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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第301話『連星』

 味方がいなくなったことで、敵の軍団の動きが変化する。

 規則的で、同時に機械的な砲撃を続けていた敵の軍団。

 皇帝に率いられた兵たちに何かが混ざる。

 真由美は持ち前の勘でそれを見抜いた。


「羅睺、前に出るよ!」

『バレットを全力展開』


 魔力の許す限りの砲塔を展開して、速やかに迎撃態勢を構築する。

 いや、真由美の中では迎撃ではなく、殲滅のための準備だった。

 最大の難関は既に葵たちのおかげで突破している。

 後は、ここからの努力で勝利に近づいていく、そういう段階にまで持ち込むことが出来ていた。


「私の全てを、出し尽くす!」


 真由美の杖の両端が変形していく。

 魔力をチャージする発射口はより巨大に、後ろに展開された何かを吸い込むような形へと変わっていた。

 術式を展開して、姿勢も固定する。

 これより、彼女は不動の砲台へと生まれ変わっていく。

 

「この攻撃に、今までの全てを、そして――これからを注ぎ込む!!」

『魔素の吸引を開始、魔力回路のオーバーブーストを行います』

「健ちゃんにもちょっと無理を言ったかな。これが、私の、リミッター解除!!」


 ただでさえバカでかい真由美の魔力がさらに大きくなり、周辺へと広がっていく。

 かつて魔力固有化を初めて発動した時よりもさらに大きな真紅の光。

 不吉な輝きは満天下に示す、敵への凶兆の証である。

 展開された砲塔は都合100を超えて、その全てが『終わりなき凶星』に比する威力を持っていた。

 乾坤一擲。

 ハンナですらも、これに抗う手段を保持してない。

 ――しかし、敵は世界最強の魔導師だった。

 真由美の準備に呼応するかのように、同じ真紅の輝きが次々と敵陣を明るく照らす。

 1つ、1つは真由美の足元にも及ばないが、1000を超えて束ねてしまえば本家にも劣らない破壊の光となる。


「上等、私が砲撃で、負けると思うなッ!」


 後衛の頂点としてここまで来た身としては、最強の魔導師に道理を叩き込む必要があった。

 葵が巻き込まれたら、もし、妃里が、隆志が、と考えれば普通の魔導師ならばここで退くだろう。

 皇帝の砲撃軍団が全力を出せるようになったのも、味方が全滅したからである。

 万が一、味方を巻き込んでしまえば、不利になるのは自分たちなのだ。

 心の動きとしては、むしろ自然であろう。

 ここにいるのが、葵たちの先輩だということを考えなければ、至極正しい話だったのは、誰の目から見ても明らかだった。

 つまり、真由美が真由美であるために、この光景は生まれることになる。

 すなわち、戦域全体を横断する砲撃の嵐という悪夢が、であった。


『く、クハハハッ、今まで、俺に火力で抵抗した者は多いが、お前のようなアホは初めてだな!!』


 戦闘中、それも敵から笑い声と共に念話が届く。

 真由美も経験したことのない出来事だったが、戸惑いはない。

 彼女の技が、単に皇帝すらも見たことのない領域のものだっただけである。


「お褒めに預かり、光栄ですね! でも、まだ終わりじゃない!! 次はあなただ!」

『ほう、面白いな。……うむ、面白い。ここまで楽しいのは、中々にないな』


 皇帝の念話には確かに喜色が滲んでいる。

 頂点に立つものだけが知る乾き。

 そうあることを疎んだことなどなかったが、彼は確かに渇きを感じていた。

 隣の芝生は青い、この言葉はある意味で国境を超えている。

 負けたくはないが、同時にギリギリの戦いはしてみたい。

 最強――クリストファーがその言葉の裏に感じるものがあったとしても、何も不思議ではないだろう。

 彼は敵を蹂躙したくて、魔導師になったのではない。

 この平和な世界で、武で寄りたつ場所にスリルを感じたから、魔導師となったのだ。

 己が倒した者たちの名誉のためにも、彼は負けないようにさらに己を磨き上げた。

 結果として、魂を振るわせる戦は減ってしまったが、それでも0ではない。

 今回の世界大会でも、ここに彼を脅かすほどの相手が来ている。

 これほど、素晴らしい話はなかった。


『見事だ、クォークオブフェイト。渇きが癒えていくのを感じる。――ああ、お前たちの強さに俺も応えよう。最強、斯く在るべし、とな』


 皇帝の念話に茶化すような雰囲気はない。

 この全力の戦闘の中で、まだまだ余力を持っている。

 彼は言外に本気を出させてみろ、と真由美に宣言したのだ。

 戦闘は既に始まっており、時間も経っているが間違いなく宣戦布告だった。

 真由美の自分どころか、チームすらも顧みない攻撃でも、彼を怯えさせることが出来ていない。

 確かに横たわる格差。

 底知れない力に凡百の者ならば、戦意が折れたかもしれない。

 しかし――


「来るといいわ。ああ、陛下、1つだけお約束しましょう」

『ほう、何をかな? レディ』


 ――もう1度言うべきだろう。

 ここにいるのは、健輔と、葵が所属するチームのリーダーである。

 不敵に笑う姿は挑戦者とは思えないほどに、確信と自信に溢れていた。

 お前を倒すのは自分達だと、一切の疑いが存在していない。

 事実を並べるかのように、真由美は驚くほど穏やかに笑い、告げるのだった。


「――私たちとの戦いは、きっと、楽しいですよ」

『ク、ククククっ、いいなぁ。ああ、実によい。本気で潰したくなるよ』

「行きます!」


 その言葉を最後に、真由美は前進を開始する。

 彼女が目指すのは、葵たちが辿り着いた場所。

 皇帝が座す、パーマネンスの陣地の最も深い場所である。

 クォークオブフェイトの星たちが、1つの場所に集まっていく。

 皇帝は勿論のことだが、ジョシュアも予兆は感じていた。

 何かをしようとしている。

 具体的なことはわからずとも、王者はしっかりとメッセージを受け取っていたのだった。






 真面目にやっていない、とギャラリーに言われればクリストファーは苦笑するしかない。

 この戦いを振り返りながら、彼はそんな風に思っていた。

 クォークオブフェイトに押されている――ように見える中、彼は珍しく思考に沈む。

 果断で即決、悩まずに力押し。

 彼の戦いとは、往々にしてそんなものであり、世界大会ですらも基本は変わらない。

 何事にも例外が付き物だが、彼の場合、それこそ決勝にでもいかないと計算違い、というものが起こることは少なかった。


「……俺の軍団で、押し勝てないのは、何故か?」

『勢いと覚悟だね。個々の連携も抜群に良いよ。何も考えていないように見えて、全体では連携が取れてる』

「数がいるのに、押されているように見えるのは?」

『こちらの物量はいくらでも補充が効くから確かに無限だよ。でも、戦闘人数はそうはいかない。簡単に補給できるけど、局所的には確かに穴が開くからね』


 無限の軍勢。

 クリストファーは空間展開と固有能力を組み合わせて、能力を最高値まで高めた不死身の軍団が生み出せる。

 生み出せるが、その戦力を全て有効活用できるかと言われると疑問符が付く。

 1人の人間の周囲を囲んで戦闘可能な人数は空間的な広さに制約される。

 数だけは立派だが、遊兵が多数生まれてしまうのだ。

 それを避けるために、ジョシュアに俯瞰の光景から指揮をさせているのだが、今回のようにやたらと強い魔導師が相手だと、後手を踏んでしまう。

 返り討ちにあい、補充している内に進撃されてしまうのだ。

 大兵力故の問題、他のチームでは考えなくて良いことのため、彼らは自分たちで悩まないといけない。


「去年には判明していたが、やはり対策は難しいか」

『量が質を超えるのは道理だけど、逆もまた真理だからね。特にこんな形式のルールでは尚更さ』

「敵の強さに着目すべきか。……消耗は強いている。だが、それが決定打とも思えん」

『敵の核が生きているからね。多少の実力の差異はあっても、相手も安心してるだろうさ』


 瞑想を行うクリストファーの脳裏に浮かぶのは今後の試合展開である。

 どのように戦い、どのように勝利するのかを丁寧に描いていく。

 彼の原点は己のイメージを具現化すること。

 健輔が己の万能性を誇るように、クリストファーも己の創造性を誇っている。

 

「敵の正確な狙いはわからない。故に、もう良いだろう」

『王者の戦いではない、だろう? オッケー。僕も全力でやるさ。ロイヤルガードを剥いだ相手には、敬意を示さないとね』

「ああ。奴らに思い知らせよう。貴様たちの前にいるものが何者なのかということをな」


 魔導の世界に君臨する皇帝は、イメージを切り替えていく。

 敵の質によって、数が押されてしまう。

 刃が彼の下に届きそうになってしまうというならば、発想を逆転させれば良いのだ。

 無限の数を揃えると、質――この場合は能力ではなく、中身、経験などが劣化してしまうことが問題だった。

 万を超える数をリアルタイムで完全に操作するのは難しい、というよりも不可能なレベルである。

 だからこそ、敵チームの動きを取り込んだり、画一的な動作で済むようにしていたのだが、このレベルの戦いに付いてこれなかった。

 

『イメージは何を? 我らが陛下』

「無論、我らが対峙した強敵たちだ」

『はは、いいね。敵がどうくるのか、本当に楽しみだよ』

「超えられるか、2つの太陽を。――超えられないのならば、そこで乾いていけ」


 軍勢が少しずつ数を減らして、最終的には葵たちと同じ人数になる。

 和風な美人。

 黒い髪を靡かせる姿は『アマテラス』に所属する者には馴染深い姿をしていた。

 先代の太陽、不敗と称えられた女性が姿を現す。

 傍らには、今よりも幼い感じだが見覚えのある女性の姿。

 2つの太陽が戦場を照らす。

 かつて、彼女たちを退けた男は笑う。

 己が超えた障害は超えて貰わないと、拝謁など許さない。

 固有能力『魔導世界』の真の力、その一端が葵たちの前に姿を現すのだった。






 葵の背筋に震えが走る。

 ある人物の姿――紗希の姿を見た瞬間に、彼女は恐怖を感じた。

 豪放磊落で戦闘において恐れなど存在しないかのような振る舞いだが、彼女とて人間である。

 怖いもの、決して勝てないと感じるものがあった。


「姿だけ、いや……違う!」


 これが姿だけの幻影であるならば、何も問題はない。

 先ほどのように前に進み粉砕すれば良いのだ。

 問題は、幻影から感じるプレッシャーだった。

 それが葵を躊躇させる。

 一瞬だが、確かに信念がぶれた瞬間だった。


『――アマテラス、いきますよ』

『認証。魔断の陣』

「――っ、まさか!?」


 葵を囲むように何かが駆け抜け、周囲の空間に亀裂が入る。

 この力が何なのか、葵はよく知っていた。


「紗希さんの術式……! マズイ、このままだと!」


 とにかく離脱を最優先として、葵は移動を開始する。

 しかし、事態の変化を前にして、流石の彼女も余裕がなかったのか。

 大事なことを忘れていた。

 浸透系の奥義たる魔素割断を使いこなす紗希は、ある意味で破壊系以上の魔力キラーに成り得る。

 彼女が保有する系統は3つ。

 桜香が入学するまでは超える者が存在しなかった数だった。

 浸透系・創造系・身体系。

 そして、当然のことながら彼女も固有能力を保持している。

 

『逃がさないです。我が名、我が意、此処に刻む!』

「け、決闘能力、やばい!?」

「させんよ!」

『糸よ!』


 葵を助けるように1つの影が紗希に奇襲を仕掛ける。

 隆志の斬撃を受けて、空間に走った色は静かに静まっていく。

 紗希が発動しようとした能力は不発に終わり、2人は合流する。

 間一髪を救いだした隆志は、呆れたような視線を葵に送った。

 

「紗希さんにタイマン、そこまでバカだったとは知らなかったな」

「ちゃ、ちゃんとわかってますよ。……油断しました。すいません」

「構わんさ。俺も、正直なところ信じたくない。『不敗の太陽』、この名は俺たちにとっては、重いからな」

 

 紗希の姿をした何かは、間違いなく彼女に比する能力を持っている。

 先ほど感じたのは、固有能力を発動させて強制的に1対1に持ち込もうとしていたのだろう。

 戦い方を良く知っているため、予想もまた容易かった。

 紗希が保有する固有能力は2つ。

 どちらも補助の類であり、同じ太陽である桜香と比べると大人しい印象を受ける。

 それもそのはずだろう。

 敵から見れば、桜香の方が余程厄介に見えるのだ。

 わかりやすく強いのが、桜香であり、逆に位置するのが紗希であった。

 嫋やかな姿に甘くみると、幻惑されてしまう。


「まさか、卒業してからあの人と雌雄を決することになるとはな」

「本懐、じゃないんですか?」

「勘弁してくれ。高島が僅かに身に付けた術式でもあの危険度だぞ。本家のやばさはお前も知っているだろうが」

「ええ、私みたいなタイプは正直、辛いですね」


 葵のような完全な前衛型は紗希の罠に絡め取られる。

 彼女に対抗するには、真由美のような砲撃型か、もしくは、


「桜香のように、それでも前に進める者。後は、皇帝のように前提条件を崩せる者、ですか」

「1対1に引き摺り込まれたら、負けると思えよ。あの人はパワータイプではなく、テクニックタイプだ」

「了解です。……出来れば、圭吾くんか、真由美さんの援護が欲しいですね」

「難しいな。真由美は『魔女』&『女帝』に追われている。妃里は、『桜香』の相手でこっちには来れないだろうさ」


 圭吾は言うまでもなく健輔の護衛という役割が存在していた。

 敵が避けられないとわかっている強敵を配置して皇帝は笑っている。

 かつての強敵たち、お前たちは影に勝てるのか。

 訴えかけているのが、簡単に思い浮かぶ。


「本当に、腹立つ最強ですね」

「同感だな。1発は腹にパンチをお見舞いしてやらないといけないな」


 戦意は十分。

 第3段階に達した戦闘で、クォークオブフェイトは綺羅星の如き魔導師たちと激突する。

 彼らを超えた先には、現在の最強が待っている。

 過去を超え、現在に至り、未来に向かうためにも、試合は負けられない局面に突入するのであった。

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