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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第257話

 水が荒れ狂う。

 ドラゴンの姿となるもの、氷の槍となるもの、自由自在に姿を変えて蒼い乙女に狙いを付けていた。

 360度、休みなく行われる水霊の宴。

 主演は2人の蒼き乙女。

 1人は主催者――深き海の蒼を纏う者――イリーネ・アンゲラー。

 1人は招待客――清き空の蒼を纏う者――九条優香。

 イリーネの全力を前にして、優香も出し惜しみをやめる。

 ぶつかり合うモード『ネプチューン』と『オーバーリミット・エヴォリューション』。

 次代を代表する2人の蒼は己の全てを賭けて戦場を舞っていた。


「進軍せよ! 我が軍団よ!」

「させない! いくよ、私たち!」


 一気に数を増した水の軍勢が、空の乙女に襲い掛かる。

 神話ならば、勇者にでも祈るしかない展開だろう。

 精霊の怒りを買った乙女に対抗できる手段はない。

 しかし、ここは神話に非ず。

 彼女は敵に対抗するだけの力を持つ魔導師だった。

 一瞬で数を増した幻影は、迫りくる軍団を幻惑する。

 イリーネの系統に浸透系は存在していない。

 如何に水を完璧に操れるクリエイターでも出来るのは造形までなのだ。

 命を吹き込むには、力が足りなかった。


「私の攻撃が、ここまで通用しない。それも、同じ年の女性に!」


 歪んだ表情がイリーネの悔しさを表している。

 国内大会では味わったことがない屈辱だった。

 何より、それを自分の力だと思っていた事に、イリーネは怒りを隠せない。

 イリーネが活躍出来たのは、敵チームの対策がほとんどフィーネに集中していたからだ。

 盤石と言ってよい安定性を誇るヴァルキュリア。

 そこを崩すには中核を倒すしかない。

 そして、このチームの中核は間違いなくフィーネなのだ。

 イリーネではない。


「弁えていたつもりですが、私にはまだ強敵との戦いが足りない……!」


 次代、という重荷を両者が共に背負い、そこに差は存在しない。

 才能、努力もまた差はないだろう。

 ならば、違いはどこにあるのか。

 答えは簡単だった。

 歩いてきた道のり、である。

 クォークオブフェイトはヴァルキュリアよりも不安定な道を全員で駆けてきた。

 苦難の差が今、ここで両者の距離として現れる。


「良いでしょう! 元より、無傷で勝てるなど、思っていませんでした!」


 水を抜けてきた優香の幻影に突きを放ち、そのまま前方へ抜ける。

 こちらの攻撃を掻い潜る振りをして、包囲しようとしたのは読めていた。

 そんな見え見えの誘いにのるほど、イリーネはアホではない。


「そこッ!」

「くっ!」


 幻影による攪乱はイリーネには通じない。

 人体の大半は水で出来ているのだ。

 浸透系を持たないため、干渉などは不可能だが位置ぐらいは簡単に感じ取れる。

 

「穿て!」

「消え去れ、『蒼い閃光』!」

「なっ、ここで――」


 放った魔弾が蒼い光に飲まれていく。

 大規模火力砲撃を前にして、虚を突かれるも、態勢は直ぐに立ち直す事が出来た。

 展開していたスフィアが薄い水の膜を張り、魔力を浸透させる。

 魔力を受けて張り裂けそうになる特殊障壁に力を注ぎ、凍らさせていく。

 外からイリーネの魔力で優香の魔力を覆い隠しているのだ。

 外部に干渉出来なくなれば無力化したのと同じことだった。


「お返し、ですわッ!」


 巨大な氷柱を相手に投げ返す。

 中身は優香の魔力とはいえ、1度攻撃に変換させたものを無力化するには相応の手間がかかる。

 中に閉じ込められた大量の魔力を惜しむ気持ちなども考えれば、一瞬であろうとも戸惑う可能性はあるだろう。

 イリーネの思惑は極めて常識であった。

 常識的であるが故に、読みやすいという問題に目を瞑れば良い手段だっただろう。

 ――優香が直ぐ傍にいる男の影響を受けていなければ、効果はなかったかもしれない。

 一瞬の迷いすらも見せず、優香は直ぐに迎撃を選択する。

 そして、その手段はイリーネにとっては信じられないものであった。

 

「小細工ですね。『細雪』」

『魔力貫通、暴発させます』

「なっ、この距離で、正気――!?」


 蒼い閃光の中に細雪の術式が流れ込み、2人の間にある氷柱に閉じ込められた魔力が一気に膨れ上がる。

 瞬間、爆発する魔力。

 周囲に広がる蒼い輝きは容赦なく2人を飲み込むのであった。



 

 


 光が晴れた時、2人はお互いにぼろぼろだった。

 変わらない表情で、敵を――イリーネを優香は見つめる。

 同年代でここまで死力を絞り尽くしたのはクラウディアと練習を行った時ぐらいだろう。

 強さの絶対値、などというものが存在するならば間違いなくイリーネはクラウディアに匹敵する存在だった。


「……雪風」

『ライフは残り40%です。一旦、後ろに……いえ、なんでもないです』


 言いたい事はわかっていた。

 このまま戦闘を続ければ優香の余力は一気に失われる。

 イリーネの戦い方は規模が大きくなり、力が大幅に上昇しただけで基本のラインは変わらない。

 だからこそ、予想が容易だった。

 想定外だったのは、単純な格闘戦能力や、近接戦闘での術式応用範囲だろう。

 優香よりも柔軟で、同時に強かな使い方が多い。

 術式巧者などと言われているが、優香としてはそういうのは健輔と似たタイプの人間の事を言うと思っていた。

 結局のところ、優香の力の使い方は力押しであり、それ以上ではない。

 健輔はそれも実力だと言ってくれたが、優香としては受け入れられない言葉だった。

 才能による強さ――そんなものでは姉に届かない。


「ダメ……。今は、ダメ」


 余計な方向にずれそうになる思考を追い出す。

 今はイリーネとの戦闘に集中すべきだった。

 変換・創造系――『水霊の創造者』イリーネ・アンゲラー。

 優香と同じく1年生魔導師としての完成度ではかなりのものだった。

 次期女神、という評判に違わぬ安定した強さ、そして広い応用範囲。

 戦闘魔導師の苦手な探知系なども自前で行えるようにしていた辺り、バックス系統の強さにも気づいているだろう。


「雪風、もう1度いける?」

『……エヴォリューションの使用は推奨しません。今は一時的に遮断しているだけです。これ以上の使用は肉体に負荷を残る可能性があります。……ご再考を』

「ごめんね」

『……了解です。術式を読み込み開始。マスター、いつでもいけます』


 雪風に表情があったら間違いなく不服そうな顔をしているだろう。

 優香は悪いと思いつつも、その答えだけは承服できなかった。

 イリーネはここで優香が倒さないといけない。

 仮に落ちたとしても、それは相討ちでないといけないのだ。

 己の役割、果たすべき使命が掛かっている。


「圭吾さんと、健輔さん。2人の捨て身に報いるためにも」


 圭吾が全てを賭けて女神に決戦を挑んでいるように。

 健輔が余裕を装って、敵に襲撃を掛けているように。

 優香には果たすべき仕事――イリーネの撃墜がある。

 それだけは必ず遂行しないといけない。

 どんな形であれ、エースと呼ばれた魔導師としての誇りを賭けて。


「行きますッ!」


 優香を再び覆う穏やかな蒼。

 同時に展開される輝きは双方がここで敵を落とす決意をしていた証だった。

 話したこともない、異国の魔導師。

 似たような色を背負う、共通点の欠片もない2人は妙な連帯感を感じていた。

 先ほどまでと違い、イリーネの表情に焦りはない。

 人間の緊張の仕方には多くのパターンがあるだろう。

 緊張感を感じないもの、もしくは常に緊張を感じてまともに行動が出来なくなるもの。

 焦りは余裕のなさから生まれ、緊張は焦りを生む。

 しかし、イリーネはそういった凡百のものとは違う。

 彼女は香奈子と同じく、追い詰められる事で真価を発揮するタイプなのだ。

 この絶対絶命の窮地で、キレを増した攻撃がそれを示していた。


「くっ、まだまだッ!」

「そんな甘い斬撃が、通用すると思って!!」


 容易く攻撃を弾き、イリーネは激しい突きを放つ。

 優香の障壁に接触して、その瞬間蒼い輝きが障壁に刻まれる。

 徐々に版図を広げる魔力を前にして、優香は障壁で攻撃を行った。


「はっ!」

「ふ、そのような二番煎じで何をなさるおつもり!!」


 障壁を武器にしての攻撃方法などヴァルキュリア所属のイリーネには見慣れたものである。

 優香の最後の攻撃を何事もなかったかのように回避し、水のドラゴンを呼びだした。

 海水から作られたドラゴンが口を広げて優香に襲い掛かる。


「またこれですか! 一体、どうやって……」


 どうやって攻撃をドラゴンを操作しているのか。

 優香はその言葉が出そうになるのを耐えた。

 動揺を表に出しても良いことはない。

 敵の能力に謎を感じている事を知られるのは良いことではなかった。

 浸透系がないイリーネ、にも関わらずドラゴンはまるで生きているかのように周囲を暴れ回っていた。

 巨体の暴力を前にして、優香も早々に接近出来ない。

 全身が水で出来ているドラゴンの攻撃はイリーネだけには効果がないのだ。

 自分を巻き込んだ攻撃など容易いし、実際に幾度か優香も攻撃されていた。

 両者にタイムリミットが迫る中、決定打を放てないまま戦いは膠着していく。

 切り札を出す隙が見当たらないほどの接戦だからこそ、2人は自分の意思で戦況を動かせない。

 2人の戦いに変化が訪れるのには、誰かの介入を待たねばならなかった。






 モード『スルト』。

 イリーネとお揃いの強化形態であり、カルラの切り札である。

 禍々しいまでの輝きを身に纏って、焔の少女は舐めた前をしてくれた女性に拳を放つ。

 全身が炎の鎧に包まれた攻防一体の術式。

 おまけとばかりに魔力を活性化させているため、大規模砲撃すらも可能な圧倒的な火力。

 『火』と言う彼女の属性を象徴するかのような、短期決戦用の術式だった。

 そして、このスルトには穴らしい穴が存在しない。

 燃費が極悪であり、1度発動したが最後キャンセルも不可能と言う半ば自爆特攻に近い爆弾術式だが、だからこそ効果は絶大だった。

 攻撃、防御、速度。

 戦いに必要な要素が恐ろしいレベルで強化されている。

 身体系の特徴を逆用した故の効果。

 彼女以外では実践したものはおそらくいないはずである。

 魔力の基礎系統とも言われる身体系は体内に魔力を流して、自分を強化するというもっとも基礎的な能力を伸ばすものだった。

 これは魔力に対する体の耐性などを強化していくことで実現することなのだが、1つだけ裏ワザが存在している。


「あらら、これはリミッター外しね。中々、いい趣味してるじゃない」

「うるさいよッ! 沈んじゃえッ!」


 魔力の変換制限、当たり前だが安全弁ようなものが体には存在している。

 身体系はそれの調整を行うことで術式の制御力などを向上させていた。

 ここで1つ仮定してみよう。

 そのリミッターを解除するような、アホな事をすればどうなるだろうか。

 結果は魔力が勢いよく噴き出して、もう1つの系統の特徴を暴走させる。

 消耗は甚大だが、短時間での強化手段として見るなら収束系の上限突破能力『オーバーリミット』などよりも高い。

 余裕を装っているが、葵も相当に辛いはずだとカルラは確信していた。

 属性の関係もあったのか、通常のリミッター外しよりもカルラのそれはかなり強い。

 掠るだけでも、障壁が軋んでいる。

 時間があまりないため、戦闘を楽しむような余裕がないのがこの術式の唯一の欠点だと言えるだろう。


「どうしたの! 言葉は鋭いけど、動きが鈍いよ。――こんな風にね!」

「っ、調子に乗るわね。今からそんな様子じゃ苦労するわよ!」

「お生憎様、弱い人の言葉なんて耳に入らないよ」

「……そう、そんなことを言っちゃう訳だ」


 敵の声のトーンが少し落ちるが、カルラは気にせず攻撃を続けた。

 既に少しずつ射程圏内に捉えている。

 まずは障壁。

 葵が張ったものに蹴りを入れて砕く。

 次に憎たらしい笑み。

 それが見えないようにさらに炎を強める。

 額に浮かぶ汗が、相手の消耗を感じさせた。

 不敵な笑みも力を失えば、ただの虚勢に過ぎない。

 カルラは心の中で笑みを浮かべた。

 相手の希望――狙いはわかっている。

 ずっと感じていたざらつくような感覚。

 決定的な瞬間を待っているであろう相手の努力に頭が下がる。


「――ふふ、無駄な努力、ご苦労様ッ!!」

「っ、あなた……!?」

 

 葵に直撃する本命を放つタイミングで一条の光が飛来する。

 カルラが待っていたモノ。

 葵を仕留めに掛かった、このタイミングでくると彼女は確信していた。

 だからこそ、魔力をより燃え上がらせたのだ。

 真希の狙撃の1撃はカルラの焔に包まれて、消えてしまう。


「こんな貧弱な魔力で、どうにか出来るわけないでしょうッ!!」


 勝利を確信した叫びが響く。

 葵に終焉を告げる赤い炎。

 真紅の魔力を身に纏った拳は無防備を見せる葵の鳩尾に直撃する。

 苦痛で歪む葵の表情、それを見てカルラは心が晴れていく。

 しかし、まだ攻撃は終わっていない。

 時間は少ないのだ。

 早急に終わらせて、味方の救援に行く必要があった。


「これで!」

「――それで、もう終わり?」

「え――」


 それまでのテンションが一気に冷える。

 視界を下げれば、そこには一切感情を感じさせない冷たい目をした女性がいた。


「ひっ!?」


 恐怖から、声を上げると女性――葵は笑う。


「勢いだけ、なるほど『火』よね。自然の驚異、知恵の光。ええ、強いわね。だから、遣り甲斐があるわ。私もそろそろ先輩の威厳を示す必要があると思っていたの」


 言葉を発せないカルラの前で葵は少しずつ変貌していく。

 収束系能力を極めると、多くの人物で似たような傾向が現れる。

 自分の魔力光の色に髪などが染まっていくのだ。

 これは真由美やハンナ、桜香や優香などほぼ例外は存在しない。

 ならば――彼女、藤田葵が例外であるはずがなかった。

 今までの戦いで魔力を肉体に留めて強化だけに絞ってきたのが、彼女のやり方である。

 その拘束が、今、解き放たれた。


「さあ、始めましょう? 私もそろそろ上に昇りたいのよ」


 赤紫に染まる髪と瞳。

 勢いよく周囲を飲み込むように広がる魔力の勢いは葵たちの――クォークオブフェイトリーダー、近藤真由美と同じ輝きだった。

 冬の成果、2年生の最後に葵も魔力固有化に至る。

 『掃滅の破星』――彼女の牙が世界を喰らう時がやってきた。

 猛獣に睨まれた炎は恐怖を露わにするも、なんとか拳を構える。

 自然が獣に屈するのか。

 それとも摂理通りに、獣が屈するのか。

 両者の殴り合いは獣の先制攻撃から始まるのであった。


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