第26話
「真由美ー、全員ちゃんといるみたいよ。最後にチェックお願いね」
総勢13名、チーム全員が集まったことを確認した石山妃里から真由美に報告が入る。
場所は大規模転送ポートの前、試運転も終わり、一般向けに開放も始まった施設の前は大勢の人が存在した。
真由美たちと同じように合宿先の移動へと使うのだろう、ちらほらと学生の団体がいるのが見える。
「はーい、体調管理もばっちりで全員で合宿に望めて私も嬉しいです。一応、向こう側の施設を使えるようになってますから、あちらで宿泊は可能です。どうしても、枕変わるのが無理なら、帰ってきてもらっても構わないですよ。っとここら辺は事前に通達した通りでーす」
「合宿の予定は配布した資料の通りだ。なるべく、公式に即した形で試合経験を積むことに主眼を置いている。基本ルール以外にも、フラッグ戦、レース戦などといった特殊ルールでも戦闘を行うため、きちんとルールの復習だけはしておいてくれ」
部長の真由美に続いて、副部長の隆志から注意が入る。
耳にタコができる程度には言われているが、それだけ今回の合宿に気合を入れているのだ。
例外なく、真剣な目で2人を見ていた。
「問題ないみたいだね? じゃあ、出発しようか。向こうに到着したら軽い施設の案内と時差の調節も兼ねたメディカルチェックをした後に夕方から試合を始めるから、みんな忘れないようにお願いね」
「荷物は持ったか? じゃあ、いくぞ」
最後の確認が終わりチーム全員が立ち上がり、ゲートへと向かう。
向かう場所は、ハワイ。そこにあるアメリカ側の魔導機関である『魔導大学連合』の耐環境施設が今回の合宿の舞台となるのだった。
「なんかこう、ミョーンというか、気が付いたらそこにいたって感じで外国にいる感じが全然しないんだが、どう思うよ圭吾」
「そうだね、転送陣の構造上仕方ないとはいえ、施設の内装や外観は完全に学園の物と一緒だからね」
「すごい技術なんですよ? 魔導陣の技術の粋を集めた最新設備なんですから」
「美咲さんは専門ですもんね、私も大型の転送は初めてでドキドキしてたんですけど、本当に一瞬で驚きました」
一応、外国に来ているため諸々の手続きを真由美たちが行っている間に健輔たちは雑談をしながら時間を潰していた。
少しだけ確認できる外の様子からここが既に見なれた天祥学園ではないことはわかるが、部屋から出ました程度の早さで転移してきた彼らに実感はまだなかった。
「俺、初めての海外なんだけどなー。飛行機乗っていう奴の方が情緒はあるな」
「すごすぎて実感がなくなるって、なんか悲しい感じはするね。まあ、外にいけば一応海外なんだから、楽しみにしようよ」
「まあ、そうだな」
そんな風に雑談をしていると手続きが終わったのか、真由美たちがこちら側に向かってきているのが見える。
そんな中に見慣れない人物が1人、金髪に長身とメリハリのはっきりとしたプロポーション持つ美女が増えていた。
真由美とにこやかに会話しながらやってくる人物だ誰なのか、考えるまでもない。
あれがハンナ・キャンベル、と健輔たちは静かに対面を待つのだった。
「あら、あれが新しいメンバー? 葵たちも素晴らしい魔導師だったけど、負けてないわね! 流石、と言うべきかしら? 真由美」
「ハンナのチームも去年のままとは違うでしょう? あなたは直接『皇帝』と当たる可能性が高いもの、あそこの強さを誰よりも知ってるあなたが対策していないだなんて思えないもの」
2人は和やかに談笑していた。とても、ライバルとは思えないほどに親密な様子を見せる。
いや、ライバルだからこそ親密だと言うべきなのだろうか。
人種も国籍も違う2人は幼馴染のように軽やかな会話を行っていた。
「ふふ、お互いに負けず嫌いだもの、やるならば全力でやらないと詰まらないわ」
「その通りよ、せっかくの楽しい魔導戦だもの狙うは頂点しかないわ」
魔導を使えないものからするとこの光景はもしかしたら奇妙なものに見えるかもしれない。
どちらも自国の言語で話し掛けているからである。
魔導の中での、一般普及を目指して最優先で進められたものが3つある。
1つは医療系の魔導である。
病や、怪我に対して既存の医療を上回る力を見せたため安全の確認なども含めて力を入れられている分野だ。
次に転送系の分野である。
こちらは順調に試験が進み、安全に使えるという領域まで進んでいる。3分野の中でも1番進んだ部類と言えるだろう。
最後が精神系の研究である。
魔導と精神状態の関係性から、魂といったものに対するアプローチも行っているのだが、この分野の進みが1番遅い。
それでもかなり重要な技術として生み出されたのが翻訳魔導である。
相手の意志を乗せて、本人が近しいニュアンスに変換するというよくわからない理屈の魔導であるが、今のところうまいこと翻訳できているため問題は起きていなかった。
「着いて直ぐで申し訳ないけど、準備とかを進めてもらってもいいかしら? 早く戦いたくてうずうずしてるのよ? 私」
「もう、そういうところは変わらないね? 時差の調整だけしてもいいかな? やっぱりそこそこ肉体に負担が掛ってるからさ」
「ああ、気がきかなくてごめんなさい。そうよね、それじゃあ、ちょっとそちらが不利になってしまうわ。ええ、大丈夫よ。サラに案内させるのでいいかしら」
「ええ、お願い施設の案内とかも含めて、そうだね14時頃に向かうわ。それでいいかしら?」
「ええ、それで大丈夫よ。1年生の子たちに挨拶したら準備をしに行くわ」
そう言ってハンナは真由美と別れて健輔たちの方へと向かう。
真由美は苦笑いを浮かべながら、準備を進めるのだった。
颯爽とモデルのように外国人美女が健輔の方に歩いてくる。
まず、健輔の脳裏に浮かんだのは生の外人すごいな、というものだった。
真由美と同じ年のはずだが、どう見ても2・3年は年上に見える。
ハンナ・キャンベル――真由美を抑えて、世界最強の後衛として名を馳せる人物だ。
2つ名は『女帝』、あまりにも圧倒的な蹂躙劇から付けられたと聞いている。
同チームの『鉄壁』サラ・ジョーンズと組み合わせはペアとしては世界最高だとも言われているらしい。
一体、どんな人物なのだろうか、健輔に限らず4人はそう思っていたのだった。
微妙に身構えている見慣れない顔の4人――健輔たち――に思わず笑みが漏れる。
4人の背後からひょっこり顔をだして手を振る葵に手を振り返しながら、ゆっくりと彼らを見渡す。
女帝だの言われているが、そこまで自身が大した人間だとは思っていないのだ。無論、評価に見合う努力はしていると思うがそれに驕ったことなどない。
冷静に相手を見極めることこそが勝利に繋がると彼女は信じているのだ。
だからだろう、4人を見て彼女が思ったことは面白い、というものだった。
誰もが負けず嫌いな『目』をしている。かつて、戦った真由美と同じように。
楽しい合宿になるわ、と彼女は自身の計画の成功を確信するのだった。
「初めまして! 今回は急に無理なお願いをしたのに来てもらって嬉しいわ! ハンナ・キャンベルよ、ハンナでいいわ」
「お久しぶりでーす、春はサラさんにお世話になりました」
「あら、葵、元気そうで何よりよ。サラもいい経験になったと言っていたわ。お互いに今回の合宿で成果を確認しましょうって」
「お、負けませんよー、その前に真由美さんとハンナさんの方が先だと思いますけどね」
にこやかに挨拶を行う葵とハンナ。
挨拶されているのだからと慌てて、礼をしようとする健輔たちをハンナは手で制する。
「ああ、いいのよ。また後で、ゆっくり名前を教えてちょうだい。今は、先に挨拶しておきたかっただけだから、ね」
本当に挨拶だけだったのか、最後ににこやかな笑顔を残して去っていった。
嵐のような登場だったが、それは確かに彼らに強烈なイメージを残した。
なるほど、あれなら確かに部長のライバルだ、と。
「おお、すげえ!!」
健輔の感嘆の声が周囲に響く。
声こそ出していないが、他の1年生も同じなのだろう、目を輝かせて周囲を見渡している。
カラッとした暑さは日本とは異なる異国であるというのを彼らに感じさせ、澄み切った海に目を奪われる。
見える風景全てが普段とは異なり新鮮に見えるのだろう。
知らないことに憧れる。誰もが1度は通る道だ。
「このまま、宿舎に移動して、メディカルチェックを受けてもらうよ。施設の案内も道すがらしていくからそのつもりでお願いね。それが終われば早々にハンナと戦うから覚悟はしておくこと」
「事前の通達どおりに今回は2年で組んでいくぞ。葵、準備はできているな? 手加減はいらない全力でやれ」
「了解でーす」
「じゃあ、行こうか」
真由美たちのチームが旅行気分で賑っているころ、ハンナは試合会場の確認をしていた。
海の上を舞台とした一切の遮蔽物がない完全に殴り合い専用のフィールドであった。
遠距離を主とする高火力高耐久型が流行るようになったのはこのように見通しが良いフィールドでの戦闘が増えたためでもある。
しかし、魔力ダメージを疑似化する技術の進歩などドンドン制限が解除されていった結果よりド派手な魔導戦ができるフィールドが増えたのだ。
技術が進歩する前で魔導砲の直撃なんぞそれこそ命に関わる事態に成りかねないという側面があったので教育上できなかったのだ。
「私たちは運がいいわ、こんなに楽しいことを命の心配をしないで楽しめるんだもの、あなたもそう思わない? サラ」
「1部は同意しますよ、でも私はあなたを守るのが役割ですから楽しいかと言われるとまだ微妙です。誇らしさはありますけどね」
自分の親友、右腕、半身。言い方はなんでもいいが、かけがえのない存在の捉え方の難しい意見に女帝は笑みを漏らす。
「あら? それを楽しいと言うんじゃないの?」
「さあ、痛い思いを毎回していますから、なんとも言えませんね」
なかなか本心を話してくれない彼女をついついからかってしまうのは自分の悪癖だと、――直すつもりはない――改めて思う。
笑顔の彼女を見れば、本心など火を見るよりも明らかだったが。
「本当に、楽しみだわ。イギリス女は「優雅じゃないわ」とか言って、正面からの殴り合いは避けるし、あのナルシストは「俺の女になれ」とか意味不明なことしか言わないもの、何度あいつの玉をもぎ取ってやろうかと思ったことか」
「桜香は相手をしてくれたじゃないですか」
「あの子はチームがダメよ。『アマテラス』って結局、紗希が出たあたりからただのワンマンよ、その割に桜香の言う事は聞かないから圧勝できないのよ。あの子の自由にやらせてたら、ナルシストぐらい普通に勝てたと思うわ」
「だから、真由美が1番と」
よくできましたと言わんばかりに、満面の笑みを隣に向ける。
2年前初めて会ったときから、真由美とは惹かれるものがあったのだ。
その思想と戦い方、似ているが少し見ている部分が違う、という類似が自分の興味を強く惹いた。
「もし完全にスタイルや気持ちが同じだったら真由美のこと、嫌いだったと思うわ。でも、彼女は私と本当に少しだけ違った」
「限界を超えるのが目的の真由美と」
「限界を探る私、やり方は凄く似てたけど目的は違うわ。真由美はね、もっと高く飛びたいのよ。対して、私はどこまで飛べるか知りたいの」
「付き合う私たちはどちらにせよ、大変なんですよ?」
「あら? でも楽しいでしょう?」
初めの質問に戻ったことに気づいていたがサラは笑いながら、答えをはぐらかした。
今ははぐらかされるだろうとわかっていたハンナは追求することはせずに、次へと話を進める。
「今年はあのナルシストの玉を叩きつぶすわ。それは決定事項よ。だから、私はその前に真由美と戦わないとダメなのよ。私の限界はここじゃないわ」
「同じように向こうも思っているでしょうね」
「ええ、だから、サラ。試合が終わったらもう1度聞くと思うわ。楽しかった? って」
どこまで広がる空と澄み渡った海に宣誓するかのような『女帝』の宣言だった。
言葉は記録に残るもなく空に融ける。
ハンナにとって、魔導とは趣味のようなものだ。好きだからやっている。
だからこそ、全力でやらないと意味がない。
そして、1人でできないからこそぶつける相手が必要だ。
応えてくれる友人がいることを神に感謝しながら、彼女は誓う。
「勝つのは私たちよ」
「ええ、その通りですよ」
最後まで読んでいただきありがとうございます。
これが今年最後の更新になります。
2014年も拙作『天祥学園』を応援いただけると嬉しいです。
次の更新ですが、年始のお休みをいただきたいので1月5日(日)になります。
長らくお待たせすることになりますがご了承の程よろしくお願いします。




