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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第270話

「あー……しんどいよ~」

「気持ちはわかるが、医務室行きの健輔よりはマシだろう? 次の試合を見逃すわけにもいかないのだから諦めろ」

「ぶー! お兄ちゃんは気が利かないよねー」


 試合を終えて宿舎に戻ってきたクォークオブフェイトの面々は各々自由に行動していた。

 消耗の大きい健輔は医務室の住人となり、葵は部屋で爆睡中。

 圭吾も部屋で寝ているし、真希も同様だった。

 本音では真由美も休憩したいのだが、次の試合の重要性を考えると呑気に寝ている訳にもいかない。

 どちらにせよ、しばらく下位決定戦で日程が空くことを考えれば今は無理をするべきところだった。


「さて、真由美、この話題も何度目になるかわからないが、勝つのはどっちだ?」

「まあ、パーマネンスだろうねー。うん、私は正直、ここに勝てるイメージがないからさ」

「正直だな。いいのか、そんな負けそうだって発言しても」

「忌憚のない意見を言っておかないとね。過去公式戦で1度も敗北してないんだよ? 1年生の頃からただの1度も負けたことがない王者」


 パーマネンス。

 チームの設立経緯はクロックミラージュとよく似ている。

 1年生となったばかりの天才魔導師が友人と共に作った。

 複雑な部分は何もない普通のチームだろう。

 真由美のクォークオブフェイトも多少違う部分はあるが、仲の良いものたちを集めたのは一緒なのだ。

 パーマネンスはそこまで特殊なチームではない。

 唯一違う点を挙げるならば、『皇帝』が真実強かった、ただそれだけだろう。

 

「『皇帝』はまあ、何人かいたけど、間違いなく歴代最強だろうね」

「フィーネ・アルムスターも規格外の『女神』だが、それ以上だからな」


 フィーネは特殊型と戦闘型の中間点、『皇帝』と『不滅の太陽』の間のような特性を保持していた。

 健輔の奇策めいた自爆による道連れでなんとか出来たが、仮に健輔が居なければクォークオブフェイトは敗戦していただろう。

 それぐらいにはギリギリの相手だった。

 今度の『皇帝』はそれすらも超える。

 その固有能力で3年間、揺るぎなく最強であった者。

 誰もがその名を知っている。


「『魔導世界』」

「ある意味で魔導の基本にして、創造系の基本能力。本当に凄い魔導師だよ。たった1つの系統と能力で頂点にいる」

「うん、そうだね。魔導に対してもっとも純粋なのはあの人かもね」


 『魔導世界』――マギノ・ワールド。

 能力名にも自信が溢れているが、効果も極悪である。

 ハンナが正面対決を諦めたように、普通にやって勝てる相手ではないのだ。

 真由美もない頭を捻っているが、対抗できるかは微妙なところだった。


「ラファールは如何に対抗するのか。参考にはなるだろう」

「そうだね。……ここまで来たけど、大丈夫かな」

「おいおい、リーダーがそれでいいのか?」


 隆志は笑って問うが、真由美は遠くを見つめて答えない。

 勝ち残れば勝ち残るほどに、勝利への希求とプレッシャーは大きくなる。

 特に女神のように、3年間ずっと上にいた相手を倒したのだ。

 背負っている重荷に真由美も押し潰されそうだった。


「っと、ごめん。何か辛気臭いよね。勝ったのに、これじゃあ、ダメだな」

「わかっているなら、いいさ。途中で折れるなど、お前らしくないよ」

「……もう、お兄ちゃんは本当に優しくないな」


 言葉には棘があるが、言い方はとても穏やかだった。

 これが2人の距離。

 付かず離れず、対等の関係。

 簡単に褒めてくれない兄にジト目を向けてから、真由美は大きく背を伸ばす。


「うーーん! さ、切り替えていこうか!」

「それでよいさ。落ち込んでいるなど、時間無駄だな」

「はいはい。そういうことにしておきますよーだ」


 舌を出して、隆志に文句を言ってから真由美が鑑賞室を出て行く。

 妹の態度に苦笑して、隆志はこの先を思う。

 残る壁は後2つ。

 世界の頂点までもう少しのところに来れた。

 ここから先は未知数の戦いしか存在していない。

 女神すらも超えるだろう敵との戦いを想う。


「……最強が明日も最強とは限らんさ。こちらにはしぶとい奴もいるからな」


 今頃医務室で休んでいるだろうしぶとい後輩を思う。

 あいつらがいればきっと勝てる。

 そう信じて、後輩のためにも情報を集める準備を行うのだった。






 重い。

 一言でこの場を表現するならば、そうなるだろうか。

 どうして、こうなった。

 健輔は白い天井を見つめながら、現実逃避を行う。

 魔力がまともに使えない今の彼に出来るのは、岩のような気持ちになって嵐を耐え抜くことだった。

 しかし、残念ながら嵐から注目されている彼には逃げ場などなく。


「健輔さん、聞いていますか!」

「健輔さん、ハッキリと言って欲しいのですが、ダメでしょうか?」


 似たような呼びかけに強制的に現実に引き戻された男は乾いた笑みを浮かべながら、2人の方に視線を向ける。

 黒い髪、美しい瞳。

 既に見慣れた容姿だが、変わらず彼女は美しかった。

 健輔の相棒――パートナー九条優香。

 珍しく、というよりもほとんど見たことがない怒気――というか、不機嫌ですアピールを健輔に行っている。

 怒っていると言っても、眉を吊り上げて少し寂しそうに健輔を見るだけなので彼の心にチクチクと針が刺さるだけなのだが、それが何よりも辛かった。

 辛かったので、なんとかしたい、という気持ちはあるのだ。

 ただ、今回に限っては相手が悪い。

 優香に劣らぬ、というのは褒め言葉なのかはわからないが、同じように凄まじい美人であるフィーネが楽しそうに微笑んでいる。

 2人の喧嘩、というか優香の主張は大したことではない。

 フィーネは健輔の傍に椅子をもってきて、座っているわけだがそこを代わって欲しい。

 優香の主張はそれだけだったのだが、フィーネが面白がって拒否したせいで話がややこしくなっていた。

 そこから話が拗れて、今ではどっちに看病されたいのか、などという意味不明な話題になっている。

 美女2人が健輔を取り合う構図なのだが、商品はまったく嬉しくなかった。

 何を言っても確信犯的に目を潤ませる微妙にやり辛い敵と、選ぶと断言しないと寂しそうにこっちを見つめる相棒。

 どっちを進んでも地獄なら、進みたくないというのは心理としては間違っていないだろう。


「ほらほら、現実逃避してないで彼女に応えてあげないの?」


 フィーネが微妙に煽るように健輔に微笑む。

 目が笑っているのと、明らかに観察している様子に青筋が浮かぶが、直ぐに怒りは萎んでいく。

 怒ったところでどうにもならないし、フィーネも答えがわかっていて遊んでいるのだ。

 実質的に1人相撲をしているのは優香である。

 素直すぎる相棒に一抹の不安を抱くも、ハッキリと答えておく。


「優香、悪いが頼めるか」

「はい! フィーネさん、よろしいですね!」


 晴れやかな笑顔と少し強い口調。

 優香らしくはないが、年頃の少女としては自然な態度だろう。

 予想通りあっさりと応じたフィーネを横目で睨んでおき、優香にお使いを頼む。


「優香、追加ですまんが飲み物を頼むわ。陽炎を持って行ってくれ。3人分な」

「あっ、わかりました。何が良いですか?」

「任せる。フィーネさんは」

「……では、紅茶でお願いします」

「はい! いきましょう、陽炎」

『了解しました。マスター、ご無理をなさらずに』

「そう思うなら、助けろ」


 都合の良い時に無言になる頼れる相棒その2に愚痴を零して、一旦部屋を2人きりにする。

 いい加減、この銀色の人物に聞きたいことも溜まっていた。


「それで? 何か御用でもあるんですか?」

「あら、好意を持つ殿方の傍にいるのはいけないことですか?」

「……あなたが言うと嘘くさいですよ」

「心外ですね。女性の好意は素直に受け取るものですよ」


 裏がありそうで怖そうです。

 ここで真っ直ぐに言えたら楽なのだが、話題がループするだけだろう。

 普通はもうちょっと気を遣うのだが、フィーネには直球の方が良いとわかっていた。

 相手もそれを理解して欲しくて、ある程度誘導しているのだろう。

 なんとも面倒臭い相手だった。

 試合の頃からそうだったが、一瞬も気を抜けない。


「試合で負けた相手だからこうまで? 正直、接点とかほとんどないでしょう?」

「ふふ、つれない方ですね。……1回デートしたじゃないですか!」

「ごほっ! は、はあ!?」


 わざわざ耳元に口を寄せて何を言うかと思えば、斜め上も良いところの発言に健輔はむせる。

 何のことを言っているかはわかるが、まさかあの喫茶店の話が出てくるとは思わなかった。

 しかもデート扱いである。

 否定するほどでもないが、語弊がある言い方なのは間違いがないだろう。

 健輔がこんな反応になるとわかってやったのがわかる楽しそうな笑みを見て、心の中に勝てない、とメモしておく。


「ふふふ、本当にこういうのは苦手みたいですね」

「本当に、勘弁してください」


 大きく溜息を吐く。

 先ほどの試合並みに消耗した気分である。

 いや、心理的な疲弊では圧倒的に今が優っているだろう。

 

「そろそろ本題は教えていただけるんですか……?」

「ええ、と言ってもそこまで大したことではないんですが」


 フィーネはそう言って、魔導機を軽く操作すると健輔に手渡してきた。

 上体を起こして表示されたデータを見てみる。


「術式傾向、後は、能力」

「私が集めてきた『皇帝』のデータ。桜香のものはあなたたちの方が良いかもしれないけど、そっちは微妙でしょう?」

「……どうして、これを?」

「好いた殿方への好意、ということにしておいてください。……本音は、そうね。優勝出来たら教えてあげましょう。ご褒美、ですよ」


 少しだけ寂しそうに微笑むフィーネに心臓の鼓動が高鳴る。

 これまでとは違う意味での高鳴りに、健輔は頬が赤くなってしまった。

 背を丸める健輔を見て、フィーネはキョトンとした視線を送るが、何かを察したのか何も言わず、微笑むだけに留める。

 優香が戻ってくるまでの間、2人は静寂の時間を過ごす。

 健輔にすごく不釣り合いな空気だったが、様になっているフィーネを見て、根本からの存在感の違いを感じた。

 エースとは、こういう人間なのだろうと妙な納得を得て、遠い称号に思いを馳せる健輔であった。






「おや……」

「ん?」


 フィーネが何かに反応を見せて、静かな時間は終わりを告げる。

 健輔も少し意識を集中させると誰かと誰かが会話している声が聞こえた。


「なるほど、レオナですか」

「へ? 『光輝の殲滅者』?」

「あの子、あまりその2つ名は好きではないようなので、本人の前では言わないでくださいね?」

「あっ、はい。わかりました」

「それにあの子が来るのではなく、正確には……」


 フィーネが最後まで何かを言い切る前に、静かに開けられた扉が答えを教えてくれた。

 今は元々の色に戻っているが、試合中は深い青の髪を持っていた少女。


「失礼します。フィーネ様」

「いらっしゃい、イリーネ。……あなたはもう大丈夫そうね」

「醜態をお見せしなかったのが、今回の試合の1つだけの収穫ですね」

「あら、殊勝ね」


 優香と共に戻ってきたヴァルキュリア所属の1年生。

 クラウディアとも友人だと言う『水』の使い手――イリーネ・アンゲラーがジュースを持って部屋に入って来たのだ。

 優香が健輔の見舞いに来たように、フィーネの見舞いに来る者もいるだろう。

 同時に健輔は運営に文句を言いたい気持ちが湧いてきた。

 ――部屋を分けろよ。

 先ほどまでの修羅場を思えば、その気持ちは強くなる一方だった。

 1人で健輔が文句を言っている間に女性陣はテキパキと場所の移動を開始する。

 健輔はフィーネがベッドに戻るか、退室すると思っていたのだが、何故か健輔を間において優香と対面するような形で座り直していた。


「……あれ?」

「健輔さん、どうかしましたか?」

「い、いや、なんでもない。そうだ、ちょっと陽炎を返してくれ」

「あっ、はい、どうぞ」


 藪蛇になる危険性があるため、あえて無視を選択する。

 それよりもフィーネからのプレゼントを陽炎にインストールする方が先だった。

 女性陣の姦しい会話を聞きながら、健輔は午後の試合へ思いを馳せる。

 フィーネがデータを渡してくれた意味を健輔は正しく理解していた。

 今の健輔の実力では、正確な情報を把握していない状態で挑むと負ける、そう遠回しに教えてくれたのだ。

 両者をよく知っている実力者の言葉を疑うような愚を犯すことはない。

 試合のことに集中し始めた健輔を見て、優香は微笑み、フィーネは目を閉じて、イリーネは困惑していた。

 そんな空気に気付かず、データを見て健輔は不敵に笑う。

 これと次の試合によっては、僅かでも勝機が見えるかもしれない。

 もう次の戦いへ魂が旅立つ男にフィーネは誰にも聞こえないよう小声で、


「……ふふ、強いわけね」


 と呟くのだった。

 敗者と勝者の奇妙な触れ合いは人数を増して、まだまだ続く。

 時間はもうすぐ午後に入ろうとしていた。

 昼食を終えれば、ついに世界最強の魔導師が動き出す。

 時間は止まらない。

 クォークオブフェイトとヴァルキュリアの激闘もまた、過去の一幕として押し流されていくのだった。


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