第259話
転移も駆使した最大速度で健輔は向かう。
戦いの前にあった出会い。
あの時に感じた予感の正しさが奇しくも証明されたことになる。
実質、カルラは捨て駒に近かったのだろう。
いくら圭吾に妨害されているとはいえ、フィーネが本気でチームの集合を狙えば出来ないはずはない。
しかし、いくらフィーネの方が強いとはいえ、無理矢理そんなことをすれば体力の消耗は免れないし、何よりマイナスだったものをゼロに戻す以上の意味が存在していない。
そう判断して、機会を窺っていたとしたら、圧倒的な実力を持つ者が極めて慎重に動いていることの証左となる。
健輔としては楽しいが、敵として見た時は限りない脅威だった。
「発動に時間が掛かるなら、実質的に捨て駒にしてでも、相手の力を発揮させればよい。本当にいい根性してるよ」
転移した直後を攻撃されないように、連続転移で居場所を誤魔化しつつの接近。
小細工だが、やらなければあっさりと撃墜される危険性があった。
圭吾がなんとか引き出してくれた相手の情報から考えればそれぐらいはやってくる。
「あれは……!」
移動の果て、ついに視界に映る女神。
フィーネがこちらを見ているのを感じる。
向こうも健輔が見つめているのを感じているだろう。
全ての転移を終えて、健輔は立ち止まって欧州最強の魔導師と言葉を交わす。
「1日ぶりですね。調子は如何ですか、麗しき女神殿?」
何気ない世間話、しかし、双方の目と態度に油断はない。
話ながら、頭の中ではどうやって敵を叩き潰すか考えている。
性別、年齢も違うのに何処かよく似た笑み。
お互いに相手を警戒しつつ笑顔で対話を行う。
正面上は話が弾んでいる光景。
薄ら寒い空気さえなければ、仲の良い男女にしか見えないだろう。
「微妙ですね。あなたのご友人にはとても苦しめられましたよ。若き魔導師殿?」
実際はそこまで困っていなかっただろうに、肩を竦めて語る女神に健輔の中で叩き潰すべき理由がもう1つ増える。
圭吾が引き出したもの、仕込んだものでお前は負けたのだ、そう言ってやらないと親友が報われない。
内心の煮えたぎる思いを隠して、笑顔で健輔は応対する。
これはフィーネの挑発なのだ。
健輔は頭を使って戦う魔導師である。
万が一にでも怒りに囚われて、我を忘れてしまえば絶対に勝てない。
何があろうとも冷静に怒らないといけないのだ。
健輔の強さを理解していて、だからこそ挑発している。
同じ3強の1角である桜香とは違う。
桜香は自分を高めて、正面からの打破を狙っている。
不正、という訳ではないが根本の部分が優香と似た感じで純粋なのだろう。
対して、フィーネは本質が見えてこない。
正々堂々とした態度で全てを受け入れて、王者としての強さを見せつけるのかと思えば、今回のように格下相手にも挑発を取り入れるような形振り構わない面も見える。
探りを入れるためにも、健輔はフィーネに挑発をし返すが、
「……意外ですね」
「何がでしょうか?」
「欧州の王者ともあろう方が、俺程度に――」
「――挑発するなんて?」
「っ……」
くすくすと童女のように笑う女神が醸し出す雰囲気に僅かだが健輔は気圧された。
笑顔が怖いと言われるという自己申告があったが、納得の怖さである。
そして、怖いと思われることも戦いに利用しようとしているのだ。
健輔も人のことは言えないが、魔導競技のためにいろいろと犠牲にしすぎである。
挑発が上手くいかなかったことよりもそっちに意識がいってしまう。
健輔の様子からあまり上手くいかなかったのを感じたのか、フィーネが不思議そうな表情を見せた。
「あら、あまり効果がない? というよりも、余計なことを考えている感じですか?」
「さ、さあ? どうだろうな」
「ああ、私の挑発に感心でもしていました? なんというか、あなたは根が真面目ですね」
「ぐっ……」
先ほどまでとは違う意味で呻いてしまう。
自分の挑発をあっさりと流されたことよりも、先達の技に興味を持ってしまった。
そんな心の内を完璧に見切っている。
ここまでホイホイと内心を読まれたのは、試合では始めてかもしれなかった。
年季の入った化粧を少々侮っていたようである。
――無論、口には出さなかったが。
この挑発を使うと、大変なことになるような予感があった。
春頃に使った記憶があるが、真由美だったからこそ少し困ったように笑うだけで許してくれたのだ。
下手をするとただの地雷ではなく、核地雷を踏む可能性もあるような冒険をするほど、健輔も無謀ではなかった。
怒らせることは出来るが、逆を言うとそれだけしか出来ない。
「それでは、そろそろよろしいですか?」
「いつでもどうぞ。――俺の親友の分もお返しするさ」
健輔の啖呵にフィーネは本当に嬉しそうに笑った。
綻ぶ花のような笑顔、邪気など微塵も存在せず、そこには純粋な美しさがある。
目を奪われるような輝きを前に、健輔も笑い返した。
「行くぞッ!」
「ええ――始めましょう!」
女神の力が唸りを上げる。
未だに底を見せない『元素の女神』がついに重い腰を上げた、
もしかしたら、彼女は待っていたのかもしれない。
自分のところに真っ直ぐに向かってくるような敵を――。
先制の1撃は女神が放つ。
そもそもの問題として、スペックだけを見れば天と地のどころの騒ぎではない差がある。
本気で相手を潰すことだけを考えた女神に――環境を操る、つまりは場を操る彼女から先制を取るなど桜香にも不可能な所業であろう。
第1撃、まずはこれを防ぐことから求められる。
そして、その壁は絶望的なまでに高かった。
「――喝采せよ!」
『術式発動『静寂なる救済』』
『魔力反応増大! マスター、囲まれてます!』
「これは……」
フィーネに向かっていた健輔の進路が突然歪み始める。
それだけでない、四方八方あらゆる場所で感知される多種多様な魔力反応。
葵、真由美、真希、優香、圭吾、健輔。
クォークオブフェイトのメンバーもそうだが、ヴァルキュリアのメンツの魔力も感じられる。
いや、それだけではない。
この戦いに参加していないもののパターンも紛れ込んでいた。
視界からフィーネが消えたことと合わせて、健輔の心は一気に臨戦態勢へと移る。
「これは、クラウ、それに香奈子さんもか……!」
『坪内ほのか、他に確認出来るのだけでも多数のパターンがあります』
「こういう大袈裟な感じの後に続くのは――」
「――攻撃、ですよ」
耳元で聞こえたフィーネの声に反応することなく、健輔は迎撃態勢に入る。
環境を操るということは、声が聞こえる方向や距離を操ることなど想像していた。
こんな小細工で意識を逸らすということは、どんなタイプの攻撃が来るかは簡単に予想が出来る。
「はっ、俺にそれで攻撃するか!」
最初に来たのは、真紅の暴虐。
見覚えのある攻撃に健輔はこんな時に笑みを漏らす。
魔力パターン、威力までも再現された彼らのリーダーの技。
健輔を幾度も叩き落した攻撃を前にして、怯えなどは微塵もない。
このフィールドで真由美の砲撃の直撃を最も受けたことがあるのは、自分だという自負と自信があった。
このような紛い物では恐れるに足りない。
「悪いが見慣れてるぞ!」
真紅の凶星に破壊の拳を叩き込んで無力化する。
真由美の本物ならばともかく、魔力だけで再現した中身のない攻撃では健輔は落とせない。
無論、フィーネもそんなことはわかっているのだろう。
次の攻撃が休むことなく叩き込まれてくる。
駆け抜ける雷光と戦場を照らす蒼。
どちらも健輔と縁の深い女性たちの色だった。
「兆候はなし! それで雷速、防ぐ術は無さそう――」
攻撃と障壁で防ぐが、その1撃で健輔の守りは吹き飛ぶ。
通常状態の障壁で1発耐えれただけでも割と偉業だった。
丸裸の状態、守りがない状況に陥っているのに健輔は笑う。
この空間での攻撃は一切兆候がなく、あらゆる要素が歪んでいる。
距離、方向、魔力パターン。
本来ならば、これらを探知して対応すべきなのだが、それらが全て信じられない。
そんな状態で四方を囲まれており、おまけとばかりに攻撃速度は速い。
『元素の女神』――納得の強さであった。
「――とでも言うと? 俺を舐めすぎだ!」
魔力を操ることに関して、万能系を舐めている。
何をしようとしているかはわからずとも、魔力が集まろうとしている兆候は察することが出来るのだ。
再度放たれる雷光と蒼い閃光。
2色の破滅を前に仕込んでいた術式を展開する。
「術式展開!」
『ディメンション・ホール。マスターの周囲に最少展開』
健輔は歪んでいく景色の中で、不敵な笑みを崩さずに迫る2色の光をどこかに跳ばす。
立夏の『ディメンション・カウンター』は名前の通りカウンターまで込みの術式だが、健輔のこれは穴でどこかに跳ばすだけのお手軽術式だった。
固定系があり、制御が容易な健輔だからこそ出来る最強クラスの障壁術式。
攻撃を凌いで、会心の笑みを浮かべる。
かつては桜香に3人で挑み、やっとだったが、今は1人でも戦えている。
その事を喜びを隠せないが、フィーネは当然のように健輔の心情など勘案せず、攻撃を続けたきた。
三度飛来する雷撃、おまけにもう1つの黒い輝き。
「これは、クラウ、そしてッ!」
『マスター、香奈子です!』
警告に従い意識を集中させれば、黒い魔王の1撃が背後から放たれようとしていた。
黒き閃光、その脅威を知っているが故に健輔は回避に全力を注がないといけない。
本来ならば防いではいけないものであるし、防げるものではないのだ。
『破壊の黒王』――攻撃においては頂点に立つ1撃。
それが、本物だったならば、と注釈が付くのを忘れていなければ、そうなった可能性はあっただろう。
しかし、健輔は迷わず防御を選択する。
「シルエットモード『サラ』!」
『魔力をブースト。急速展開』
背後に20層に渡る障壁を展開する。
黒い1撃はオリジナルのように障壁を軽く突破することが出来ずに障壁と競り合う。
そのタイミングを見逃すようなことを健輔はしない。
荒れる空間の中で、意識を研ぎ澄ませて狙い撃つ。
障壁を『固定』しておくことで、魔力の問題は解決出来ている。
周囲の環境を歪ませて一方的に攻撃するのは構わないが、健輔はやられたままで終わるような男ではない。
「隠れてるつもりか! 見えてるぞ!!」
巧妙に偽装されているが、光学的に操作されている場所をみつける。
その術式の向こうで、こちらに微笑んでいるフィーネを視界の隅に置きながら、健輔は流れるように次の動作に移っていく。
敵に向けるのは銃の形になった武装部分。
距離はそこそこ、『固定』しておいた魔力の1つを装填して、術式を解放する。
「穿て」
『術式解放『ストライクブリッド』』
放たれた魔力の弾丸がフィーネに向かって直進する。
隠蔽術式を粉砕して、フィーネの下へと辿り着くが、
「無駄です」
展開される障壁――阻まれる攻撃。
砕け散る魔力の銃弾は、傷を与えることも出来ずに――
「なっ――!?」
『マスター、ライフ95%』
「今のは……魔力が砕けた後に再生した? 珍妙な術式を使いますね」
――砕けたように見えた。
魔力弾は砕けた後にフィーネの障壁をすり抜けて彼女に僅かながらダメージを与える。
ただの1度も傷つかなかった女性がとうとうダメージを負う。
健輔には女神を倒すだけの牙がある証明でもある光景。
それを目にして、健輔もガッツポーズを取る。
「よし!」
『第2波、来ます』
「って、少しは感慨に浸らせろよ!!」
反撃とばかりに叩き込まれる嵐の数々を上手くいなしていく。
『ストライクブリッド』は健輔は試しに生み出した万能系用の術式である。
通常の貫通攻撃はいろいろと制限が多い。
魔力を浸透させて突破するもの、もしくは複数層に渡るコーティングを施して表面が破壊されても内部が突破するもの。
大筋でこの2つのどちらかに分類される。
健輔の今回の術式はそのどちらでもない。
フィーネの障壁は当然ながら、複数の層を持っていておまけに簡単には干渉することも出来ないほど強固な壁、いや『砦』だった。
健輔が事前に予想した通り、フィーネは本来は攻撃よりも防御に重きを置いている魔導師である。
環境操作で相手を攪乱して、混乱させさらに疲弊したところで攻勢に移っていく。
ド派手な術式や能力で惑わしているが、根本にあるのは堅実な戦術だった。
ダメージさえなければ、フィーネが1人になっても十分に勝機を持ち続けられる。
自分の実力に対する自負があるのだろう。
そこを崩すためには、まず防御を突破するための方法が必要だった。
「節操のない攻撃だな!」
『上方から、優香の魔力反応です』
「はいはい、わかりましたよッ!」
圭吾との戦いを見る前から、魔力系の攻撃による包囲などは予測出来ていた。
これすらも捌けないようだと、フィーネには絶対に勝てない。
だからこそ、仲間の魔力パターンを使って混乱を狙って来ても大した動揺はなかった。
狙いも大体が想像出来る。
「仲間の援護がやり辛くなる。とか、そんなところだろうな」
『1対1を強制する系統の能力ですね。1人なら負けない、というよりもリスクを低減する狙いがあるかと』
「大胆に見えて所々、臆病さがある。本当にめんどくさい女神様だよ」
フィーネの手段がある程度、予想が出来ていたらなら次は対策がいる。
切り札は隠しているが、いつまでも捌いているだけでは絶対に勝てない。
防御は出来ても攻撃出来ないと牽制すらも出来ないからだ。
『ストライクブリッド』はそれを解決するために生み出されたものである。
効果は単純で、何の魔力にするか決定する前の『万能系』の魔力を固定系で固めて打ち出す。
銃弾という体を取っているが、実質的に魔力を投げつけているだけである。
そんな原始的で単純な攻撃だが、万能系の性質を考えると恐ろしい効果を発揮するのだ。
フィーネの障壁をすり抜けれた理由は単純であり、フィーネの魔力の性質をコピーしたからである。
自分の魔力なのだから、障壁で止めれないのも道理であった。
無敵の防御をすり抜ける手段、その1つは自傷だろう。
健輔の攻撃はお手軽にそれを出来るようにしただけのものであった。
相手の魔力パターンを利用するところまでよく似ている2人である。
そんな風に似ている部分の多い両者だからこそ、健輔はフィーネの次の行動がなんとなくだがわかっていた。
「さて……ここからが本番かな」
相手の防御を突破してダメージを与えられる。
それは例え確率が低くとも撃墜される可能性が生じるということだった。
そんな不確定要素を好む女性ではない。
健輔の確信はほとんど時間を置かずに証明されることになる。
フィーネの空間展開によって内部に満ちていた彼女の魔力が少しずつ活性化していく。
今までは肉眼で確認出来なかった銀の魔力が雪のように深々と輝き出す。
『マスター、魔力密度の上昇を確認』
「やっぱりな。桜香さんに出来て、真由美さんに出来て、さらには葵さんにも出来る。女神が出来ないはずがない」
高まる魔力の波動は健輔にも馴染みのある光景だった。
周囲の魔力は高まる本体の輝きに後押しされているだけに過ぎない。
収束系の究極。
世界の頂点に立つものなら持っていてしかるべき技能だろう。
「総合的に見るとやっぱり、あの人は怪物だな」
『桜香と比するのは間違いないです。戦闘能力と特殊能力のバランスが良いと判断します』
「だろうな。勘だが、3人の中ではあの人が中間なんだろうさ」
『桜香ほど格闘能力など戦闘力に優れておらず、皇帝ほど特殊型でもない』
「それを器用と言うのか、中途半端というのかは人それぞれだと思うけどな」
各分野で他の2人と競うと負けてしまうのが、フィーネ・アムルスターという女性なのだろう。
こんなところでも共通点を見つけてしまった。
お互いにやれることは多い。
しかし、だからこそ、そこに求められる刹那の判断力など課題も多かった。
持っている力の規模こそ桁が違うが悩みは似たようなものばかりである。
健輔よりも遥かに進んだ先達に、自然と敬意を感じていた。
「……俺の未来。もしかしたら、あるかもしれない光景、か」
『マスター、そろそろ来ます』
「おう。全力を超えないと意味がないからな」
フィーネの変貌中に攻撃を仕掛けることも出来たが、健輔はあえてそれをしなかった。
準備中の攻撃に対する対抗手段程度用意しているだろう。
詰まらないというのもあるが、無駄に消耗するつもりはなかった。
使用した魔力充填術式などを補充しつつ、健輔は様子を窺う。
ここから先の試合にはこのフィーネすらも超える魔導師が待っているかもしれないのだ。
ここでフィーネとの戦いを避けたところで意味はない。
相手の全力をこちらの全力で超える。
その気概がなければ、頂点など取れない。
戦術上必要なことはあれど、今はその時ではなかった。
「陽炎、こっちもシャドーモードの準備は進めておこう」
『了解しました。モードの選択はどうしますか?』
「最低でもダブル。よかったらトライでもいいぞ」
『わかりました。少々、時間が掛かりますのでそれまで生き残ってください』
「まあ、それは大丈夫だろうさ。向こうも同じだよ」
天に昇る銀の光を眩しそうに見つめて、健輔も切り札の準備をしておく。
フィーネがこれで全てを見せたとは思えない。
まだ底があることを警戒した上で、健輔はここを凌がねばならなかった。
ドンドン大きくなる魔力の力強さに武者震いを感じつつ、表面は平気な顔で受け止める。
仲間たちの奮戦を背に感じながら、健輔は降臨する女神を迎え撃つのだった。




