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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第292話『別々の道へ』

「皆さん、本日はいろいろとご協力ありがとうございました。幾らか、アクシデントもありましたが無事に終わってよかったです」


 もたれるように倒れ込んでいる1人の男を放置して、銀の女神は笑顔で祭りの閉幕を告げる。

 テンションが上がり過ぎて全力で暴走していた男以外は特に問題のない実りの多い戦いだったと言えるだろう。

 時刻は既に19時を回ろうとしていた。

 いろいろとあった休暇の3日目だが、終わりの時はどんなものにも来るものである。 

 やたらと良い笑顔をしている女性陣に1部の男性が青ざめた顔を見せる奇妙な空間だったが、表面上は穏やかであり、ある男性への制裁が行われたようには見えなかった。


「今日と言う日にこれだけの魔導師が出会ったのは、実に良い機会だと思います。敵だった者、勝利した者、敗北した者。いろいろとあると思いますが、良ければこれからも親睦を深めたいと私は思っています」

「まあ、悪くない祭りだったの。来年以降も、いろいろと楽しみになったの」

「試合はもうないけど、何が楽しみなのよ」


 武雄の感想に立夏が口を挟む。

 今日、ペアを組むことが多かった2人が意外なことに結構良い連携だった。

 真面目系の立夏と不真面目系の武雄では相性が悪く見えるものだが、案外2人の関係は悪くなかった。

 お互いがお互いの技を尊敬しているからだろうか。

 理由はわからないが、悪い空気ではないことは確かだった。

 飄々としながらも仕事はこなす、と信用していただけかもしれない。


「決まっとるわな。己を鍛え上げることだ。いつ、次の機会があるかはわからん。備えるのは普通だろう?」

「次、ね。まあ、期待しないで待ちましょうか。私も、まだまだやりたい事があるしね」


 3年生にとって、魔導競技とはもうすぐ終わるか、既に終わったものに近い。

 それでも費やした時間と作り上げた絆に対する思い入れは誰にでもあった。

 武雄もまた、その例外ではない。

 いつか、に備えるだけの理由もこの集まりで手に入れることが出来たのは大きな成果だと言えるだろう。


「世界、確かに見せてもらった。見事だ。欧州の女神よ」

「こちらこそ、極東のサムライ。あなたと出会えなかったことを私は寂しく思います。だからこそ、この集いは素晴らしかった」

「光栄だ。しかし、俺は安堵もしているよ。鈍らな刃ではなく、今の刃だけを見せることが出来てよかった」

「それはこちらもです。傲慢ではなく、敗者でもなく、リーダーとして在れた私で此処に来れて嬉しかったですよ」


 語り合う3年生の思いは、彼らが1つの区切りを共有しているからだろう。

 ここまで走ってきたものたちがバトンを渡す時は近い。

 その前に会えてよかったと言葉を交わすのだ。

 また、この集いは次代にとっても大きな意味があった。

 ここからぶつかっていくかもしれないライバルたちと会えたのは貴重な機会だと言えるだろう。

 負けない、と誰もが視線を交わし合う。


「……いろいろと無様な姿をお見せしましたが、今度こそ『水霊の創造者』に相応しい姿をお見せします。来年、決着を付けましょう」

「ええ、こちらこそ。私も、本当の私を見つけておきます」

「……ご武運を、九条優香」

「そちらも壮健で、イリーネ・アンゲラー」


 次代を代表する女性魔導師2人は実に絵になる姿で誓いを行う。

 固く結ばれた手はお互いが意識し合っていることを示していた。

 少し離れたところでその光景を見る雷の乙女もきっと同じ気持ちだろう。


「皆様、いろいろと思うところはありますが、ここで解散と行きましょう。後日、食事会でも開きたいと思います」


 自然と周囲を纏め上げるだけの雰囲気を持つのは、この中ではフィーネだけだろう。

 1つの時代を築いた女性は、有力な魔導師たちの中でも輝きを失わない。

 むしろ周囲が輝くほどに彼女の存在感は増していく。

 その姿に誰もが『女神』の2つ名に納得するしかなかった。


「では、この良き出会いに感謝を。――ありがとうございました」


 フィーネの挨拶を締めとして、魔導師たちは去っていく。

 凪の中に現れた小さな嵐。

 嵐は過ぎ去り、後には恵みが残される。

 それが芽吹くのがいつになるのか。

 種を植えた者――フィーネにも、それだけはわからない。

 勿論、武雄にも立夏にもわからないことである。

 しかし、1つだけ確かなことがあった。

 彼らが植えた種が芽吹く時、今の3強にも負けない輝きを放つだろう。

 その日を楽しみにして、今は各々の道に還るのだった。






 1人、その場に残った男は寝そべった状態で大地を見上げる。

 連続戦闘で最低20試合ぐらいは戦ったため、体力が本当に底を尽いていた。

 やり切ったような表情で男――健輔は小さく笑う。


「あー、楽しかった」

『いろいろと良い体験だったようで』

「おう。いやはや、女性陣は優しいな、瑞穂のため、俺に挑んでくるとは」

『何だかんだでフィーネが出てくるまではいけましたね。マスターは間違いなく成長していますよ』

「サンキュー。はは、いやー、本当にスッキリしたわ」


 フィーネの提案に乗る形でいろいろと暴れたが、実に良い休暇だった。

 健輔は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべる。

 瑞穂には多少やり過ぎたようで、優香からも非難を受けたが後悔などは微塵もなかった。

 健輔を睨みつける視線に確かなリベンジの気配を感じた。

 間違いなく彼女は来年度は戦闘魔導師として、健輔に立ち向かってくるだろう。

 今日の出会いの中にはそれを補強する力もあった。

 環境と意欲が揃えば、人間というものは不可能に見えることもなんとか出来るものだ。

 実体験として、健輔はそれをよく知っている。


「さて、と。あんまり、優香を待たせるのもあれだろうさ」

『やはり、外にいますかね』

「気付かれたみたいだしな。聡くなったというか、俺の行動に注目してる感じかな。喜ぶべきか、打倒の日がさらに遠くなったと嘆くべきか。どっちだと思う?」

『喜ぶべきでしょう? 優香の気晴らしも兼ねていたのですから』


 体を思いっきり動かせば多少は気も晴れるはず、という心遣いもあったからこそ、フィーネの提案に乗った。

 何も考えていない訳ではない。

 大輔が連れて行こうとしていたのがこことは思いもしなかったが、おかげで計画を後から踏み潰すようなことにならずに済んだ。

 そういう意味で影のMVPは大輔だと言える。

 健輔は自分のことをわかってくれる友人に頭が下がる思いだった。


「大輔は凄い奴だな。俺に出来るのはこんな自分本位の催しだけだしな。本当に優香のためになったのか、不安になったりもするさ」

『ならば、胸を張ればよいと思います。善意が人を傷つける時もあるらしいですが、優香にそれは無縁でしょう。喜んでくれてますよ』

「相手に甘えすぎるのが嫌いなだけだよ」


 陽炎の率直な態度と言葉に照れ臭そうに返す。

 最終的には自分で決めたとはいえ、いろいろと不安はあったのだ。

 健輔も何だかんだで、まだ高校1年生だった。

 未熟な部分など腐るほど存在している。

 

「……ま、決戦の前にはちょうど良かったよ。未来、っていうのも感じられたしな」

『より良い未来のためにも、皇帝は越えましょうね』

「ああ、未来のために。何よりもチームのためにな」


 瑞穂の一生懸命さは彼にとっての原点を思い出す切っ掛けになった。

 相手は最強の創造系。

 この世に願望を具現化する魔導師。

 実績に裏打ちされた確かな力量。

 中途半端な奇策など何も通じない。

 同じように、ただの力押しも通じない。

 だったら、普通では思いもしないことをするしかなかった。

 いや、思いついても実行しようとしないことをすればよいのだ。


「待ってろよ。女神のためにも、絶対にあんたは俺が潰す」


 目には決意を秘めて健輔は進む。

 ヴァルキュリアが敗退したのは当然だったと言われるようになるためにも、世界の頂を貰う必要があった。

 チャンスは直ぐそこに迫っている。

 迷う時間など、必要ないのだった。






「……フィーネさん」

「あら、何かしら?」


 並んで歩く2人の乙女。

 2人の美少女は見るものの視線を惹きつける。

 いや、惹きつけているのは銀の輝きだろう。

 優しい色のように見えて苛烈さを秘めた輝きは周囲の全てを飲み込む力を持っていた。

 添え物のように隣にいる彼女――レオナ・ブックはその輝きが大好きだった。

 幾度、目を奪われたのか。

 そんなものは既に数えていない。

 隣に並んでいるが、常に一歩引いた場所で背中を見守ってきた。

 誰よりも輝きに惹かれたのは彼女。

 ずっと、この最前列であり、最も近くて――同時に最も遠い場所でフィーネを見つめてきた。


「今日で、もう終わりですか?」

「ええ、これはお別れ会。湿っぽいのはあまり好きじゃないですから。最後は派手に、ですよ?」


 右目でウィンクするフィーネにレオナは苦笑する。

 丁寧な物腰は演技ではないが、どちらかと言えば彼女の敬愛する女性はお茶目な方だった。

 人に悪戯を仕掛けて、掛かるのを見て喜ぶ。

 大体はそんなタイプである。

 

「派手でしたね。会ったことがない、というよりも会う予定もなかった人たちばかりでしたよ」

「残念なことです。出会いは縁となり、縁は人を成長させます。この広くて狭い世界で会えたのは1つの奇跡なのに、本当に勿体ないですよ」


 心底残念そうな言葉はフィーネの本音なのだろう。

 より多くの人と出会い、語らえたらそれは素敵だ、と輝く女神は笑顔で告げる。

 敬愛する女性の言うことだから、というだけでなくレオナもそう思う。

 正直なところ、万能系の少年に思うところはあったが、年上として飲み込むことにしていた。

 あれは子どものまま大きくなっている。

 そう思えば、我慢は出来るのだ。


「ふふ、健輔さんのことですか?」

「……顔に出てましたか?」

「ええ、バッチリ。まあ、気持ちはわかりますよ。もう1度、という繰り言が許されるなら、私も再挑戦したいですからね」


 負けたまま終わるのは釈然としない。

 釈然としないが、負けは負けとして受け入れるしかなかった。

 フィーネに勝利した相手は無邪気に喜んでくれているのだ。

 怒りなどと言うものは長続きしない。


「フィーネさんは、その……」

「良い出会いだと思っています。最後の相手が、彼らで良かった、とそう思っています。嘘じゃないですよ?」

「わかってますよ。……フィーネさんは、本当のことを言わないだけですから」

「ふふ、よくわかってますね。今回の出会いは本当によいことばかりでした。私、運が悪いと評価されていますけど、そんな風に思ったことはないんですよ?」


 朗らかな笑顔でフィーネは自分の評価を口にする。

 レオナも知っている評価。

 世界大会において、フィーネは組み合わせに恵まれない。

 運がない、というのは噂話程度であるが、言われていることだった。

 しかし、フィーネは真逆の感想を持っていた。

 彼女は運がないのではない。

 持てるものを全て使い果たしているのだ。


「素晴らしい敵と出会って――素敵な後輩が出来た。これ以上は贅沢でしょう?」

「……私もあなたのチームに入って、あなたの後輩で嬉しかったです」


 魔導師になるためにこの世界に入っても戦わないものもいる。

 野蛮な行為だ、と言う者がいるのも仕方がないだろう。

 実際、優雅なのか、野蛮なのかと問われれば全ての魔導師が野蛮、と答えるのは間違いないからだ。

 しかし、そこにある楽しさと美しさは本物だった。

 命は掛かっていない。

 それでも、だからこそ出来る全力の戦いがそこにあった。

 

「素敵な戦い、素敵な出会い。そして、屈辱の敗北。本当に、本当に……いろいろあった3年間でした。でも、今は全てがあれでよかったと、そう思っています」

「一助に成れたのなら、幸いです」

「十分でしたよ。ええ、いろいろとあったけど、納得出来るならこれでよかったと思うんです。そう思えたのは、あなたたちのおかげだから」

「こちらこそ、本当にフィーネさんは素晴らしい人です。だから……だから……」


 レオナの言葉に嘘はない。

 出来ることならば、ずっとのフィーネの下で戦いたかった。

 優勝の栄冠を味わいたかった。

 たった1回。

 1度だけの敗戦で消えた夢は儚く、だからこそ美しかった。


「ふふ、泣かないの。しっかりしなさい、『光の女神』レオナ・ブック。あなたがそう呼ばれると信じていますよ。……後は、お願いします」

「謹んで、お受けします。……明日からは、ヴァルキュリアのリーダーとして、全霊を賭すことを誓います」

「気負い過ぎないように。真面目なのはあなたの美徳ですが、時には不真面目なぐらいがちょうどいいですよ。敵から、しっかりと学びなさい」

「女神と蒼の乙女や雷光、ついでに次代の女帝や……後は太陽を堕落させた影法師のように、ですか?」


 レオナの声は涙で歪んでいる。

 それでも精いっぱいの笑みを浮かべて、フィーネに微笑んでいた。

 彼女もそうやってやせ我慢を重ねたものである

 同じように笑みを浮かべてフィーネは答える。


「ええ、だって1流の撃墜者ですよ。しっかりと学んで来年は倒しなさい。次こそはヴァルキュリアが頂点に立つ。違いますか?」

「はい……。これまで、本当にありがとうございました」

「あなたなら、きっと出来る。――信じています」

「必ず、今度こそは――」


 2人の誓いはここに結ばれて、確かに形となった。

 魔導の世界を君臨した最強の一角はこの日確かに身を引いた。

 次の日の戦い。

 ラファールとの戦いにフィーネの姿はなく、中心にいるのは光の魔導師だった。

 まだ『女神』を名乗るには威厳が足りずとも、少女はゆっくりと前に進む

 それは試合を見守る全ての者に、確かに『次』を意識させる出来事であり、1つの終わりを感じさせる戦いとなるのだった。


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