第286話
銀に輝く槍が空を切り裂く。
美しさも感じる破滅の一閃。
女神が振るう麗しき一撃は、敗北した後も変わらぬ輝きを携えていた。
迎え撃つはオレンジの輝き。
双剣を自在に振るう女性は迫る一撃に怯むことなく前進する。
轟音を立てて、両者の攻撃はぶつかり合う。
純粋な近接戦闘のみを競う戦い。
欧州最強とはいえ、全てを振るえない状況では、太陽の欠片を倒すことは困難だった。
槍を構え直しながら、麗しき女神――フィーネは朗らかに笑いかける。
「ふふ、流石ですね。健輔さんのお墨付きなだけはあります。世界戦に出ていない魔導師にこれだけの逸材がいるとは」
「こう見えても桜香ちゃんとかの先輩なので。それに、涼しい顔で言われても、ちょっと複雑な感じですよ!」
応じる双剣を振るう女性――立夏は空を駆け抜け2つの剣から連撃を繰り出す。
素早い身のこなしと、高機動戦闘に長けた立夏らしい戦い方にフィーネも僅かに目を細める。
フィーネの戦い方は己の能力を前提とした部分が強い。
格闘戦に能力を組み合わせた立夏に対して、能力に格闘戦を組み合わせたのがフィーネである。
正しく逆の関係にある間柄。
本来ならば激突することがなかった2人が奇妙な縁から戦うことになった。
本当の意味で偶然の出会いであり、運命の悪戯だと言えるだろう。
「……本当に見事ですね。あなたほどの魔導師は欧州でも少ないですよ。能力なしでもここまで私に肉薄できるのはそうはいません」
「完璧に防いでおいて、嫌味かしら!」
フィーネからすれば軽く、それこそ壊れ物でも触るように細心に注意を払って振るった攻撃なのだろうが、受ける側からすれば自分の渾身の一撃を軽く上回る攻撃なのだ。
最大の警戒を向けてもなお足りない脅威。
立夏は同じ年代の最強の一角に、掛け値なしの脅威を感じていた。
また、鬱陶しいことに小脇に厄介な奴がいるのも問題なのだ。
フィーネとの交戦の最中、彼女は背後から感じる露骨な気配に叫ぶ。
「後ろにいるわね! 健輔ッ!」
「げっ!?」
立夏は笑顔で背後から奇襲しようとしていた男に斬撃を放つ。
冬休みに個人で対戦した回数も含めれば、彼女の対健輔試合回数は軽く3ケタに上る。
個人でそれを上回る対戦数を持つのはおそらく優香だけだろう。
この世で2番目に健輔を知る女性に、中途半端な奇襲など通じない。
何より、健輔にとって厄介なことに立夏のパートナーは戦術面での彼の師匠だった。
「橘、気にするな。お前は女神、儂はそのガキと遊んでおく」
「……だったら、気配を感じさせる前になんとかしてよ。体が反応するから困るのよ」
「はっ、儂に指示するか! まあ、よかろう。こっちもこんな楽しい運動は久しぶりだからの。精いっぱい、努めさして貰おうか」
「似合わないわね!」
立夏は言葉と共に、フィーネに斬りかかる。
相方――霧島武雄に見せた態度とは裏腹に行動は果断であり、迷いが存在しなかった。
魔導師としての実力、同時に策士としての実力も信頼しているのだろう。
天祥学園に多くの魔導師が在籍しているが、健輔を倒すのではなく、出し抜くことが出来るのはこの男しかいない。
「なんだ、随分と大人しいのう。ほれ、ひ弱な儂程度、自慢のシャドーモードでも使えば直ぐに倒せるぞ。どうだ?」
「……どうかな? あなたに、披露する必要は感じないけどな」
武雄の安い挑発に安い挑発を返す。
お互いに笑顔だが、緊張感はどんどんと高まっていく。
爆発しそうな空気。
先にこらえきれなくなったのは、健輔だった。
「っ、行くぞ!」
「かっ、まだ若いな。堪え性がない!」
「縄……!?」
突然、出現した縄に体を縛られてしまう。
健輔が知っている武雄の戦い方と違っている。
情報の齟齬で混乱する様子に武雄の目が笑っていた。
「ドアホが、自分だけ変わると思っとるのか? だから、クソガキだと言った」
「ちょ、ぬわあああーー」
縄が意思を持つかのように動き出して健輔は投げ飛ばされる。
空に悠然とした様子で佇む。
賢者、健在。
何も弱くなっていない様子を存分に見せつける。
「あ~~、クソ、あの爺キャラめ! だから、苦手なんだよ!」
国内大会での敗北後も、彼は鍛え続けていたのだ。
世界に行けなくても、歩みを止める必要はない。
態度で語る言葉は健輔から見てもかなりかっこよかった。
同性で健輔に最も影響を与えた男は間違いなく目の前の男性である。
師匠を超えた、などと思いあがるつもりはなかったが、試合に勝った時に僅かに寂寥感を感じた。
それが間違いだと、武雄は行動で示している。
まだまだ現役。
健輔程度が気遣うのは100年は早かった。
憧れが湧き出すと同時に、沸々と怒りがこみ上げてくる。
「調子に乗るなよ! いつまでも、格下扱いするな!」
「何だ? 儂を超えたつもりだったかの。すまんな、まだまだ現役での。お前程度に膝を屈するようなことは出来んのよ」
「――言ったな、この偏屈が!」
「ほざけよ、クソガキ」
健輔は陽炎と素早く変形させて槍型に変えると、系統を破壊系と流動系に組み替える。
世界大会に来てから、シャドーモードによる力押しが増えていたが、健輔の原点はここにあった。
再確認の意味も込めて、最初に潰す相手として武雄は最適な相手である。
極上の獲物を前にして、健輔のボルテージは最高潮まで一気に跳ね上がっていく。
「おらあああああッ!」
「ミットライト、縛れ」
『魔力の流れを拘束するわ。術式、展開!』
激突を加速する2人の男と2人の女。
外野もまた、熱くなる試合から目を離せない。
世界に出れなかった魔導師にもこれだけの逸材が存在している。
見守る者たちは改めて、その事を再確認するのであった。
試合を見守る者たちの中で衝撃が1番強かったのは、間違いなくレオナたちヴァルキュリアのメンバーだろう。
大輔たちにとっては、世界大会で活躍する他校のチームよりも目の前で暴れている立夏たちの方がわかりやすく強い魔導師なのだ。
フィーネが世界で3番目だと知っていても、戦えることにそこまで疑問を持つことはない。
しかし、レオナたちは別である。
この戦いがルール設定により近接系の技能以外を封印された状態、純粋な格闘戦能力だけを競うものであっても、フィーネと互角の魔導師がこうも存在しているのは驚きであった。
フィーネこそが全てにおいて頂点に立つ。
そんな風にまでは思っていなくとも、彼女たちにとってフィーネは絶対の存在である。
戦える、というだけでも驚いてしまう。
「……フィーネさん」
「……戦っている時も思いましたけど、ヴァルキュリアって意外と女神に頼りきりなんですね」
「それは、どういう意味でしょうか」
レオナは自分のパートナーとして割り振られた魔導師に視線を向ける。
年代は万能系の魔導師たる健輔と同じ。
試合においても前半にフィーネを足止めした存在である。
高島圭吾。
浸透系の使い手たる男は、レオナを見ながらそんなことを言い放った。
「言葉通りです。これから――来年は勝っても負けてもフィーネさんはいないのに、まだあの人を求めてるんですね」
「……それは」
「否定、しますか? わざわざこんな風にあなたたちのため、いろいろと用意しているのは不安だからでしょう?」
圭吾の意見にレオナは反論することが出来なかった。
事実として、ヴァルキュリアはフィーネを核としている。
彼女が抜ける、という事実を未だに正しく受け止められてはいなかった。
特に、次のリーダーがこの有様ではどうしようもないだろう。
レオナもわかっているのだ。
健輔に敵意など向けても無意味だと。
勝とうと負けようとフィーネはヴァルキュリアから卒業していく。
それが定めであるし、覆すことなど不可能な出来事なのだ。
永遠に学生生活を続ける訳にもいかないのだから。
「……心配、させてますかね」
「間違いなくそうでしょうね。この戦いも今後を思って、でしょうし。フィーネさんが抜ければ、ヴァルキュリアの前衛も盤石とは言えなくなるでしょう」
「そうですね。全体的な制圧力と安定感は大きく損なわれるでしょうね」
抜けるのがフィーネ1人のため、構成として大きく変わることはない。
しかし、核が抜けるということは新しい核を生み出さないといけないということだった。
フィーネが率いていたヴァルキュリアとは何もかもが変わるだろう。
レオナでは王者の空気は出せない。
同時に、フィーネのように硬軟を組み合わせた対応も出来ない。
何より、チームからフィーネの匂いを消すような行為をしたくなかった。
「……私は、ちゃんと出来ると思いますか?」
「……やれば出来るでしょう。僕の親友はそうやって進んできましたから。でも、やらないと、挑戦しないと絶対に成功しませんよ」
「……そうですね。その通りだと思います。スタートしていないのに、ゴールの心配なんてする意味がない。でも……」
今のレオナはスタートをしていない。
中途半端に回る頭がいろいろな可能性を考えてしまい、完全に尻込みしているのだ。
フィーネ抜きで来年戦えるのか、いや、そもそもの問題としてフィーネがいないということを受け入れられるのか。
傍から見れば大したことのないような問題でもレオナたちにとっては大きな問題である。
レオナも、そしてチームメイトたちも偉大過ぎる先輩の影を存在しなくても感じてしまうだろう。
次のリーダーはレオナなのに、レオナを含めて未だにフィーネがリーダーかのように行動してしまうのだ。
今回の遊びとて、レオナが次のリーダーとして試合前だから、と断ればよかった。
なのに、それもせずに彼女たちはここにいる。
「理解はしているんですけど……。ここで踏ん切りがつきますかね?」
「1年生に聞いてもわかる訳ないじゃないですか。……個人的には1回暴れれば良いと思いますよ。僕も言われたことがありますけど、何も考えずに感情のままに動くのも時には大事です」
「……では、この機会を有効活用しましょうか。彼には敗北のお礼もしたいところですし」
レオナと圭吾の前で戦いが終わろうとしていた。
健輔は武雄に敗北し、立夏はフィーネに負けている。
残った2人はお互いの技量を尽くしてぶつかり合ったが、流石の貫録というべきだろうか。
フィーネが武雄を押し切ろうとしていた。
銀に輝く軌跡が敵を貫いて、試合は終わりに向かう。
欧州の頂点は変わらず最後まで輝き続けていた。
「……あれを超える」
レオナが作るチームは彼女の輝きに勝てるのだろうか。
それが怖くて、前に進めないのだ。
超えられるはずがない、と心の何処かで諦めている。
前に進めない『光』の魔導師。
心は萎縮しているが、それでも何処か熱いものがある。
解放の時を求めて、少女は切っ掛けを待つ。
そんな年上の女性を見ながら、圭吾は大きく溜息を吐いた。
「これじゃあ、来年は楽しくないから。そんな理由なんだろうな。この時期に他のチームのことなんて気にするから、美咲ちゃんの機嫌が悪くなるのに」
健輔の行動理由はわかるが、もうちょっと空気を読んで欲しい。
圭吾の愚痴は誰にも届かず宙に消えていく。
賑やかな空気の中で、ヴァルキュリアの何かが変わるのか。
それは、誰にもわからないことであった。
フィーネの思惑はともかくとして、此処に集められた魔導師は日本でも1流どころだったし、欧州でも最高のチームだった。
フィーネの戦いぶりに各々、思うところがある。
欧州の頂点。
最強の一角の名前はそれだけの重さがある。
特に、この舞台に立つことを望みながら立てなかった者たちには格別の思いが存在していた。
「はぁ、負けちゃったか」
「お疲れ様です。中々、良い戦いに見えましたけど、何か不満でもあるんですか?」
戦いを終えた立夏に莉理子が声を掛ける。
彼女たちバックスもこの施設で練習が出来るのだが、まずは1戦ということで健輔たちがエキシビジョンを行った。
その相手が立夏たちだったのだが、いろいろなものを縛ってなお、女神は女神であったのだ。
「不満はないわよ。ただ、やっぱり壁は高い、ってね。3強の評価もいろいろあるけど、フィーネ・アルムスターは評判よりも強いわね」
「外から見ていてもそうでしたが、実際の感じもそうなんですね。去年とかよりも深みが増したというか、器が大きくなった感じがします」
「桜香ちゃんに負けたことをしっかりと糧にしてる。この辺りのメンタルの強さは3強でもトップクラスでしょう。……桜香ちゃんは強いとは言い難いしね」
トーナメント故の妙、というべきだろうか。
チーム単位で相性が悪い相手でも、世界大会では対戦しない可能性がある。
それに助けられているチームも今大会には存在していた。
仮の話だが、ヴァルキュリアが別ブロックに存在しており、アマテラスと戦った場合、勝利していた可能性は低くない。
フィーネは桜香と相討ちになれる数少ない魔導師だ。
アマテラスは彼女さえ倒せば、崩壊させることが出来る。
パーマネンスもそれは同様だろう。
後を任せられるチームメイトがいる時点で、フィーネは1歩抜きん出ていた。
「ヴァルキュリアは今大会では、実質的にクォークオブフェイト以外には優勢だった。戦ってみてそう感じたわ」
「運がない、と評されていましたが、本当にそうですね。クォークオブフェイト以外なら、勝ちを拾えた可能性は高かったでしょうに」
「パーマネンスも実際のところは安心してるかもしれないわよね。皇帝は強いけど、あくまでも創造系よ。破壊系とは反対の場所にいるわ」
「ぶつかれば敗戦はあり得たでしょうね。個人的にはすごく見たかった光景です」
幾ばくかの後悔と自分達もそこに立っていたかったという思いも込めて莉理子は語る。
立夏も同じ感想だった。
そして、同時に自分達が届かなかった理由もなんとなくだが察していた。
「……理由が国内に終始してたから、か。やっぱり目標は大きくないとダメか」
「肝に銘じておきます。今度は同じ失敗をしないようにも」
「ええ、しっかりと学んでいきなさい。来年のためにね」
複雑な感情はあるが、今は流して貴重な機会を味わい尽くすことに集中する。
次は誰と組み、どんな戦いになるのか。
立夏は魔導師らしく胸を高鳴らせながら、莉理子と共に健輔たちのところへ戻るのであった。




