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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第293話

 4日目の朝。

 昨夜のいろいろから明けた爽やかな朝に健輔の姿はなかった。

 それもそうだろう。

 限界を無視して戦闘を行った健輔はチーム首脳陣にさっくりと監禁されてしまい、部屋から出てこれなくなっている。

 問題児をとりあえずは封印できたことで安心した4人は、明後日に迫った決戦の細部を詰めるためミーティングを行っていた。

 大まかな方針としては、健輔が提案した作戦に沿うことになっているが、細かい部分はまだまだ荒いところが多い。

 戦場は水物であり、事前の予定が通用しない場所ではあったが、それと無策で挑むことは全く別の話である。

 事前に予測が可能な部分は予測しておくべきであった。


「さて、健輔たちが祭りを堪能してきた影で俺たちは地味な仕事をこなす訳だが……」

「そういう言い方はよくないでしょう? それに、昨日は私たちも遊んだじゃない」

「違いないな。まあ、加減を知らないアホは残り2日、縛り付けておけばよいだろう」


 妃里と隆志の2人は幾分か疲れた様子を見せる。

 昨日、健輔たちが多くの魔導師と戦う中、隆志たちも2年生と共に戦いを駆け抜けた。

 1年生たちが健輔とフィーネのコネクションで人を集めたのならば、彼らは真由美と――紗希のコネクションで人を集めたのだ。

 シューティングスターズから、サラとハンナ。

 暗黒の盟約から宮島宗則、魔導戦隊からは星野勝や正秀院龍輝。

 他にも国内の強豪を問わず、イギリスからは『星光の魔女』がやってくるなど豪華な戦いを行っていた。


「まあ、あおちゃんも含めて楽しんだ上で、調整も出来たのなら言うことはないよね」

「お前たちも錆び付いた部分くらいはなんとかなっただろう。次の試合は正念場だ。……いや、ここから先に手を抜く余裕などない」

「わかっているさ。俺たちは次の試合に全てを注ぎ込む。限界を超えても問題がないからな」

「真由美と一緒に戦える最後の機会だもの。精いっぱいやるわよ」


 世界大会に来る前から隆志と妃里は覚悟していた。

 チームのメンバーは総勢13名。

 対して基本ルールにおける出場人数は9名。

 4名が試合に関与することが出来ない。

 交代などのルールは確かに存在しているが、高速化した魔導の戦闘において時間のロスは大きく、国内大会ならばまだしも世界大会ではあまり活用する機会はなかった。

 世界規模での大規模なルール改訂は噂されているが、現時点では意味がない。

 特徴がない、クォークオブフェイトの中では平均的な実力の2人は出場できないと悟っていた。

 しかし、運命のイタズラか、それとも神の祝福なのか。

 出場する機会が与えられたのだ。

 後輩の決意を受けて、彼らも不退転の覚悟で試合に挑む。

 次の試合に全てを注ぎ込み、その上で勝利する。

 充実した戦意が2人をやる気を示していた。


「敵は最強。常に頂点にいた魔導師。ノータイムの戦闘になるでしょうね。休む時間なんてない」

「おまけに連携も上手く取れるかがわからない。敵の全容は明らかになってないからな。……どんな状況に陥ろうとも、負けない心が重要になる」

「愚問だな」

「ええ、このチームを信じなくて、何を信じるのよ。まあ、健輔は女心がわからない奴だけど……」


 おそらく3年生の中で、最も健輔に否定的、というとあれだが反対意見を述べたであろう女性が穏やかに微笑み、


「約束は守るわ。優香ちゃんを決勝に連れて行くと言ったのなら連れていくわよ。私たちはそれを信じれば良いだけだもの。楽をさせてもらってるわ」

「ふっ、そうだな。ああ、俺たちは良い後輩を持ったよ」


 隆志は言葉にしなかったが、その場に居た者たちには続きの言葉が聞こえた。

 仮に、万が一敗北で全てが終わっても後悔はない。

 全員がその気持ちを共有していた。

 泣こうが喚こうが、猶予は後1日。

 最強に挑み、勝利した上で決勝で勝たねばならない。


「……行こうか。想定できるだけのことはしたよ。後は、運と……実力。そして――」

「絆、だろう?」


 兄の問いに妹は微笑む。


「ううん、違うよ。意思、かな。絆なんて言うまでもないでしょう」

「……そうだな。失言だった。此処まで来れば、中途半端なチームなど存在しない」

「うん。だからこそ、優勝する意義がある。簡単に超えられる試練なんて意味がないよ」


 全力を賭して、なお超えられない。

 そんな壁だからこそ、超えた時に意味があるのだ。

 これまでに費やした時間、思い、誰もが何かを背負って戦いに挑む。

 

「楽しみだね。明後日が」

「そうね。あなたの夢を叶えましょう」


 このチームで世界を掴む。

 ありきたりだが、真由美が掲げた夢の実現は直ぐそこにまで迫っていた。

 クォークオブフェイトは進む。

 立ちはだかるのは、世界の頂。

 3年間、魔導を支配した王者の軍団。

 高まる戦意は今大会、最大級の激突を予感させるのだった。






 誰もいない部屋の中で彼は1人、戦いの映像を見る。

 画面の中でぶつかるのは、クォークオブフェイトとアマテラス。

 世界大会に至るための予選のような側面もある国内大会だが、その中でも最大級の衝撃を放ったのはこの試合であっただろう。

 第1報に関しては彼――『皇帝』クリストファー・ビアスですらも、信じることが出来なかったのだ。

 昨年に彼に肉薄した輝ける『太陽』。

 あの段階ではまだ次代の太陽だったが、今年戦う時には必ず脅威になると確信していた。

 それが名前も聞いたことがない新興のチームに敗北したのである。

 言葉にし難いだけの衝撃が確かに存在していた。


「どうしたんだい、陛下。部屋を真っ暗にして、研究でもしてるのかな?」

「……ジョッシュか。……ああ、イメージを膨らませていたのだが……」


 ノックもせずに入って来た友人にクリスファーは特に不快感も見せず、視線も投げずに応対する。

 彼らの関係はそういうものなのだ。

 泰然とした男と飄々とした男。

 相性が悪いように見えて、悪くない。

 そんな2人であった。


「君が言葉に詰まるのは珍しいね。……やっぱり、次の対戦相手はあれかい?」

「ああ、警戒すべきだろうな。……残ったチームの内、2つが厄介とは厳しいものだ」

「君が弱音とは……。ま、それも仕方がないかな。どちらも別の方法で君の天敵だものね」

「可能性と限界突破。どちらも無限に近いのが厄介だな。後者には恐怖が、前者には、未来が付き纏う」


 ジョシュアの発言にクリストファーは同意を示す。

 ベスト4に残ったチームの評価はいろいろと別れているが、彼ら『パーマネンス』内では明確に決定されていた。

 次の対戦相手たる『クォークオブフェイト』。

 そして、因縁の相手たる『アマテラス』。

 この2チームは楽ではない、という見解で一致していた。

 『クロックミラージュ』は未知数の上に、勢いがあるため観客などの評価は悪くないのだが、クリストファーたちからすれば、また別の意見がある。

 『アルマダ』に追い詰められて、ここで覚醒しているようでは話にならない。

 それが彼らの言い分だった。

 欧州の名門であるが、今大会で10位に収まっているアルマダに完璧に詰められる程度の基礎能力で『アマテラス』を突破できると思っているならば、余程の幸せものだろう。

 だからこそ、重要なのは2チーム。

 そして、どちらもが『皇帝』に対する脅威を抱えている。


「九条桜香はまだしも、この佐藤健輔は本当にイレギュラーだね。戦績評価、実力評価。いろいろなものが錯綜していて、本当に困るよ」

「可能性とはあやふやなものだ。人が簡単に判別できるものでもないし、何よりも強く信じられるものではない。この男は、そんなものを武器にしている」

「君はイメージ出来る範囲なら、それこそ完全無敵に近いが、逆説的に言えば……」

「イメージ出来ないものには負ける。道理だろうな。強みこそが、最大の弱点だ」


 健輔の万能性が器用貧乏になるという弱点に繋がっているように、桜香の強さがそのまま彼女の孤独に至るように、強さとは弱さと紙一重の面もある。

 この法則から、最強の魔導師も逃れられない。

 イメージを支配する帝王はイメージを超えられると破れるのだ。

 対策はあるし、何より自覚もあった。

 今更言われることではないが、この時期に、最後の年の頂点を決める時に完全な形で『敵』が来るのは、クリストファーも何かしらの運命を感じるしかない。


「不安かい? 最強が失われるかもしれないよ」

「不安だな」


 皇帝の短い肯定にジョシュアは笑う。

 言葉と声の力が一致していない。

 裏に隠された意図に彼が気付かないなど、あり得なかった。


「自分が相手に応えられないかもしれないのが、だろう?」

「ふん、その通りだよ。……相手の力で戦う。そんな俺を好まん者が多いのは仕方がない。味方の力を勝手に使われて気分が良いはずもないからな」

「その通りだね。君は王者として、その批判を甘んじて受けるべきだと思うよ」

「ああ、だが、だからこそ、俺は彼らの力を最も尊敬している」


 勝手に力を想像して、借り受けている。

 彼に敗北した魔導師たちの無念や憎悪は理解していた。

 だからこそ、余計に負けられないのだ。

 力を以って、無理矢理に収奪した能力たち。

 その能力が弱くなどない、と証明するためにもクリストファーは負けられない。

 相手が万能の可能性であっても、例外など存在しなかった。


「俺が勝つか。あの生意気な小僧が勝つか。……女神はあいつに賭けたようだが、俺は負けんよ」

「当たり前さ。早々にくれてやれるほど、最強の名は安くはないよ」


 絶対の王者として君臨してきた男にも弱点はある。

 しかし、彼は小賢しくもそこを突こうとするものたちを粉砕してきた。

 今回もやることはいつもと変わらない。


「可能性を束ねて、玉座に手を伸ばす者。お前の努力に敬意を表す。――手は抜かない。お前たちとの戦いに、様子見などない。此処に誓おう」


 画面の中で不敵に笑う健輔を睨み、皇帝は宣誓する。

 負けるかもしれない。

 柄にもないことを思うほどに、彼の闘志は燃え上がる。

 蹂躙など何も楽しくない。

 確かに最初は優越感などに浸れたが、そんなものは一食の楽しみに劣る刹那の喜びだった。

 困難極まる道程を超えることに意味がある。

 彼が引き揚げた魔導師のレベルが、ついに彼へ牙を剥く時が来たのだ。

 これほど嬉しいことはなかった。


「ああ、本当に――楽しみだ」


 弧を描く口元は画面に映る男とよく似ていた。

 ぶつかる日を夢見て、王者はイメージを研ぎ澄ませる。

 究極の創造をぶつける時は近かった。






 4日目の休暇は、各自穏やかに終わりへ向かう。

 部屋で休む者、戦いを夢見る者。

 闘志を滾らせる者、過ごし方はそれぞれだったが、見据えているものは1つ、未来にあるだろう激戦だった。

 ここに凪は最後の1日へと移り変わる。

 4日目に行われた新生『ヴァルキュリア』対『ラファール』の戦いは『ヴァルキュリア』の勝利に終わった。

 これによって、残った4チームを除いた今年のチームの順位が決定した。


 5位――『ヴァルキュリア』。

 女神の敗退というまさかの結果を前にして、ベスト4に残れなかった無冠の王者。

 欧州の頂点が玉座を掴む夢は潰えたが、彼女の意思は次代に生きる。

 『疾風』を寄せ付けなかった新たなる戦乙女は次の戦いでの雪辱を誓い、今年の戦いを終えたのだった。


 6位――『ラファール』。

 最強の壁に阻まれた『風』は欧州の壁にも阻まれることになる。

 総合戦闘能力に優れた優秀なチームだったが、同時にここが限界点でもあった。

 彼らに限らず、数多のチームにとっての課題。

 スーパーエースがいないというのをどうやってカバーするのか。

 今後はそこに注目が集まるだろう。


 7位――『シューティングスターズ』。

 下位決定戦を全勝で駆け抜けた女帝率いる流星たち。

 総合能力、及び安定性は抜群だったが、爆発力に欠けたのが敗因だった。

 逆に前述した安定性などで下位決定戦に勝利したことを考えると上位に行くのに求められるレベルの高さがわかるだろう。

 後1歩、そう評するのに足るチームだった。


 8位――『天空の焔』。

 今大会最大のダークホース。

 最低の総合能力でありながら、2大エースの脅威の戦闘能力により、欧州の名門を撃破する。

 極端なチームであるため、勝つ相手にはあっさりと勝つが、逆に負ける時はあっさりと負けるのが特徴であると言えるだろう。

 彼らの最大の不運は大会に参加しているチームの中でも最大級に相性が悪い『ヴァルキュリア』が敵であったことである。

 仮に『パーマネンス』が相手ならば、今大会は大きく様相を変えていた可能性があった。

 

 9位――『ナイツオブラウンド』。

 実力から考えると低い順位であるが、相性から考えると無難な順位。

 いくら遠距離対策をしているとはいえ、総合力も優れた『シューティングスターズ』と魔導師キラー、赤木香奈子を擁する『天空の焔』には焼け石に水だった。

 彼らも既存のスタイルとしては完成域にいるため、ここから先をどうするかが課題であると言えるだろう。

 未だに真価を見せてはいない、今後に期待できるチーム。


 10位――『アルマダ』。

 全敗という不名誉な結末だが、彼らが国内大会では順当に勝利を重ねたところから考えれば、世界大会での特化型の限界を示したものと言えるだろう。

 3強というスーパーエースを擁する総合能力に長けたチームと今後、どのように戦っていくのか。

 他の欧州名門などと共にそこが問われることになるだろう。


「これで、よし!」


 多くの者が寝静まった深夜に働く者がいた。

 自ら纏めた資料を見て、満足そうに頷く。

 激戦を潜り抜けるチームを傍で応援して、脱落するものたちの想いと、次へ託す姿を彼女も見てきた。

 直接戦うことはないが、チームの一員として自分に出来ることを彼女もしていたのだ。


「いよいよ、明日か……」


 日付が変わり、今日は最後の休暇となる。

 彼女――『クォークオブフェイト』応援団長、紫藤菜月の仕事も終わりが近い。

 もうやれることと言えば、チームを信じることと戦いの全てを記録することだけだった。

 全ての戦いが終わりに向かう。

 多くの人の想いを乗せて、最後の休日が幕を開けるのであった。


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