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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第25話

 「我らが後輩は頼もしいことだな。これなら夏も大丈夫そうだ」

 

 黄昏時――美しい夕日に彩られた部室に武居早奈恵の声が響く。

 後輩の新武装の試験に託けた模擬戦は真由美の想定とは幾分か違う終わり方をしていた。

 真由美が予想してた向こう側の対応策は相手を入れ替えることだったのだ。

 葵の相手を健輔が、真由美の相手を優香が行う。

 あのルール上なら優香はかなり強力なアタッカーである、特にフラッグ奪取に的を絞られた場合は完全な状態の真由美でも苦戦は免れない。


 「葵ちゃんの対応能力とかを健ちゃん相手に見てみたかったんだけどねー。まさか、あんな方法があったなんて、考えもしなかったよ」

 「魔導もまだまだ奥が深いということだ。万能系があれだけ厄介なんだ、新しい系統の変換系だったか? あれにも注意した方がいいかもしれないな」

 

 真由美のぼやきに早奈恵は付け加えるように、新たな系統の話題を出す。

 なんだかんだと言って、3年間の経験に驕っていた面もあるのだろう。

 これは夏に引き締め直しは必須だ、と真由美は当初の予定にいくつか修正を加える。

 

 「課題は多いという顔だな? 何も無いよりはいいだろうさ。私たちはまだまだ強くなれるということなのだからな」

 「簡単に言ってくれるよね……。まあ、タイミング的には悪くなかったかな、ハンナと当たる前でよかったよ。私の『羅喉』の調整もそろそろ終わるみたいだし、これからは手加減なしだよ」

 「本当に悔しかったんだな。なるべく加減してやれよ? 折れるようなやつではないが落ち込むことぐらいはあるぞ」


 物騒な事を言いだす真由美に早奈恵は釘をさしておく。

 普段は思慮深く行動しているように見えるくせに、たまに本能のまま行動する親友に苦笑を向けながらもおそらくこの忠告は無駄になるだろう、と早奈恵は思っていた。

 藤田葵など比べ物にならないほど、真由美は負けず嫌いである。でなくば自分でチームを作って打倒世界などと言いだすはずもない。


 「保護と言うか、テスト期間はもう終わりってだけだよ。私に勝てないのに上に行こうとか、夢を見過ぎでしょ? 私を乗り越えるぐらいは言ってもらわないとつまらないじゃない」

 「わかったわかった、先輩としての役目というんだな? それで構わないさ。それよりもハンナの方だ。結局、泊るのか? 転移の使用許可は下りているからどちらでもいいとは思うがどうするんだ。後輩たちも準備ができたみたいだし、早く決めた方がいいだろうよ」

 「正直どっちでもいいかなー、帰りたい人は帰ればいいんじゃない? ハンナが部屋は用意してくれるみたいだから、私と何人かはそっちを使うようにするつもりだけど」

 「では、そういう方向で行こう。全員分の魔導機の調整も終わったみたいだしな。予定通り、明後日からでいいな?」

 「うん、後初日のルールはお願いした通りで」

 「既に伝えてあるよ、では今日は解散でいいな」

 

 資料を片づけて2人は部室から出て行く。

 部室からは人の気配がなくなり、静寂が支配をしていた。

 そんな中に静かに佇んでいるホワイトボード。そこにびっしりと書かれた合宿の予定、初日の部分でデカデカと赤字で書かれた部分が特に目を引いた。

 『初日は模擬戦から、基本ルールで全面対決』

 

 

 

 

 


 「勝った!! 本気で勝っちゃったよ!! よっしゃ! すごい嬉しい!」


 みんなでご飯を食べようと言う美咲の提案に乗った1年プラスαの面々の中で健輔が喜びの声を上げる。

 6人掛けのテーブルの一角が暗黒のオーラを背負っていることをわかっていながらも、喜びを隠しきれなかったのだろう、周囲も苦笑いだが祝福していた。


 「お、おめでとう、健輔。わ、私も先輩として誇らしいわよ」


 暗黒のオーラを背負いながらも精いっぱいの笑顔で葵は健輔を祝福する。

 ドキドキしながら見守る周囲とは裏腹に健輔は無邪気に喜んでいた。

 葵が必死に押さえているのは、自分も身に覚えがある喜びだったからである。

 初めて、真由美から勝ちをもぎ取ったと思った時、自分も大はしゃぎだったからだ。


 「本当に健輔は大物になるよ、身を犠牲にした甲斐があったよ」

 「うん? なんか微妙に変な感じがしたけど褒めてるよな?」

 「健輔くん、戦闘だとあれだけ冴えてるのになんでこういう時はダメなんだろうね」

 「真由美さんや、葵先輩と同じだからではないですか?」

 「優香ちゃん、それって褒めてないからね?」

 

 わいわいと賑やかな雰囲気を彼らは醸し出す。

 1年生にとって良い景気づけとなり、自身の成長を実感することができた模擬戦。

 夏合宿前にいいテンションを持ちこめているのは間違いなかった。

 ただ、健輔が浮かれに浮かれているのは、自分の作戦で勝利を狙えたという点も大きいかった。

 何せ漸く、地力で勝ちとったものだったから喜びも一入だったのだ。


 「まあ、喜ぶのはいいんだけどね」


 葵は盛り上がる1年に懐かしい気持ちを抱きながら、1人呟く。

 水を差すのもあれだが浮かれ過ぎるのもあれである。

 軽い話題ふり程度に情報を出しておいた方がいいかな、と葵は健輔の興味を引きそうな話題を投げ込んでみた。


 「健輔ー」

 「はい? なんすか葵さん?」

 「新しい魔導機の名前、決めたんでしょ? 機能とかも教えてほしいんだけど、いい?」


 そう言って葵は健輔の興味をこちらに引いた。

 頭の中でこの後やるべきことを思い浮かべる。ハンナの情報と今後の予定を落ち込ませないように伝えろという真由美の無茶ぶりを達成しなければならないのだ。

 我ながら頭脳労働は似合わないと思いながらも、静かに話を聞く葵だった。


 


 「『陽炎』に『雪風』ねー。いいんじゃないかしら? 私はかっこいいと思うわ。それにしても堅実に出来てるわね。私もそっちの方がよかったかな」


 一通りの設計思想などを聞き終えた葵の感想はそんなものだった。

 もうちょっと、驚くではないがリアクションを期待した健輔は微妙な表情になっていた。

 そんな健輔の表情を見た葵は笑いながら、理由を話す。

 

 「あ、もしかしてバカにしてるように感じた? そんなつもりはないわよ? ごめんね。魔導機の設計思想って大体3パターンしかないのよ、2人ともそこから外れてなかったからさ」

 「3パターンですか? よかったら、教えてもらってもいいですか」


 美咲の発言に待ってましたと言わんばかりのドヤ顔を披露しながら葵は答える。

 

 「いいわよー。じゃあ、1つ目は健輔や優香ちゃんのパターンね。術式制御とかそっちに力を回すパターン、つまり基礎を上げるってやつ。1年から上がると汎用機から専用機に持ち替える人が増えるんだけど、大体このパターンかな。1番メジャーなのが、これ」

 「へ? じゃあ、これって専用機じゃないんですか?」


 多くの人が持ち替える、という葵の発言を聞いた健輔が問いを投げかける。

 待望の専用機がまさか、1番メジャーと言われるとは思ってなかったという顔だった。


 「そういう訳じゃないと思うわよ? みんながみんないい装備を持てるわけじゃないけど、それって不公平じゃない? 一応、競技の体とは言え授業でもあるから、そこを埋めるのにこのパターンが多いってだけよ。割と安くいけるからね」

 「他のパターンは高いんですか?」

 「そうね、まあ、高いのには間違いないけどどっちかという手間がやばいというか。2つ目は長所を伸ばすパターンなのよ。私だったら火力を伸ばす為に、全ての機能を使うって感じかしら、これって細かい測定とかがいるから大変なのよ。本当の意味での専用機って大抵はこのパターンよ。『雪風』は其処ら辺のデータを集めるための試作機ってところかしら」

 

 優香の『雪風』も健輔の『陽炎』も専用機であると同時に試作機である。現状の戦力向上にはパターン1で対応しているが最後にはパターン2になる可能性が高かった。

 2つ名持ちや特殊な能力保持者はこのルートを進むものが多かった。現時点ではチーム内では葵と早奈恵、そして獅山香奈がこの段階に該当している。後々、優香も加わるだろう。

 バックスはその特性上このタイプが多いので美咲もいずれ保有可能性が高い。


 「最後は、ここからもう1段階上ね。本当の意味でのオーダーメイドがここ。3パターンって言い方をしたけど3段階の方がよかったかな? 厳密にくっきり分かれている訳ではないからパターンって言い方をしたんだけどね」

 「本当のオーダーメイドですか?」

 「うん、正確にいうと『固有能力』対応型って言った方がいいかな? あれって、完全に個人対応だからそれ用に調整しないと魔導機が対応できないんだ。真由美さんの『羅喉』とか、今度会うハンナさんの『シューティングスター』とかがここかな。私の『餓狼』も秋にはここにくるけど」


 固有能力――発現方法並びに、条件も全て解明されていない特殊な魔導能力である。原則として、本人しかその能力を発現させることができず、その効果は通常の系統の限界を超えた範囲にあるもの。

 研究が進み、一部の固有能力を誰でも発現できるようにした『汎用能力』も開発されたのだが、一部劣化してしまうなどの問題が存在している。


 「真由美さんの固有能力は2つ。1つは収束限界を失くす能力。2つ目は魔力の減衰を操作する能力。自分の長所をどこまでも伸ばすタイプの能力よ。基本的に真由美さんが習得してる系統の延長線上にある能力だから、戦闘スタイルはそんなに変わらないけどね」

 「ちょ……、部長の砲撃ってまだ上があるんですか!?」

 「当たり前じゃない、国内最強の後衛の本気があの程度とかありえないわよ。専用機がいる理由もわかったでしょ? 普通のやつじゃ加減なくやると壊れるのよ」


 衝撃の事実に健輔が叫んだ。

 上位の2つ名持ちはほぼ例外なく能力を発現している。つまり、上に行くのこの能力は必須の存在なのだ。


 「発現方法はさっぱりだけどねー、わかってることは高レベルの習熟が必要な事。後は精神状態で効果が変わったりすることぐらいかな」

 「精神状態ですか?」

 「うん、精神状態。後々、能力が変わった人とかもいるのよ。それで精神と関係あるんじゃないかってなってね。まだまだ、謎が多い部分ってやつかな」


 葵はそこで一旦話を区切ると、健輔に視線を向ける。

 突然、ガン見された健輔は微妙に怯んだが、その様子が面白かったのか葵はゆっくりと本題を口にするのだった。


 「当然、合宿の相手であるハンナさんは真由美さんに匹敵する相手よ。言い方は悪いけど、『黎明』は格下チームだったけどこの相手は一筋縄ではいかないわ」

 「ハンナさんも固有能力を持ってたりするんですよね? どんな能力なんでしょうか」

 「よくぞ聞いてくれました! ハンナさんはねランキング4位、『女帝』って呼ばれる人人よ。系統は収束、遠距離で固有も2つとパッと見た感じはほとんど真由美さんと一緒なのよね。これも2人がライバル関係になった理由の1つらしいけど」

 「ほとんど同じスタイルってことですか?」

 「その認識で間違いないわよ。固有能力の差異で微妙に違う部分もあるから、そこだけ念頭に置いてくれたらいいわ。1つは、収束速度を0にする能力。もう1つが圧縮速度を0にする能力の2つだから、これを忘れずにね」

 

 健輔と圭吾、美咲の3人はあまりしっくりこなかったのか首を傾げているが、優香は1人顔を青くしていた。

 葵はその様子からハンナの戦闘スタイルの想像がついたのだろうと笑みを浮かべる。

 真由美とハンナはほとんど差がないのだ、にも関わらずランキングで真由美が負けている理由がこの能力の差異だった。


 「よくわからないわよね? 私もそうだったわ。そうね、例えるなら真由美さんは質、ハンナさんは量で押してくるというべきかしら。まだ、わからない? 優香ちゃんはわかってるみたいだから、教えてもらえる?」

 「すごいなー、優香ちゃんわかるんだ!!」

 「あ、はい。戦闘スタイルはどちらも超火力型なんですが、真由美さんよりもハンナさんの方が連射速度で上回っています。真由美さんの能力が、限界を失くすタイプでハンナさんが既存の能力を高効率化している言った方がいいでしょうか」


 真由美は全魔導師中最高威力の魔導砲撃ができる。逆にハンナは全魔導師中最高の連射速度を持つ。

 威力で真由美が勝ち、速度でハンナに軍配が上がるのだ。

 ハンナのランクが真由美を上回った理由はこれだけである。


 「正直、真正の後衛の魔導砲の威力なんて多少上がるくらいなら誤差よ。だって、真由美さんもハンナさんも平均的な魔導師なら障壁ごと抜けるのよ? ここから威力が上がってもってことでハンナさんが上に来てるわけね」

 「もし、試合をすることになったら、部長と変わらない威力の砲撃がそれこそ逃げ場もないぐらいの量で絨毯爆撃を仕掛けてくるわけか……。ひどすぎる」

 「そういうことよ。浮かれるのもいいけど次の戦いも近いんだから、しっかりと自分の武器を整理しなさい。勝ったと言ってもこっちと同じく課題点はあるんでしょ?」


 葵の言葉に各々思い当たることがあったのか、思案顔になる。

 偉そうなことを言っているが葵本人の課題の方が深刻ではあるのだ、それを棚に上げてよく言えると自嘲する。

 何より、こんな説教くさい役割はあまり自分向きではないのである。

 向いていないながらも逃げるわけにはいかない、気合を入れ直して、健輔たちに向き合う。


 「そこまで辛気臭い顔しなくていいわよ。勝っても負けても練習なんだから、そこで終わらないようにしましょうってだけよ。もうすぐ合宿だしね。実りある合宿にしましょう! 私たちがもっと羽ばたけるように」

 

 葵はそこで話題を切り上げて、他愛のない雑談に興じ始めた。

 しっかりとやれただろうかと幾分か不安もあったが、大凡うまくやれただろうと息を吐く。

 既に切り替え終わったのか、はしゃぐ1年生を見て葵は自分も気軽な1年に帰りたいと思うのだった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

次の更新は日曜日になります。

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