第296話『決戦、パーマネンス』
試合開始に両チームの核が動き出す。
先手は当然、世界最強の魔導師――『皇帝』クリストファー・ビアス。
会場から近い場所にある群島フィールドを覆い尽くす規模の空間展開が唸りを上げる。
「加減はない、全霊だ。『魔導世界』!」
既に幾千回も繰り返された初手の動き。
クリストファーの動きに淀みなど存在しない。
そのまま流れるように空間内には、魔導人形たちが生み出されていく。
彼の代名詞たる最強の軍団。
圧倒的な物量が健輔たちに牙を剥く。
――しかし、これまでの挑戦者と彼らは違う。
無限の軍団には無限の可能性を。
同じようにただ量をぶつけるだけでは味気ない。
健輔の返礼は一味違った。
「いくぞ、陽炎!」
『了解です。術式の選択を開始。選択する術式は――『ヴァルハラ』!』
「シャドーモード、モード選択。皇帝、お前の力を貰うぞ!!」
皇帝の意思に染められた空間展開に適した魔力を健輔は取り込んでいく。
多少の抵抗はあるだろうが、本人から直接供給されるものと比べれば、抵抗など大したものではない。
普段の健輔では、創造系1つに力を絞っても空間展開などという絶技は展開することは不可能だ。
――健輔が万能系で無ければ、ここで諦めたかもしれない。
現実では彼は万能系であり、思いついた手段を実現するだけの力があった。
皇帝の力を1部だけでも取り込めば、後はどうとでも出来る。
彼女の――フィーネ・アルムスターという女性との戦いの全ては健輔の脳裏に焼き付いているのだから。
イメージするのは、強固な空間展開にあらず。
彼の前に立ちはだかった気高き女神の姿である。
彼女が出来なかったことを、健輔が変わりに達成するのだ。
味方の力を極限まで高めて、頂点を引き摺り下ろす。
「ぐっ……重い!」
『負荷が掛かっていますが、マスター、耐えてください』
「愚問だ。俺を誰だと、思ってる!」
空間展開『ヴァルハラ』は本来ならば、フィーネの力があって本領を発揮するものだ。
健輔が全ての術式構成を提供されたとしても、完全なる再現は不可能である。
しかし、今回に限っては何も問題はない。
『ヴァルハラ』の名を冠したのは、フィーネへの敬意のためであり、同時に敵に誤解させるためだ。
万能系ならば、もしかして。
この小さな積み重ねがいざと言う時に効果を発揮する。
真実の狙いはたった1つ。
味方の魔力に干渉する、と言う効果。
その1つ以外は全てを切り捨てて良い。
言うならばこれは、健輔版の『ヴァルハラ』。
女神のエールを受けて、戦士はさらなる高みに到達する。
シャドーモードは誰かの影になる力。
戦士たちの楽園を冠した術式を組み合わせて、力を反転させるのだ。
すなわち――
「決戦術式『クォークオブフェイト』!!」
――チーム全員の強化に他ならない。
全員の可能性を究極まで高める術式。
皇帝の輝きとは正反対の影の力が、王者に対して牙を剥く。
敵が想像で最強の軍団を作ると言うならば、健輔は現実に最高のチームを生み出す。
結果は似ているが、効果は正反対。
自分の力で戦う者。
自分と皆の力で戦う者。
別の極致にいる者だからこそ、この激突が起こった。
健輔は不敵に笑う。
「さあ、先輩たち、後は頼みましたよ!」
術式の維持で健輔は能動的な戦闘は不可能である。
敵の壁を剥がすのは先輩たちの仕事だった。
この術式の効果はぶっつけ本番であり、何がどうなるのかを予想は出来ても確信は持てていない。
もしかしたら、期待よりも効果が低く、あっさりと返り討ちにされるかもしれない。
可能性だけを問うならば、いくらでも危険な要素は転がっていた。
それでも、健輔を信じて真由美たちはチームの命運を賭けたのだ。
結果はここに結実する。
「――いいよ、開幕は派手に、一気に片付けようか!」
声を上げるのは真紅の凶星。
このチーム――否、世界最強の砲台は敵軍を見定めて唇を舐める。
ただ数が多いだけで、彼女の進撃は止められない。
「吠えなさい、羅睺! 今回だけは、後を考えない!」
『術式解放『終わりなき凶星』』
「薙ぎ払う! 全てを!」
初手に最大火力。
後のことなど微塵も考えない歓迎の砲撃は戦場を駆け抜けて戦場を薙ぎ払う。
軍団が僅かな時間とはいえ、一瞬で消滅する。
両者を遮る空間にぽっかりと空いた隙間。
物量を失った敵軍に目掛けて、進撃する3つの光。
数が消えるのは僅かな間だが、敵陣に突入するには十分な時間だった。
何より、仮に復活したところで真由美が進路だけは遮らせない。
「さあ、派手にいこう! こっちは手加減なしだよ!」
『バレット展開。次弾装填』
「掃射!」
真紅の光が再度、皇帝の軍勢に襲い掛かる。
ただの魔導人形では抵抗すら不可能な暴虐なる破壊力。
対峙するパーマネンスにも感嘆の声が上がるほどである。
『女帝』をよく知っているからこその感嘆であった。
量では女帝だが、質では明らかに真由美の方が上にいる。
ただ数が多いだけの人形ではどうしようもなかった。
ラファールよりも遥かに早く真由美たちは皇帝との近接戦闘に移る。
最初に殴り込みをかけたのは、クォークオブフェイトの特攻隊長。
チーム内で最強の近接魔導師、藤田葵だった。
魔力固有化を発動させて、加減など存在しない全力での突入。
彼女の前に立ち塞がるのは、皇帝を守る7人の戦士たち。
序盤からの速攻。
パーマネンスの本領を発揮される前に、クォークオブフェイトは勝負を決めに掛かるのだった。
「見えた!」
赤紫の輝きが包む中、葵は笑みを浮かべる。
何も考えない全力攻撃。
一切の加減なく最初から全力で戦うのは、本当に楽しい。
ましてや、敵が世界最強ならば当然であった。
「皇帝! その首、貰うわよ!」
「破星か、安くはない。取れるものなら、取ってみろ」
「ええ、やってやるわ!」
今回の葵の役目は何も考えずに暴れ回ることだ。
やることはただ、それだけである。
何も枷がないという解放感は言葉に出来ない喜びがあった。
チーム全体としての戦略は伝えられているため。最低限の目的は設定されている。
逆に言えば、それ以外は何をしてもよいということだった。
1人でも多くを撃墜するのは当然だが、皇帝の首を狙っても良いのだ。
「その首、貰うわよ!」
葵の必殺の拳が皇帝を潰そうと襲い掛かる。
しかし――
「拝謁したいというのなら、まずは我らを倒せ」
「やっぱり、ここで出てくるわよね! いいわ、先に潰してあげる!」
「ロイヤルガード1。オリバー・ディアス」
「クォークオブフェイト、藤田葵!」
葵の渾身のストレート。
魔力固有化により強大化した力は、並みの障壁程度なら一撃で粉砕する攻撃力がある。
しかし、敵は皇帝を守るための近衛兵。
防御に特化した彼らは守るという1点においては、ランカーに劣らない。
それが葵ほどの魔導師であっても、結果は変わらないのだ。
甲高い音が響き、葵の攻撃が完全に防がれる。
彼女の視界に映るのは、巨大な盾。
大柄なアメリカ人男性であるオリバーが完全に隠れてしまうほどの大きさを誇っていた。
魔導によって、空中で操作できなければ持ち運びすらも困難に見える無骨な盾。
彼らロイヤルガードと自称する魔導師はこの物理的な盾と障壁術式を以ってして皇帝を守るのが役割だった。
「私の攻撃を防ぐか……。素敵ね!」
「如何に強くなろうが、拳だ。実際の威力はそこまでの程でもない」
「言うじゃない! 試してみる? 身体でね!」
巨大盾が葵の攻撃に合わせて動く。
中央部分、ちょうど真ん中あたりに拳を当てた時に、葵は妙な違和感を感じた。
そこだけ脆い感じがしたのだ。
「弱点? でも、怪しいわね。だったら……!」
「こい、幾度でも受け止めてみせよう!」
再度の攻勢にオリバーは冷静に対処する。
彼らは全員が守りのエキスパート。
オリバーはその中でもっとも強い魔導師である。
どれほどの攻撃を前にしても守り切る、強い意志が彼には存在した。
彼らのリーダーには傷を付けさせないのが、誇りであり、矜持である。
葵の戦意に呼応して、オリバーも守りの意思を研ぎ澄ませていく。
基本的に主導権などは全てが敵に与えられる防御スタイル。
目立ちたい年代には不人気であるが、だからこそ強いスタイルでもあった。
誰も正確な対処方法を知らない。
現に葵も戦うのはほとんど初めてに近いスタイルであった。
攻略法はよくわからない。
研究を行っているが、中途半端な予測なら無い方がマシだというのが、葵の持論である。
選ばれる選択肢は、実に彼女らしいものだった。
「――正面からいく!」
魔力をバーストさせて、攻撃力を高める。
脆く感じた部分への全力回し蹴り。
ブースト分も含めれば、人間が簡単に吹き飛ぶ一撃を受けて盾が軋みを上げて、2つに分かれた。
「やっぱり、罠よね!」
「ふん、この程度の小細工には気付くか!」
分かれた盾が別々に動き出したのを見て、葵は笑みを浮かべる。
1つの大盾で防御するようなスタイルとはデータにはなかった。
合体させて大きく見せていたのだ。
「小細工しちゃうくらいには、私のことが怖いかしら!」
「ああ、怖いな。恐怖は守りを行う上で重要だからな」
「――はっ、いいわね! 正直な男は嫌いじゃないわ!」
「俺は、御淑やかな女性の方が好みだな。お前はタイプではないよ」
オリバーの挑発に葵は獰猛な笑みを作る。
正面からの挑発も――嫌いではなかった。
「潰す! これでも、女子力は高いんだからね!」
「ぐゥ……!? 女子力に、腕力は入らないのが、男性の見解だな!」
「言うじゃない! 認めるまで、殴るのをやめないわよ!」
「はっ、これでも我慢強いと評判でな。貴様の拳程度、止めれずに、何が最強のチームだ」
「じゃあ、全部、止めてみせてよね!」
葵の流れるような連撃を受け止めるが、衝撃までは殺し切れずに追い詰められる。
ダメージはない。
しかし、この猛追を最後まで防げる自信は彼にもなかった。
それでも表情に動揺はない。
皇帝のワンマン、そう言われていても、影で支えてきた矜持が彼らにもある。
「面倒なチームだ。だが、それでも勝つのは、俺たちだ」
皇帝への全幅の信頼。
彼らは守るだけで勝利できる。
今までも、そしてこれからもそうだった。
真由美が生み出した一瞬の空白。
圧倒的な火力は確かに物量を凌駕した。
一瞬とはいえ、偉業なのは間違いないだろう。
『クリス、準備は良いよ』
「ああ、いこうか、ジョッシュ。――反撃だ」
再度生成される魔導人形たち。
その姿はクォークオブフェイトのメンバーの姿をしている。
早くも第2段階に突入した皇帝の軍団は敵の中核を――身動きできない健輔を潰すために進軍を開始した。
無限の軍団を前にして、動けない健輔に出来ることなどない。
進撃する軍勢は全てを飲み込むようにただただ前進するのだった。
魔導人形に意思はない。
姿を模しているが、本人の性格など反映されていないし、出来るものでもない。
皇帝のイメージ補佐以上の役割は存在せず、彼らの姿は飾りでしかないのだ。
意思無き人形。
主と操り手の2人の意思を受けて動くマリオネットは、命令された役割を遂行するために前に進み続ける。
赤い暴虐に飲まれて、数が欠けようが止まらない。
ロイヤルガードたちが不利であろうが止まらない。
クォークオブフェイトからの妨害があろうとも止まらない。
進撃して、撃滅することが彼らの使命なのだ。
操っているジョシュアもそれ以外のことは望んでいない。
真由美の砲撃を、真由美の姿をした人形が受け止める。
現段階では本人には程遠い性能しかない人形だが、数だけは立派であった。
足りない分は数で補えば良い。
後はネズミ算式に突破していく数が増える。
都合100体の葵人形が防衛線を突破して、健輔に迫っていく。
数はどんどん増えていき、今の健輔に抵抗は不可能な領域に達する。
「――まあ、君たちが狙ってくるのは、ある程度は予想通りだよ」
意思無き瞳が視線を向けた時には、彼女の活動は止まっていた。
横に割れる視界――否、断ち切られた視界は糸のようなものが映っている。
映るのは寂しそうに微笑む男性が1人。
「葵さんの姿をしてるから罪悪感が湧くね。これはあんまり見たい光景じゃないかな」
意思無き人形には言葉は通じないが、命令を果たそうと男性に対して構えを取る。
堂に入った構えは確かに見栄えはよかった。
しかし、だからこそ男性の――高島圭吾の目は誤魔化せない。
「そんな恰好だけは揃えたものじゃ、僕の結界は超えられないよ。健輔の強化には偏りがあるんだ。真由美さんと葵さんには最小限。逆に僕には――」
圭吾の言葉を最後まで聞くことなく人形たちは一斉に障害の排除に動く。
命令からは正しい反応である。
だが、無謀と言うしかないだろう。
彼は浸透・創造系。
他者の領域を侵すことに関しては、ある人物以外には負けない手品師だった。
指から伸びる細い糸が圭吾の意思を受けて、周囲に立方体を生み出す。
「――最大の補助をしているんだ。空間展開は凄い技だけど、こういう対抗方法もあるよ」
立方体が出来た瞬間に中に生み出された葵の姿をした人形たちは、存在など初めからなかったかのように掻き消えていく。
浸透系による魔力遮断。
皇帝は創造系を極めた魔導師である。
空間展開内部ならば、確かに万能に近い。
ならば、その前提たる空間展開をどうにかしてしまえば、万能性が失われるのではないか。
健輔はそのように考えた。
その成果がここにある。
魔力を――魔素を断ち切る技を磨き上げた友と健輔が協力して、初めて完成した技。
『ヴァルキュリア』との戦いでは真価を発揮しきることは出来なかったが、あの戦いと健輔の協力により、圭吾は遥かな高みへとついに至った。
アマテラスがかつて、パーマネンスを追い詰めたのには2つの理由がある。
桜香の存在は最たるものだが、当時の彼女だけでは王者に抗するのは不可能だった。
もう1人いた、先代の太陽たる彼女こそがキーパーソンだったのだ。
最終的に敗北したのも、彼女の撃墜が占める割合は大きい。
数多の対策の中で、最も皇帝に迫った浸透系の奥義。
使い手は違えど、同じ技が再び王者に迫る。
「さあ、皇帝陛下。健輔に会いたいなら、僕を突破してみると良いさ」
圭吾らしくない挑発的な物言い。
守りの結界使いは不敵に笑う。
健輔を守る最強にして、最後の砦。
親友の護りを受けて、健輔はチームの支援に専念する。
戦いは序盤だが、内容は既に中盤模様だった。
お互いにこの試合こそが正念場だと認識している。
どちらの積み重ねた札が勝つのか。
勝負はそこに焦点が当たっている。
「よし、陽炎。次の準備だ」
『了解です。マスター』
故に両陣営は速やかに次の手を打つ準備を始める。
「ジョシュア、次に行くぞ。これは、出し惜しみなど出来ん」
『了解だ。敵の術式の解析も進めるよ。効果がわかれば、狙いも読めるだろうさ』
前衛、後衛関係なく入り乱れる戦場で、両チームの核がお互いの札を競い合う。
姿は見えずとも、両者共に相手の戦意を感じていた。
最強の魔導師に浮かぶ不敵な笑みと最高の影に浮かぶ挑発的な笑み。
笑顔を浮かべて、2人は戦場を動かそうとするのであった。




