第254話『クォークオブフェイト対ヴァルキュリア』
真紅の輝きが敵を蹂躙せんと進撃する。
立ち塞がるのは女神が生み出した嵐の障壁。
荒れ狂う風の怒りが数多の敵を蹂躙した真紅の輝きを完全に堰き止めてしまう。
しかし――、
「1発、2発ぐらいで、止まるわけないよッ!」
――自然の嵐に砲弾の嵐は厳然と立ち向かう。
休むことなく放たれる砲撃。
それでも風の壁は揺るがない。
真由美の砲撃に効果がないわけではないのだ。
砲撃が着弾した瞬間は確かに穴が開いている。
そこを直ぐに修復されてしまうために、結果的に砲撃の効果が無くなってしまう。
一瞬の間の隙を突くために、夥しい量の砲撃が撃ち込まれるが嵐の壁は突き崩せない。
そして、真由美の猛攻を前にして彼女が狙いを定める。
「見えてますよ」
フィーネによって作られた壁、その向こう側を『光』の殲滅者が見つめる。
光学探知、『光』に関する分野は彼女の得意技なのだ。
相手の位置を観測して味方に転送する程度、やれないはずがなかった。
レオナからの情報を受けて『風』の狙撃手が狙いを定める。
嵐に紛れた障壁を貫く鋭い1撃。
国内大会において数多の相手を仕留めた必殺の連携。
「貰ったッ!」
真由美に狙いを定めた1撃、命中を確信した攻撃だった。
だからこそ、彼女には読みやすい。
風の1撃を魔力弾が撃ち落とす。
特定の魔力を感知できるように待機していた真希の1撃がエルフリーデの攻撃を完全に防いでしまった。
「……やるじゃない」
レオナから転送された視界には不敵に笑い返す女が映っている。
この試合におけるエルフリーデの主敵。
真希を倒さないと彼女は何も出来ないだろう。
そして、後衛の最後の1人、リタは思いもよらない敵との戦いを強いられていた。
事前の予想では和哉が相手だったため、多少やり易いと認識していたが、残念な事に彼女の敵は真逆の相手だったのだ。
「……これは、ヤバイかも」
放たれる巨石を砲撃が消し飛ばす。
元々、後衛同士の撃ち合いではあまり優勢ではないリタだが、この相手との相性は飛び切り悪かった。
リタの小細工全てを叩き潰す圧倒的な汎用性。
小技の応酬で勝てる訳がないのだ。
「まさか、私の相手が君になるとは……流石にお姉さんもビックリだよ」
無表情、感情を表さないようにリタと対峙するこの試合において最も注意すべき魔導師。
万能系――佐藤健輔。
リタの額に汗が浮かぶ。
国内大会でもここまで緊張したことはなかった。
久しく感じたことのない感覚である。
女神に守られた戦場で彼女たちは一方的に攻撃が出来るのだ。
不利な要因は何もなく、あるのは優位な情報だけである。
なのに、心にざわつく不快なノイズ。
負けてしまうかもという不安を掻き立てる相手だった。
何をしてくるのかわからない。
それが大きなプレッシャーとなって、リタに圧し掛かる。
「ああ、もう! どうして、私が!」
敵チームに文句を言いたいが、近づけば確実にリタがやられるだろう。
有利なはずのアウトレンジでさえ、微妙に不利なのだ。
接近戦でもある程度戦える、程度の技量では勝負にならないのが明白だった。
「一応、撃墜担当の私が時間稼ぎにしかならないとは、末恐ろしいわ」
あまり愚痴を言っても仕方ないが、軽口を叩かないとやってられない。
彼女にとっては降って湧いた修羅場なのだ。
戦力比が拮抗、もしくは多少の差しか存在しない戦場では1人の撃墜が大きな影響を与える。
どれだけ不利だろうと、リタは早々に負けられない。
「ま、それは相手も同じか。それにしても……いきなり、フィーネさんに1年生ぶつけるとか、あれだね。無謀ってやつかな?」
『リタ、そんな事言ってないで集中して。何をしてくるかわからない相手なのよ』
「うっ、ごめんレオナ。……集中、集中ってね」
敵の狙いを考えるのはリタの仕事ではない。
考えるのはフィーネとレオナの仕事であり、彼女はただ敵を粉砕すれば良いのだ。
残念な事に今回の相手にはそれは望み薄だったが、やることの基本は何も変わらない。
「このまま撃ち合ってたら、勝てないけどどうするつもりなのかな……。不謹慎だけど、ちょっと気になるかも」
ヴァルキュリア最強の防壁をどのように突破するのか。
また突破したとして、どうやって分断を防ぐのか。
相手側の課題は多い。
数多のチームがそこをクリア出来ずに女神の前に沈んだ。
敵に対して期待、というのも変だが未知の出来事、怖いもの見たさのようなものがあった。
リタの思いは彼女の心の中に秘められているため誰も知らない。
しかし、事態はどこか彼女の希望に沿うように少しずつ妙な方向へと動いていくのだった。
「……どう出てくるのでしょうか。気になりますね」
フィーネはクォークオブフェイトの思惑を読もうと思考を巡らせる。
風の防壁と砲撃の撃ち合いは当初の予定通りだ。
問題はこの膠着した状況をどのように動かすのかと言う事だった。
構図としては暗黒の盟約との戦いと似ている。
無限に再生する壁を前に真由美の砲撃が封殺されていて、クォークオブフェイトは有効な対処方法がない。
違うのはヴァルキュリアの後衛は暗黒の盟約よりも遥かに強いため、地力が大きく異なる点だろう。
このまま撃ち合いを続ければ、いつかはどこかで綻びが生まれる。
その時まで敵チームが大人しくしているとは、フィーネには信じられなかった。
「仕込みは……あの、前衛? でも、彼は浸透系……」
思考は他にも及ぶ、敵の編成が予定とずれているのだ。
ベストメンバーではなく、あえてずらしてきた意味を考えないといけない。
健輔の相手はフィーネが行う予定のため、そこまで気にしなくても構わないのだが、引っ掛かるものはある。
リタへの対応に健輔が動いていることから考えると、向こう側は圭吾にフィーネの相手をさせるつもりなのだろうか。
僅かに垣間見える意図が彼女の思考にチラつく。
「ふむ……まあ、こちら側で相手を決めれば良いだけですけど……」
考えることは無駄にはならないだろう。
もしかしたら、ここで油断させて討ち取るという作戦なのかもしれないのだ。
些細なミス、小さな兆候だろうが見逃せば必ず大きな障害となってフィーネの悲願の前に立ち塞がる。
「……風が消えても、私の能力に対する対抗策はない。……でも、この胸騒ぎは何?」
フィーネの胸には激しい焦燥感が燻っていた。
何かを見落としている感じがするのだ。
自分の能力の欠点、そこを突かれるような感じがする。
去年、桜香にそこを突かれて我を失った時と似たような感覚が止まらない。
「風……規模、ま、まさか!? レオナ、近接戦闘の準備! リタの方の視界を私にちょうだい!」
『え、あ、はい、わかりました』
「早く!」
ここで気付けた事が既にフィーネの非凡さを表していたが、1歩遅かったと言えるだろう。
真由美が浮かべた不敵な笑み。
敵がそろそろ感づくであろう頃合いを見計らった攻撃はフィーネの気付かないところで準備されていたのだ。
風の防壁は正面からの攻撃にはほぼ無敵に近い。
これを突破するには真由美とハンナの2人が協力するか、もしくは魔力固有化のどちらかが必要になる。
そして、現在はどちらも用意出来ない。
しかし、こういうものにはお約束の弱点が存在していた。
大きすぎる規模が仇となるのだ。
外は固くとも、内は脆い、定番だろう。
「健ちゃん、オッケーだよ」
『うーす、狙いはあの中で?』
「うん、問題なし。さなえん、お願いね」
『準備良し、だ。高島もいいな』
「任せてください!」
試合開始から10分。
クォークオブフェイトが動きを見せる。
敵陣に真由美の攻撃を転送するのはあまり意味がない。
妨害を突破する労力など諸々込みで手間と見合わないからだ。
「さあ、花火を打ち上げるよ!」
健輔が指定した転送先は風の内部。
フィーネの魔力で荒ぶる地点、普通ならば転送は難しい。
そんな不可能を可能するにするのが万能系である。
遠距離系で魔力を飛ばして、浸透系で小さな穴を作り、創造系で術式を展開、固定系で壊れないようにすれば内部に道を作ることなど容易い。
小さかろうが穴は穴だった。
後は真由美の馬鹿力で穴ごと風を粉砕してしまえば良い。
「どっかーんッ!」
真由美の声に合わせて、風の中から真紅の輝きが弾け飛ぶ。
盛大な開幕の花火、ここからは両チーム入り乱れての乱戦になる。
僅かな混乱を見せた敵の陣地をクォークオブフェイトは見逃さない。
突入するのはチームが誇る2つの戦姫。
戦いの乙女に引けを取らぬ戦いの姫君たちが戦場へと舞い降りるのだった。
「くぅう! これは……転送爆撃? いえ……」
フィーネの防壁が吹き飛ぶという衝撃の事態を前にして、イリーネたちの行動が僅かに鈍る。
後衛の2年生たちは素早く立て直して、迎撃に移っていたが焼け石に水としか言いようがない。
フィーネの防壁が無ければ真由美の砲撃は圧倒的な脅威として戦場に存在するからだ。
真紅の凶星はその全てがフィーネに向かっているため、イリーネたちに被害はなかったが状況が激変したのは疑いようもない。
「違いますわね。このような混乱状態からの突撃はクォークオブフェイトのセオリー、つまりは!」
イリーネは水の槍を生み出して魔力で荒れた空間に突き出す。
その中から彼女と同系統の色を纏う少女が飛び出してきた。
データから確認出来たものと同じ容姿。
ヴァルキュリアの仇敵たる人物とよく似た姿を見間違う事などない。
「九条優香!」
「はい、申し訳ないですが、ここで落とさせていただきます」
「やれるものでしてッ!」
モード『ウンディーネ』を素早く展開して、水の防壁を纏う。
手を抜いて勝てる相手ではない事はわかっている。
咄嗟の事態のため、準備は万端ではないが同じ次代のエースとしてイリーネにも意地があった。
簡単に撃墜されることなどあり得ない。
「いきなさいッ!」
「雪風」
『魔力を展開』
「はッ!!」
イリーネの水弾が魔導機の一振りから生じた魔力波で消し飛ばされる。
「この程度では……、ならば!」
槍を構えての突撃からの払い。
イリーネの技術を全て注ぎ込んだ攻撃だったが、
「甘いです」
「なっ……!」
あっさりと受け流されてしまう。
この段階でイリーネはあることに気付いてしまった。
それを払うかの如く、激しい弾幕を生み出して攻撃を続ける。
しかし、優香はその尽くを避けてしまう。
「逃げてばかりでッ!」
「そう見えますか?」
「っ、幻影!? いえ、分身! いつの間に」
さらに攻撃を激しくすると、回避に専念していたはずの優香が別々の方向に逃げる。
現れた2人の優香を前にして、イリーネの表情が強張った。
僅かな交差だったが、近接格闘戦では勝てないとハッキリと理解してしまう。
同年代に対して屈辱でしかないが、明らかにイリーネよりも強い。
「このままは、マズイですわ……」
イリーネは自信家であり、何より自尊心も強い。
しかし、事実を認められないほど狭量ではなかった。
優香の特徴は分身による高い格闘戦技能が基本になっている。
魔力を大量に消費する術式ではなく格闘戦に焦点を絞っているため、分身の増加がそのまま脅威となるのだ。
イリーネも並みよりは上だが、彼女はどちらかと言えば術式攻撃がメインとなっている。
傾向の違いがある以上、後は力量と相性差で勝負は決まってしまう。
「……時間制限などと、気にしている場合ではないですわね」
幸いにもフィールドは海。
彼女の力を最大限発揮できる場所だった。
体に対する負荷は大きいが、出し惜しみをしている場合ではない。
天空の焔戦のように、切り札を出すことなく撃破されてしまえば悔やむなどというレベルの話ではなくなる。
イリーネは勝利するために世界に来たのだ。
断じて無様を晒すためではなかった。
「優香様、あなたの実力に私、感服しました。ですので――」
自分の周囲を守るように海水を操作する。
水の防壁を超える海の防壁で時間を稼いで、彼女の切り札を発動させよう。
こちらの様子に気付いた優香が魔力斬撃を放つが防壁はびくともしなかった。
原理的には環境が限定されるがフィーネの風の防壁と同じものである。
簡単には砕けない。
本家のものと比べると規模に劣るため、真由美の砲撃は防げないが前衛の攻撃ならば基本的には大丈夫だった。
優香の『蒼い閃光』は正直なところ微妙だが、この序盤で使ってくる事はないと踏んでいる。
イリーネにしても些か博打めいた選択をしようとしているのだ。
今更、希望的観測の1つや2つは大したことがなかった。
「モード『ネプチューン』起動!」
『音声確認。発動します』
敵が攻め込んでくるチームだったのも幸いだろう。
海の上でなら時間制限付でもある程度はなんとかなる。
己が変わっていくのを自覚しつつ、イリーネは笑った。
彼女の魔力光と同じ色に染まっていく深い青の髪と瞳。
色の濃淡はあれど、2人の容姿は良く似たものとなっていた。
2人の青の乙女が、お互いに視線をぶつけ合う。
「お待たせしましたか?」
「いいえ……それがあなたの本気、ですか」
「ええ、とっておきですわ。海神の名を冠した形態、伊達とは思わないでいただきたいですね」
槍を横に一閃してから、相手に突きつける。
同時に海から水を吸い上げて、スフィアを作り出す。
攻防一体の型、見覚えのある形に優香の眉が少しだけ動いた。
「クラウと同じ、ですか」
「偶然ですわ。元より、スフィアなどこの場では不要なのですが……。ふふ、あなた様に油断で敗北するなど、私は自分が許せなくなってしまいます。わかっていただけますか?」
「はい。あなたの決意、受け取りました。――私も、加減はなしです」
溢れ出る魔力は優香の切り札の展開を意味する。
次代を担う2つの蒼がぶつかり合う。
クォークオブフェイト対ヴァルキュリア。
両者譲らぬ全力での激突はまだ始まったばかりであった。




