第276話
「何だよ。試合、見に来てたのか。言ってくれたら、午後には迎えに行ったのにさ」
『おいおい、大事な試合の最中だから遠慮したんだよ。休みの間にどっかで付き合ってくれたらいいさ』
宿舎の自室。
パーマネンスの試合が終わり、フィーネたちと別れた後、休息も兼ねて部屋で横になっていたところにクラスメイトの清水大輔から念話が入る。
観戦に来ていたことを楽しそうに言われた健輔は、少し照れくさそうな顔を見せていた。
「悪いな。あんまり構えなくて」
『いやいや、もうベスト4だろう? すごいと思うぜ。さっきの試合も『女神』を道連れにしてたじゃないか!』
「自爆だけどな」
『自爆だろうが、何だろうがすごいよ! 世界で3番目の奴をやっつけたんだからな!』
我が事のように喜んでくれる友人に健輔も照れ臭くなる。
スマートに勝てた、とは言い難いが勝利は勝利だった。
そう言ってくれる友人は本当に有り難い。
万能系は正当に評価され難い、というと語弊があるのだが、微妙に1部から評判が悪かったりするのだ。
卑怯だ、というのが主な中傷だろうか。
ルール違反したわけでもないのに、卑怯、という基準が健輔にはわからないのだが、言われる方はあまり良い気分ではない。
それぐらいで崩れるような柔な精神はしていないが、気になるのは仕方がないことだった。
しかし、健輔の活躍を喜んでくれる友人がいれば、そんな周囲の反応はどうでもよくなっていく。
「都合の良い日はまだわからなくてな。もうちょっとしたら、晩飯だし明日には連絡できると思う」
『おっす、じゃあ、わかったら教えてくれ。あっ、可愛い女の子ととかもいてくれたらいいな!』
「了解、了解。綺麗どころを揃えておくよ」
『期待してるぜ!!』
大輔の元気な返答と共に念話が切れる。
ただの買い物と南国の砂浜巡りに大袈裟だと思うが、嫌いなテンションではなかった。
健輔も基本的にお祭りは大好きである。
「とは言っても綺麗、か……。どうしよう」
優香と美咲だけでも十分だが、せっかくだからたくさん呼びたい気分でもあった。
世界大会は毎年ここでやっているらしいが、来年はいろいろと変わる部分も多いらしい。
またここに来れるかわからない貴重な機会だった。
誘える相手なら声は掛けておきたいところである。
「……クラウは、どうしようかなー」
健輔の知り合いに女性は多い。
多いのだが、ほとんどが世界大会に関わっているため、何人かはすごく呼び辛い感じになっていた。
特に負けたチームの相手は言うまでもないだろう。
そんな気分ではない、と言われたら微妙に辛い。
「あー、悩む。ってか、あれだな、休みの詳しい内容が決まらないとどうしようもないか」
複数の女性から誰を誘うのか、という内容だけ字面だけ見たらとんでもない屑男のような悩みだが、健輔は真剣に悩んでいた。
あれこれと考えて、健輔は悶々と悩み続ける。
当たって砕けろ、と結局いつも通りのところに落ち着くのは晩御飯の時間になる直前だった。
悩みが晴れた、清々しい表情で健輔は食堂に足を向ける。
激闘の中の小さな、小さな凪の時間。
勝者と敗者、両者が等しく羽を休める5日間がやってきたのだった。
「はーい、皆さん、本当にお疲れ様でした」
『お疲れ様でした!』
晩御飯を終えて、クォークオブフェイトの面々はミーティングルームに集まっていた。
議題は中休み、休息の5日間についてである。
この期間中は、下位順位つまりは5位~10位までのチームが試合をすることになっており、そこの勝敗で正式な順位が決まる仕組みとなっていた。
2回戦敗退のヴァルキュリア対ラファールで5位、6位決定戦。
シューティングスターズ、天空の焔、ナイツオブラウンド、アルマダで7位~10位を争うことになっている。
「さて、この5日間なんだけど、基本的に何をしていてもオッケーだからね。本土に帰還するもよし、ここで遊ぶのも良し。好きにしてね」
「羽目を外しすぎないように注意だけはしろよ。特に葵と健輔」
「異議あり! 同じカテゴリーじゃないでしょう!」
「あら、健輔、何か文句があるの!」
「大有りっすよ! 最近、完全に同じ扱いじゃないですか!?」
「はーい、次にいくよー。健ちゃんはそろそろ現実を受け入れようねー」
健輔の叫びを綺麗にスルーして、真由美は話を進める。
自分のぞんざいな扱いに涙が流れそうだが健輔は耐えた。
悲しい事に、こんな扱いも既に慣れてしまっていた。
周囲との間隔のズレは仕方ないとして、自分を慰めている。
最も、健輔以外の誰に聞いてももう手遅れだと全員が答えるだろう。
健輔の中ではまだまだセーフなつもりなのだが、周囲からすれば葵とほぼ同類であり、完全にアウトだった。
何処に出しても恥ずかしくないスーパーバトルジャンキーである。
もはや日常の光景となった健輔の抗議は自然な動作で流されていく。
心の中で泣く男を放置して、真由美の話は次の段階に進んでいた。
「さて、話しを戻すよ。基本的なことはさっき言った通り。注意点はあれかな、なるべく激しい魔導は使わないでね」
「と、普通ならこれで終わりだが、約2名にはきちんと明確にルールを定めないと伝わらないだろうから、ハッキリと言おうか。体に負荷が残る魔導の行使は禁止だ。真希、美咲、監視は頼んだぞ」
「りょーかいです」
「微力を尽くします」
早奈恵が視線を投げてくるのを見て、健輔は爽やかな笑みで笑い返す。
言いたいことはわかるが、あれだけの激戦を乗り越えたのだから、ホイホイと魔導を使うつもりはなかった。
日常レベルはともかくとして、全力の戦闘レベルは流石に自重するだけの分別がある。
試合での緊張感や過負荷などで成長途上の状態に無駄に負担を掛けるのはアホがすることだった。
今は体を休めるのが健輔の仕事である、と理解はしていた。
「……はぁぁ、顔だけはしっかりと返事をするな。まあ、いい、次だ、隆志」
「言ったところで自重しないだろうから言っておくが、試合当日にアホな理由でパフォーマンスを損なうと本気で潰すからな」
隆志の忠告には、健輔と葵も表情を引き締める。
テンションに任せて、そこまでアホなことはしない――と言い切れないのが、問題だが積極的に破るつもりなど微塵もなかった。
隆志の視線に早奈恵と同じように笑みを返しておく。
「……なんとも、判断に困るな。はぁぁ……」
「あおちゃんも大丈夫だよね? リミッター解除は負荷も大きいから、お願いだよ? これ、フリじゃないからね?」
「わ、わかってます。……多分」
「……本当にお願いだよ? 健ちゃんはなんだかんでそこら辺はしっかりとしてるけど、あおちゃんは偶に羽目を外すから心配だよ」
真由美の心配そうな顔に健輔は頷いておく。
下手に賛同すると葵に殴られそうなので、こっそりやったのだが、葵の視線が笑顔の表情と共にこちらに向く。
「真由美さん、信じてください。大丈夫ですよ。いざとなったら、健輔が止めてくれますから」
「げっ!?」
「そういう態度を取るから、ロックオンされるのに……」
真由美の嘆きはともかくとして、葵が休みのどこかで健輔と一緒に行動しようとしているのがなんとなく理解できた。
「や、休みくらい、こう、ゆっくりと……」
「あら、私と一緒は嫌かしら?」
「ぐっ……」
嫌、というわけではない。
しかし、そう言ってしまうと勝負が決まってしまう。
同行を断る良い言い訳を考えるが、残念ながらタイムアップだった。
勝ち誇る葵の笑みに、肩を落とす。
こうして、1人で過ごす休日がまた1つ無くなり、同行者リストも1名追加となるのだった。
「……あんまり、からかったらダメだよ? 健ちゃん、プライベートでは結構、繊細なんだから」
「……わかってるんですけど、こうね? 反応が面白すぎまして。顔にハッキリと出てますし」
「気持ちはわかるけどさ。うん、ほどほどに、ね?」
真由美と葵がコソコソと何かを話しているが、消沈している健輔には届かない。
そのまま燃え尽きた灰のようになった健輔を放置して、クォークオブフェイトの休み前の最後の話し合いは終わりに向かう。
以後の話題は健輔の中に留まらずに、右から左に流れていったが、最後の話題だけはしっかりと捉えていた。
「そうだ、次の試合『パーマネンス』戦だけど、ちょっと迷ってます。今のところは基本オーダー通り。前衛は、健ちゃん、あおちゃん、優香ちゃん。後衛は私、真希ちゃん、和哉くんで行くね」
「事前にいくつか作戦は通達しているが、まだ本決定ではない。休みの間にも、良い提案があったら持ってきてくれ。こちらも少し手詰まりだからな」
世界最強の魔導師が相手だからだろうか。
クォークオブフェイトもまだ作戦を決めきれていなかった。
ここから先は真由美たち、3年生にも未知の領域である。
即決できないことを責めるものなど誰もいなかった。
優勝の前に立ち塞がる壁。
世界最強のチーム。
未だに底を見せない王者に勝つために、静かに準備は進めてきた。
それでも、まだ迷いはあるのだ。
果断な真由美が迷うほどに、状況は難しい。
しかし、そんな苦境を感じさせずに真由美はいつも通り微笑む。
チームリーダーは迷いを見せる訳にはいかないのだ。
普段通り、それがチームの望む彼女の姿だった。
「――じゃあ、皆、お疲れ様でした。後2つ、頑張ろうね!」
『お疲れ様でした!』
こうして世界大会は一旦、閉幕となる。
各々、優勝に向けて英気を養うのだった。
「……この程度、でしたか?」
誰もいない部屋。
1人きりの場所で黒髪の戦神は『パーマネンス』の試合を見守る。
世界最強、現時点での頂点。
彼女もよく知っている最強の魔導師。
――しかし、彼女はかつてほどの脅威を感じなくなっていた。
落胆したかのような、心の動きに秀麗な容姿にも戸惑いが浮かぶ。
常識的に考えて、『皇帝』が弱いなどと言うことはあり得ないのだ。
己の慢心を戒めるように、桜香は僅かに自嘲した。
「いえ、これは慢心でしょう。……敗者で思い上がりも甚だしい。……この程度だから、敗北したのでしょうか」
己の気持ちを鎮めるために、目を閉じて心を落ち着ける。
クリストファーが一見すると、大したことがないように見えるのは去年と同じことだった。
実際に相対することで厄介さを理解できるようになるというのは、健輔と似ている部分かもしれない。
データだけ、映像だけを見た場合だと簡単に勝てそうな気がするのだ。
実際に、今回のラファールとの戦いでも桜香やフィーネと比べた場合、結果は蹂躙だが、試合内容自体はそこまでの差は感じない。
皇帝が意図したものではないのだろうが、そういう印象を受けるのは1つの事実だった。
「一見すれば、すごいのは相手の実力であり、皇帝の力は借り物に見える。しかし――」
そのような甘い考えで相対すれば、あの波に飲まれてしまう。
昨年の桜香でも撃破はされずに生き残ることは出来た。
今年も同じことをするのは、難しくはないだろう。
1回戦と同じように桜香1人だけならば、どうとでもなるのだ。
アマテラスのメンバーの能力をコピーされても、今回はそこまで困らない。
昨年は先代が居たからこその苦境でもあるのだ。
魔力をコピーされてしまう時点で皇帝の能力に囚われてしまう。
「……なんとも言えませんね」
アマテラスのメンバーが無限に存在しようとも、桜香には絶対に勝てない。
そのように自分を鍛えているし、メンバーもそれを認めるだろう。
敵がチームとして強ければ、強いほどに力を増す皇帝の率いる軍勢。
世界大会に出てくるようなチームこそが最大のカモとなってしまう。
ならば、今回のアマテラスはその定義とはずれている。
それが逆に『パーマネンス』に対抗する手段になるのは、皮肉と言えば皮肉だろう。
「でも……」
そんなことは去年の段階でわかっていたことだろう。
チームの能力をコピーされないように対策をする。
逆にコピーされても無限の軍勢を倒せるように、準備をしておく。
今まで、数多の対策が存在してきた。
その全てを打ち破った無敗の王者。
今、黒髪の女性――桜香が考えている程度のことに気付いていない可能性は低い。
3年目、最後の年だからこそ、王者の最終形態はより理不尽なものになっているはずだった。
「健輔さん……」
倒すべき敵、自分の手で勝ちたいと思った初めての相手を脳裏に思い浮かべる。
彼を倒さないと、前に進めない。
実際にはそんなことはないのだろうが、心の問題として決着を付けたかったのだ。
決勝で待つ。
あの言葉に嘘、偽りは存在しない。
健輔だけでなく、優香もそして友人たちも含めて可能性溢れる1年生。
桜香もよく知っている葵を筆頭とした個性的な2年生。
尊敬してやまない真由美を中心としたチームの土台たる3年生。
全員のレベルが高く、調和も取れている。
世界大会のベスト4に新興チームでありながら来れたのは、奇跡でもなければ偶然でもない。
「……私が勝利を祈ったり、信じたりするのは変、かな」
どちらが来るのが困ると言われれば、チーム内ではパーマネンスだろう。
世界最強チーム、昨年は先代の『太陽』とのタッグで挑んで負けている。
国内最強と自負するアマテラスの面々が『仕方ない』と諦めてしまうほどの魔導師なのだ。
今回、桜香を擁していてもチームメンバーは負けた時に、同じように納得するのだろう。
孤独な戦いになるのは、目に見えていた。
「……楽しく、ないか。ちょっとわかるかも」
ずっと前、まだアマテラスが分裂前に葵が言っていたことを桜香は思い出す。
自分の全力に呼応して、相手の力がどんどん引き出される感覚。
桜香は1度だけ覚えがあった。
目の前の相手が1秒前とは違った動き、精度でこちらに向かってくる。
戦っている最中にどんどんと強くなっていくのだ。
反則だろう、と当時は混乱しながら戦ったものだが、今は少しだけ楽しかったようにも思える。
全力で、夢中で力を振るう。
桜香は少し、はしたないと思っていた行為だが、思った以上に楽しかった。
あの時、健輔は笑っていたが、楽しんでくれていたのだろうか。
彼女が心配に思うのはそんなことだった。
「ふ、ふふふ、そうだよね。これだけ、楽しみなんだから――」
遠足を前にした子どものように激突を待つ。
優香が言うには約束を守る男性とのことだった。
きっと、桜香との約束も守ってくれることだろう。
自分を納得させて、就寝の準備に入る。
優香も見たことがないほど、楽しそうな笑顔で『太陽』は落ちていく。
彼女の期待のほどを知らない健輔は同じように就寝するタイミングで猛烈な悪寒に襲われることになった。
重すぎる期待、どんどんと膨れ上がる理想像。
ある意味で恋をしているような桜香の思いを受け止められるのか。
そもそも、そのための機会に辿り着くことが出来るのか。
全ては5日後の戦いまで、ひとまず置いておかれることになる。
――今はただ、童女のような夢がそこにあるだけだった。




