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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第288話

 個人戦闘など、魔導競技を行う上で問題になるのが場所、つまりは戦域である。

 後衛も含めたフルメンバーでの戦闘を行おうと思えば、相当に広いフィールドが必要となり、常にチーム単位で練習をするのは現実的ではなかった。

 予約制、交代制となってしまい、そうすると経験数というのが抑えられてしまう。

 公式戦のみが大規模戦の経験となってしまう者もいる程だった。

 しかし、この新しい戦闘フィールドはそれらの問題を全て解決している。

 ここは空間を創造して作られた専用の『戦闘フィールド』なのだ。

 最新の魔導技術を使った設備はついにその領域まで到達した。

 連続展開可能時間がまだ短く、内部での空間展開が禁止されているなど、まだまだ改良の余地はあるが、極めて有用な存在だろう。


「後ろ!」

「わかってますよ。そちらにも来ています」


 市街地を模した戦闘空間で、健輔とフィーネは追跡者から逃げる。

 迫るのは烈火の如く迫る赤い魔導師。

 炎の少女は顔を憤怒に染めながら、健輔を追いかけていた。


「待てッ!!」

「言われて待つバカが何処にいるよ。ああ、お前のことか?」

「この……! よくも、言ったなぁ!」


 迫りくる炎の拳。

 ルールの設定上、遠距離攻撃を封じられた上にシャドーモードもない健輔はかなり弱体化している。

 弱体化しているのだが、動きに戸惑いはない。

 こちらこそが普段の姿なのだ。

 いつもの自分に戻っただけで戸惑う者などいないだろう。


「弱い弱い、葵さんの拳に慣れた俺に劣化した奴なんて効くわけないじゃん」

「っっ、よくも!! 絶対に、絶対に沈めてやる!」


 元々、ストレスが溜まっていたところに健輔の挑発が加わり炎の少女――カルラ・バルテルはあっさりとキレてしまう。

 怒りによって爆発した魔力は彼女に強大な力を与える。

 一見すれば、と頭に付くのを彼女だけは知らなかったが。

 健輔は力と速度だけは立派な攻撃を簡単に避けると、懐に入り込みカウンターの腹パンを決めておく。

 健輔が言った通り、劣化した葵のままでは絶対に勝てない。

 炎による攻撃も正直なところ、活かしきれているとは言い難いだろう。

 確かに熱いし、面倒臭い攻撃ではあるが同時にそれだけでもあった。

 葵は固有化で正面から粉砕するという力技で挑んだが、わざわざそんなことをする脅威を健輔は感じていなかった。

 

「クラウディアと互角、か。どこがだよ。明らかにあいつの方が強い」


 イリーネもそうだったが、クラウディアと互角されている2人だが健輔の見立てでは明らかに彼女よりも弱い。

 カルラもイリーネも、クラウディアのように属性を使った固有の戦い方が確立していないのだ。 

 カルラは炎を纏っているだけ、イリーネは水で創造するだけ。

 そんな単調な戦い方では奥の手も簡単に読める。

 真面目な優香だからこそ、イリーネにはある程度苦戦していたが、仮に健輔が彼女と戦った場合、破壊系を選択して接近すれば試合終了だった。

 動きが稚拙なのだ。

 才能に任せていたからか、ひどく読みやすい。

 フィーネの援護がない状態では、それがよく見える。


「おう、お前、少しは真面目にやれよ。わざわざ健二さんを置いてきてまで、先行してこれとか、舐めてるのか」

「そ、そんな訳ないでしょう! 私を誰だと……!」

「知らんがな。大層な2つ名だけど、不相応だな。へ――」


 カルラへ挑発を続けようとしたが、微弱な魔力の気配を感じて咄嗟に位置をずらす。

 まだそれなりに距離があったはずなのに感じた魔力。

 カルラを援護するために放たれた斬撃は空間に一筋の線を生み出していた。


「や、やべえ。これは、あの人――」

「――もう、来ている」


 風に乗って運ばれる声に健輔の身体は最速の反応を示す。

 咄嗟に選んだのは、防御に優れた友の力。


『モード変更』

「糸よ!」


 声に反応して、咄嗟に全方位を防御するが、それが不味かった。

 国内における近接戦闘の雄。

 極東のサムライに玉虫色な防御など意味をなさない。


「無為だな」

「マジか!?」


 展開した糸が一瞬で全て断ち切られる。

 あまりにも綺麗な太刀筋に背筋が震えるほどだった。

 迷いのない、1点しか見ない瞳は敵しか映していない。

 負けてもよい、そう思えるほどの武技に健輔は笑みを浮かべる。

 国内大会の時は、目覚めた直後だった。

 その時でも軽く一蹴されたのである。

 今の、より研鑽を積んだ健二に勝てるとは微塵も思えなかった。

 健輔が1人ならば、ここで終わっても必然だろう。

 しかし、カルラにサムライが付いているように健輔には勝利の女神がいる。

 健二がトドメをさそうと刀を構えた時、上空から銀の輝きが舞い降りてきた。


「すいませんが、させませんよ」

「女神、相手にとって不足なしだ」


 フィーネが放った一閃を軽く受け流す。

 それまで冷静な顔だった健二の表情に興奮の色が混じる。

 自分相手には冷たい表情をしていた男が興奮で顔を赤くしているのに、面白くない気持ちは感じる。

 感じるが、健輔にも健二の気持ちは簡単に理解出来てしまう。

 先の試合でもそうだったが、何をしても返してきそうなフィーネとの試合は本当に楽しかったのだ。

 敵でよかった。

 そのように思える魔導師は少ないが、その中でもフィーネは頂点に立つ存在だろう。

 1度も玉座を取れなかった不運の女神。

 そんな評価など、1度相対すれば鼻で笑えるようになる。


「参るッ!」

「テンペスト」

『防護術式展開』


 健二渾身の一斬をフィーネの風が防ぐ。

 彼女の魔力を帯びた銀の旋風はサムライの必殺を通さない。

 防御型の魔導師、フィーネの本質は変わらずそこにあるのだ。

 設定されたルールの中で健二に弱体化はほとんどない。

 いや、フィーネや健輔が弱体化していることを考えれば、彼は強くなっていると言っても良いだろう。

 国内において、技術のみならば頂点に近い近接能力は正しい意味で脅威だった。

 それでも、フィーネは突破を許さない。

 多少の目減りで負けるほど、女神の名は伊達ではなかった。

 何故勝てたのか、健輔も不思議である。

 最も健二も負けてはいない。

 風の防護を2度目の斬撃で切り払う。


「相変わらず、尋常じゃないな」

「確か消耗した状況で藤田さんじゃないと勝てなかったのですよね?」

「ええ、それに今は多分ですけど、あの頃よりも強いですよ。余計な重しがないんで」

「なるほど。流石はスサノオのエース。少々低迷していたようですが、ナイツオブラウンドと同じく振り切れると強いですね」


 フィーネの補助のおかげで健輔は攻撃を捌けているが、無くなってしまえば長くはもたないだろう。

 この近接戦闘における飛び抜け具合はスサノオの面目躍如と言うべきか。

 桜香も怖かったが、健二も怖い。

 鞘と組み合わせた攻防一体のスタイルは隙がなく硬いのだ。

 特殊な術式ではなく基本を練り上げているため、カルラのような隙も存在しない。

 安定感があり、同時に爆発力もある。

 国内大会では不調を抱えていたが、他ならぬ健輔との戦闘で振り切れた男は冷静な戦士に戻っていた。

 女神と2人がかりで押されているのが、実力の証と言える。


「それにしても、チームでまったく協力してないんですけど、あれってどうなんですか?」

「痛いところを突きますね。……はぁ、これでは安心して卒業も出来ませんよ」


 カルラは健二の戦いぶりを見て、焦ったように自分も攻撃を仕掛けてくる。

 しかし、わかりやすく炎を展開している彼女は恐ろしく目立っていた。

 奇襲など、この状況では不可能だろう。

 格闘型の弱点は接近しないといけないところにある。 

 健二を見ればわかるが、牽制用の斬撃や高速移動を可能にする術式などと近づくための用意はきちんと行っていた。

 対するカルラは攻撃力上昇系の術式が多い。

 これはチーム単位で戦う場合は援護があり、彼女の接近が容易だからだろう。

 健輔もチームとして考えるなら、悪い選択ではないと思うが、今の状況にはまったくと言ってよいほど噛み合っていなかった。


「過保護過ぎですよ。安全な環境下でしか戦ったことがないのでは?」

「練習で接近させない、というのはやってなかったですね。まったく、こんな問題点があるとは……」

「あのカルラって子が素直なのもあるんじゃないですか」

「否定は出来ませんね。それもありそうです」


 2人で逃げるフィーネと健輔。

 追いかける健二とさらにそれを追うカルラ。

 奇妙な構図の鬼ごっこは続く。


「ま、反省は後でして貰いましょうか」

「ええ、負けるのは癪ですから。サムライは私が抑えますよ」

「お願いします。カルラは俺がさっくりとやっておきます」


 最後の打ち合わせは終わり、2人は別の方向に分かれる。

 戦いは次の段階へ。

 力押しが難しいのならば、1度退くのも戦術の内である。

 クラウディアたちが到着したのは、健輔とカルラの戦いが決着に向かう、そんな時であった。






「これは……」


 クラウディアが美咲に連絡を送り、集合場所にまで連れてきてもらって見たのはいくつかのペアによる戦いであった。


「すごいでしょう? 結構、豪華なメンツよね。私も呆れるわ」

「え、ええ、まさかフィーネさんがいるなんて、思いもしませんでした」


 健輔とフィーネのペアもそうだが、立夏と武雄のペアも面白い。

 堅実に強い立夏と絡め手で強い武雄に対峙するレオナと圭吾の2人は追い詰められていた。

 他にも莉理子と優香のペアに押されるイリーネとエルフリーデなど見所は多い。


「美咲は、もしかして?」

「いや、莉理子さんほどじゃないから、私の出番はもうちょっと後ってだけ。見てるのも勉強になるしね。同じ系統でもやっぱり使い方とかが違うと別の魔導師よね」

「ええ、私も最近はよく思うようになりました」

 

 カルラのスタイルはクラウディアも良く知っているが、同じタイプでより上位に存在する戦い方を見るとやはり世界観が変わる。

 雷撃の効率的な使い方など、天祥学園に来なければ研究もしなかっただろう。

 現にイリーネとカルラはかなり苦戦しているように見えた。


「ヴァルキュリア戦は見たけど、あのイリーネっていうの、ちょっと危ないわね」

「アリスさん?」


 小柄だが勝気な瞳をしたアリスは強い視線でイリーネを射抜く。

 同年代の魔導師に注目したのは、未来においてぶつかる可能性の高さからか。

 

「水で創造、っていうのはいいけど、あれだけじゃあね。単調なもので許されるものでもないでしょうに」

「火力型でもないのに、ただの器用貧乏よね。同じ貧乏でも健輔くらいまでいけば別だけど創造系の汎用性に囚われてる感じが強いわ」

「美咲の言う通りね。カルラっていうのも同じ。考えないといけない系統で何も考えてないわ」


 アリスの的確な言葉にクラウディアも内心で頷く。

 創造系はやれる範囲が大きいからこそ、バトルスタイル上での役割を固定するべきなのだ。

 クラウディアも意識して新しい形を考えてきた。

 目指す形は戦車が1番近いだろうか。

 機動力を捨てるわけではないが、攻撃と防御に重点を置く形を考えていた。

 機動型としては同年代に優香が存在しているのだ。

 そこと競って勝つことを考えるよりも『雷』の利点を活かすことを考えた結果だった。

 クラウディアの機動力が低下しても、攻撃速度自体はほぼ最速なのだ。

 それならば他に注力する。

 クラウディアの判断は今後も世界で戦うために――自分の力で戦うために必要なものだった。


「美咲、今日は呼んでくれてありがとうね。これほどの魔導師たちと戦えるのは、貴重な機会だわ」

「ふふ、アリス様もそう思いますか? 実に良き催しものです。私としても興奮が抑えられません」

「ええ、シューティングスターズ、ここにあり。私たちの力を見せてあげないとね」

「では、私も天空の焔の強さを此処に示すとしましょう」


 目の前の熱い戦いに、先ほどまで戦っていたにも関わらず、クラウディアの身体は燃え上がる。

 

「皆も魔導師ね。まあ、もうすぐ試合も終わるし、それまではゆっくり観戦しててよ」

「はい、ありがたく」


 美咲に笑顔で返事をして、クラウディアは視線を再度モニターに移した。

 健輔の動きを見て、シャドーモードを前提としない動きであることを見抜く。

 ヴァルキュリア戦、シューティングスターズ戦では力押しな面も目立ったが、原点へ回帰しようとしているのだろう。

 ここから先の戦いでは、力押しが上手くいかないと悟っているに違いない。


「フィーネさんとは相性が悪くなかった。だからこそ、ある程度は力押しでいけた。でも。決勝には……」


 クロックミラージュは弱くない。

 覚醒しての勝利は彼らに流れを与えているだろう。

 彼ら自身もそれは感じているはずだ。

 しかし、それでも――いや、だからこそ『アマテラス』には勝てない。

 健輔も、優香も『彼女』をよく知る者はそう感じているだろう。

 桜香はまだ昇っている途中なのだ。

 最も明るい時間帯には、まだ至っていない。


「見据えているのですね。最強の魔導師の後ろに、次の最強を」


 クラウディアが信じた通りに健輔はフィーネに勝利した。

 彼女が知る限り最高の魔導師に勝利した以上、彼が目指すべき場所は2つしか残らない。

 羽ばたこうとする後ろ姿に高鳴る鼓動を感じながら、クラウディアも決意を新たにする。

 落ち込む時間など勿体ない。

 既に次の戦いへの準備は始まっているのだ。

 勝利した者たちも、敗北した者たちも――そして、去りゆく者たちも努力を重ねている。

 まだまだチャンスのある彼女が立ち止まる暇などなかった。

 戦乙女の中で最も早く立ち直るのが、楽園を離れた者なのは何を暗示しているのだろうか。

 未だ惑う同輩と先輩たちに先駆けて雷光が駆けあがる。

 彼女の姿を見て、乙女たちは何を感じるのか。

 もしかしたら、フィーネの狙いはそこにあるのかもしれなかった。


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