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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第303話

 紗希の幻影との不毛な鬼ごっこはおよそ10分ほどだっただろうか。

 時間的な損耗は少ないが、体力・魔力的な損耗は大きい。

 気を抜けば簡単に大ダメージを与えてくる相手が敵となると、心理的な負担も相応に高く、葵と隆志ほどの魔導師でも出来れば遠慮したい戦いであった。

 幻影の紗希を倒しても、結果として意味がないというのも心理的にきつい。

 希望のない戦いは彼らでも流石に厳しい。


「チィ、やはり援軍が必要か!」

「やっぱり相性が悪いですね。紗希さんは能力も相まって、足止めに最適ですし」

「念話もきっちりと止める辺り、厭らしいな。クソ、突破口が見当たらない」


 真由美には純粋に力で同格の魔導師を2人分。

 妃里はまだ未熟な部分も多い頃とはいえ、桜香が相手では耐えるので精いっぱいだろう。

 隆志と葵が唯一余裕があるのだが、紗希との相性が悪くて、突破すらも困難であった。


「後1人は必要だな。しかし、健輔の護衛もいる」


 健輔を守っている圭吾ならば、紗希と互角に戦えるだろう。

 本来の6割とはいえ、あくまでも能力についてだけである。

 戦闘スタイルなどまで考えれば、もう少しは落ちるはずだった。

 お互いに不利と有利を打ち消し合って、完全に互角の相性ならば、操作で後手を踏む幻影には負けないだろう。

 そうなれば、隆志と葵がフリーになり他の援護に回れる。

 良いこと尽くめだが、こんな簡単な対処方法が敵に見抜かれていないはずがなかった。

 

「挑発、いや、健輔から護衛を剥がすのが目的か。仮にこのまま膠着しても、向こうは困らないという寸法だな」

「ああ、もう! 面倒臭いわね!」


 葵が魔力の消費を抑えて最小限の力で戦闘を行っている。

 力尽くでの突破が不可能だと、葵が認めるほどの苦境だった。

 彼らは皇帝の下に行かなくてならない。

 しかし、そのために健輔を危険に晒す訳にはいかない。

 そうすると、戦力的な余剰が無くなってしまい戦況が膠着してしまう。

 手詰まり感。

 機を窺っているが、ジョシュアが操作しているとは思えないほどに、紗希の幻影には隙が存在していない。

 

「まだわかっていない秘密があるのか。……厄介な」


 バックスであるがため、こちら側からの直接的な攻撃手段がないのも痛いだろう。

 ジョシュア・アンダーソン。

 脅威が表に出ないからこそ、対処が難しい。

 莉理子の魔導連携のようにわかりやすい類ならば、対応も可能なのだが、彼の優れているところは全体の情報把握と、術式の解析、改良についてだった。

 敵として相対した時には、面倒臭いのはわかるが、それ以上に関しては体感しても脅威がわかりにくいのだ。


「こちらの特性などは既に把握済み、か。だが、どうすれば……」

『隆志さん、下がってください。その不快な人形は僕がやります』


 突然に繋がる念話と、送り主。

 隆志も一瞬だが、反応が遅れてしまう。


「お前は……いや、わかった。いくぞ、葵」

「了解です。健輔も大胆ですね」

「気を遣う必要などないということだろうさ」


 届いた念話の送り主に何かを問おうとしてやめる。

 無駄なことに割く時間は欠片もない。

 速やかに離脱を行い、皇帝への接近が必要だった。


「俺は左右を警戒する。前は頼むぞ」

「お任せあれ。圭吾、負けたらダメだからねッ!」

『善処しますよ。ああ、そこから先は行かせませんよ』


 離脱しようとする2人に紗希が攻撃を仕掛けて、妨害しようとしてくる。

 魔素を断つ糸の一撃。

 しかし、彼女の攻撃は同じ糸によって防がれる。

 技術として格上なのは紗希の魔素割断であり、圭吾の魔力割断は未熟故の技だった。

 それでも、本人と幻影では、やれることが異なる。

 所詮は過去の記録に過ぎない幻影では、今を生きる圭吾の攻撃を完全に分断することは不可能だった。

 何より、圭吾は冷静にキレている。

 

「嫌な予感はあったんだ。健輔が護衛、なんて消極的な役目で僕を登用するのかってね」


 空中に消えていく圭吾の独白は、この声を聞いているだろうジョシュアと皇帝に向けたものだった。

 あまりにも声に感情が籠っていない。

 努めて、平坦であろうとしているのは彼の意思なのだろうか。


「紗希さんの幻影、それを見て確信したよ。健輔は最初から、これの相手を僕にさせるつもりだったんだなってさ。考えてみれば、制御に集中するから動けない、って意味わかんないしね」


 微笑が浮かんでいることが多い圭吾の顔。

 爽やかで優しそうな彼はそれなりに女子の人気があった。

 特に見るべきところのない健輔とは雲泥の差がある。

 そんな圭吾の表情が――能面、一切の色を浮かべていない。

 必ず殺す。

 必殺の決意を持って、彼は此処にいた。


「健輔にはお礼を言わないとね。ああ、多くの魔導師があなたたちのことが嫌いなのが、魂で納得できたよ。最強? よく言った。ここでその看板は下ろしていけ」


 紗希の幻影の後ろにいるパーマネンスに圭吾は語りかける。

 両者が展開するのは、同じ糸の結界。

 憧れた女性の技を以って、圭吾は女性の幻影を打破する。

 絶対の誓いを掲げて、彼は戦闘を開始するのだった。






「上手くいった、とは言い難いね」


 幻影を上手く使って、健輔から護衛を剥ぎ取ったのは悪くない戦法だった。

 圭吾が怒り狂っても、純然たる実力の問題は変わらない。

 確かにかつての紗希よりも弱いが、今の圭吾よりは強いのだ。

 怒りの1つや2つで皇帝を打破できるならば、既に他のチームが達成していただろう。

 だからこそ、思惑を達成したという意味での勝者はジョシュアであり、クリストファーだった。

 何をしてくるのかわからない不確定要素。

 万能系の魔導師、佐藤健輔を倒す準備が整ったのである。

 護衛のいない健輔に少し戦力を送れば、仮にある程度は戦闘が出来たとしても、勝てるはずだった。

 

「あの、ペテン師め。動けない振りまでは予想してたけど、まさか、魔導も使えない振りをしてただけとはね」


 実際、思惑の半分は上手くいった。

 圭吾を剥がし、健輔は無防備。

 動けないのはブラフである可能性も考えていたが、戦闘までは出来ないと踏んでいた。

 それらの予想が最悪の形で裏切られて、再び戦闘は硬直している。


「僕の術式解析を受け付けない。……これは、妨害があると考えるべきだね。妙に、通りのよい念話妨害とかを考えると、解析以外は無視してるのかな?」


 パーマネンスが他チームよりも優位に戦えた理由の1つに、ジョシュアの術式解析が存在している。

 どんな術式を事前に使うのか、効果は如何ほどか。

 そういったことがわかっていれば、己ずと狙いも絞られていく。

 情報と物量、この2つの柱でパーマネンスは最強に君臨してきた。

 その柱が2つとも、機能不全を起こしている。


「……本当に面倒臭いな。頭が回るというよりも、悪知恵が働くって感じだね」


 ジョシュアは分割された思考で、幻影を操作、真由美などのトップランカーと良く戦っていた。

 これは粉砕されたところで直ぐに復活できると言う特性もあるが、彼の操作能力自体の高さもある。

 他の魔導師にとってはリアルな戦いでも、彼にとってはゲームに等しい。

 ゲームであることの利点は幾度でも再挑戦が可能なことだろう。

 そして、デメリットは実際に戦っている者たちと違って、大きな成長も見込めず、行動がパターン化してしまうことであった。

 『ゲームマスター』とは、ある種の皮肉も込められた2つ名なのだ。

 戦場を支配するのではなく、あくまでも想像の中に君臨する者、そんな意味が込められていた。

 

「クォークオブフェイト。あの1年生を中核にしているということは、これは彼の発案かな? 僕の性格などもよく読んでいるよ」


 趣味、趣向、果ては実力など、策と言うものは様々な要因に左右される。

 無機質に見える無限の軍団もまた、その法則からは逃れられない。

 無限の軍団の弱点、とは無限であるために必要なことが弱点なのだ。

 すなわち、無個性であることであった。

 

「狙ってやっているのだろうけど、痛いところを突いてくるね」


 並みのチームとの戦いでは、ある程度の質と量で押し勝てる。

 ラファールのように、強いのは強いが傾向がわかりやすいチームも事前に対策をしておけば簡単だった。

 彼らの場合は、同じチームをぶつける、という回答で対処した。

 問題は今回のクォークオブフェイト、昨年のアマテラスのようなチームである。

 彼らの軍勢を超えてくる規格外のチームに対処するには、軍勢を増やすのでは足りない。


「ふふ、いいね。この読み合い、僕は嫌いじゃないよ」


 パーマネンスにとって、緊張感がある戦いはあまり多くない。

 数少ない機会、少ないからこそ超える意味がある。

 希少であるほどに、蹂躙した時の喜びもまた大きいのだ。


「君にも、切り札があるのかい? こっちには常にジョーカーがいるよ。皇帝、という名のジョーカーがね」


 戦場を俯瞰で見つめて、ジョシュアは笑う。

 最後に勝つのは自分達だと、疑いもせずに皇帝に迫る2つの影を見ていた。

 クォークオブフェイトがようやく最強の下に辿り着く。

 終盤に入ったように見える戦いの中、不動の王者がついに動き出す。


「我らがエースにして、ジョーカーの強さを知ればよいさ」


 不敵な笑みは彼の自信の表れだろう。

 クリストファーは最強であると、誰よりも信じている。

 王者との戦いが、本当の意味で始まった。






 言葉を発することなく、隆志と葵の2人は全力で皇帝に挑む。

 敵は軍勢を召喚する後衛型の魔導師。

 軍勢を突破したから、後は雑魚だ。

 そんな風に思っている者がいるとしたら、それは信じられないほどの愚か者だろう。

 常識的な魔導師が、フィーネ・アルムスターを粉砕し、九条桜香を返り討ちに出来るだろうか。

 彼もまた理の外にいる魔導師。

 桜香すらも超える怪物に他ならない。


「はあああああッ!」


 葵の烈火の気迫を込めた攻撃。

 彼女の此処に至るまでの全てを込めた一撃は、正面から皇帝に放たれる。

 どんな相手でも、彼女の一撃は砕く、籠められた意思を前にして皇帝の口元が緩む。


「見事、確かに素晴らしいチームだ。故に、『俺』の初陣に相応しい。ああ、お前たちが強敵だからこそ、俺は『俺』に成れる」

「なっ……!?」

 

 葵の拳を、素手でクリストファーは受け止める。

 体を覆うのは黄金の魔力。

 周囲に勢いよく溢れ出していく光景は葵にある瞬間を想起させた。

 彼女たちのリーダーが、魔力固有化を発動させた時と同じである。


「ま、まさ――」

「戦場で、驚いている暇があるのか?」


 皇帝の言葉に反応して、防御を行うとするがそれが不味かった。

 防御をするとは、すなわち皇帝の一撃を受け止めるということである。

 攻勢側の人間である葵の防御で、今の『彼』は止まらない。

 ゆっくりと前に突き出された腕と葵が接触した瞬間、葵の防御は砕け散り、その場から勢いよく吹き飛ばされる。


「なるほど、これが戦闘か。嫌いではないな、この感覚」

「皇帝、クリストファー・ビアス……!」


 葵が一瞬で撃退されたという事実に隆志ですらも言葉を無くす。

 何が起きているのか。

 隆志も事態を把握し切れていない。


「いくぞ」

「っ、呆ける暇はないか!」


 皇帝が空間転移さながらの速度で隆志に迫る。

 無造作に前に出される拳は、隆志から見ても洗練されたとは言い難い攻撃だった。

 しかし、隆志は防御も迎撃も行わずに、回避を選択する。

 頭に過るのは、葵が一瞬で蹴散らされた光景。

 あの謎を解き明かすまでは、早々に組み合う訳にはいかなかった。


「見事だな。本当に1人残らず、勇者だ。いいぞ、いいぞッ! 倒し甲斐があるな!」

「ほざくなッ!」


 隆志が放った斬撃の刃は障壁どころか、皇帝が多少気合を入れただけの魔力によって弾き飛ばされる。

 パンチ、キック、敵の攻撃は素手で単調なものばかりで威力に目を瞑れば大したものではなかった。

 錬度、技術の面で言えば、まともに戦闘をやっていない3年生に毛が生えたレベルである。

 

「これは、どんな手品を使えば……!」


 こちらの攻撃が一切通用せず、敵の攻撃は全てが致命的な威力を持っている。

 この前提さえ無ければ、隆志の勝利は揺るぎないだろう。

 現実には、圧倒的な能力を前にして、隆志の攻撃は全てが防がれるどころか、粉砕されていた。

 格差――突きつけられるのは、経験ではなく圧倒的なまでの能力である。

 基礎能力がとんでもないことになっているのだ。

 基本動作の1つ、1つが、他の魔導師の必殺攻撃に等しい。

 葵ほどの魔導師が、ライフの8割を一瞬で削られて、今も戦場に復帰していない。

 どれほどの強さなのか、もはや隆志では想像も出来なかった。


「自分を、最強の自分を想像したのか! 皇帝!」

「はは、流石にわかるか。それだけではないが、まあ、そうだな。そちらも妄想したことはあるだろう? 強い自分、才能に溢れる自分、誰にも負けない自分。俺も、同じことをしただけだ」

 

 クリストファーの『魔導世界』は願望を形にする。

 固有能力の中でもまだまだ謎が多い能力だった。

 何が潜んでいるのか、わからない。

 クォークオブフェイトだけでなく、多くのチームが抱えていた不安が最悪の形で露呈する。

 最強のチームの切り札が並みのはずがなかった。

 文字通り、あらゆる敵を駆逐する無双の魔導師となった『皇帝』を前にして、隆志は覚悟を決める。

 己の全てを賭ける時がついにやって来た。

 未だ底を見せない最強を前にして、退路無き決戦に身を投じる。


「クォークオブフェイト、3年、サブリーダー近藤隆志! 参る!」

「ほう」


 隆志の名乗りと構えを見て、クリストファーは笑った。


「世界最強。不変たる強さ、『パーマネンス』。『皇帝』クリストファー・ビアス。勇者に敬意を示し――ここで蹂躙しよう」


 皇帝、進撃。

 ついに動き出した最強を前にして、クォークオブフェイトの強さが試される。

 チームの力を結集する時が、やってきたのだった。


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