第29話
「混戦してる前線を吹き飛ばそう、なんて発想するとは真由美はそこまで脳筋になってしまったのですね、嘆かわしい限りです」
一撃離脱を繰り返す優香を無視して、サラは真由美の砲撃への対処を開始する。
幾重にも張られた障壁、視認できるだけでも20は存在する。
サラの全方位を覆い尽くすそれは圧倒的な防御力を見せつけていた。
これこそが『鉄壁』の由縁たる絶対防御の魔導障壁である。
元々、障壁は創造系の産物であるが、ゴーレムを生成するのと同じで素早く大量に作成するならばかなりの習熟が必須となる。
そしてサラ・ジョーンズは創造系の全能力を障壁作成へと割り振った人物である。
天敵たる破壊系以外のもので彼女の障壁を完全粉砕できるものなどそれこそ真由美やハンナクラスの火力が必要だった。
サラはまさしく火力の足りない高機動型である優香の天敵たる存在だった。
また、壁としての役割を完璧に遂行できる彼女はチーム戦においても重要な存在だと言えるだろう。
「あなたも回避する準備を始めた方がいいと思いますよ。あなたでは私を突破することは不可能です。その貧弱な火力ではどうしようもありませんよ。もっとも、私を置いて先に行くのも許可しませんが」
サラに言われるまでもなく優香も己が不利であることなど理解していたし、振り切れないこともわかっていた。
奥にいくための進路上には、障壁が展開されていて封鎖されている。
空という本来なら遮蔽物のないフィールドにも関わらず彼女は壁を生み出す。
直接的な戦闘力という意味では彼女は脅威ではない。
だが、彼女は己が役割が必ず遂行する。それがチーム戦で発揮されるとこれほどの脅威として顕現することになる。
しかし、こちらも無策ではないのだ。
砲撃が着弾するの瞬間、一瞬のチャンスに賭けるために優香は無為な攻撃を繰り返すのであった。
ハンナの迎撃で幾分か威力は弱められたものの、前衛に致命的なダメージを与えるのに十分な破壊力を保ったまま恒星は地に落ちようとしていた。
障壁に幾度も叩きつけられる斬撃の音、激しい連続攻撃は休むことなく続けられていた。
サラの胸中からすると周囲にハエが飛びまわっており、しかも何度も耳元を通過されるような不快感ばかりが増していく。
そうやって、集中をかき乱すことが狙いなら見事、としか言いようがない。
「いつまで続けるつもりですか? そちらの攻撃がもう直ぐそこに来てますよ。こちらはもう、防御態勢に――」
入っていますよ、と言おうとした時に、ぞわっとした悪寒がサラの背筋を駆け抜ける。何かがおかしい。
正体は掴めないが何か猛烈な違和感を感じる。
そう、まるで何か致命的なものを見落としているような――
周囲に意識を向ける、アレックスとリリーは相手の捨て身の特攻に防御態勢が取れていない。このままではあの4人はダメだろう。
後衛に関してはこちらは真由美の砲撃の妨害をあちらは支援を、といった感じで変わらない。
「――何なの? この気持ち悪い感じは」
砲撃はもう着弾しようとしている。咄嗟に防御態勢に入った味方の2人と気にせず攻撃を進める相手の2人。
正気の沙汰ではない。真由美のチームはいつからこんな狂戦士染みた集団になったというのだろうか。
「っ、アレックス! リリー! 障壁展開!」
距離があるため、強度は落ちるがないよりもマシなはず。
こちらの防御は万全とは言い難いが、それでも相手よりはマシである。
光が視界を覆い尽くし砲撃が着弾するその瞬間、サラは信じられない光景を目にすることになるのだった。
「な、え、……き、消えた? どうして」
歴戦のサラをしても経験をしたことがない事態、突然砲撃が消えるという現象を前に戦場いるにも関わらず、一瞬自失することになる。
『サラ!! 優香を逃がさないで! 後ろに下がってるわ! リリーが危ない!』
ハンナの念話でようやく相手の狙いが読めたが、その時には既に遅かったのだった。
『リリー選手撃墜! アレックス選手! 共にライフ0%撃墜!』
優香の脳裏には投入直後に説明された真由美の作戦説明が蘇っていた。
――作戦は簡単だよ、私が全力を打ち込む。着弾するその瞬間に砲撃を消す。隙ができるだろうから、サラちゃん以外の2人の前衛を落とす。これだけの話かな――
真由美の固有能力は2つ。
その内で今回の作戦の要となったのは『魔力の減衰を操作する能力』である。
普段は一瞬で魔導砲撃の密度を上げるという形で使用されているこの能力だが、当然のことながら逆の操作も行える。
一瞬で密度を0に、つまり砲撃を消すことができるのだ。
基本的に攻撃を無効化することなど何のメリットもないため使用されてこなかったし、真由美もできることはできるが別段意識していない使い方だった。
だからこそ、それは最高の奇襲として成立する。
「もうわかってるでしょうから、一応言っておきますけど、サラさんの相手は剛志なんでよろしくお願いしますね。もちろん、私たちも混ざりますけど」
今回の作戦について考え込んでいた優香を葵の声が引き戻す。
8割方決まった勝負ではあるが、まだ終わってはいないのだ。気を抜くなど持っての他だろう。
「……まだ終わってはいません! ハンナ!」
恐らく念話を行っているのだろう、この状態での次の手は大体想像できる。
ハンナ以外の後衛2人を前衛要員と交代するのだろう。大体5分ほどだと思われるがその時間を待つ道理などこちらにはなく。
「では、いくぞ『鉄壁』。我が拳に耐えられるか?」
「行かせない!!」
先程までとは異なり、相性が最悪である佐竹剛志との戦闘がサラを待っているのだった。
「終わったな」
「ええ、ここまでね」
控え席にいる妃里と隆志がほぼ状況に決着が付いたことを確認する。
健輔と圭吾の2人は言葉もなかった。
自分たちの出番がなかったことは悔しいが実質パーフェクトゲームになろうとしている試合展開を前には何も言えない。
「サラは強いわ、破壊系をメインに使う様なやつ以外だったら1人でも3人くらいなら軽く拘束できるし、突破もゆるさないわ。もちろん、私、葵、優香の3人でも、止めれる。だからこそ、剛志だけはダメよ。相性が致命的に悪いもの」
「『鉄壁』の必勝パターンは四方を障壁で拘束して、ハンナの砲撃で落とす、だ。あのチームはそれに特化してできている。単純だがサラを簡単に突破できない以上強力な戦術だと言える」
だが、魔導師として最硬の防御力を誇るサラ・ジョーンズにはある弱点がある。
破壊系――この系統、実は完全な創造系のメタ系統である。
『魔力の結合を阻害する魔力』を生み出す系統であるが、身体系以外との相性が致命的と言っていいほどに悪い系統であり、実質組み合わせはどちらをメインにするか程度のものでしかない。
そして、一般論的に言うならば身体系をメインにした障壁キラーになるのがこのスタイルの平均的な魔導師と言える。
その平均的な魔導師ならば、サラの障壁は著しく防御力は落ちるが一撃破壊はない。
相性が悪いのは間違いないが、ギリギリ致命傷ではない。
しかし、物事には何事も例外というのが存在する。
「剛志のやつはメインが破壊系だ。恐ろしくニッチな範囲で強力な奴だから2つ名こそないがサラと同レベル破壊系の使いだぞ? いくら『鉄壁』の障壁といえども紙と変わらんよ」
「体捌きの方もまだまだ未熟だったとはいえ、優香ちゃんを抑え込めるレベルなんだから――」
『サラ選手! ライフ0、撃墜です! 前衛の壁がなくなりました! これはもう決まっってしまうのでしょうか!』
「――こうなるわね」
『鉄壁』が2分耐えられない。魔導は一芸特化になるため、相性が顕著にでる。
その中でも最悪の相性が今回の組み合わせだった。
「これで終わりですか?」
「ええ、サラが落ちるとあそこは一気に戦力が半減するわ。隠し玉もないみたいだしね」
「最終日まで温存、いや、恐らく1年だからか。あいつも大変だな、負けてみせるのも必要ということか」
負けてみせる、健輔は隆志のその言葉が印象に残った。
なるほど、この模擬戦にはそういう側面もあったわけだ。
無論、相手も負けるつもりなどはないため、現段階の最高戦力と必勝パターンで挑んできたことには変わらないだろう。
「こっちもあっちもいろいろ考えてるんだな」
「そうだね、僕たちは次に向けて温存ってところみたいかな? 相手側と比べての問題点も見えてきたからね」
自分は参加できなかったが実りの多い模擬戦だったことは間違いないだろう。
今後の合宿がどうなっていくのか、実に楽しみである。
『九条選手が後衛に肉薄! これでは交代を進めることはできません! 後衛と前衛がクロスレンジでぶつかるいう状況でハンナ選手決死の抵抗を続けますが、これは厳しい!』
交代中は静止しなけらばならないので、相手が近寄ってくると交代を行えなくなる。
ハンナの砲撃で葵の障壁と剛志のライフが幾分削られたが、この状況ではその火力も本領を発揮できないだろう。
高機動型は戦局を打開する火力こそないが、適切に運用されれば相手の手札を制限することは容易い。
何より、如何に高位の魔導師とはいえ、後衛が前衛の距離で勝てるわけはないのだ。
『ハンナ選手、ライフ0、撃墜です! 流石に前衛3人相手では『女帝』と言えども厳しかった!!』
「勝ったね」
「ああ、勝ったな」
後は完全に消化試合である。
こうして、合宿初日の模擬戦は健輔たちの勝利に終わったのだった。
「予想通りの試合運びで、見事に欠点も浮き彫りになったな」
試合終了に伴い、撤収の準備を進める真由美に早奈恵が声をかける。
勝利したことは嬉しいがハンナのチームとの対比でこちらのチームは懸念していた要素が強く出てしまった。
「チームとしてのパターン作りがいるね。正直なところ、今回のあれは奇襲なんてレベルじゃない方法で勝ってるからね。そう何回もやれないしやりたくないよ」
「統一性皆無の弊害が見えたな。個人技量に頼り切ってるから、突発的な事に弱いという弱点がちらほら今回も出ていた」
初期の火力メンバーから優香を投入して試合を動かしたが、チームとしての動きではあちらが完全に優っていた。
勝てたのは、真由美の隠し玉がうまくきまったのと、サラと剛志の相性によるものところが大きい。
『鉄壁』サラ・ジョーンズは格上相手でも破壊系以外ならその役割を完全に遂行することが可能な前衛である。
彼女とハンナを軸に作られたチームは総合力では明らかに真由美たちを上回っていた。
安定性、つまり不得意な距離や戦いがないというのはそれだけアドバンテージに成りうるものだからである。
「ハンナもああ見えて、バランスがいいし、サラは本当にいい壁役だよね。普通、もうちょっと目立ちたいとかあると思うんだけど、まったくそれを見せないんだもん」
「翻ってこっちは戦闘大好きな求道者ばかりで、チームとしては統一性に欠けるときた。どうしようもないことだが、なんとかしないと付けいられるぞ。特に葵だな、九条との戦いでもあったが、あの機動力の無さは割と前衛としてはきつい」
「剛志君もね、サラ相手には最強だけど、それ以外だと途端に戦力が落ちちゃうからさ。チーム全体でアップダウンが激しすぎるのはなんとかしないとダメだね」
リーダーは似てるようで少し異なる能力同士だが、チームは正反対といっていいチームになっている。
ハンナの方も自身のチームの弱点など大体想像がついていただろう。
チームとしての完成度が高い故に、個性に欠ける。
スタープレイヤーの2人が軸であり、受けにも攻めにも強いがサラが落ちると途端に機能しなくなる。
対策はあるが、これまでずっとあの戦法で勝っているのだからいくらリーダーでも変えづらい。
それに出来上がったものを崩して再構築するのはかなり手間である、だが手本があれば話は別だろう。
「私たちはハンナたちのチームとして形を学ぶことができる」
「そして、ハンナたちは我々の個性を学ぶ、か。咄嗟の思いつきだったろうにそれなりに筋が通った理由をでっちあげるのはお前もハンナも病的なまでにうまいものだな」
呆れたといった感じの言い方だったが、悪意はない。
事実として真由美のチームが抱える弱点はそういうものだからだ。
1年たちに連携を覚えろと言ってペアを組ませたのもこの弱点を見越して、である。
当初は口で説明して、練習で強制するつもりだったがわかりやすいカモが自分から飛んで来てくれたため、その誘いに乗ることにしたのだ。
「まあ、負けるより勝って気づいてもらいたいから本気でやったけどさ。あっちはこの後怖いだろうねー」
「幸先の良いスタートでよかったと思っておこう。……どうせ、ここから忙しくなるんだ」
そう、所詮合宿の1つ目のイベントが終わったすぎないのだ。
勝利も喜びもほどほどに彼女たちもチームと合流するため戦場を後にするのであった。
重い沈黙に支配された反対側の陣。新入生たちは華麗にパーフェクトゲームで勝つ先輩たちしか知らず、当然敗北も経験したことはない。
だからこそ、あっさりと完全敗北を喫したことに驚きを隠せなかったのだ。
「予想通りといえば、そうなんだけど真由美のところ去年よりも際物化が進んでないかしら? 後、脳筋志向も極みの領域に近づいてるわね。いやねー頭のいい戦闘好きって」
「真由美もあなただけには言われたくないと思いますよ? 際物化は否定しませんけど」
もっとも、当のエース2人はそれを柳に風といった感じで流している。
必勝パターンではあったが、流石にそろそろ陳腐化してきていたのだ。マニュアル通りにやって必ず勝てる、などというものがずっと続く方がおかしい。
「ほらほら、落ち込まないで。これは試合でも、練習なんだから。次がある、わかってたでしょ? 悔しさと敗北から学習しましょう。そんなに難しく考えなくていいのよー、なにより、私たちより強い相手がいるってことはまだまだ上にいけるってことよ? 楽しくならない?」
「ハンナ程突き抜けるのもあれですが、あまり深く考え込まなくていいですよ。むしろ、合宿相手が強いんだから糧にしてやるぐらいでいいと思いますよ」
「まずは反省会ねー、向こうからの意見も聞いて問題点を洗って潰さないといけないわ。ほら、行くわよー」
相手合流しようとするハンナの後ろをメンバーたちが追いかける。
「お互いに課題は多そうですね、真由美」
最後にそう呟いたサラも部屋を後にする。
双方共に抱えた課題は多いが、それは逆に言えば可能性である。
そして、この熱い夏の熱は必ず彼らの刃を研ぎ澄ますものになるだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の更新は日曜日になります。




