第309話
健輔のフュージョンモードに呼応して、皇帝も考えられる次の段階へ己を進める。
このまま自分の密度を高めて、健輔を凌駕することは不可能ではない。
勝てるかどうかは別の問題として、そういう選択肢もある。
この選択がどのように試合に影響するかは、神ならぬクリストファーにはわからない。
それでも、後悔はしないことはわかっていた。
己を最強の領域に高めるのも悪くはなかったが、彼の称号には似合っていない。
彼は『皇帝』――他者を統率するものなのだ。
『クリス!』
「ジョシュア、貴様は奴らを操作しろ! 奴を超えるには、それぐらいは必要だ!」
『――わかった。任せてよ、僕はそういうのが得意だからね!』
「流石だよ、我が参謀!」
友人の軽口にクリストファーも笑い返す。
空間展開の密度を絞りながら、最強の軍団をイメージする。
最も、それは戦ってきた強敵たちではない。
その程度では、目の前の男は止まらないだろう。
皇帝がイメージする最強の軍団――そんなもの、本当はこの世に1つしか存在していない。
仲間と共にやってきた『パーマネンス』こそが最強のチームなのだ。
今までの強敵たちを粉砕できたのも、彼らの力があってこそだった。
王者として、最高の敵に応えるために呼び出すのは彼らしかいない。
「我が近衛たちよ! 今度は、俺も共に行こう! 全員が揃ってこそ、最強たるパーマネンスだ! 挑戦者に魅せ付けるぞ!」
クリストファーの周囲に盾を装備した魔導師たちの姿が現れる。
今までの人形と違って、大量の創造ではなく1つ1つが丁寧に作られていた。
数はこの試合に出ていないパーマネンスのメンバーも合わせた人数。
イメージとは、感情にも影響される。
誰もが心の中にヒーローがおり、そのヒーローは彼らの心の中では絶対に負けないだろう。
皇帝にとって、パーマネンスというチームがそれに当たる。
だからこそ、今までただの1度も出て来なかった。
もしかしたら、最後になるかもしれない戦いを前にして、ついに最強の創造が姿を見せる。
迎え撃つのは1人でチームの全てを背負った男。
敵の創造を前にして、不敵な笑みで健輔は彼らを歓迎する。
最強のチーム、魔導競技に3年間君臨した者たち――相手に取って、不足はない。
「陽炎、ここからはもう後戻りはなしだ!」
『わかっています。マスターの判断に付いて行ってみせます。必ず!』
相棒の頼もしい返事に何も返さず、健輔は『パーマネンス』に戦いを挑む。
今まで戦ってきた敵と、これからも戦っていく味方の力が彼の中で渦巻いている。
皇帝を守ろうと前に出てくるロイヤルガードを前にして、最初に選択したのは、夏に彼を導いてくれたチームの力。
「モード『シューティングスターズ』!」
健輔を覆う魔力の色が明確な色を帯びていく。
盾を構えて向かってくるロイヤルガードたちに黄色の流星が襲い掛かる。
止むことのない流星群は彼女の代名詞。
皇帝にとっても縁深い女性の力である。
「女帝か! しかし、既に見た力だ!」
黄金の輝きが膨張して、皇帝の斧に集っていく。
ロイヤルガードたちがチャージの時間を守ろうとして、己の身を捧げていくが、その場ですぐに復活する。
そして、復活した後の彼らに同じ攻撃は効かない。
彼らは無敵のイメージで作られたのだ。
固定の集中力が高まり、力も天井知らずに上昇する状態。
彼らの強化に限界などない。
真実、無敵になった彼らは皇帝を守る最強の盾なのだ。
女帝の攻撃でも穴をあけることすら出来ない。
仲間の献身を受けて、皇帝の攻撃は準備が整う。
今まで通り、いや、それ以上に力が籠められた黄金光が健輔を滅ぼすために放たれる。
「ロイヤルガード、抑えろ!!」
クリストファーの咆哮と共に、ロイヤルガードが健輔の移動を妨害しにくる。
高機動型に匹敵する移動速度を見て、健輔は敵の能力値が組み替えられていることを悟った。
最高の能力を持ったチームメイトを創造して、自身も高めていく。
これが今の皇帝の出せる最高の力だった。
ロイヤルガードが命を顧みずに健輔を止めようとして、その上、黄金の破壊光が迫る。
普通は諦めてもおかしくない状況だが、今の状況で健輔が諦めることなどあり得ない。
彼には、『鉄壁』と呼ばれた女性との戦いもしっかりと刻まれているのだ。
相手が最強のチームであっても、防御という点で彼女に優るものはいない。
「障壁展開!」
『全てを創造系に、最高のイメージを』
多重展開された障壁が、黄金の光とロイヤルガードを受け止める。
魔力を砕く破壊系に近い性質を獲得している皇帝の攻撃は本来ならば、サラの天敵なのだが、この形態はフュージョンモード。
弱点はきっちりと潰している。
サラの弱点である破壊系を防ぐための手段は葵が見せてくれた。
彼女の固有能力である魔力を高めて、干渉を弾く方法ならば健輔も使える。
フュージョンモードとは、『クォークオブフェイト』の力と他のチームの力を結集する術式なのだ。
今までの全てを、皇帝にぶつける。
シューティングスターズの輝きは2人だけに留まらない。
次代の輝きが既に瞬いている。
「これで、終わりと思うな!」
健輔の指から伸びていく魔力の糸が創造された巨大なゴーレムへと取りついていく。
仲間の力を連携させて、チームとして更なる高みへと昇る。
このフュージョンモードの発想の1つに、彼女の戦い方があった。
いや、夏に初めて戦った時から、彼女の影響を強く受けていたのは間違いない。
ヴィオラの手品に魅了された者として、彼女の技に敬意を持っている。
「人形同士、遊んでな!」
『ロイヤルガード、退避しろ!』
ジョシュアの念話が健輔にも聞こえてくる。
速やかに行動を開始するロイヤルガードたちを視界に入れて、健輔はニヤリと笑った。
ヴィオラとヴィエラのコンビプレーは健輔でもコピー出来ないものの1つである。
動物を模したゴーレムを作ることは健輔にも可能ではあるが、それを息の合った連携で操作できるのは2人が姉妹だからこそのものであった。
真似できないオンリーワンの技。
健輔もその在り方に敬服するしかない。
しかし、物事には何事もやりようと言うのが存在した。
2人の連携が無謬のものなら、健輔の戦い方も彼の生き方の結晶である。
不可能だ、と諦める訳にはいかない。
「貰ったぞ、奇術師!」
「ハッ! まだ俺の手品は終わってないさ!」
巨人の一撃がロイヤルガードたちから逸れて、大振りな攻撃で隙を晒すことになる。
皇帝の号令に合わせて、近衛兵たちが防御と攻撃のために動き出す。
巨人の操作に力を注いだ健輔は、防御体勢を取れない。
現実として、皇帝の判断に誤りなど存在していない。
ここで攻勢を選択したのは、当然のことだった。
だからこそ、健輔にとっても読みやすい選択なのだ。
歪んだ口元はより大きく歪む。
まだまだ健輔は自分の全てを出しきっていない。
この試合の趨勢はつまるところ、そこに収束していく。
健輔はそのように確信していた。
自分の中から出せるものが無くなったものが負けるのだ。
能力、矜持、想い――そんな当たり前のものだけでなく、今まで戦ってきた敵までもこの戦いでは必ず必要となる。
そして、健輔は自分が乗り越えてきた敵に、優るような敵がパーマネンスに存在するとは思えなかった。
王者とは、孤高の存在である。
少なくとも、パーマネンスはそういう存在として君臨してきた。
「――俺の中に、戦いはまだまだあるぞ!」
フュージョンモードは健輔が戦ってきた相手を十分に表現するために生み出したものである。
敵をそのまま再現するのではなく、自分と融合させてさらなる高みへ行くための能力だった。
「砕けろ、巨神よ!」
砕け散った巨人の岩石が流星となって、周囲に放射される。
飛び散る岩に伸びる糸。
ラッセル姉妹から健輔が学んだのは、連携の在り方と魔導の使い方である。
工夫次第で、どんな能力でも使いようが生まれる。
ヴィオラはそれを教えてくれた魔導師だった。
「ロイヤルガードを岩ごときで、止められると思うなよ!」
「思ってないさ! だがな、そっちも人形ごときで俺を止められると思うな!」
飛び散る岩石にクリストファーを含めて、ダメージを受ける者は存在しない。
皇帝が思い描いた最強のチームは、彼の心のままに最強である。
先ほどは簡単に砕くことが出来たのに、今では攻撃が通らなくなっている。
無敵の軍団――言葉通りに、王者は極点に至ろうとしていた。
「我が歩み、止められると思うな!!」
健輔の悪足掻きは王者に微塵も影響を与えず、前進を許してしまう。
防御だけでなく、あらゆる面で優れた怪物たち。
なんとか撃破できても、不死である彼らは容易く復活してしまう。
皇帝の能力をそのままに突き詰めた無敵たちは、対峙する魔導師の心に大きな圧力を与えてくる。
健輔も笑顔を浮かべているが、心には一抹の不安が過っていた。
だからこそ、それを吹き飛ばす『雷光』を彼は呼び出す。
学園に来てから公式戦で初めて戦ったエース級の魔導師。
同年代で優香に匹敵する輝きを見せてくれた彼女もまた、健輔の心に強く焼き付いている。
「駆けよ、雷光!」
体を覆う雷は最速の攻撃と圧倒的な火力を兼ね備えた優秀な攻撃手段。
彼女を模した戦闘形態が展開されて、健輔に圧倒的な格闘戦能力を与える。
岩石をすり抜けるように移動し、手短なロイヤルガードを一刀の下、斬り捨てて駆けていく。
攻撃こそが最大の防御。
クラウディアが体現する在り様に健輔も異論はない。
前進こそが道を切り拓く。
健輔もそうやって、ここまでやってきた。
『無駄なことを! 軍勢の調達はいくらでも出来る!』
健輔が僅かに距離を詰めた次の瞬間には、既に皇帝の軍団は復活している。
クリストファーは行動を以って、健輔に示す。
――お前の行動になど、意味はない。
幾度も突きつけられる事実、突破しても最強が待っている。
折れそうになる心、最強の強さを肌で感じていた。
「知ったことかよ! 負けるまでは、結果はわからない!」
それでも、彼は止まらない。
葵が――先輩たちがそうしたように、ただ前へと進む。
クラウディアの『雷光』すら瞬時に適応してしまい、黄金のオーラに攻撃は阻まれる。
再度、王者の壁となるロイヤルガードたち、皇帝との間にさらに距離が生まれてしまう。
近づこうとする健輔にわざわざ付き合う義理は向こうにはない。
塞がれる進路、抉じ開けるのに必要なのは力。
ならば、最強の砲台の力こそがここでは重要だろう。
「モード『ディストラクション』!」
『固定系と破壊系を選択。魔導砲撃の周囲を覆うように術式展開』
「いくぞ!」
『術式解放『破壊の黒王』』
白い砲撃を覆うように黒い魔力が展開されて、ロイヤルガードたちに向かって放たれる。
ジョシュアは最大の警戒を行いながら、クリストファーを守るように人形たちを動かす。
多重展開された障壁と、いざという時には人形自体を壁にするような動き。
――それらを全て貫くのが、この黒い閃光なのだとジョシュアは知ることになる。
「ジョッシュ、ガードを退けろ!」
『っ、わかった!』
クリストファーの言葉に従い、ロイヤルガードたちの動きが止まる。
戦場にいるからこそ、皇帝はこの砲撃の力を感じ取った。
この世界大会において、格下であろうともパーマネンスを打ち取れる可能性を秘めたチームが1つだけ存在している。
チームとしての力は明らかにパーマネンスが上であり、比較対象にすらもならない。
たった1つ、エース同士の相性が最悪なことがパーマネンスを追い詰める。
「赤木香奈子、『破壊の黒王』! 一体、どうやって砲撃で破壊系を使った!」
クリストファーの叫びが、この状況のあり得なさを示している。
破壊系を用いた砲撃は香奈子だけの特権であり、他の魔導師には模倣すらも不可能――だったのだ。
この瞬間、健輔が破壊系と合わさった砲撃を放つまでは。
魔力光だけ似せた偽物だと判断するのは容易である。
しかし、健輔はこれまでもまさか、ということを積み上げてきた男だった。
皇帝が万が一を警戒したのは、そこを恐れた故である。
そして、それは健輔に確かな勝機を見せてしまったということであった。
最強の魔導師が、健輔の万能性を確かに恐れている。
その情報が当人に届いてしまったのだから。
皇帝の中で、健輔の力が実力を超えて膨れ上がっていく。
黒い閃光が、彼の近衛と障壁を紙のように吹き飛ばすに至って、その思いはついにピークに達した。
健輔が待ち望んだ機会がついに、やってきたのだ。
「流石、香奈子さんだ。インパクトは抜群だな!」
『真由美も信じられなかったほどの力ですから。皇帝も恐怖はあるようですね』
「魔力キラーで、創造系とは反対にある究極。俺では魔力還元までは起こせないが、ここまで怖がってもらえれば十分だ!」
イメージによって、皇帝の空間は力を増していく。
健輔は初めてこの能力を聞いた時から、ある疑問があったのだ。
イメージというのは虚像であることが多い、実態とかけ離れているものだ、と言い切る訳ではないが、ある程度は実態と離れてしまうのは仕方がないだろう。
皇帝の強さはこの実態と離れた状態を逆手に取ったものであった。
イメージという形のないものだからこそ、攻略が困難であり、桜香と紗希という才能ですらも突破が出来なかったのだ。
皇帝を倒すには彼の物量を、正確には不死性を突破した上でイメージを打ち破らないといけない。
健輔のフュージョンモードは多彩な手段で皇帝を超えようとするアプローチだったが、正直なところ、これだけは足りないと思っていた。
皇帝が最後は自分を最強の魔導師としてイメージするのは読めていた。
この空間内では、間違いなく皇帝は最強として存在している。
健輔が奇策を講じて、魔導を封じて、今までの全てをぶつけても、最後には押し切られると判断したのはそれが理由であった。
「――さあ、これが最後の切り札だ!」
『フュージョンモード、周囲の魔力とリンクを開始。皇帝のイメージを受け取ります』
だからこそ、この空間で皇帝を倒すには、彼の力が不可欠となる。
何より、佐藤健輔という男は味方のみならず、敵の力も利用する者だった。
皇帝が健輔を恐れた今こそが、唯一にして、最大の勝機であった。
敵の力に、干渉されに行くという意味のわからない方法で健輔は最強の魔導師に挑む。
黄金の魔力が白い魔力と融合して、白い魔力は眩い輝きを放つ。
色彩が変化していき、辿りついた色は『虹色』だった。
「これで、あんたに攻撃が効くようになるッ!」
味方の力を集めて、かつての敵の力すらも糧にし、最強の力も取り込む。
皇帝は健輔に自分を倒せる可能性を強くみてしまった。
イメージとは常にプラスとは限らない。
本来ならば、敵からの干渉がプラスに働くことなどほとんど存在しないが、今回に限っては別だった。
無敵、最強というイメージがどんどんと強固になるため、健輔の攻撃は通用しなくなる。
それを打ち破るには敵側からの支援が必要だった。
だからこその、ここでの強制リンクである。
万能系の魔導師は、可能性を魅せ付けて不敵に笑う。
ついに試合を終わりに向かわせる準備は整った。
「いくぞ、皇帝!」
「っ、来るがいい。最強の挑戦者よ!」
既に後のない皇帝を健輔は新しい姿で追い詰めていく。
実力だけでない、心と心の戦い。
どちらかが相手の姿に屈服した時にこの試合は終わりを迎える。
決着の時が少しずつ姿を見せようとしていた。
勝利の女神はどちらの最強に微笑むのか。
想像と可能性がぶつかり合い、その果てに結末を世に示すのであった。




