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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第278話

 休みの初日。

 どこぞで2度寝した男が遅刻した時、正午という時間帯に彼女も人を待っていた。

 珍しく、と形容詞を付けるべきだろうか。

 以前は1人でいることが多かったが、ここ最近、国内大会を終えた辺りには常に男の影が彼女にはあった。

 儚くも美しい大和撫子。

 年齢よりも大人びて見える美貌は常にいる男性にはまったく効果がないが、街中では目を引くものだった。

 目を瞑り、風を感じながら彼女は相手を待つ。

 今日、ここで1人待っている相手はいろいろと形容し難い因縁を持つ人物だった。

 因縁、という表現は間違っているだろうか。

 2人は血縁。

 この世で最も重い絆の1つで結ばれた間柄だった。


「優香」


 呼びかけに応えてベンチから立ち上がる。

 近づいていることは魔力の反応からわかっていた。

 ゆっくりと、表情に気を付けて――九条優香は背後に振り向く。


「姉さん」


 久しぶりの休暇。

 年末年始に顔を合わせていたが、それ以来の直接の邂逅。

 世界大会で激突する可能性を持つ姉妹は微笑み合う。

 そこに敵意などはない。

 しかし、どこか溝があるように感じたのは優香の気のせいだろうか。

 変わらなかった関係はあの勝負から少しだけ変化した。

 今日はそれを確認するために来たのかもしれない。


「待たせた?」

「ううん、そんなことないよ」

「そう、ならよかったかな」

 

 お互いに他者では中々見ることが出来ない笑顔を浮かべて挨拶を行う。

 どこか懐かしくなるのは、こうやって会うのが久しぶりだからだろうか。

 小学生の時期はそれこそ、優香は桜香の後ろを付いて回る少女だったのだ。

 天祥学園の中等部に来るまでは、お互いに優秀ではあったが人間の範疇だった。

 ある意味で魔導が2人を引き裂いたと言ってもおかしくはないだろう。

 そんなところで差があるなど、それこそ神しか知らないことだった。


「今日はどうするの?」

「お勧めがあるから、そこに行こうと思うんだ。友達から教えてもらったの」

「そっか。お姉ちゃん、結構楽しみにしてたんだよ? 久しぶりに優香から誘ってくれるんだもん」

「……ごめんなさい。チームが忙しかったし、姉さんと会うと戦えなくなりそうだったから」


 チームを言い訳にすることに心が痛む。

 こうやって嘘を吐いている自分が優香は嫌いだった。

 そもそも、桜香から背を抜けたのも優香である。

 姉が気にすることなど何もないのだ。

 今でも尊敬しているし、大好きな姉。

 昔と何も変わっていない――ならば、変わったのは優香だということだった。

 

「あ、ごめんね。そんなつもりじゃないわ。――今日は、ゆっくりとしましょう?」

「――うん、ありがとうお姉ちゃん」

「ふふ、なんだか懐かしいわね」

「そうかな? ……うん、そうかも」


 微笑む姉妹に隔意などない。

 何でもそつなくこなすから、2人は気付かず不器用になった。

 本当によく似ている2人なのだが、知らないのは本人たちだけ。

 優香の悩みなどを聞けば、健輔あたりは自分とはまったく違う種類の悩みに顔を引き攣らせるだろう。

 人間だからこそ、持ってしかるべきものを2人ともがいけないものだと捉えている。

 何も変わっていないからこそ、妙に噛み合せが悪くなったのだ。

 それでも2人は姉妹だった。

 穏やかな空気は変わらないし、2人の間でしかわからないことも存在している。

 世にいる男が羨むであろう美人姉妹のデートはこうして幕を開けるのだった。






 桜香にとって優香とは文字通り半身に等しい存在であった。

 年の差は1才。

 桜香が物心がついた時には、後ろについてきていた。

 優香がよたよたと嬉しそうについてくる日々、そんな日がずっと続くと思っていたのだ。

 断絶など基本的に考えたこともなかった。

 だからこそ――優香が高等部に進学する時も、アマテラスに来ると思っていた。

 今でもあの時の衝撃を覚えている。

 真由美の離脱なども衝撃だったが、それでも性格などから考えればあり得ることだと納得出来た。

 しかし、優香が自分の後ろにいなくなることは考えたこともなかった。

 今もにこやかに微笑む妹が、何故自分の下から離れたのかはわからない。

 何より、桜香にとっても今年はいろいろと衝撃が多い年だった。

 優香のことだけでなく、自分のことも考えないといけなかったのだ。


「ねえ、優香」

「何? 姉さん」


 街を巡り、買い物をして今の一時の休息。

 時を忘れて共に過ごすのは本当に久しぶりだった。

 桜香も世界大会前に向けて良いリフレッシュが出来た。

 だからこそ、桜香は気になっていたのだ。

 自分を避けていた――そう、優香が避けていたことに桜香も気付いている。

 指摘するようなことはなかった。

 必ず意味があるのだろうし、嫌っているから避けている訳でもないのだろう。

 顔に嫌悪があったことはない。

 そのため、余計に理由はわからなかったが、桜香でも優香の行動の意味ぐらいは悟っていた。


「……楽しい時に聞くのもあれだと思うけど、いいかな?」

「……うん、多分、私が言いたいこともそれだと思うから」


 優香の言葉に桜香は頷く。

 今の2人は敵同士。

 健輔や葵のようにすっぱりと試合で意識を切り替えられる人間ならば、そんなことは気にしないのだろうが2人は不器用だった。

 日常ならばともかく、この決戦が間近に迫った時期では下手をすると刃が鈍りかねない。

 お互いにそう思っていた。

 しかし、両者が共に会おうと思い、実際に会っている。

 それで導き出せる答えは1つだろう。


「……姉さんは、私が真由美さんのチームに入ると言った時、理由を聞きましたよね」

「……ええ、そうね。一緒にやれると、そう思ってたから」


 次々と主力が抜けていき、弱くなるアマテラス。

 往年の輝きはなく、桜香の力で威光を保っている。

 そんな言葉を聞いたことは1度や2度ではない。

 そこまで桜香は気にしていなかったが、事実ではあるだろう。

 同時にこうも思っていた。

 『太陽』の輝きが照らす限りアマテラスは不滅である、と。

 優香が入る前にいろいろと変化はあったが、一概に悪いものではなかったのだ。

 むしろ、どんな形であれ優香が来る前に決着が付いてよかったすら思っていた。

 だからこそ、優香が入らないと言った時に驚きだったのだ。

 紗希から受け継いだ流れ、この最強の称号を受け継ぐのは優香しかいないと思っていた。


「……私も、本当のところはよくわかってないです。姉さんは好きだけど……『太陽』には成りたくなかったし、アマテラスにも入りたくなかった」

「そ、そうなんだ」


 ショックと言えば、ショックだった。

 桜香は『太陽』の名も、チームのことも誇りに思っている。

 いろいろと問題があることも含めて、よいチームではあるのだ。

 それを妹に否定されるのは流石に辛かった。

 桜香の表情を見て、優香が少し慌てたように顔を上げる。


「あ、アマテラスが悪いとかじゃなくて……わ、私の心の問題だから」

「心、か。うん、仕方ないよ。それならね」


 心、ひどく抽象的な物言いなのは優香にもわからないからなのだろう。

 桜香にも覚えがある。

 秋に初めて、試合で負けた時。

 やめてと漏らしたあの時に、容赦なく巻き込まれた光。

 あの輝きは鮮明に思い出せる。

 桜香の優秀な記憶能力はそんなところでも力を発揮していた。

 健輔と戦っていた時の動きなどを含めて、桜香は全てを思い出せる。

 それほどまでに、あの戦いは大きかった。


「姉さん?」

「……あっ、ごめんなさい。心ってところで少しね。うん、私もあるよ。心が思い通りにならないこと」


 自分で自分が思い通りにならない。

 優香が言いたいことは実感していた。

 ならば、仕方がないだろう。

 チームに迷惑を掛けてまで、彼女は健輔に宣戦布告することを選んだ。

 理由などない。

 そうすることが、桜香にとって正しいと感じたからこそ、本気で選んだのだ。

 優香も同じようにしたというのならば、理由を問う必要はなかった。


「……理由はいいよ。まだ、言い辛いみたいだし」

「姉さん。……ありがとう」

「ううん、こっちもありがとう。あなたと、その友人のおかげでいろいろと素敵な体験をしてるから」

「健輔さん、ですか?」

「うん、そうかな。……今度は私の用件だね。優香、私は――」


 妹に向かって、1つの宣言をする。

 やることは健輔へ行ったものへの焼き直しだ。

 姉としてはひどい人間だろう。

 しかし、心のどこかではわくわくもしていた。

 優香と健輔。

 2人も負けたくない相手が居る桜香は幸せ者だった。


「――決勝戦で待っています。その上で、あなたたちに勝ちます」

「え――」


 優香が目を大きく開けている。

 敵として対峙するのは2度目。

 前はまだどこか桜香も甘さがあった。

 今度の戦いでそれはあり得ない。

 『不滅の太陽』――アマテラスが誇る最強のエースとして、クォークオブフェイトという最強の敵を必ず倒す。

 妹ではなく、己の道を阻むものとして、自分の後ろではなく隣を歩く人間として、桜香は優香を認めたのだ。

 今日はそのための日。

 決別ではないが、曖昧なままズルズルと来た日々に決着を付ける。


「……はい。私たちは、負けません」

「うん。私たちも負けないよ」


 良く似た笑顔で2人は宣言する。

 大会の果て、必ずどちらかが泣くことになる。

 その事に胸は痛むが、両者に悔いはない。

 姉妹として、初めて両者は向き合って戦うことを誓った。


「それじゃあ、今日は楽しみましょうか。――良い試合にしましょうね」

「はい。――必ず、決勝で」

「ええ、最強の『皇帝』になんか、私の妹が負けるはずないもの」

「うん、絶対に負けないよ」


 姉妹は1つの約束をして休日を楽しむ。

 戦いの話はそこで終わり。

 後にはごく普通の姉妹が楽しく過ごす様子が残る。

 食事を摂って、笑顔で2人は別れた。

 次に直接会う時は、試合だと心に秘めながら。






「……1日って、こんなに長かったっけ」

『マスターが無駄に紗希に挑戦するからでは? 傍から見ても、掌で転がされていましたよ?』

「ぐっ……、否定はしないが、なんだ……挑戦しないと、成長もない、的な?」

『的な、と言われても私にはわかりません』


 健輔の言い訳になっていない言い訳を陽炎はバッサリと斬り捨てる。

 相棒として立派に成長した武器は、日常でもドンドンとキレを増していた。

 心なしか美咲の影響を受けているような気がするのは気のせいだろうか。

 彼女のように健輔が言うアホなことをあっさりと受け流してしまうのだ。


「あーあ、疲れてなければ模擬戦でも挑んだのになー」

『女性と会うのに目的がそれって大丈夫なのですか? フィーネ辺りに呆れられますよ』

「……どうして、あの人が出てくるかな」

『今まで出会った女性の中では1番の人格者で、マスターをよく理解していますから。葵は結局、健輔と同じで、真由美は意外と抜けている部分もあるので』


 陽炎の割と当たっている評価に健輔は苦笑する。

 葵が同類で、真由美は付かず離れず、ハンナはそこまで接点がない。

 フィーネとはデータをやり取りしたからか、陽炎も懐く、とでも言うのだろうか。 

 よく話題に出す名前だった。

 健輔としても、3強の中で1番常識的である彼女から学んだことは多い。

 自覚していたとはいえ、目を逸らしていたことを突きつけてくれたのは有り難かった。


「……チームのために、その言葉を飾りにしないで、か。まあ、確かに利用していた感じはあるか」

『マスターのシャドーモードはそういうものですしね。葵や真由美は快く力を貸してくれますが、そうでない人も中にはいるでしょう』

「借り物で強くなる。ま、嘘ではないな」


 ヴァルキュリア戦の全てが葵と真由美の力とは思わないが、そういう風に言われるのも仕方ないとは思っていた。

 しかし、フィーネから言われたのは思いもしなかった視点から言葉だったのだ。

 

「『自爆であの2人に勝てるとは思わない方が良い』。何か思い当たることがある感じだけど、まあ、道理だな」

『フィーネに言われるまでもなく、『オーバーバースト』の問題点は把握していますしね』

「偶々、相性が良かっただけだからな。仮にあれが桜香さんなら俺は負けていたということだ」

『その通りです。マスターは足りない部分をいつもあれで補っていますが、もう限界でしょう。美咲からも指摘されているはずです』


 健輔の自爆は狙ってやっているのは事実だが、心情的にやりたいかと言われると微妙なラインのものなのだ。

 足りないところを無理矢理補う火力として用いているのであって、あれを使うという事は実力で負けているということになる。

 なんとか世界大会までやって来たが、安易な手段に頼ったツケは健輔にもしっかりと存在していた。

 過去のデータから見てもハッキリとわかることだが、健輔は格上にしっかりと勝利したことがない。

 生き残ってこその勝利。

 ただの1度もそれを満たすことが出来ていないのだ。

 無論、簡単に勝てはしないからこその格上なのだが、これはマズイだろう。

 生き残るという意思が弱い、ということは必ずどこかで致命的な結末を呼び込む。

 試合を決めているのは、真由美であり、葵である。

 そのことを忘れてはならないのだ。


「……俺も、自分を見つめ直さないとな」


 心に浮かぶのは清冽な女神の姿。

 彼女に連なる戦乙女たちに恥じぬ戦いをするためにも、戦い方を大きく変える時が来ている。

 健輔はそんな予感がしてならなかった。


「先は遠いな。……陽炎、準備は頼むわ」

『既に完了しています。……御心のままに』


 相棒の言葉に健輔は笑う。

 やはり、健輔のことをよく理解してくれていた。


「サンキュー。さ、帰って寝るか! やっぱり自分の家の方が良いわ」

『そういうものですか? 私もマイスターの調整が1番良いのは一緒ですけど』

「そんなもんだよ。って、あれか、里奈ちゃんの方にも顔出さないと。ヤバイ、忘れてたわ」

『マスター、世間ではそれを恩知らずと言いますよ』


 1人と1機は夜の道を仲良く帰る。

 各々が最後の戦いに向けて、覚悟を新たにして初日は終わりを迎えた。

 残りは4日。

 健輔の1年目の集大成が問われる日はそう遠い出来事ではないのであった。


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