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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
302/341

第299話

 尊敬する先輩たちと同じ姿をした人形の軍団。

 健輔に向かって進んでくる最強の軍団の前に立ち塞がる1人の魔導師。

 手を覆うタイプの魔導機は腰の本体と繋がっている。

 指先から伸びるのは魔力で構成された糸。

 健輔防衛のための最後にして、最大の壁――高島圭吾。

 温和な笑みを浮かべていることが多い顔には、冷たい表情が張り付いている。

 端的に言って、今の彼は機嫌が良くなかった。


「事前に知ってはいても、相対すると気分は良くないものだね」


 迫る軍団を睨み、圭吾は独白する。

 妃里、隆志、葵。

 前衛集団ばかりなのは、後衛は真由美に抑えられていて、圭吾の分身は防衛用として皇帝の護りについているからだろう。

 皆無という訳ではないが、メインの構成は前衛の3名だった。


「舐められたものだね。……本物ならいざ知らず――」


 言葉を区切り、圭吾は周囲一体に糸の結界を展開する。

 皇帝の空間展開の内部であり、ここは敵にとって有利なフィールド。

 確かにそれは事実だが、圭吾の系統を忘れて貰っては困るのだ。

 如何に格上、如何に最強であろうとも魔力に対する干渉力では負けてはいない。


「――偽物で僕をあっさりと突破できると思われるのは癪だね。走れ、『封魔結界』!」


 圭吾の指と意思に連動して、空間を走る亀裂。

 糸が生み出した境界は、魔力の軍団を断ち切る魔剣だった。

 魔力キラー、香奈子の破壊系とはまた違う魔導師にとっての天敵が親友の後押しを受けて、その本質を世に曝け出す。


「これで3割は削れる。問題は!」


 一定の範囲を圭吾の魔力で区切ったことで、そこを通過した人形たちは正しい姿へ――ただの魔力へと戻っていく。

 圭吾が今回、健輔の護衛をしているのは、この相性の良さを考慮したのも理由の1つだった。

 相手が魔力である限り、やられっ放しではない。

 しかし、それでも圧倒的な物量差は何も変わらなかった。

 残りの7割で圭吾を倒して、健輔に迫るのは何も難しくない。

 つまり、ここからが圭吾の仕事の本番だった。


「まずは、妃里さんか」


 見覚えのある姿。

 オレンジの魔力光を纏っているのは、固有化を再現しているつもりなのだろう。

 中々に良く出来ているが、圭吾の目は誤魔化せない。

 結果が同じだろうが、過程が異なれば微細なズレは生まれる。

 本来の固有化ならば、妃里の力を上昇させて何かしら固有の性質を獲得するはずなのだ。


「妃里さんが固有化でどんな能力を発現したかは僕にもわからないよ。1つだけハッキリしているのは、皇帝もそれは知らない、ことかな」


 特殊能力のない力だけを再現した妃里では、圭吾の糸は越えられない。

 そもそも、彼女は経験と技量を武器にする魔導師なのだ。

 どちらも失っている状態では、力を発揮できるはずがない。

 本来ならば、あり得ない光景。

 圭吾によって攻撃を回避された後に、流れるように糸が体を分割する。

 魔力で出来た体には、圭吾の技は絶望的な壁だった。

 掻き消えていく人形たち、作業のように圭吾は指を僅かに動かすだけで敵を切り裂いていく。

 

「予想通りだ。ラファールみたいな陣形での再現は出来ても、個人単位の動きの再現はやっぱり無理みたいだね」


 能力と動きを再現する。

 言葉にするのは簡単だが、この両者の再現は容易ではない。

 能力の方は創造系の特性を考えれば不可能ではなかったが、動きに関してはそうもいかなかった。

 1人の人間が都合6人以上の人間のあらゆる動きを妄想するなど不可能だろう。

 特定のパターンで規則性があるなら可能だろうが、クォークオブフェイトの魔導師は良い意味でも悪い意味でも統一性がなかった。

 葵の直感での動きなど再現できるとは思えない。


「せっかくの人形だけど、これでは遊び相手にもならないよ。僕と競う段階にもない」


 指が空間を薙ぐことで、先に存在する人形たちは砕け散る。

 妃里の人形を粉砕、隆志の人形を切り裂く。

 偶に抜けてくる葵の人形も瞬殺する。

 確かに能力は限りなく本物に近い。


「能力だけで魔導師の実力は判断できないよね? 皇帝、あなたの天敵は砲撃型の魔導師じゃない」


 物量に圧殺されると考えるのは間違っていない。

 圭吾もこれほどの相性の良さを考慮しても戦況は互角なのだ。

 最強の魔導師は未だに突破出来てはいない。

 ここで大切なのはクォークオブフェイトが正しく正解を選んでいることをパーマネンスに――皇帝に見せつけることだった。

 物量に抗するのは火力。

 ここの考えが間違っているのだ。

 彼の人形を破るのに必要なのは、一騎当千の勇者。

 戦場を正面から駆け抜ける戦士なのである。


「僕たちに、そのカモフラージュは通じない。早めに次を出さないと、負けるのはそちらですよ?」


 圭吾の声を聞くものはいない。

 それでも圭吾は話すことをやめなかった。

 この空間内では万能に近い男が、こちらの情報を集めていないは思えない。

 聞いているだろう、と圭吾は挑発を続ける。

 もしかしたら、徒労であり、同時に滑稽なのかもしれないが、だからこそやっておいても損がなかった。

 仮に外れていたとしても、恥を掻くのは圭吾だけである。

 誰かに迷惑を掛けないのならば、覚悟さえ決めていれば何も問題はなかった。

 そして、彼の考えを証明するかのように、圭吾の周囲に動きが生じる。


「動きが変わった。……やっぱり、こっちの情報を集めていたね」


 葵たちの動きを真似るようなことをやめて整然とした動きに人形たちは変わっていく。

 能力さえあれば、敵の戦い方の模倣などに意味はない。

 今まで敵の戦い方を見せていたのは、冷静な判断力を奪うためなのだろう。

 それを見破られたからこそ、敵は本当の戦い方を始めた。

 

「ここからが、本番ってことだよね」


 圭吾を警戒するように囲む動きを見せる軍団。

 力押しだけでなく、細かな動きを加えるならば次に警戒するのはたった1つ。


「葵さんの姿をしているけど、これは!!」


 糸を結界で攻撃を防ぐ。

 威力は左程でもなかったが、葵の姿をした人形から放たれたのは砲撃だった。

 姿は葵なのに、砲撃。

 事前の予想通りの事態に圭吾も苦笑するしかない。

 空間展開はその展開範囲においては絶対者になる能力であり、皇帝の場合はおまけとばかりに万能性までも付与される。

 皇帝の系統は確かに創造系であり、イメージに左右されるのも間違いないだろう。

 しかし、忘れてはならない。

 固有能力というものが、空間展開を補強するだけの効果しか持たないなど、あり得る話ではなかった。

 ましてや相手は最強の魔導師。

 桜香すらも超える存在が、未だに固有能力の真価を世に晒していない。

 創造系の極めた能力だけで頂点に立てるほど、彼は強かったのだ。

 だが、クォークオブフェイトの攻勢に呼応して、最強の魔導師たる『皇帝』が真実の姿をついに見せ始めた。


「本番はここから、だね。守り抜けるかな」


 首筋に浮かぶ汗を自覚しながら、圭吾は前を睨みつける。

 ようやくダンスの曲が掛かり始めたのだ。

 相手に恥じぬ踊りを見せるためにも気合を入れる。

 最強の壁は高く聳え立つ。

 如何なる者も触れられない高みで、圭吾たちを見下ろしているのだった。






 敵の動きの変化を葵の嗅覚は嗅ぎ付ける。

 試合が動いた。

 彼女の本能と結びついた脅威の直感はなんとなくで戦場を把握する。

 藤田葵という女性の怖いところはこの部分であろう。

 卓越した直感と結びついた高度な格闘戦能力が、彼女の魔導師としての力を支えている。

 理屈など一切存在しない直感に従い彼女は戦闘段階が次に進んだと判断した。

 彼女の決断を後押しするかのように、敵の動きも瞬く間に変化していく。


「前衛と後衛のオーソドックスなフォーメーションかな? 後ろにいるのが妃里さんなのは……ま、フェイクでしょ」


 それが人形であろうが、操る者の意思は介在している。

 クリストファーであろうと、ジョシュアであろうとも変わらない事実であった。

 前衛をさせようとするなら、必ず前に出ようとする意思がある。

 葵はそれを感じ取って、態勢を整えるのだ。

 だからこそ、それが感じ取れないならば相手の狙いは必然と絞られていく。

 格闘戦をやらない。

 この情報だけで、葵が前に出ようとするのには十分な判断材料だった。

 敵の軍勢に紛れて撤退を開始しようとしたロイヤルガードに目掛けて、葵は後ろを振り返らない突撃を開始する。

 

「リミッター解除。バースト!!」


 瞳を含めて葵の全てが魔力の光に染まっていく。

 深く、淡くなる輝きは葵が本当の実力を解放した証拠だった。

 笑みも浮かべずに感情を感じさせない瞳で彼女は狙うべき相手を見定める。

 藤田葵は戦場を駆け抜ける狩人。

 狙った獲物を――逃がさない。

 

「いくわよ」


 小さく呟いた葵は直進を開始する。

 獲物の名はロイヤルガード1、オリバー。

 この後の展開のためにも、ロイヤルガードは1人も生かさない。

 これは目標などではない。

 葵の中では、既に決定されたことである。


「1つ目」


 自分の姿を模した人形3体が立ち塞がる。

 能力はあるが動きが丁寧で、おまけに癖がない。

 葵の接近に素早く反応するのは見事だったが、その後に褒めるべき部分は存在しなかった。

 魔導の教科書に乗っている対処方法。

 敵が近づいてきたら、障壁を展開して防御を固める。

 しかる後に、反撃を行う。

 敵の接近を感知した人形は選択された動作に従って障壁を展開する。

 能力値だけはやたらと高い人形の障壁は真由美の通常時の砲撃にも耐えられるだろう。

 サラの2割程度の能力はある。

 

「柔らかいわね。こんなのじゃあ、私は楽しめないわ」


 同時に、それだけだった。

 葵の攻撃は目の前にあったのは、紙だったかのように障壁を粉砕して、中の人形を中心部ごと吹き飛ばす。

 魔力で出来た人形は、特定の部位を潰しても戦闘不能にならない。

 よって対処方法としては、とにかく大量の部位を消し飛ばすことが上げられる。

 大規模火力はあまり得意ではない葵だが、部位破壊は得意だった。

 的確に敵の急所となる部分を見抜き、知り合いの顔をした人形の胴体を何の感慨もなく吹き飛ばしてしまう。

 スピードと魔力、そして固有魔力の性質が合わさって、彼女の拳はまさしく必殺の領域へと足を踏み入れていた。


「次は――」

 

 1体目がターゲットになっている間に背後に周り込んだ人形の上半身と下半身を切断するように蹴りを放つ。

 分割された自分のそっくりさんを気にも留めずに、葵は下を確認した。

 剣を持って突っ込んでくる隆志のそっくりさん。

 気配はまだある。

 上から、3体目の葵。

 いや、そもそも敵の軍勢は無限だし、死ぬことなどないのだ。 

 消し飛ばした2体も既に復活しようとしている。

 徒労となる攻撃。

 この脱力感もまた、皇帝と戦う時に避けられないものだった。

 これに心を折られてしまい負けるチームも多い。

 何をやっても通じない、意味がないと思ってしまえば戦うことなど出来るはずもなかった。


「木偶が、隆志さんに詫びろ。粗悪すぎるでしょう!」


 しかし、この女性には無意味である。

 そもそも最初から戦いに意味など求めていない。

 ここは彼女が己を高みに昇らせるための場所。

 視界に映る些事になど気を取られるはずがない。

 彼女の中において、諦めの文字は辞書に存在しておらず、記載される予定もなかった。

 今で足りないなら、足りるまでやればよい。

 隆志の人形と3体目の自分を粉砕すると、そのまま前に進む。

 再生する人形たちに退路が塞がれていく。

 行かせない、と無限の軍勢が集る。


「――ああ、もう、邪魔よ。そこに、敵がいるの。私がやらずに、誰がやるのよ」


 葵の戦意が鋭く、同時に静かになっていく。

 集中力が制御力を高めて、彼女の限界をさらに押し上げる。

 荒れ狂っていた力が制御された強さに変わっていく。

 この瞬間も、この女性は物凄い勢いで成長している。

 同年代に桜香という太陽がいるからこそ目立たないが、彼女もまた怪物的な才能を持っていた。

 最高の環境で研ぎ澄まされた刃が、最高の舞台で花開こうとしている。

 基礎能力の上限知らずの成長が、葵の戦闘能力を加速度的に上昇させていく。

 故にここにパーマネンスにとっては最悪の、同時にクォークオブフェイトにとっては最高の邂逅が発生してしまう。


「捕まえたわよ、ロイヤルガード!!」

「バカな、この人数を直進で突破したのか!? 退路など、もうないぞ!!」


 オリバーを真っ直ぐに追いかけてきた葵の背後には彼女を葬ろうとする軍勢が存在している。

 1対1000ぐらいはある戦力比だが、葵の表情に恐れなどない。

 そう、退路など最初からいらなかったのだ。

 パーマネンスに限らず、データでしか藤田葵を知らないチームはある勘違いをしている。

 葵の戦闘データを見ても、彼女についてわかることは優秀な前衛であり、攻め気が強いということぐらいだ。

 国内での知名度は彼女の在り方と共に、それなりに有名だが、パーマネンスはそんなことは知らない。

 葵が攻め気が強い、などで収まる器ではないとわかっていないのだ。


「退路、何を言ってるのよ。そこに、あるじゃない」

「なっ、ま、まさか……!?」


 オリバーは葵が自分を笑いながら指さしたことで敵の狙いを悟る。

 苛烈に攻めてきているとパーマネンスは勘違いしていた。

 葵を含めた3名は最初から、鉄砲玉である。

 皇帝を倒して、勝利すれば帰れるという精神でここにきていた。

 前進こそが退路であり、同時に帰路であるとオリバーの眼前の戦鬼は楽しそうに微笑む。


「や、やらせるものかッ!」

「いいわよ、いいわよ!! それぐらいじゃないと超える意味がないわ!」


 オリバーは盾を左右に構えて防御の体勢に入る。

 彼の直感が叫ぶ。

 ここで、こいつを通してはならない、と。

 試合をほぼ俯瞰で見つめているジョシュアでは絶対にわからない危機感を明確に感じ取っていた。

 葵を通せば、この試合で負ける可能性が出てくる。

 彼の魔導師としての経験、ガードとしての経験が叫んでいた。


「チームのために、クリストファーのために、何よりも己のためにも、絶対に行かさん!」

「――ああ、本当にいいわ。戦いっていうのは、こういう意思のぶつけ合いじゃないと楽しくないわよね!」


 笑顔の葵は真実、オリバーの覚悟を賞賛している。

 敵が強大であれば、あるほどに彼女にとってその試合の価値は高まっていく。

 クォークオブフェイトでも屈指の戦闘狂は、壮絶な笑みを浮かべてオリバーを迎え撃つ。


「凄く良い戦いだわ! でも、残念なことに、時間は有限で、私にも都合がある。だから――全力でやり合いましょうか!」

「望むところだ。貴様のような奴をクリスのところに送る訳にはいかないからな!」

「粉砕して、拝謁してあげるわ! 泣いて、喜びなさい!」


 両者がここを峠と認識している。

 軍勢に囲まれた中で行われる決戦。

 この試合の行く末を占う戦いは葵の喜色に溢れた攻撃で開幕を告げるのだった。

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