第265話
周囲の魔力をかき集めたといっても、空間展開自体が解除された訳ではない。
魔力を集めて自分の能力の密度を高めただけであり、未だに高い環境操作能力は保持している。
能力の方向性を変えるのが、彼女が見出した対桜香用の力だ。
己の強化は当然だが、それだけではない。
――術式『ヴァルキュリア』。
この名前から察することも出来るだろうか。
女神の加護を以ってして、仲間の力を引き上げる。
敵に対して用いていた力を味方に傾けるのが、フィーネの選んだ選択肢だった。
1人で勝てないならば、チームの全員で戦えばいい。
敵に干渉していた力を味方に振り分ける。
変換系は彼女の子どものようなものなのだ。
今よりも大きな力を与えるのは造作もなかった。
無論、メリットはそれだけではない。
その真価を見せつけるためにも、準備が必要だった。
「テンペスト、状況を」
『陣の再構築を完了。ドームを解除と同時に、全員を転移。視認可能』
「ご苦労様です」
ここは無理矢理にでも状況を整理する。
彼女の心の焦りと比べて、状況はまだまだ有利ではあるのだ。
数的な優位も、質的な優位も確保している。
盤石ではないが、十分に場を掌握していると言えるだろう。
だからこそ、フィーネは警戒していた。
この万全の状態で、まったく怯えた様子を見せない敵手。
その心の強さに油断など出来るはずもない。
「あの瞳……桜香と同じ。――全霊でいかないと、ダメ」
真っ直ぐとこちらを見つめてくる瞳が、フィーネが勝てなかった相手と重なる。
あの時はまだ桜香も初めての世界大会で必死だった。
余裕などなく、一戦に全力を注いでいたのだ。
当時、対峙した直後は確かに強かったがそこまでの脅威には感じなかった。
フィーネにとって中途半端な強さを持つ純戦闘型の魔導師はカモでしかなく、大した危機感など持ち合わせていなかった。
「あの時と、似ている」
周りを1人ずつ着実に落としていき、ちょうど今と同じような戦力比になった時に突然相手の動きが変わったのを覚えている。
自分の能力が欠片も通じず、混乱して視野が狭くなり、その状況に拘泥してしまった。
恐慌している間に接近されて、後はバッサリと斬られて撃墜。
思い返してみても無様な最後だった。
そのままチームは崩れて、先輩の中には罵倒してくる者も現れたのは仕方ないことだろう。
女神、という称号を受けて良い気になっていたし、『皇帝』以外視界に入ってすらもいなかった。
昨年の自分は多少は鼻につく魔導師だったのは間違いない。
冷静だった先輩たちは慰めてくれたが、自分で自分が許せなかったのをよく覚えている。
――何が欧州最強、調子に乗っていただけじゃないか。
決意を固めたあの日をフィーネは忘れたことはなかった。
「……そう、あの日がここにまたやって来た」
自分は成長しているのだろうか。
高鳴る胸の鼓動はまるで意中の相手を前にしたようであり、恋する乙女のようだった。
『皇帝』との決戦は悪くはないが、彼との戦いは能力を突破出来るかどうかの勝負であり、技術と魂を賭けた戦いではない。
嫌いではないが、この熱を鎮めるには正面から受けてくれる相手が必要だった。
そして、それが出来るのは九条桜香以外には存在しない――そう思っていたのだ。
あの日、桜香の敗北という信じられない報告を聞くまでは。
それからのフィーネはまさに恋する乙女だろう。
どんな相手が桜香を乗り越えてきて、倒したのか。
興味はその部分に集約されていた。
「――今度こそ、私は、あの日を超える!!」
その結末が今、ここに示されている。
試合は優位だろう。
それがどうしたのいうのだ。
エース、エースキラーに限らず、ここから試合をひっくり返す魔導師などいくらでもいる。
戦いの中で成長するのが魔導師なのだ。
追い詰められた状況でこそ、真価が問われる。
「勝負です。――佐藤健輔!」
過去の光景は後ろに置いてきた。
桜香を超えたのではなく、自分を超えたことを証明するためにフィーネは健輔を倒さないといけない。
油断はない、何より余裕もない。
肉体はともかく心が追い詰められた中で、最後まで自分を貫いて戦えるのか。
それがフィーネは知りたかった。
――1年目、皇帝の能力に抗せず踏み潰されて終わりを迎える。
道理を知らない子どもだった彼女は、才能はより巨大な才能に踏み潰されるという当たり前を知った。
――2年目、才能と機会に阻まれ、最も惨めな負けを体験する。
油断や慢心がなかったとは言わない。
しかし、フィーネに1番ピッタリの言葉はあれだろう。
運がない。
輝かしい才能があり、努力も欠かしたことはなかったが運がなかった。
今も新しく出てきた影に押されている辺り、彼女の不運は筋金入りである。
「――でも、それを超えるから意味がある!」
挑むなら常に全力でやるべきだ。
去年と一昨年はそれが完遂出来なかった。
自分の全てを出し切って負けたとは思えなかったのだ。
いや、正確に言うべきだろう。
本気を出せていれば――負けなかった、と心の何処かで惨めに思ってしまったのを誤魔化せない。
そのような言い訳を必要としないほどの激しい試合で、全部を出し切って勝利する。
そのための機会がここにあるのだ。
不運は同時に幸運でもあった。
「テンペスト! いきますよ!」
『術式発動『エレメント・アーマー』。総員に『ヴァルキュリア』を用いて付与。準備完了』
「私のチームの真の力を見せる!」
様々な属性を重ねあわせて、フィーネは身を守る鎧を展開する。
ここから先に隠す力は存在しない。
加減は存在しない全霊の力。
もしかしたら、魔導師になってから初めて振るうかもしれない。
「ここで終わらせます! クォークオブフェイト、私の前に沈め!!」
銀の女神が槍を構えて、突撃を仕掛ける。
常とは違う好戦的な様子にチームメイトの驚く声が聞こえるが、今のフィーネの耳には入らない。
意中の男はただ1人。
不敵に笑って、3色の魔力を身に纏う男だけ。
向けられる視線に艶やかに微笑み、フィーネは先制攻撃を放つのだった。
『健ちゃん、来るよ!』
「真由美さんは援護を! 葵さん!」
「誰に言ってるつもりよ!」
『任せて!』
レオナたちが転移で集められたのと同時にクォークオブフェイトも全員が集まっている。
ここから再び個別の戦いに持ち込むためにも、まずはチーム同士の戦いを凌ぐ必要があった。
後ろには健輔が信頼する最強の後衛。
隣には健輔が尊敬する最強の前衛。
2人の力を貰っている身として、こんなところで簡単に負けられない。
相手が女神の加護を受けて力を増していようが関係なかった。
フィーネ側の準備が完了すると同時に健輔たちの準備も終わる。
交差する視線。
もう、2人の間に言葉はいらない。
『マスター、来ます』
「ああ、わかってるさッ!」
先制で放たれるのは複合属性による攻撃。
雷、風、炎、氷、水、光。
見て取れるだけでも最低6属性。
銀の閃光を中核とした大規模砲撃。
およそ魔導師単体に放ってよい規模ではない攻撃を前にして健輔は笑う。
威力だけならば、間違いなく戦術魔導陣に匹敵する。
フィーネの健輔を落とそうとする意思が籠っていた。
――それに応えるには、中途半端な術式ではいけない。
「本気だな!! 俺も相応の礼でいこう!」
『タレット、1点収束。4機の術式を融合済みです。トリガーはマスターに』
「術式解放『真紅の四重奏』!!」
相手の攻撃モーションに合わせて、健輔も最大級の攻撃を放つ。
真由美の最大攻撃『終わりなき凶星』4つ分を1点に収束して放つ力技も良いところの術式である。
砲撃魔導としての極致を纏め上げた赤き終焉が銀の煌めきを受け止める。
「この程度で俺を止められるものかよッ!」
タレットが攻撃を止めている間に、葵と共に前に出る。
立ち塞がるのはもう1人残るヴァルキュリアの前衛と、それを支える後衛の先輩たち。
銀の魔力を身に纏った戦乙女たちが進む2人を迎え撃つ。
「させません!」
「健輔、行きなさいッ!」
葵がイリーネの前に立ち塞がり、健輔を先に行かせる。
肯定の言葉も送らない。
何も言わずにただまっすぐに健輔は進んだ。
「っ、待ちなさい! 私を、無視――」
「戦場で余所見とか、正気!!」
無防備なイリーネに遠慮なく葵は攻撃を放つ。
しかし、その攻撃は届かない。
フィーネの加護が彼女たちを守っている。
拳を受け止める風の防護、しなやかな守りが葵の強さを受け止めていた。
「っ、どこまでも祟るわね!」
「確かに、失礼でした……! イリーネ・アンゲラー、参ります!」
イリーネが葵に反撃を行う。
明らかに普段よりも早い突きの速度。
イリーネの魔力と融合したかのような銀の輝きは彼女の『水』の力をさらに引き出す。
ここに他属性の加護を合わせて、女神の加護は完成するのだ。
「水よ、私に力をッ!」
「行かせないわよ!」
葵も魔力を高めて迎え討つ。
集合したはずの戦場が再び分断され始める。
これだけ混み合ってしまえば、後衛が力を発揮出来なくなるのはいつものことだった。
完全に分断されるわけではないが、大凡3つに分かれることとなる。
「レオナ、あの赤い奴を何とかしないと!」
「わかってるわ! リタ!」
「『凶星』を相手してるから、ちょっと厳しいかも! エルが頑張ってよね」
「理解してるわよ!」
イリーネを援護しようとするヴァルキュリアの後衛3名。
「健ちゃんとあおちゃんだけに良い思いはさせないよ。今回はちょっと溜まってるから、ここからが本番だよ」
葵と健輔を援護する真由美。
「っ、フィーネ様!」
「だから、余所見すんな!!」
フィーネの援護に向かいたいイリーネと阻止する葵。
そして――、
「いい加減に終わらせてやるよ!」
「よく言いました。やって見せなさい!」
――健輔対フィーネの戦いである。
最後の決戦が始まった。
この戦いを制した方が、この試合に勝利する。
誰もがそのことを理解していたのだった。
戦い方を別の方向にシフトさせたフィーネは先ほどまでとは違い、積極的に前に出てきた。
健輔の剣を槍で受けて、反撃する。
やり取り自体に大きな変化はない。
しかし、水面下では先ほどまでとは比べ物にならない戦いが行われていた。
自己強化と仲間の力を大きく上昇させる方向に移ったイリーネは同時に仲間からあるものを受け取っている。
健輔がシャドーモードから、様々な恩恵を受けるようにイリーネもまた自分から分かたれた系統の力を集めていた。
『マスター!』
「後ろかッ!」
槍の1撃を防いだ健輔に背後から迫る攻撃。
周囲に展開されたレンズを反射して軌道を読ませぬ攻撃に健輔は見覚えがあった。
「……この制御力は!?」
「貫きなさい! 『シューティング・レイ』!!」
本家本元とは違い、速度と威力を兼ね備えた攻撃は、健輔の予想もつかぬところから迫る。
直撃する1撃。
普通の健輔ならライフが一瞬で消し飛ぶ攻撃を受けるが、赤紫の輝きがギリギリのところで守りを展開する。
葵の固有化の力が健輔を守っていた。
「これぐらいで!」
勢いのまま健輔は近接戦を仕掛ける。
間合いで不利な状態では、先ほどのように上手くいなされてしまう。
挑発の意も込めて、健輔は陽炎をある形に変える。
「陽炎、ランサーモード!」
『了解しました。魔力をブースト。突撃準備万端です!』
「流石だ、相棒!」
『お褒めに預かり光栄です』
気が利く魔導機に礼を言い、健輔はノータイムで突撃を選択した。
槍を構えると、魔力をブーストさせてフィーネに向かって直進する。
健輔の視界には同じように突撃を選んだ彼女が映っていた。
「貰った!」
「こちらのセリフです! 何より、『ヴァルハラ』の最終形態をただの自己強化だと思わないで欲しい!」
「何!?」
ぶつかり合う魔力と魔力。
銀の輝きに負けぬ光はお互いに食い合うと力を失う。
どこから見ても互角の状況。
距離を取って再度の交戦が行われる。
先手を取ったのはフィーネだった。
何も変哲のない突き。
平凡、と言ってよいのかは微妙だが、おかしい部分は何も存在しなかった。
健輔も警戒はしながら、同じように槍で受け流そうとする。
接触する両者の槍。
それを見て、フィーネは満面の笑みを浮かべる。
危険な笑み。
これだけの行動に意味があるとは思えなかったが、すぐさま距離を取ろうとした時、それは起こった。
「なっ、これは……!」
「いただきます!」
武器が離れない。
まるで接着でもされてしまったかのような光景に健輔が固まってしまったのも無理からぬことだろう。
健輔の武器を張り付けたまま、フィーネは片手に風の槍を創造して突き出してくる。
「くそっ!」
武器を放棄して、直ぐに離脱する。
風の槍に拳を叩き付けて迎撃――今までと何も変わらない行動。
しかし、フィーネは再度、意味深な笑みを見せた。
『マスター! 回避を!』
「――っ、おらあああ!」
陽炎の警告に何も考えず従うが、健輔が気付いた時には既に遅かった。
周囲を囲むように展開される水の囲い。
薄い膜のようなものが見えた時、健輔はヴァルハラの意味を知った。
「遅い、モード『ネプチューン』!」
「がっ!?」
固有化の防御を突破する物理的な衝撃。
水の一撃を受けて、健輔の意識が飛びそうになる。
満面の笑みでフィーネは追撃を放とうとするが、健輔は予想を超えてきた。
唇を噛み切って、無理矢理に意識を繋ぎとめると切り札で反撃に移る。
『マスター! ライフ60%』
「ま、まだだ! リミッター、解除!!」
「なっ、まだ、こんな余力が!」
3色の輝きがフィーネに襲い掛かり、密度を増した魔力が水の魔力を消し去る。
隙を晒したフィーネを健輔が見逃すはずもない。
魔力を右手に集中させて、この試合最高のストレートを女神の鳩尾に向けて放つ。
「がぁ!?」
『ライフ、50%』
くの字に折れ曲がるフィーネの身体。
会心の一撃に今度は健輔が笑みを浮かべる。
しかし、フィーネもまた、健輔の予想を超えてくる。
フィーネを包んでいた魔力のフィールド『エレメント・アーマー』が創造系の魔力を発したと思うと彼女を覆う岩に姿を変える。
腕を取り込んだままの状態での変貌に健輔の顔色が変わった。
「ま、まさか!?」
『弾け飛べ『ストーンバレット』!』
「マジか!?!」
0距離での質量弾。
健輔は障壁を展開して防御しようとしたが、
「魔力が……!」
『言ったはずです。私の『ヴァルハラ』を舐めるな、と』
一瞬の銀の魔力による干渉。
術式発動を遅らせるには十分な時間を稼がれて、健輔は直撃を受けることになる。
瞬時にそう判断した健輔は、防御を捨てることを選択した。
『魔力を頭部に集中』
「――流石だよ! 相棒!!」
フィーネを覆っていた石が銃弾となって放たれる瞬間に健輔は頭突きをフィーネに向かって放つ。
当然、飛来する石が体に叩きつけられダメージを受けるがただでは終わらない。
石の防御を失ったフィーネの頭部に向かって、健輔の頭突きが直撃する。
あの状況でそんな攻撃をするとは思わなかったフィーネは目を見開いて驚いていた。
「っあ……、い、痛ぇ……!」
「こちらのセリフです! 大地にでも、帰りなさい!」
お互いに体勢を崩している状態で、フィーネは涙を目に浮かべながらも健輔の右足を掴んで真下に投げ捨てる。
「テンペスト!」
『術式発動『ジャッジメント』――モード『ヴァルハラ』』
「これで、終わりです!」
火こそ抜けているが、放たれるヴァルキュリア最強の火力たる裁きの1撃。
天に輝く光を前に健輔も余力を全て投げ捨てる。
固定して貯蔵していた全ての魔力を術式に注ぎ込む。
葵の固有化で真由美の固有化を完全に制御して放つ1撃。
「撃ち落とせ! ――『掃滅の凶星』!」
真紅と赤紫――そして2つを結ぶ白い輝きが混ざりあって、銀を中心とした輝きを迎え撃つ。
激しい閃光に包まれる両者の中間点。
生まれた魔力の嵐に吹き飛ばされて、健輔は大地へと叩きつけられるのだった。
『マスター、マスター』
「っ……あ、くぅ、だい、大丈夫だ。……し、試合は?」
陽炎の呼ぶ声が聞こえて、健輔は意識を取り戻す。
魔力の過負荷で確実に意識が飛んでいた。
どこかふわふわとした感触だったが、陽炎を支えにしてなんとか立ち上がる。
『まだ続いています。ライフは30%。攻撃自体はほぼ相殺できました。シャドーモードもしっかりと維持しています』
「はっ、練習では上手くいかなかったのに案外、保てるもんだな」
力はかなり使ってしまったが、まだ力は残っている。
問題はフィーネの力についてだった。
離れない槍、途中で起きた魔力干渉。
健輔の抵抗力――魔力を弾く力はあの段階ではまだ十分なものがあった。
なのに、防げなかった。
理由は1つしかないだろう。
長時間に渡る接触で魔力が染み込んでいる、とでも表現すべきだろうか。
フィーネが自分に力を集中させたのは、潮時だったという意味もあるのかもしれない。
『マスター、魔力反応です』
「……そうか」
この状況で健輔に向かってくる相手は1人しかいない。
空を見上げれば視界に映るのは、少しだけボロボロになった女神だった。
健輔の疲弊した様子を見て、フィーネは僅かに笑みを浮かべ、
「そこで、寝ている暇はないですよ」
「ちゃんと立ってるだろうが、よく見ろよ」
「やせ我慢をしますね」
お互いにボロボロではあるが、明らかに明暗は分かれている。
それを隠すように、健輔は笑った。
「こっちの花火は効いたように見えるがな」
8割はハッタリだが、2割は本気だった。
こんな状況でも挑発をやめない健輔に感心したようにフィーネは自然な笑みを浮かべる。
意地の張り合いでは勝てない、と言いたげな視線だった。
「悪くはなかったですよ。――さあ、続きを始めましょう」
槍を構え直すフィーネに健輔も再度闘志を高める。
まだ最後の戦いは終わっていない。
先ほどまでの勝負ですらも、お互いの底を確かめるものでしかないのだ。
「女性を待たせるのは紳士がすることじゃないよな」
「ええ、私と踊ってくださるかしら?」
フィーネに軽口を返しつつ思考は続ける。
魔力を再び身に纏い、空に舞い戻る中で健輔はある答えに辿り着いていた。
このまま戦っても、自分は勝てない。
既に力のほとんどを使い果たした己とまだ余裕が窺えるフィーネでは結果は明らかだった。
疲労も既に隠せないレベルに来ている。
先ほどの攻勢が健輔の限界だった。
それを相手も見切っているだろう。
それでも――油断は微塵もない。
フィーネの周囲に浮かぶ水弾は遠距離でゆっくりと削る意思の表れだった。
最後まで慎重に、試合時間を最大まで使って、文字通り健輔の全てを絞り尽くすまでじっくりを攻めるつもりなのだろう。
万策尽きる。
頭に過る言葉を否定することは健輔にも出来なかった。
ただでさえ長時間フィーネの魔力に触れて抵抗力が下がっている中で、疲労したことの意味は大きい。
自己の力を仲間の力を集めてまで、高めた女神は健輔の実力を下げた状態で戦おうとするだろう。
今度こそ、それは防げないのだ。
「――だからこそ、出来ることがある」
最後の一瞬、その全てに賭けよう。
ボロボロでの抵抗。
機がくるのを待つだけの戦い。
残りの2人が状況を動かしてくれると信じて、健輔はフィーネを迎え撃つのだった。




