耐えてくるのだ。
ならば、現実において頂点に立つものが、多少派手な程度の技で落ちるとは微塵も思っていなかった。
「グっ……後少し、後少しだけ持ってくれよ!」
身体の中で荒れ狂う力と必死に戦いながら、健輔は次の技を発動する。
最大規模の攻撃術式でどうにもならないのならば、直接的な戦闘で終わらせるしかない。
視界が潰れたままの状態で健輔は前に進む。
天に昇る光が見えないことから、皇帝は間違いなく生存している。
そんな理屈など関係なく健輔は生存を確信していたが、状況がそれを補強するのは悪いことではなかった。
同時に、相手の化け物レベルも証明されるという事になっているのだが、今の健輔に怯えるような心は残っていない。
退路を断って、ここにいるのだ。
勝利以外の余計なことに割く思考など残っていなかった。
魔力煙により視界が悪いが、そこに敵がいると信じて突き進む。
「見つけたぞッ!」
「――違うな。俺が、貴様を待っていたのだッ!」
「右かッ!!」
黄金の輝きに接近しようとしたところで、横合いから斧が健輔に向かって振り下ろされる。
輝きは正面、しかし、攻撃は真横。
突然の攻撃だが、健輔の動作に迷いはない。
片手の剣で皇帝の攻撃を受け止める。
もはや暴走寸前の魔力と極限域の身体系は健輔に強大な身体能力を与えていた。
『最強』と言えども、大本は創造系である。
身体能力の強化率で簡単に負ける訳にはいけない。
「止めるか、俺を!」
「ああ、止めるさ。ここで、あんたの歴史は終わりだ!」
皇帝を弾き飛ばして、追撃を仕掛ける。
健輔の姿が僅かにぼやけると次の瞬間に、周囲の空間に多数の健輔が生まれる。
「「「貰ったぞ!!」」」
「温いわ!」
「なっ――! クソっ! 化け物かっ!」
分身が突撃を仕掛けて、皇帝に殺到する。
それを声に魔力を籠めて、一喝することで吹き飛ばしてしまう。
王者の力に底など存在しない。
魔導機という発動媒体すらも必要としない領域に行こうとしている。
王者の挙動、1つ1つが魔の技となっているのだ。
残り時間は3分。
健輔の魔力がさらに荒れ狂うが、皇帝の表情にはまだ余裕がある。
内部で荒れ狂う力と戦いながら、健輔は次の攻撃を繰り出した。
まだ体勢は崩れているのだ。
チャンスであることは事実だった。
「剣よ!! 敵を貫け!」
「同じ攻撃ばかりが、俺に通じるかッ! 貴様の猿真似、確かに見切ったぞ!」
皇帝の一瞥で、黄金の魔力が空間ごと剣群を消滅させる。
もはや、距離も発動方法も王者には関係ない。
健輔という可能性の敵と戦うことで、皇帝の可能性も飛躍的に伸びていた。
遅れてやってきた好敵手を前にして、王者のテンションは限界などない領域に跳ね上がっている。
健輔の多彩さを気合で凌駕しようとしていた。
「そちらの攻撃は終わりか? 次は、こちらの番だッ!」
「しまっ――!?」
「俺の、勝ちだああああぁッ!」
振るわれる戦斧は空間を両断しながら、健輔に迫る。
気迫と勢い、そして物理的な圧力が健輔に襲い掛かってくる。
これで決める、クリストファーの想念がこの1撃からは確かに感じられた。
迫る終わり、撃墜の未来を前にして――
「させるかあああああッ!」
――健輔は本能的に、仲間の魔力の制御を放棄した。
自分と戦って、王者と戦う。
そんなことをしていては、このまま負けてしまうと本能が察知したのだ。
自己の制御を放棄する。
暴走する力をそのままに、方向性だけを皇帝に向けるのだ。
身の丈以上の力を制御しようというのが、まず誤った考えだったのである。
一切の制御を放棄したことで、健輔の破滅へのリミットが加速していく。
その代わりに、この瞬間に――万能の力が、想像の力を超えようとしていた。
迫る斧に、輝きを帯びた剣が立ち向かう。
「勝つ! 勝って、俺は、決勝に行くんだよッ!」
「ぐっ!? ば、バカな……! 俺が……それに、これは!」
1つの魔力で複数の性質を再現する。
今はまだ辿り着けない、遠い遠い領域に確かに健輔の力が伸びていく。
黄金の魔力が砕かれる。
まるで、破壊系でも喰らったかのような光景に、王者ですらも驚きを隠せない。
「固有能力……いや、違う! そうか、万能系とは――」
皇帝は万能系について、健輔と同じように答えを得てしまう。
優れた洞察力に、豊かな想像力。
健輔が自分の力を利用していることを忘れて、確かに思い描いてしまったのだ。
いつか辿りつくべき、健輔の姿を。
この時描いた姿が、健輔に『未来』の可能性を与えてしまう。
虹の輝きが混ざり合い、何者にも染められない純白の輝きとなる。
ようやく卵の殻を破り、羽を覗かせる程度だった覚醒が、この瞬間だけ翼となって空を舞った。
健輔と皇帝、最後の最後に出会ったライバルの共同作業。
――いつか来るその姿と戦ってみたいと思ったのが、彼にとって逃れられない願望として魂に焼き付いてしまう。
「俺の、魔力が……なるほど、心の動きは、誤魔化せないかッ!」
「これで、終わらせるッ!」
黄金の護りが突破されて、最強の魔導師は無防備な姿を健輔の前に晒す。
崩れた体勢に役に立たない障壁などの魔力防御。
言うまでもなく、絶対絶命のピンチだった。
喰らえば、終わる。
何より、相手に力を与えたのは他ならぬ王者――クリストファー自身だった。
絶対に逃れられない終わりを前にして、それでも彼は――『皇帝』は吠える。
「舐めるなよ! 俺は最強の、魔導師だッ!」
「っ――! ここで、まだ立て直す……!」
クリストファーは気合で斧を引き戻し、健輔に叩き付ける。
無理矢理すぎる攻撃に腕の筋肉が悲鳴を上げるが、気にする素振りも見せない。
魔力が砕かれて、絶対の力を失おうが彼は最強の魔導師なのだ。
あっさりと諦めることなど、彼が倒してきた者たちに誓って認められない。
まだ、彼は戦える。
目の前の雄敵を前にして、あっさりとした最後など断じて認められなかった。
必滅を誓った攻撃に逆撃される。
防御を砕いても、王者の攻撃力は何も変わっていない。
むしろ、執念を籠めた1撃は今までの人生で最高の一閃だと言えた。
「はあああああ!」
「……あんたは、確かに――」
必殺の攻撃が今度は健輔に向かって跳ね返ってくる。
流れるように移り変わる攻防。
幾度も訪れる最後の光景。
お互いに全てを振り絞っている。
もう、健輔の中には、敗北を跳ね返すだけのものはない。
『現在』の健輔は、王者に勝てなかった。
しかし、『未来』の健輔には、まだ可能性がある。
羽を伸ばした万能系が、健輔の意思に呼応して真の力を僅かに示す。
『破壊』――魔力を砕き、『浸透』――魔力に干渉し、『収束』――魔力を高めて、『創造』――魔力で創造し、『変換』――魔力を変換し、『固定』――魔力を固定し、『流動』――魔力を流動し、『身体』――魔力を制御する。
全ての性質が1つとなって、健輔の刃に宿る。
僅かに漏れ出た力が、黄金を掻き消し、魔導の恩寵を消し去った時、この試合は終わりの道筋を歩むことになった。
必殺性を失い、身体能力によって振るわれるだけの攻撃を健輔が防げないはずがない。
「――最強の魔導師だ! だけどな、未来じゃなく、現在しか見てない奴に、俺は負けない! 俺には、行くべきところがあるんだよッ!」
「片手で、魔導機を! 貴様、そこまで……!」
魔導機の刃を健輔が素手で掴む。
白い輝きが最大最後の輝きを放つ。
タイムリミットがやってきた。
陽炎が映すカウンターが、健輔の終わりを確かに示している。
だからこそ――健輔は自分の勝利を確信した。
蝋燭の火は最後の瞬間に最大の輝きを放つ。
健輔の魔力が暴走する刹那こそが、最大の攻撃のチャンスだった。
片手で魔導機を強く掴み、絶対に離さないと意思を籠める。
「俺たちの――」
「ッ、見事だ! 新世代よ!」
最後の賛辞は魔導に君臨した王者が確かに、新しい風たちを認めた瞬間だった。
「――勝ちだああああッ!」
白い輝きが蒼い空を駆け抜ける。
空を彩る雲のように、天に昇る光は黄金すらも飲み込む光となって、天下へ高らかに勝利を示した。
直後、健輔の内部の魔力が一気に暴走を開始、彼を吹き飛ばす刹那に『皇帝』のライフカウンターが0となる。
この瞬間に、試合が終わりを迎えた。
数秒、タッチの差で健輔が内部から吹き飛び、彼のライフが0になる。
戦場に残る者はいない、それでも、勝者と敗者は誰の目にも明らかだった。
天から下に落ちる皇帝と、内部から吹き飛びながらも天に残る影。
お互いにライフは0でも、与えられたものは異なっていた。
『試合終了、勝者『クォークオブフェイト』!!』
高らかに読み上げられたチーム名と、爆発するような歓声が決着を健輔に教えてくれた。
――王者、敗れる。
魔導の歴史が、1つの時代が確かに終わりを告げる。
頂点は崩れ、新しい時代が訪れるのだった。




