第27話
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
案内された宿泊施設は学校の寮と左程変わらない設備だった。
メインは多様な環境での戦闘実験などを行う施設であるため、そちらにお金が回っているというのが早奈恵の言である。
細かいことはふーんというしかない健輔だったが、戦闘フィールドの多彩さは学園よりもこちらの方が上でその部分は好みではあった。
広大な海の上の遮蔽物なしで正面戦闘を行うフィールドや、いくつかの島を拠点にするもの、他にも最新の空間技術で作られた特殊な結界フィールドと流石、魔導先進国たるアメリカと言わんばかりの施設群ばかりだった。
「学校とはやっぱり違うもんなんだな。凄いということしかわからないけど」
「戦闘系の人はそうかもね。でも、私みたいな非戦闘系だとここの凄さはよくわかるよ」
「へー? 例えば、どんなところが?」
健輔の問いかけに美咲は少しだけ悩む顔を見せる。
「やっぱり、あの空間系の技術かな。一応、創造の分類ではあるんだけど、他の系統を組み合わせて作り出すものだから、安定運用できるのってすごいんだよ? 普通に施設として使えるようになってるのはアメリカだけじゃないかな?」
「……へ、へぇ~すごいんだな」
精いっぱいわかりやすく解説しようとしてくれたのだろうが、健輔にはさっぱりわからず曖昧な笑顔を浮かべて話を流そうとする。
「みさきち、それじゃあ、けんちゃんは凄さわからないと思うよ~。けんちゃんにとってはあの系統の凄さは身を持ってわかることだって言ってあげればいいじゃない」
「香奈さん」
獅山香奈――2年のバックス担当であり、美咲がもっとも接している先輩である。
容貌は悪くないのだが、目の下の隈とぼさっとした髪形のためか、美人とは言い難い外見になっていた。
葵についで、2年では面倒見の良い先輩で、早奈恵よりも話安いこともあり、健輔はよくお世話になっていた。
「俺が身を持ってわかることですか?」
「うん、やってることは、条件付けされた空間を創造してるってだけだけど、それを閉じないように展開されてる魔力量と制御、他にもあるけど、簡単に言えば物凄い高出力で複数の系統を使ってることだよ? ほら、身に覚えがあるでしょうー」
身に覚えがあるというか、自身の系統そのままの使い方だ、と健輔は驚きを禁じ得なかった。
「バックスはね、他の系統の魔力パターンを式とかで再現するって覚えとくとわかりやすいよ。あれは複数のやつを個人ではやれない大量の魔力で運用してるってわけさ」
「あ、なるほど」
「本当は個人でもやれるんだけどねー。バックスじゃないけど、凄い創造系の使い手としては、ハンナさんのところにいるサラさんが有名かな。障壁というより空間遮断ってレベルのを個人で使えるんだよー」
全系統中最大の汎用性を持つのは創造系である。
とりあえずで選んだとしても、大した欠点のない系統であり昔から人気があったとのことだ。
そのため、使用方法などもかなり研究されているらしい。
「簡単にいうとそんな感じで凄いってことかな。これでわかってくれるかな?」
「はい、ありがとうっす」
「香奈さん、ありがとうございます。やっぱり、説明はちょっと苦手です」
「そうだねー、みさきちは式の応用研究とかは成績いいのに、プレゼンというか解説が得意じゃないよね? 2年になると増えてくるから今のうちに慣れておいた方がいいよ。ちょっと技術的な凄さに目を置き過ぎかな」
「うっ、やっぱり私たちの合宿メニューにあるんですか?」
「そりゃあねー研究者にそういったものは付きものでしょう?」
今回の合宿メニューは試合が中心だがポジションごとに当然個別のものが存在する。
バックス組はその中でも勉学に重きを置いたものになるのはそのポジションの役割からも当然のことだった。
「そういうことだから、けんちゃんもバンバンみさきちに聞いてあげてねー、いい練習になるからさ」
「了解です」
健輔が了承の声を上げた後、少ししてから部屋の扉がノックされ、返事を返すと退室していたチームのメンバーが入ってきたのだった。
「全員のチェックも終わったみたいだし、模擬戦について連絡するね」
全員が揃った室内で近藤真由美が本日の予定について伝達を行う。
健輔としては少し残念なことに今回は主力メンバーの調整、つまり2・3年が中心となることが決定している。
今後の試合ではなるべく、健輔は使って行く形になるとは聞いているが流石に今回は控え始まりだった。
「前持って連絡しておいたように、今回は本気の本気でいったもらうから、私も一切の加減はしないよ。みんなもそのつもりでお願い」
「では、発表するぞ。前衛、妃里、葵、剛志」
「後衛は私、和哉君、真希ちゃんね。バックスはさなえん、香奈ちゃん、美咲ちゃんだね。前も言ったけどバックスは今後固定になるからお願いねー」
「残りは交代要員になる。ただ、九条、お前さんは早期の投入もあり得るから、準備は万全にな」
「わかりました」
ミーティングは特に波乱もなく終了した。
健輔の感想としては、全体的に攻撃的な布陣になっているなということだった。
元々、真由美の戦闘方法からしてそんな感じがしていたが、攻撃こそ最大の防御といった思考が透けて見えていた。
特に、前衛が防御とかおいしんですか?、と言わんばかりの火力メンツである。
中でも久々の試合でウキウキしてる葵のテンションが凄いことになっているのがよくわかった。
これは、面白いことになりそうだ。控えに回っているせいかどこか他人事のような感じで健輔は試合に臨むのだった。
「わかってると思うけど、真由美のチームとの対決はそのまま火力対決になるわ。こちらもそうだけど、今までと同じようにいくとは思わないで」
「補足するなら、1年はこの機会によく見ておくことです。世界の頂点に立ちたいと思うなら、ハンナ以外の頂点を間近でみるのはいい経験になりますから。我が国のナルシストはその点ではまったく役に立たないですから」
ハンナとサラの声が静かなミーティングルームに響く。不敵な笑みを浮かべている2年生と不安そうな1年生と国と人種は違うが似たような光景が広がっていた。
彼らも初戦を既に終えているが、相手は格下であった。
真由美たちと違い順当に勝利したためか、ギリギリの戦いに餓えているのだ。
似たような心理を持っているチームが似たようなチームと戦う。
「戦意は十分ね? これは初日の戦いだけど最終日も同じルールでやるわ。課題込みで全力でやりなさい」
「では、フィールドへお願いします」
サラの言葉でメンバーは戦場を向かう準備を始める。
双方、戦意は十分だった。
『両チーム準備はよろしいですか? 今回お手伝いさせていただきます、放送部の紫藤菜月です。審判はアメリカ側が行っていますのでその辺りはご了承お願いしますね』
放送部所属の女生徒の声が周囲に響き渡る。
天祥学園だけでなく各国で運営される魔導学園の大会は放送部などの直接戦闘を行わない生徒と教員がメインで運営している。
先の試合でも実況を放送部が行っていた訳だが、審判などを兼ねたりすることもあったりする。
これは割と無茶なスケジュールのせいであり、改善の努力は行われているため最近はそれほど多くないとのことだ。
本格的な模擬戦は彼らにとっても実況の練習や試合の雰囲気を味わえる良い機会なのだ。
そのため、こうやってより本番に近づけるために人を貸してくれたりする。
『では、最終確認です。両チーム登録人数は13名。今回の戦闘ルールは基本ル―ルになりますが、時間制限なしのため勝利条件は相手チームの全滅のみになります。問題ありませんか?』
一拍置いて、念話での両チームの返答を待つ。
『問題ないとのことですので、そろそろ始めたいと思います。両チーム、試合位置に付いてください。位置についていることが確認できたら、試合を開始します。……準備良しとのこと確認しました。カウントダウン開始します! 3・2・1・0! 戦闘開始!!』
戦闘開始の声と共に、両側から降り注ぐ光の嵐。
互いの陣を蹂躙せんと、両リーダーの砲撃が彼らを襲う。
真由美側は1発の直径と威力が大きい極大砲撃を数発撃ちこむのに対して、ハンナ側は威力的にはそこまでだが圧倒的な数で押しまくるという形になっていた。
真由美の『凶星』をガトリングの如く打ちだされた『流星』が迎え撃つ。
実況どころか、控え側からも声がなかった。
「……なんじゃありゃ。部長の1発も見たことのないでかさと、密度だけど相手の連射数も信じられない数だぞ、おい」
「どちらも様子見でこれですか……。健輔さんもよく見ておいた方がいいと思いますよ。早々真似できる芸当ではありませんが、あなたは再現できる可能性がありますから」
「……おう」
これまで身近にいたからこそ、信じられないものがあった。
健輔が想像していた魔導師という領域をぶっちぎっている、特にわかりやすくえげつないのがハンナ・キャンベルである。
威力はおそらく、健輔の5倍程だろう。1年ではあの連射の砲撃すら防ぎえない。
そんなものが数百発単位で打たれたら接近など不可能だ。
遠距離も威力に優る真由美側を数で抑えている。質と量の戦いとはまさにこのことだろう。
ようやく、健輔は万能系のデメリットを痛感していた。現在のペースで強くなってもあの領域にはおそらく2年では届かない。
優香は真似できる可能性といったが、複数系統の組み合わせで再現する場合1系統あたりの制御が格段に難しくなるのだ。
系統は極めると次元が違う。かつて言われた言葉だが成程、その通りである。
このまま、漠然と進めるのはまずい。
健輔は忘れないように、しっかりと心に刻みこむのだった。
『激しい打ち合いのまま状況は硬直しています! この状況を動かす為には前衛の動きが必要でしょうが、どちらが先に動かすのか!!』
放送部の実況を聞きながら、試合と変わらぬ環境に笑みを浮かべる女が1人。
この空気があるからこそ、魔導は最高であると、女性らしさと言うべきものからはかけ離れたことを思っていた。
「葵……、そのニヤニヤしたエロ笑いやめなさい」
「っ、ひどい! エロ笑いじゃないです! これは、そう! 戦闘前の興奮的なあれです!」
「どちらもかわらん、気色の悪い笑みはやめろ」
「あ、あんたね!! ちょっとは戦友に遠慮しなさいよ!!」
「はいはい、楽しいのはわかったから、そこまでにしときなさい。……それにしても予想通りの光景になったわね」
妃里は溜息を吐きながら、夥しい数の光の打ち合いを見詰める。
硬直したまま、戦局は動かない。動かすつもりが真由美にない。
このまま打ち合い続けるならば、普通なら真由美が勝つからだ。
質に量で対抗することは確かにハンナならば可能だが、その分消耗は向こうが早くなる。
故にこのまま続ければ真由美がハンナを押し切れるはずなのだ。
それを避けるために向こう側は先に動いてくるはずであり、その相手の攻撃を逆手にとって、殴り合いの混戦に持ちこむ予定だった。
この作戦はハンナの手数を潰すのにちょうど良かったし、前衛含めて火力偏重組みしたものそのためである。
いろいろと思案している妃里に、葵が話し掛ける。
「こっちから行って主導権は握らないんですか? 待ちよりはいいと思うんですけどー」
「お前は部長の作戦を聞いていたのか? 『鉄壁』を1撃でやれるならば問題ないがそうでなければ先行した俺たちはすぐさま撃墜されるぞ」
「でもさー、待つのが性に合わないというか、やってみてから考えた方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「そう言って、去年九条桜香に瞬殺されたのだろう」
葵の機嫌があからさまにデットゾーンへと突入する。その話題は彼女にとっての鬼門だ。
微妙に相性が悪い組み合わせである佐竹・藤田コンビを尻目に妃里は思考を巡らせる。
仲良く喧嘩する間柄の2人は放っておいても問題ない。
妃里が気になっているのは向こう側も動く気配がないということだ。まさか、打ち合いで勝てるつもりなのだろうか。
「気味が悪いわね。やっぱり一筋縄ではいかないか」
空を駆ける流星群と凶星の嵐を見詰めながら、妃里はこの戦いの先行きに一抹の不安を感じるのだった。
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