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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第28話

 放たれた光は流星の如く駆け抜ける。

 後衛の名手たる彼女らだからこその光景。

 膠着した状況は観客としては詰らないものかもしれない。いくら幻想的な光景とはいえ、10分も見続ければ飽きがくるものだ。

 だが、これはエンターテイメントにあらず。見守るものたちもまた、魔導師であるのだ。

 この光景――巨大な恒星と、流麗な流星群のぶつかる景色がどれほどの技量で形作られているのかが、わかる。

 固唾を飲んで見守る観客たち、彼らはこの均衡がどのようにして崩れるのか。

 崩れた時、どうなるのか、その瞬間を待っているのだった。




 (ハンナらしくない、いや、ある意味ではらしいのかな? こんなに動きがないなんて思ってなかったよ)


 焦り、似合わないことであるが近藤真由美の胸中を占めるのはその思いだった。

 積極的に状況を変えるタイプの司令官に見えるが、その実真由美はどちらかといえば、待ちの姿勢の方が多い。

 相手の攻勢の出鼻を挫いて、そこからの逆襲で勝機を掴む。

 それが彼女の1番得意な戦い方であるからだ。無論、それだけに拘泥するような人間ではないが、偏りと言うものはどんな人間であっても存在するものである。

 何より、火力偏重の彼女のチームは確実に火力突破に持ちこめる場面が必要だったからこそそのような戦い方になったという事情もある。

 如何な大火力も当たらなければ意味はない。

 

 「仕方ないか」

 

 静かに呟いた真由美は早奈恵に攻勢のための準備を頼む。

 ここから先は対応する札が尽きた方が負ける。

 脳裏に幾つものパターンを描きながら、状況を動かすことを真由美は選ぶのだった。

 

 

 『九条、聞こえているな? 出番だ、妃里と交代で出てもらう』


 控え席の静寂を武居早奈恵の念話が打ち破る。

 このタイミングでの交代に疑問符を浮かべる1年と違い、隆志は静かに問い返すのだった。

 

 「状況を動かすのか? 妃里が抜けると藤田のやつを抑えられないぞ、その点はどうするんだ?」


 『葵は普段はあんなやつだが、役割はしっかりこなすよ。いや、こなしてもらわんと困るんだ。そこは私たちが信じてやらないといけないだろう。九条、交代後指示のあったタイミングで突入してもらう、先頭はお前だ。なんとしてでも、ハンナまで切り込め、いけるな』


 「お任せください、必ずやってみせます」


 『ああ、交代に1分掛る、準備をしておけ。投入後、直ぐに動く可能性も高い、覚悟だけは決めておけ』

 「はい」


 返事を受けるや否や、優香は席を立ち交代用の転送陣へと向かう。

 俄かに慌ただしくなった空気の中で健輔は隣に座る先輩に今後の流れについて聞いてみた。

 

 「動きますか?」

 「ああ、真由美側から動かしに行ったみたいだな。珍しいといえば珍しいが、まあ、このまま続けても益がないだろう。打ち合いで勝てる可能性は高いがそれはあくまでも予想に過ぎないしな。我が妹はなんだかんだで座して死ぬより動く方を選ぶタイプさ」

 「僕たちの出番もありそうですかね?」

 「あるだろうさ、特に今回のは和哉のやつにはきつい相手だ。多少の小細工では『鉄壁』を突破できないからな」

 

 隆志の言葉を聞いた1年組みはフィールドを見詰める。

 未だ駆け抜けるのは光の軍団のみ、しかし彼らのリーダーが状況を動かしに行ったということは何かしらの勝算をもってだろう。

 

 「俺の出番はないといいんだけどな」

 

 健輔を必要とする投入など、予想外の事態に陥り場をかき乱したいときだろう。

 それがどんな状況なのかは考えるまでもない。

 

 「頑張れよ!! 優香! 多分、お前が要だぞ!」


 転送陣で光に包まれる優香に激励を送る。

 健輔の声援に柔らかく微笑み返した乙女は空へと舞う。

 彼女の投入が状況を動かすきっかけになるだろう、と健輔は席に着きながら今後の展開を予測しようとする。

 もっとも、その前に入れ替わりで帰って来た女神を宥める仕事がありそうだった。



 『交代は終わったぞ、後4回だ。一応、頭の片隅でも置いておいてくれ』

 「ん、ごめんね、急なことで」

 『必要だったのだろう? この後はどうやって動く、こちらも式の準備が必要だ。ある程度段取りを聞いておきたい』

 「仕掛けるよ、優香ちゃんとあおちゃんはハンナを、剛志君にサラを頼むわ。真希ちゃんの狙撃で優香ちゃんを援護。和哉君は私の護衛で、支援は優香ちゃんに3、私に2、残りは和哉君でお願い」

 『わかった、タイミング? 九条に任せるのいいんだな?』

 「お願い」


 真由美の返答に答えないまま早奈恵からの念話は切れる。

 早急な準備に移ったのだろう、言外に匂わせた部分も早奈恵なら汲み取ってくれているはずだ。

 

 『聞いていたな、九条、前衛は任せる。和哉、準備はいいな?』

 「こちらも問題ありません、葵さん、佐竹さんよろしくお願いします」

 「大丈夫ですよ、近づけさせないように努力はします」


 幾度目になるのかもわからない戦場でぶつかる光を見ながら、優香たちは問題ない旨を参謀たちに伝える。

 状況を動かすためとはいえ、些か以上に博打じみている。

 やたら楽しそうな葵はともかく、大多数が無理矢理な攻勢であることを理解していたが、だからと言っていつまでもこの膠着も詰まらない。

 せっかくの模擬戦なのだから、大きくいきたいという思いはある意味で全員共通したものなのだから。

 

 「いきます」


 2つの光が打ち消しあい、戦場に光がない一瞬を見計らった優香が1言静かに呟くと、その姿が消える。

 高機動型の名に恥じぬその機動力を活かして、風のように彼女は戦場を駆け抜けるのだった。



 「来たわ!! サラ、行って!! こっちは援護に切り替えるわ!!」

 『了解!! アレックス、リリー付いてきなさい、敵前衛を押さえます』

 『了解』『わかりました!』


 相手側の動き合わせて、彼女らも素早く動きを合わせる。

 腰の重い真由美が先に動いてくれたおかげでこちらの札を何枚か伏せることができた。

 もっとも、代償はいくつかあった。

 予想以上に消耗したことだ。あのまま、続けていたら打ち漏らしがそろそろ出ていた可能性がある。

 いくら、固有能力や鍛えた能力で他者より圧倒的な経戦能力があるとはいえ無限ではないのだ。

 それに札を伏せた言っても、そこまで大きな差でもなかった。

 極めて不利だと言えるだろう、しかし、『女帝』から笑みは消えない。

 この負けるかもしれないという状況が最高だ、と汗で濡れた顔は妙に色っぽい雰囲気を醸し出す。

 その2つ名の通り『女帝』は優雅に客人を出迎えるのだった。


 

 味方からの突入のための援護射撃を背に優香は最高速度で敵陣に突入する。

 幾分遅れて、葵、剛志の姿が見える。将来はともかく、現在のチーム内での最速は間違いなく優香であった。

 最速に恥じぬ速度で駆け抜ける優香だったが、相手の陣に突入した時に背中に震えが走る。

 真由美に砲口を向けられた時と同じプレッシャー、そんなものを発する相手は敵でも数えるほどしか存在しない。


 「障壁カット、機動に回して『雪風』」

 『了解』


 ――来る。

 優香の直感が最大級の危険を知らせる。それは回避行動にリソースを裂くのとタイミング的にはほとんど同時だっただろうか。

 一条の光が優香の傍を通りすぎていく。いや、1発、2発と数を増してそれは優香に襲いかかってきた。

 1発目は何事もなく回避する、しかし、2発目を避けると避けた先には3発目と、少しづつ逃げ場は塞がれていく。

 目を凝らせば、威力こそ劣るが似たような砲撃がいくつもこちらに放たれているのが見えた。

 

 「っ……流石、『女帝』厳しいです」


 焦りを出すことはないがこのまま回避に捕らわれてしまえば、最後には撃墜の運命しか待っていない。


 もっとも、それは援護がなければの話ではある。

 

 優香の進路上に存在した光を背後からやってきた別の光が迎え撃った。

 派手さという意味では真由美やハンナには大きく劣るだろう。しかし、堅実な一撃が優香の回避を援護する。

 相手の魔導砲を圧縮された狙撃が打ち落とす、それだけでなく優香の周囲には魔力球が形成されていた。

 

 『大丈夫ー、一応援護はやるから信じて突っ込みなさいなー』

 『防御もこちらが担当する、お前は攻撃に集中してくれ』


 後衛の伊藤真希と杉崎和哉からの念話だ。

 真希はメインに遠距離系、サブ収束と真由美と似た構成の魔導師であるが、戦いの型が異なる。

 真由美は砲撃の火力押しなのに対して彼女は一言でいうならばスナイパーである。

 障壁貫通型の圧縮術式をメインとしていて、ライフを打ち抜くのが彼女戦い方である。

 ハンナの砲撃ほどになると真由美にしか撃ち落とせないが向こう側の2年との相殺程度は可能だった。

 

 一方の杉崎和哉はメインが創造、サブが遠距離の後衛である。

 創造系は戦い方が一定しない系統で知られているのだが彼も同じく、珍しい戦いの型を持っている。

 それは遠距離に魔力を形成する戦い方である。

 火力は正直微妙なところだが、応用力は高く何より意表を突くのに適したものだと言える。

 今回のように味方の防御力の補助などにも使えるし、そのまま攻撃にも持っていける。

 2年の頭脳派である彼にとっては手札が多い組み合わせは使いやすいものであった。

 

 頼もしい先輩たちの援護を受け優香は、さらなる切り込みを敢行しようとする。

 

 「そこまでですよ」


 邪魔が入らなければ、という前提であったが。


 「アレックスは後ろから来てる葵をお願いします、リリーは剛志を。リリー、私と彼の相性は最悪ですから、阻止をお願いしますね」

 「はい! ご武運を!」

 

 優香の前に陣取るのは『鉄壁』サラ・ジョーンズ、優香は自分が間に合わなかったことを悟った。

 相手は世界最硬の防御力を持つもの、強力な障壁使いというべきその能力は全能力を防御に傾けた産物であり、その1点で彼女を超えるものは存在しない。

 総合力の欠如により、トップ10にこそ入っていないが役割を果たすという点でサラ以上の存在を優香は知らない。

 何より致命的だったのが自分と彼女の絶望的なまでの相性の悪さである。

 防御型を振り切るならばともかく突破するなど機動型には不可能だ。

 しかし、不可能だと言って諦める訳にもいかないのだ。

 

 「一手ご指南お願いします」

 「……九条優香、なるほど桜香の血縁ですね。油断はしません、姉に負けない力を見せてください」

 「っ、いきます!」

 

 それを合図としたのか、各地で両チームの選手の激突が開始される。

 混沌とした戦場を制するのはどちらのチームなのか、戦場から見極めることは不可能だった。


 『両チームの前衛が激突! どれも1級の魔導師です! しかし、これは『シューティングスターズ』側が有利でしょうか!? 『鉄壁』と『蒼い閃光』では相性が悪過ぎて勝負にならない!』

 

 解説に言われるまでもなく、優香とサラの相性の悪さなどわかり切っていることであった。そもそも、この突撃はこうなる可能性が高かった。

 如何に優香とはいえ、1年であり相手の砲撃を突破して後衛に迫るなどと容易くやれるものではない。

 故にこの状況は必然であり、想定通りである。

 そう想定通りに出来上がった不利な戦場を見詰める真由美は壮絶と言っていい笑みを顔に張り付けて、チーム全員に宣誓した。

 

 「そろそろみんなごとぶち抜くから、いつも通りお願いね」

 

 先程までのハンナの競り合いを上回るほどの魔力を籠めた一撃が今度は味方ごと相手を貫くのだった。

 

 

 『なあ!? ま、まさか、そんな!?』

 

 真由美側から放たれた極大の魔導砲を視認した時、ハンナは己の失策を悟った。

 ハンナと真由美は基本ほぼ同じ戦い方だが、たった1つ決定的に違う部分がある。

 

 それは、威力である。


 真由美は連射速度でハンナに劣る代わりに威力で大きくハンナを引き離すのだ。

 混戦した戦場ではハンナの支援砲撃は味方への誤射を警戒するため正確に行えない。

 そもそも、彼女の連射は相手側突撃時の弾幕としての役割と事前射撃での殲滅がメインのものである。

 真由美相手では前者及び後者が有効に機能しない。

 後衛として戦った場合ハンナは真由美に勝てないのだ。代わりにハンナの連射は接近戦でも猛威振るうため、総合力では真由美を上回る。

 

 「初めからこのつもりだったわね、自分の役割を遂行するためだけに味方を捨てゴマにするなんて……、素敵よ! ここまで徹底されると笑みしか出てこないわ」


 急いでチャージを行い真由美の一撃を迎撃する。向こうもとっておきを出したならこちらも披露しなければ失礼であろう。

 複数の魔力リングがハンナの周囲に形成される。リングの中心には圧縮された魔力の塊。

 

 「後衛はあれに全力砲撃! 前衛は他所見してやられないように注意しなさい。避けることも忘れないように! サラ! いざとなったらお願いね!」

 『わかりました! まったく、真由美もチームメイトも自爆戦法とか正気ではありませんよ』

 

 サラの愚痴を笑って流して、砲撃を開始する。

 1つのリングが終わったら次のリングが正面へと、まさにリボルバーのように連続発射された流星は極大の災厄に立ち向かうのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

次の更新は金曜日になります。

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