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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第251話『覚醒』

 アルマダというチームは欧州においてはそこまで強いチームではない。

 こう言い切ると些か語弊があるだろうか。

 チームを代表するエースを『提督』と言い表すなど、欧州における伝統に沿った名門の1つではあるが、アルマダにはある欠点があった。

 チームの伝統の術式とスーパーエースとの相性が極めて悪いのである。

 凡人たちのチーム。

 良い意味でも悪い意味でも彼らはそのように言い表す事が出来る。

 仮にアルマダの他のチームにはない特徴を上げろと言われるとそれが出される程度には有名なものだった。


「次に来るのは特攻、なのだろうが」

「狙いがわかりませんね」


 マルティンは副官――サブリーダーの女性と今後の動きについて相談する。

 現在の砲撃シフトは牽制。

 撃墜ではなく、消耗を狙いランダム間隔での攻撃を続けていた。

 敵のカウンターを警戒したような動きを装っているのだが、中々乗ってこない。

 こちらが向こうの突撃を待っているのに感づいている可能性があった。


「アメリカの天才君は良い嗅覚をしているな。長ずれば皇帝にも負けないかもしれん」

「それはどうでしょうか。能力共有系は我らのような特化型はともかく、彼らような汎用型には扱いづらいでしょう?」

「万能系で太陽とタイマンするような奴が出てきてるんだ。魔導もいつまでも特化が有利という訳でもないだろうさ」


 自分たちのチームのやり方に誇りはあるが、相手のやり方を認められないほど狭量ではない。

 アルマダの魔導師たちは全員がベテランよりは上だが、準エースには満たない、そこの認識を間違ってはいけなかった。

 誇り、プライドなどで目的を見誤ることの方がチームに対する最大の侮辱だろう。

 彼らの目的は常に勝利なのだ。

 クロックミラージュの行動が変わった理由は、自分たちの弱点に気付いたからだろう。

 そこからどのように対処するかは人それぞれだが、自尊心の強い皇太子がやられっ放しで引き下がるのだけは想像出来ない。

 必然として、罠を張っていると考えられた。


「今は皇太子殿下について、考えるべきだったね。こういう思考が飛ぶのは悪い癖かな?」

「考えるのがお仕事なので、そちらはしっかりとやっていただかないと困りますね」


 副官のつれない返事に笑い、マルティンは作戦を開示した。

 相手の狙いに乗る必要は皆無なのだ。

 牽制弾を中心として、奇襲を警戒した上で絶えまなく弾幕を展開していく。

 基本的な方針としては近寄らせない事に主眼を置いていた。

 砲撃型の極致、基本に沿った彼らはただそれだけを繰り返せば、基本的に誤りはない。


「接近することによる罠、ですか?」

「むしろ、それしかあり得ないだろうね。彼の能力を上昇させるためにも接近は大前提だよ。こちらが接近戦に強くないというのもあるけどね」

「反撃の際に何かを仕込む、確かにあり得そうです」

「まあ、付き合う必要はないかな。こちらのペースはまだ確保したままだ。このままセーフティにいって時間を掛けさして貰おう」


 クロックミラージュは既に2名撃墜されている。

 このままいけば、与ダメージの多さでアルマダの勝利だった。

 華麗に勝とうが泥臭く勝とうが勝利は勝利である。

 その辺りに関して、アルマダは相当にドライなチームだった。

 新興チームに辛勝、などと言われようが気にしない。

 相手は正真正銘、天才の率いるチームなのだ。

 凡人の集団に過ぎない彼らは形式を重んじる。

 突飛な事態が起こりやすい乱戦などは言うまでもなく天敵だ。

 チームとしての特性以前に噛みあわせがよくなかった。


「さて、ここからは君に相談なんだが」

「はい。他の者には?」

「悪いがカットさせて貰ってるよ。全体に不安が広がるとやり辛いしね」


 意識共融は文字通り最高レベルだと全員の思考の方向性が一致する。

 中々に負荷も大きいため、ここぞという場面以外ではレベルを落としているのだが、それが裏目に出てしまうこともあった。

 例えば情報共有を行って、思考をした際に誰かが敗北を考えると全体に伝播してしまうのだ。

 そんな状態で共融のレベルを深くすると制御が難しくなり、自滅してしまう可能性が出てきてしまう。

 実際、何代か前の話だが国内大会で同士討ちをしてしまったこともあった。

 パニックに弱い、というのはアルマダの揺るぎない弱点なのだ。

 もっとも術式の改良も進んだ今では指揮官――提督の判断で情報の取捨選択が可能となっている。

 そのため、ある程度は安全になっているのだが、今度は全員で思考出来るという意識共融のメリットが失われてしまう。

 方向性は一致しているが、多様性を持っているというのが意識共融の強みであり、アルマダの強さの理由なのだ。

 それが失われてしまうのは問題だった。

 だからこそ、今は提督への一極集中態勢ではなくタイプの違う副官――サブリーダーと共に指揮を行うスタイルに変わっているのだ。

 今回のような場面はこの体制を活用すべき場面だろう。


「まず、僕が考える敵の動きだが……転移による奇襲はあるだろうね。問題はその後だ。転移時を攻撃するのは可能だが来るとわかっているなら先ほどのように対処は出来る」

「何より皇太子は落とせない、ですよね」

「皇太子が太陽よりは強いとは思わないが、可能性は考慮すべきだ。少なくとも、彼はこちらの誰よりも強いからね」

「接近されれば尚更、ですか」


 クロックミラージュがアルマダに勝利するには何をするにしても接近することが大前提となる。

 接近されないための対策は行っているが、仮に接近された場合の対処も同様に行っておくべきだった。

 知っていれば対処出来る。

 それはクロックミラージュだけでなくアルマダに共通することであった。


「歓迎の用意に提案があるのですね?」

「ああ、個人的には面白いと思うよ」

 

 ――祝砲を上げよう。

 副官にマルティンはそう提案する。

 内容を聞いた副官は珍しく苦笑いを浮かべて、準備を進めるのであった。






「流石に弾幕が厚い、それにこれは気付かれてるな」


 アレクシスは向かってくる弾幕を睨みつける。

 一向に薄くなる様子が窺えない砲撃の嵐。

 4人の力を集めて、全員のレベルを揃えれる彼でなければ早々に防壁は突破されたいただろう。

 遠距離戦に限れば、欧州でもトップ3に入るという評価は伊達ではなかった。

 アメリカでもここまで濃密な弾幕はシューティングスターズ以外では見たことがない。


「……なんとか出来るのか」


 近づくだけの手段はある。

 ヴァルキュリアのやっていた自分の周囲を魔力で覆う事で、敵陣の転送妨害を防ぐ方法を応用して使えばよい。

 確認したのは昨日の試合だったが、既に改良して魔導機には組み込んであった。

 あまり表に出てこないが既存のものを改良して扱うという点では、アレクシスの才能は飛び抜けている。

 彼にとって、不幸――というべきなのかは微妙だが、残念な事はそれが戦闘向きの才能ではなかったことだろう。 

 彼もまだしっかりと自覚出来ていないが、なまじ強力な固有能力を持っていて皇帝と比べられたことが不味かった。

 アレクシスの本質はむしろ皇帝とは逆なのだ。

 それを本人も含めて誰も気付けていないのが、クロックミラージュ最大の不幸であろう。


「……そろそろ、行こうと思う。誘導は頼む」

『了解、任せろってきちんとやってやるさ』

「ありがとう」


 バックスに転送場所の確保を依頼する。

 ポイントさえして貰えれば、後は戦闘メンバーで対応可能だった。

 逆転の秘策、というほど大したものではないがクロックミラージュは最後の足掻きとして――アルマダに決戦を挑む。

 メンバー全員の覚悟は決まっていた。


「行こう!」


 大規模な転移の輝きが彼らを包み、視界は光に覆われる。

 次の瞬間にはアルマダを視認できるだけの距離へクロックミラージュの4人はいた。

 

「いけ――」


 成功したことへの安堵感に浸るまでもなく、メンバーに行動を命じようとした時、アルマダに動きがあった。

 迎撃の弾幕が来るのは予想通りだったし、全員が障壁を展開した状態で転移している。

 簡単には撃墜されない自信があった。

 それでも彼が固まってしまったのには理由がある。

 巨大な砲塔、そうとしか表現できない術式がクロックミラージュに牙を剥けていたことだった。


「――迎撃する! 各自、さん――」

「バカ、お前が逃げるんだよ!」

「なっ」


 チームメイトの1人がアレクシスの足を掴むと地面に向かって放り投げる。

 仲間の行動に非難の声を上げることも出来ない内に敵は動き出していた。

 6人分の魔力が砲塔に注がれていくのを下に投げ捨てられた状態で確認する。


「いけない! クソっ、いや……前に!」


 心は仲間の方へ戻ろうとしたが、体は前に進む。

 本当はわかっていたのだ。

 仲間が何人残っても勝つことは出来ないが、アレクシスが残っている内はまだ勝機がある。

 彼にはアルマダの弱点がわかっていた。

 そこを突くだけの手段も存在している。

 しかし、それでも――仲間と共に勝ちたかったのだ。


「俺の、弱さが理由か!!」


 全速で敵陣に攻撃を仕掛ける。

 あれほどの規模ならば連射は難しいだろう。

 予想に違わず、クロックミラージュのメンバーに向かって放たれた光は戦術魔導に匹敵する1撃ではあったが、発射後再充填ではなく放棄を選ばれた事からも間違いない。

 奇しくも状況は前の試合と同じになる。

 6対1、追い詰められた裸の皇太子。

 敵の能力を取り込んで猶、届かぬであろう戦力差。

 しかし、彼の瞳から力は消えていない。

 アルマダは全員が乱れぬ連携で窮鳥となった男を迎え撃つ。

 そこには油断はなく、最後まで戦う皇太子への敬意があった。

 ――そこで油断しなかったことが、敗因になるとはアルマダも思いもしないだろう。

 追い詰められた極限状態。

 不甲斐なき己への怒り、そしてリーダーとしての責務。

 強烈なまでの意思。

 この時、『皇太子』アレクシス・バーンには全ての要素が揃っていた。

 激しく輝く紫の魔力が激しく噴き上げた時、彼の眠れる力が目覚める。

 後に固有能力『自在創法』と呼ばれる力を以って、彼はこの試合を終焉に向かわせるのだった。






「あれは、一体……」

「……マジか」


 最後のクロックミラージュの攻勢は悪くなかったが、平均を超えたものではなかった。

 アルマダが完璧に対処して、皇太子は追い込まれて最後の足掻きを見せる。

 この戦いはそこで終わりであり、逆転など絶対にありえない――はずだった。

 

「砲撃の制御ミスで自爆? しかも、指揮官が『提督』がそんな事になるとかあり得るのか」

「普通はないと思います。しかし、今はアルマダも空間展開の範囲に入っているので」

「何かしらの能力があれば、起こり得るか。……なるほどね、やっぱりポテンシャルはぴか一だったんだな」

「世界大会では、その……」

「稀によくある、って奴だ。ミス、と言えるか微妙だが追い詰め過ぎたな」


 魔導師の覚醒、というのは以前からある事例だった。

 昨年なら追い詰められた桜香が覚醒、フィーネを撃破している。

 これと同じことが起こったと考えていいだろう。

 事前に把握していた能力では皇太子が何をしようが逆転の可能性はほぼ0に近い。

 健輔も一矢報いるぐらいはあると思っていたが、勝利の可能性までは考えていなかった。


「これが、固有能力の覚醒」

「能力と、精神、後は切欠が揃ったやつだけが目覚める魔導師の特権だな」

「元々、固有能力と空間展開を保持していたのに……」

「恐るべき将来性だな。ふん、皇太子か。あながち間違いじゃないかもな」


 癪なことこの上ないが、認めざるをえないだろう。

 桜香と同じように未来のスーパーエースとしての力をアレクシスは確かに見せつけたのだ。

 2人とも言葉がない。

 同級生、同じ年の魔導師が見せた勇戦は嫉妬を抱きそうになるほど素晴らしかった。

 桜香と同じ1人になってからの逆転は彼の名を世界に轟かすだろう。

 相手が強いからこそ、虚飾ではないものとして広まる。


「……あいつ、厄介だな」

「健輔さん?」


 健輔は能力も気になったがもう1つ気になっていることがあった。

 あの状態、苦境から脱出しても皇太子の動きに興奮がない。

 努めて冷静に敵リーダー、マルティンを初見の能力で奇襲したように判断力が落ちていなかった。

 能力を自覚して、直ぐに奇襲に使う。

 簡単なように見えてそうではない。

 しかも、最初はあれだけ追い詰められていたのに、アルマダの弱点をきっちりと把握していたのも忘れてはいけないだろう。

 仮にあの能力で暴発させた相手がマルティンでなければ試合はもう少し厳しかったはずである。

 いや、マルティンが撃墜されていなければクロックミラージュが負けていただろう。


「アルマダは連携重視のチームだが、シューティングスターズとは違う部分がある。優香もわかるだろう?」

「はい。核の存在ですよね」

「そういうことだ。奇襲で自分もよくわからない力であっさりと敵の中枢を狙う度胸……あいつはめんどくさい魔導師になる」


 アルマダはシューティングスターズと違い中核、リーダーが撃破されると一気に戦闘力が下がる。

 代わりに手足のチームメイトが落ちても低下は最少で済むのだが、この弱点を狙い撃ちにした奇襲だった。

 普通の攻撃なら対応できただろうが、自分の術式を暴発させての自爆ではどうにもならないだろう。

 あの状況で狙ってやれた精神力。

 自分と似た部分を感じて、健輔は強く警戒感を示す。


「……これでクロックミラージュも勢いに乗ったな」

「データ収集の結果から能力を予測することになりますが……姉さんに勝てるでしょうか」

「さて、どうだろうな」


 アルマダで最後まで抵抗していた魔導師が術式を暴走させて自爆する。

 同時に鳴り響く終了の合図。

 1回戦の最後の試合――アルマダ対クロックミラージュは事前の予想を覆す結果に終わった。

 

「……ふん」


 同年代で実績、実力において自分に匹敵する魔導師の登場に健輔の胸中は複雑である。

 ライバルとなるのか、それとも――。

 未だ戦ったこともない相手に想像を巡らせるのは、無為だとわかっていても考えずにはおれない健輔であった。


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