第271話
パーマネンスの対戦相手たるラファール。
欧州最速、として知られるチームだが、彼らが世界最強に勝てると思っているチームはあまり多くなかった。
パーマネンスは小細工が通用するチームではないのだ。
より正確に言えば、小細工を押し潰す力を持つチームと言うべきだろうか。
ラファールは決して弱くない。
最速の名に恥じぬ戦闘能力を持っているし、最速のイメージとは異なって火力もある。
防御力だけは流石に補いきれていないが、それでも十分な強さだろう。
最も、それらはチームとしての特性であり、エースにはそんな在り来たりな弱点はない。
間違いなく強豪であり、世界大会にくるだけの理由があるチームなのだ。
――そんなチームを凡百のチームと同じように押し潰すのが、パーマネンスというチームであるのだが。
「両者を知る私から言わせれば、まあ、妥当な評価だと思いますよ」
フィーネの言葉にその場にいる1年生たちは各々が考え込む様子を見せる。
全員が魔導の世界に3年君臨した王者に思うところがあった。
「……実際、あなたは戦ったとしたら勝率はどれぐらいだと思う」
「あなた……!」
イリーネが健輔の言葉に少し眉を吊り上げて、文句を言おうとするが、フィーネが片手でそれを制する。
ここに居るのはフィーネの意思だがもう少し気遣え、と怒りを見せたイリーネは間違ってはいない。
フィーネが欠片も気にしていないため、問題になってはいないが割とデリカシーに欠ける発言ではあった。
「そう、ですね。……多分ですけど、4割ぐらいでしょうか。ただ……」
「公式戦でその4割が掴めない?」
「ご賢察ですね。大体その通りで良いですよ」
フィーネであっても、4割。
これを高いと取るか、低いと取るかは各々の判断基準に委ねられるが、少なくとも健輔は低いと思っていた。
直接戦い、勝敗を競ったからこそ、フィーネの強さはよくわかっている。
彼女がそれでも4割、と自信なさげに言うのだから『皇帝』の強さは隔絶していた。
個人戦闘力では今の桜香も劣っていないが、総合値ではダントツで彼がトップだろう。
1年生だったとはいえ、桜香ですら結局は勝てなかったところに怖ろしさがある。
「……やばいとは思ってたけどなー」
「認識しているだけマシでしょう。あの人の強さを実感出来ない人もいますから」
「まあ、わかりにくいと言えば、それはそうか」
「ええ、桜香のように視覚的に危険だ、という感じはないですからね」
フィーネの言葉には実感が籠っていた。
無限の物量。
皇帝の強さを表現する時に用いられる言葉だが、危険だということはわかっても実感はし辛いものだろう。
対峙して、押しつぶされて、流されて――初めて理解することが出来る。
2年前、フィーネが潰されたように。
「対抗策も微妙だよなー。圭吾みたいに発動させないっていうのが1番なんだけど」
「浸透系の弱点は干渉範囲が点であることですから。彼が空間展開でもやれるようになれば、まあ、多少はマシでしょうが」
「本質的に範囲を操るのが苦手な系統だもんな」
「発動させない、それが皇帝の対策になると健輔さんはお考えですか?」
優香が2人の間に交わされる会話に疑問を挟む。
健輔は相棒の珍しい行動に少しだけ驚きを感じたが、その色は直ぐに消えて優香に頷く。
「どんな能力も発動しなければ意味はないからな」
「真理ですね。攻撃が最大の防御、というのも似たような部分はあるでしょう」
「相手に何かをさせる、っていうのが既にリスクのある行動だからな」
「なるほど……まともに戦うことが、既に間違っている、と」
「まあ、微妙にニュアンスは違うけど、そんな感じではあるよ」
健輔からすれば、戦いというのは往々にして準備の段階で終わっているものだ。
自分の実力を鍛えるのも1つの準備であるのは違いないだろう。
実際の試合での努力も必要だが、事前の準備の方がウェイトとしては大きい。
戦争などもそういう風に動くものだし、規模が縮小化していようとも戦闘も似たようなものであるのは避けられなかった。
皇帝が強いのは準備が万端だからであり、故に準備不足のものが正面から戦っても勝てない。
そういう風に思っていたし、1側面としては間違っていない自信がある。
「……この目で確認するのが楽しみだよ」
「ええ、それが良いでしょうね。見れば、わかりますよ。現実の迫力、というものが」
フィーネの言葉を心に刻んでおく。
健輔が時計に視線を移せば、もうすぐ14時になろうとしていた。
試合開始の時間は近い。
最強の魔導師、というものをリアルタイムで目撃する瞬間は直ぐそこにまで近づいていた。
「『皇帝』……。太陽を超える者、か」
フィーネは強かったが、やはり健輔の中では桜香が頂点に君臨している。
桜香が勝てなかった相手。
幾度も想像だけはしてきた強さがようやく確認できる。
興奮と――僅かな悔しさを胸に秘め、健輔は試合の開始を待つのだった。
試合開始が間近に迫り、少し空気の重いラファール側の陣地。
フィーネが評するまでもなく、彼我の実力差など彼らがもっとも理解していた。
3年間無敗を誇る皇帝に自分たちならば勝てる、と思うのは余程のバカか、もしくは妄想家だけであろう。
チームの雰囲気を察してか、普段は締まらない顔をしているエースも些か気まずそうな顔をしていた。
「……少し辛気臭いよ。まったりといこう」
エース――エルネスト・ベルナールの言葉に全員が頷くが重い感じが取れない。
欧州最速、しかし、彼らは欧州最強には届かなかった。
戦闘においてスピードという要因は重要ではあったが、それがないとどうにもならないというものでもない。
特化型の彼らはどうしても苦手な相手が出来てしまう。
アルマダしかり、天祥学園――日本で言うならスサノオ、ツクヨミもそうだった。
皇帝の武器の1つは物量。
ラファールの武器たる速度は相性が悪いわけではないが、良くもなかった。
中途半端すぎて、効果があるのかさえ不明である。
格闘戦における直線移動速度が音速であり、諸々の動作が速いのは素晴らしいがそれだけでもあった。
欧州の強豪として、実力をきちんと把握しているからこそのこの空気なのだ。
柄じゃない、そう思いながらエースとしての仕事をするためにエルネストは声を張り上げた。
「総員、傾注!」
『はっ!』
唐突な叫びだが、誰も異を唱えない。
試合前にこうも辛気臭いのは久しぶりだが、その時もこうやって気合を入れたものだった。
「考えていることはわかるし、落ち着かないのは理解しているよ。しかし、もうちょっと気軽にいこう。何、3強も無敵ではない。それは先の試合でも証明されている」
皇帝は未だに負けたことのない男だが、真実無敵の存在など現実にはあり得ないだろう。
実体を伴ってこの世に存在している限り、必ずどこかに穴がある。
エルネストは確信を持っていたし、それを証明できる自信もあった。
「そう言えば、作戦についてだが、少し変更したいと思う」
「ちょっ――」
「これは、勝つために必要なことだ」
サブリーダーの声を遮り、エルネストは自分の意を押し通す。
常識的に組み立てられた作戦も嫌いではないが、パーマネンスに対してやるには力不足である。
非常識という名の奇襲こそが、ラファールに出来る少ない対抗策の1つだった。
全員がわかっているが、吹っ切れていないだけなのだ。
背中を押すだけの材料はきちんと用意している。
「皇帝とは、僕が戦う。周囲の守りは皆に頼むよ。僕の秘密の術式を使って、試合開始と同時に行こうと思う」
「秘密って……もう、あなたは自由ね。本当に」
「悪いね。何、負けても恥じではない。そういう意味では本当に器が広いチームだと思うよ。彼らが頂点で良かった、と思えるくらいにはね」
傲岸不遜な王者。
しかし、彼らはどんな挑戦にも受けて立つ。
圧倒的な強さのおかげで、惨敗しても批判ではなく納得されるほどのチーム。
いろいろな意見があるだろうが、エルネストとしては遣り甲斐があった。
打倒する、超えたいと思う壁として、これ以上のものは存在しないだろう。
「僕らは挑戦者なんだ。何、プレッシャーなんて気にしなく良いさ。期待などないんだからね。――ほら、これで少しは悔しくなっただろう?」
観客が期待するのは王者の蹂躙。
他チームが期待するのは王者の力を引き出してみせること。
そこにラファールの勝利を信じる思いはない。
もしかしたら、少数の者は応援してくれているだろう。
彼らのサポーターチームもそうだし、家族もそうである。
しかし、大多数は彼らに何も期待していないのだ。
これほど舐められた話があるだろうか。
ここで悔しさを感じないような人間はそもそも魔導師になっていないだろう。
「期待に応えたい、で緊張するなら、舐められるのを見返すで良いのさ。さ、やろう。やり遂げれば、伝説だよ」
多少はマシになったチームメイトの顔を見て、エルネストは不敵に笑う。
扇動は得意だが、こうも簡単に乗ってくれるのは全員、やる気だけはあったからだ。
負けるのが好きな魔導師なぞ、存在しない。
誰もが好き好んで、この戦いしかない道に入ったバトルジャンキーである。
――例外などないのだ。
エルネストの考えは確かに当たっていた。
「さあ、行こうか」
『了解!』
風は穏やかに、されど苛烈さを秘めて戦場に挑む。
君臨する王者に意地を見せ付けられるのか。
全てが試合での過程によって決まるのだった。
――少しお話ししましょう。
パーマネンスの試合を前にして、フィーネからそう言われた優香は断る理由もなかったので、医務室を出て2人で並んで歩いている。
健輔とイリーネは2人で観戦のための準備などを行っているのが、心苦しかったが優香も話そのものには興味があり、誘惑に勝つことが出来なかった。
――フィーネ・アルムスター。
先の試合で健輔とぶつかり合った『女神』。
優香は試合で直接交戦することはなかったが、その力はフィールドで感じていた。
姉に匹敵、もしくは凌駕する2人の内の1人。
聞きたいこと、言いたいことなどがたくさん――あったのだが、いざ目の前にいると何も言えなくなっていた。
「ふふ、あなたも結構、表情が表に出ますね」
「あっ、そ、そのすいません」
「謝らなくていいわ。試合の感じだともう少し、自己主張が強そうだと。いえ、ハッキリ言えば桜香に似ていると思っていましたが」
優香の胸が少しだけ痛む。
似ている。
たったそれだけの一言が彼女には辛い。
国内大会を超えて、一区切りつけても未だに疼くのだ。
被害妄想、いやより言うならば自己矛盾だろうか。
憧れているのに、否定している。
優香もよくわからない、わかりたくないと蓋をしているものがそこにはあった。
自分の言葉に表情が少し暗くなった優香を見て、フィーネは目を細める。
「……なるほど、ね。あなたの創造系、少し奇妙だなと思ったけど、才能だけじゃないのね」
「え……、あの、それはどういう」
「自分で考えなさい。1つ忠告をすると……そのままだと凄く苦い思いをしますよ。ちょうど、去年の私みたいに、ね」
「っ、それは……」
「まあ、それは良いわ。本題はこっち。――あなたは桜香を倒すつもりはありますよね?」
話題が変わっているようで変わっていない。
フィーネと優香を繋ぐ相手など、桜香か健輔しか存在しないのだ。
健輔が席を外していて、話題にも絡まないなら出てくるのは必然として1人だけだった。
優香に桜香打倒の志はある。
しかし、同時に先ほども感じたなんとも言えない思いが湧き出てくるのだ。
即答できない優香を見て、フィーネは大きく溜息を吐いた。
「やっぱり。さっきのもそうだけど、自覚なし、ですか」
「自覚、ですか……、よろしければ――」
「よろしくないので、ダメですね。自分で答えを出す類のものですよ」
優香が不本意そうな顔を見せる。
話をしたいと言ったのはフィーネなのに、何も語らない。
温厚な優香でもこうまで言われれば、流石に少しは不機嫌になる。
優香の変化を見ていたフィーネは静かに苦笑した。
「我慢が足りないですね。……なんだかんで姉妹ですか」
「え、あの……それは」
「似ていますよ。桜香も私と戦っていた時は微妙にイライラしていましたからね」
「あっ、そうなん、ですか」
フィーネに桜香とのプライベートな付き合いはないが、試合では結構意識していたものだ。
今年のデータも重点的に集めたし、何よりリベンジもしたかった。
夢は儚くも潰えたが、まだやれることがある。
そのために、この少女の才能は引き出しておきたかった。
戦った感想として、健輔は『皇帝』に勝てる可能性があるが、桜香には怪しい。
健輔は小細工が効く類の魔導師にはかなり強いだろう。
戦ったフィーネはそのように断言できる。
だからこそ、『皇帝』クリストファー・ビアスも容易ではないが、可能性は十分にあると考えていた。
問題は桜香である。
「私が言いたいことは、そうですね。まず、あなたはご自身の願望をしっかりと受け入れて、その上で超えて行きなさいと言うこと」
「は、はい」
「もう1つは、仮に決勝でアマテラスと当たったなら、健輔さんはあなたが守りなさい、ということですね。何があっても、桜香と1対1だけはやらせないように」
「それは、どうして、ですか」
優香からすれば当然の問いかけだろう。
フィーネも特に隠すことなく、ハッキリと断言した。
「あの子のバトルスタイルは確実に健輔さんを倒すだけのものです。健輔さんがエースキラーなら、桜香は健輔キラーとでも言いますか」
「……まさか」
「どちらとも戦い、桜香を見つめた私が言うのだから、多少は信じて欲しいですね」
結果として他の魔導師にも圧倒的だが、桜香は健輔以外確実に見ていない。
「どうして、それを?」
「私だけ、というのは悔しいですしね。新星にも平等に負けてもらうというのも面白いでしょう?」
どこか茶目っ気を含ませて言うフィーネに優香は言葉を返せない。
姉に比する女性は彼女にとって、やはり遠い存在だった。
宿敵の妹へ、姉の打倒を託す女神。
今はまだ芽にすらなっていないものだが、今後においては意味がある。
己のこともわからぬ蒼い乙女。
フィーネは彼女を暖かく見守り、その可能性を信じていた。
この先、彼女たちが去った魔導の世界に君臨するだろう、『不滅の太陽を1人で落とせる可能性があると断言できるのは優香だけなのだから。
「まあ、今はわからなくていいですよ。時が来た時に、思い出してくれたらいいですよ」
「は、はぁ」
「殿方を待たせるのもあれですし、そろそろ行きましょうか。イリーネもああ見えて気が短いですからね」
困惑する優香を伴って、2人は歩き出す。
敵だったものへ未来を託す。
結局、自分はそういう行為が好きなのだ、と少しだけ自嘲する。
「この種がどうなるか。……まあ、期待しないで待ちましょう」
自分のイタズラが運命を変えられるのか。
負けてなお諦めない様子は彼女の不屈さを示しているのであった。




