第256話
「……何、あのすごい火力」
「ん、明らかに異常。万能系のレベルじゃない」
「健輔さん……すごい」
映像を見守る香奈子とほのか、クラウディアの3人は各々言葉を失っていた。
クォークオブフェイトの滅茶苦茶な攻勢もそうだが、編成の段階から完全に予想を超えていたのだ。
そこにおまけとばかりに途轍もなく強くなった健輔の後衛3人への嫌がらせである。
かつての実力を良く知っているからこそ、驚きもまた大きかった。
以前から柔軟な戦闘力は中々のものだったが、あのような問答無用の力とは無縁だったのだ。
仮定の話だが、万能系が力押しなど可能ならそれだけで最強の系統になるだろう。
健輔の先ほどの戦闘はその可能性を感じさせるものだった。
「何かの仕掛けはあると思いますけど」
「ん、多分、デメリットを悟られないように戦っている」
「国内大会の後半を込みでも2ヶ月で強くなりすぎよね。……発想の転換で強くなってるんでしょう」
「ん、あり得そうなのは固定や流動。バックス系統の扱いを学んだ可能性は大きい」
「武雄さん程の人でも両立は不可能でしたが……」
「ん、縛りがあるから」
バックス系統と呼ばれる分類の系統を戦闘に用いる試みは『賢者連合』が行っていた。
戦術魔導陣の早期展開や類を見ない戦い方による奇襲性などで優位に立ったチームである。
その優位を得る代わりに直接的な戦闘能力が低下してしまい、それが補いきれない弱点となっていた。
「万能系は制御さえ出来れば使用可能系統に制限はないわよね」
「ん、魔力を操る。……多分、そういうことだと思う」
「彼、ギリギリの戦場に多くいたものね。戦いが魔導を成長させるなら、そりゃ今までの万能系よりも強くなるわ」
健輔のセンスと万能系の可能性が合わさって驚異的な成長を見せている。
現段階でやり方次第、相性次第ではランカークラスも落とせる魔導師になっていた。
火力も向上したことで安定性も増している。
クォークオブフェイトが誇る最強のエースキラーと言ってもよいだろう。
エースのように場を制圧する力はまだないが、何かをしでかすかもしれないという変な恐怖感があった。
完全に武雄と同じ系譜である。
「正念場ね」
「ん、嫌がらせの達人」
「い、一応援護しておくと、真面目に戦ってるだけですからね? 本人は性格悪いとかそういう事はないですよ、本当ですよ!」
「ん、クラウは優しい」
「本当にね。まあ、根にもったりするような暗いタイプの人格ではないと思うけどさ」
天空の焔からすればいろんな意味でお世話になったタイプの人間だった。
健輔もそうだし、武雄もそうである。
彼らの厄介さを1番良く知っているチームかもしれない。
「……フィーネさんたちも大変ですね」
「ん、早く止めないと火は全体に回る」
「でも、余裕はなさそうね。高島圭吾、か。なるほど、健輔くんの親友だわ。やり方が似ているわね」
「そうですね。……ここまでやれるとは。私の目は、やはりまだまだですね」
暴れ回る健輔を止めるにはフィーネが向かうしかない。
しかし、そのフィーネは圧倒的格下に足止めされている。
圭吾の系統は浸透・創造系。
その汎用性を全力で足止めに回したような使い方をするのが圭吾である。
健輔の嫌がらせにより、ヴァルキュリアの後衛が機能してない間は真由美の砲撃が支援に加わっていた。
クォークオブフェイトは健輔の下へ行かせるつもりがそもそもないのだ。
実害はともかくとして、健輔が暴れるほどヴァルキュリアは乱れていく。
その様は映像を見てるだけでもわかるのだから、渦中にいる側は尚更だろう。
「フィーネさんの空間展開。どういう形になるのでしょうか」
「ん、私たちもわからないこと。来年に向けてしっかり見た方がいい」
「そうね。クラウには来年、きっちりとリベンジして貰わないといけないからね」
「……はい、勿論です」
先輩たちの応援に僅かに胸が痛む。
それを隠してクラウディアは微笑んだ。
辛くとも、前を向かないといけない。
より辛いだろう香奈子たちが順位決定戦に意識を切り替えているのだ。
後輩がいつまでも悲しんでいるわけにはいかなかった。
「高島君、頑張ってください。健輔さんも――」
戦う友人たちの勝利を祈り、目を閉じる。
乙女の祈りが通じるか。
それは神のみが知っていることだった。
術式展開『ヴァルハラ』。
空間展開と思われるフィーネ・アルムスターの術式。
試合が始まる前に飽きる程に確認した術式の名前だった。
何が起こったのか、早奈恵たちの解析でも何もわからない術式。
圭吾が対峙を命じられた女神が突入後、必ず早期にこの術式を展開することが圭吾にはわかっていた。
天空の焔戦だけでなく、世界に至るまでも秘匿され続けたその力の真価。
それが目の前で展開されても、圭吾の瞳に驚きはない。
飽きるほどに繰り返したシミュレーションと健輔との議論により『ヴァルハラ』の正体にはある程度、予測していた。
自然操作、ひいては多種多様な戦術やフィーネの性格なども込みで考えた2人の結論。
この空間展開は切り札などではない。
健輔と圭吾はそのような結論に至っていた。
「……やっぱり! そういうことか」
宣誓と共に、一気に拡散していく魔力。
フィールド全体を覆い尽くすような規模の展開に圭吾は自分達の予想が当たっていたことを悟る。
喜びの気持ちはなかった。
予想が当たっているということは、皇帝にも比する怪物だというのが確定するのだ。
チームを思えば愉快な気持ちになるはずもない。
何より圭吾にとっては。ただでさえ高いハードルがより高くなるのである。
忌避こそすれ、楽しい気持ちになるはずもなかった。
「きっと次は……」
『魔力の拡散範囲、こちらのフィールドも覆い尽くす勢いだッ! 総員、警戒を厳にしろ! 常時、障壁を展開するのを忘れるな』
「流石ですよ、女神。伊達ではないですね」
「――その割にはあまり驚いていませんね。理由をお聞きしても?」
フィーネの問いに、圭吾は不敵な笑みで答える。
健輔からの予測も組み合わせたが、大筋において彼らの予想は的中していたからだ。
だからこそ、この予想にも自信があった。
環境操作、フィールド操作、要は自分の都合の良いように世界を改変する力。
ならば、空間展開は最終結果ではなく、前提条件である。
「今までの自然操作などは、あなたの能力の本質の欠片、それだけにすぎない。違いますか!」
「……ふふ、どうでしょうか。確かめて、見るつもりは?」
嫋やかな笑みは変わらない。
女神は優しく微笑んでいる。
なのに、徐々に圭吾の身体の震えは大きくなっていた。
恐怖故か、それとも武者震いなのか。
対峙する圭吾にもわからない。
「望むところだ! いくぞ!!」
圭吾は指を真っ直ぐに伸ばす。
口元に笑みが浮かぶのも彼は止められなかった。
放たれる糸の斬撃。
特定の『魔力』を斬り裂く斬撃を受けて、女神は優しく微笑む。
攻撃を行いつつも舌は緩めない。
こちらでの時間稼ぎと誘導も必要だ。
圭吾の役割は、次の男の種まきでもある。
やれるだけのことはやっておく必要があった。
「あなたの力は特殊能力と戦闘がよく組み合わさっている。しかし、よくよく注目すれば、本質的にやっていることは1つ!」
「相手に、全力を発揮させない」
フィーネから肯定の言葉を聞くが、圭吾の口は止まらない。
女神の微笑みはさらに深くなっている。
1周回って、恐怖よりもおかしさを感じるようになっていた。
「そう! 統合的な環境操作、そのために必要なのは相手の魔力への干渉だ!」
「よくわかっていますね。――では、そろそろ、始めていきましょうか」
「くっ、全方位からの空間転送と、同時操作! 読めてるぞ!!」
フィーネがついに攻撃に移る。
攻撃を宣言して起こった事象は単純だった。
「前兆が掴めない! いや、掴めても対処が困難か!?」
何の前振りもなく圭吾の四方の空間から雷、氷、火、光が襲い掛かってきたのだ。
1つだけでも撃墜は間違いない攻撃の乱舞。
しかも表向き、発動兆候は一切存在しなかった。
感知が出来ず、その上威力も高い。
高い奇襲性を備えたフィーネの攻撃は、探知する術を持たない魔導師を容易く粉砕しただろう。
同時に探知出来ても実力が足りない者なら、あっさりと次の攻撃でやられたはずである。
だが、彼は――高島圭吾はどちらでもなかった。
周囲に薄く飛散させた魔力は微妙な空間の変化を見逃さず、彼に危険を知らせる。
しかし、防ぐ手段は存在していない。
このままだと彼に攻撃は直撃、撃墜で話は終わっていた。
冬の頃の圭吾ならば――あり得ただろう。
「糸よ!」
魔力を上手く集めて、敵の魔素を斬り裂く。
魔力を斬り裂くのはアレンもやっていたが、圭吾のこれは性質が異なる。
かつて、『太陽』として君臨した女性が得意とした技。
術式や発動後の魔力ではなく、もっとも根源的な部分、魔素を斬り裂く技だった。
見覚えのある術式にこの試合で初めて、フィーネが驚きを顔に浮かべる。
「魔素に干渉、そんなことをあなたが出来るとは……」
「僕もいつまでも未熟ではないさ!!」
本来ならば圭吾がフィーネの攻撃を捌ける道理はない。
圭吾の系統は浸透・創造系。
汎用性は高いが、力に劣る組み合わせだった。
そんな事は選んだ本人がよくわかっている。
彼がこの組み合わせを選んだ理由は単純明快なものだ。
糸によるバトルスタイル、それを再現するのに必要だった。
ただそれだけが理由であり、他には何も理由が存在しない。
多くの魔導師と逆の方向性だったのが圭吾である。
まず、系統があってそこから方向性を定めていくの普通だが、彼はやりたい事があり、そこに系統を合わせたのだ。
そのため、自分に合わない部分も当然出てくる。
苦い思いはあっただろう。
友人がドンドン活躍していく様子に暗い感情が無かったと言えばそれは嘘になる。
圭吾がそれを抑えられたのは言うまでもない。
憧れが、そして超えたい思いがあったのだ。
「甘いぞ、女神! 僕の理想を超えられるかッ!」
「ふふ、『不敗』の後継者がこんなところにいるとは思いませんでした。いつの間に、そこまでの錬度に? いえ、無粋ですね。お見事、と言っておきましょう」
「理想形は常に頭にある。僕はそれを超えるため――此処に来たんだ!」
圭吾の叫びにフィーネの瞳が真剣になる。
己の魔導機に魔力を流して名前を呼ぶ。
「――テンペスト」
『魔力攪乱。微細ですが、空間が安定していません』
「ふむ……些か困りましたね」
「落ち着かせはしない!」
空間展開は一見無敵に見える能力だが、穴はきちんと存在している。
まず第1に結局のところ魔力を用いたものだと言うことには変わりない、ということが上げられるだろう。
自分の魔力で満ちた空間、そこに自分の願望を投射して世界を誤魔化す。
言うならばそれが空間展開という術式の本質だった。
そのため、天敵が2つ存在している。
1つは香奈子が用いた破壊系。
フィーネが『ヴァルハラ』を最後まで用いなかった理由の1つに、香奈子の存在がある。
破壊系を極めた彼女が居る間は迂闊に空間展開を行えなかったのだ。
せっかく、魔力と体力を消耗して展開したのにあっさりと消滅させられかねない。
もう1つが――、
「浸透系。他者の魔力干渉を行う系統ですが、本質は魔素への干渉。もっともそこまで行ける人は少ないですが」
「その余裕、いつまで持つかな!」
「こうも、攻撃を斬り裂かれるのは、あまり気分に良くないですね」
――浸透系である。
破壊系と違って直接的な脅威度はそこまで高くない。
問題は浸透系の性質にあった。
魔力は本来、固有の性質を帯びており、他者の干渉を受けない。
物質に影響を与える際にも、別の何かに変換する必要がある。
しかし、浸透系だけはその縛りから解消されているのだ。
自分以外の魔力に干渉し操る――それこそが浸透系の力だった。
そして、極めるまでいかずとも他の系統のように理解を深めることである存在に干渉することが出来る。
それこそが魔素――魔力の元であった。
「魔素に干渉されては、小さな力であっても術式に乱れが生じますか」
「ぐっ、流石、女神……! 簡単にはいかないね」
魔素を斬り裂かれれば、魔力が霧散する。
完全な妨害は不可能でも、ある程度の防御は可能だった。
もっとも、ある程度、であるのも事実である。
「風よ!」
「しまった!?」
『ライフ90%』
圭吾の周囲に発生した風の刃が彼のライフを奪う。
威力が大きく、精度も高い。
圭吾程度のレベルでは本来、干渉など不可能なはずのレベル差がそこにあった。
「ま、まだいける。それに相手の魔力の性質は掴めた。後は……!」
それを埋めているのは皮肉にも、フィーネの切り札であるはずの『ヴァルハラ』だった。
ヴァルハラの全貌はまだわからないが通常時を上回る圧倒的な環境操作能力が根幹にあるのは間違いない。
しかし、ここで1つ問題があった。
創造系の中で空間展開を行い、攻撃するのは良いが基本的にこれは純魔力である。
当たり前の話だが、フィーネの戦い方の前提条件たる『ヴァルハラ』はあらゆる敵に通用しないといけない。
だからこそ、魔力は周囲に潤沢に放出されていた。
それが、圭吾にフィーネの魔力のパターンを教えてくれたのだ。
「そこ!」
大きな力が集まろうとしている部分を斬り裂く。
迂闊に発動させてしまえば、圭吾は直ぐに落ちる。
技を耐えるのでもなく、避けるのでもなく、発動させないのがただ1つの勝機だった。
「よく使いこなす。だからこそ、惜しいですね」
「言ってればいいさ。僕は僕の役割を果たすだけだ」
圭吾は同時にフィーネの魔力回路自体への干渉も行っていた。
ほとんど効果はないが、僅か、本当に僅かだがある程度の阻害は可能である。
どれほど小さいものであろうとも、異物は異物だった。
フィーネの術式は規模の大小に関係なく細かい制御が必要なのだ。
精密な機械、そこに泥を掛けられれば誤作動の1つは起こす。
圭吾がやっていることは基本的にそこに的を絞っていた。
「……これでは、転移も出来ない。本当に見事ですね」
称賛の響きが籠った呟きだった。
圭吾の術式の発動を阻害する、もしくは発動させない戦い方はフィーネを足止めするのに十分な力を発揮している。
発動出来なければ、いくらフィーネと言えど力を発揮出来ない。
「……あまり、よろしくないですか」
健輔の跳梁、圭吾の奮闘。
相手の思惑通りに試合が進んでいる。
良い兆候のはずがなかった。
しかし、フィーネに焦りはない。
このまま時間を掛けるというならば、それはそれで問題ないのだから。
「……いいでしょう。今、しばらくあなたをダンスのパートナーと認めます。リードはしていただけて?」
「光栄、です。至らない身ですが、精いっぱいエスコートさせていただきますよ」
「虚勢もそこまで行けば、立派なものです。誇りなさい――あなたは私が屠るに値する敵です」
「やれるものなら、どうぞ」
槍を構えて、フィーネは据わった目付きで圭吾を睨む。
ここまではまだまだ前菜。
メインディッシュはここからだった。
圭吾が稼ぐ貴重な時間が、クォークオブフェイトを勝利の道へと近づける。
女神の気迫を前にして、圭吾は笑う。
己の役割はまだ終わりではないのだ。
ここで散ることなど出来ない。
見に来ているであろう憧れの人に、成長した姿を見てもらうためにも彼は糸を辿って天に坐す女神へ手を伸ばすのだった。




