第247話
宿舎の食堂で健輔と優香は食事を摂っていた。
先ほどの試合の衝撃が抜けきらないのか、2人は無言で料理を口に運ぶ。
双方に共通しているのは重い空気である。
アマテラス対ナイツオブラウンド。
あの試合の結末が頭から離れないのだ。
チームの方でも慌ただしく解析に向かったバックス陣など細かい動きが現れている。
彼ら2人もその例に漏れず、いやもっとも深刻に受け止めている2人と言ってよいだろう。
桜香の事をもっともよく知っている他人は彼ら2人なのは間違いなのだから。
「……健輔さん」
「ん? なんだ?」
桜香攻略法を考えていた健輔に優香はおずおずと話し掛ける。
試合終了後の様子から考えれば大分復活したとはいえ、その美しい表情にはまだ明るさはない。
それはそれで絵になる、などと思っていたがいくら健輔でもそんな事を口に出すほど迂闊ではなかった。
表面上、健輔は真剣な表情で優香に頷き返す。
「姉さんの事です。……後半の、あれはどう考えれば良いでしょう」
「あーう~ん、なんていうか、あれだな」
「あれ?」
首を傾げる優香に少し心臓が高鳴る。
最近ふとした仕草が妙に色気づいているというか可愛らしいのだ。
寿命が縮むのではないかと密かに心配しているが、無駄に鍛えられた鉄面皮が表に出さない。
優香は健輔が厭らしい、正確には一切の動揺などを見せない態度に安心して気が緩んでいるからこそ、他の者の前で見せない仕草をするのだが健輔はそんな事は知らなかった。
こうして双方が無自覚のまま深みに嵌っていくのだが、どちらもその事に気付いていないため改善される事もない。
ある意味では素晴らしい阿吽の呼吸だと言えるだろう。
真実を知ると笑い話でしかないのも良いアクセントだった。
目まぐるしく変わる心の動きを見せぬまま、健輔は優香に自分の考察を話す。
「桜香さんの強さだが、原因の1つはバトルスタイルの方向性が決まった事にあると思う」
「方向性、ですか? 今までもカウンターというスタイルだったと思うんですが」
「あれは戦い方、だからな。ややこしい言い回しだとは思うけどさ」
桜香は限りなく万能に近い魔導師である。
反面、いろいろな分野に手を乗せるためか確固としたあり方が存在していなかった。
少しきつい言い方をすれば無個性だったのだ。
それが先ほどの試合を見ただけでもわかるほど大きく変化している。
「以前の桜香さんは、まあ、綺麗すぎてブレがない感じだっただろ? そして戦い方自体は強いけど、怖くはなかった。それに対して今日は見ただけでわかるほど恐怖があった」
「恐怖……」
「フィーネ・アルムスター、女神もそうだったけど、あのレベルの魔導師って言い方は悪いが、化け物みたいなものだ。あらゆるところから脅威が滲み出てる」
「それが、個性と何か関係……あっ」
「わかったか? 今の桜香さんは才能とか実績じゃなくて、対峙する前から恐怖を感じさせるだろう。格上の強さってやつさ」
綺麗過ぎる戦い方。
個性がないため桜香はデータだけを集めた場合強いとは思っても恐怖を感じなかった。
同格のフィーネがデータだけで得体のしれない感じが伝わってきたのと比べると大きな差異がある。
そのギャップが埋まった理由は簡単だった。
桜香は桜香の個性を手に入れたのである。
「パッと見た感じ物凄い力押しだな。技量も伴っているが根本思想は力こそ正義って感じだと思う」
「……あまり姉さんらしくないと思うんですが、健輔さんはどうですか?」
「いや、実にらしいと思うよ。これは視点の違いだけどな」
「視点、ですか? 姉さんの事で私には見えない部分?」
「どちらかと言うと想像しない部分だろうさ」
優香からすれば桜香は全てにおいて優れた自慢の姉であろう。
事実であるし、疑う必要もないことだが健輔からすると別の側面も見える。
明らかにあの力押しの極致は健輔を意識していた。
自分でも自惚れではないかと思ったが、最後の完璧な自爆対策がそれを確信に変えたのである。
健輔がどんな小細工をしようが正面から粉砕出来る強さ。
桜香のバトルスタイルの根幹にあるのは、意識無意識関係なくその部分だろう。
宣戦布告と合わせて考えても矛盾しない。
此処に至れば、自己評価に関しては鈍い健輔でも流石に気付く。
明らかに桜香は健輔対策も兼ねて己を作り変えたのである。
「……リベンジ、だろうな」
「え?」
「俺に――クォークオブフェイトに勝つために、もっとも単純で、効果的な方法を選んだんだよ」
「まさか、姉さんが……いえ、それは、そうかもしれないですね」
優香も否定することは出来ない。
桜香も人間である。
負けた時は悔しさで泣いていた。
完璧に見えても、敗北の苦渋、果たせなかった思いなどに感じるものはあるのだ。
だからこそ、今度は完璧を求めてさらなる高みに至ったのである。
「細かい違いはあるけど、ラインとしてはそんなところだろうさ」
「わかりました。では、最後の術式、あれは何だと思いますか?」
術式『不滅の太陽』を展開した後の桜香の硬さは異常だった、
魔力で強化していても素手で魔導機を掴むなど常軌を逸している。
あの術式で何かをしたのはわかるが、何をしたのかまでは健輔もわからなかった。
推論はあるが、不確定な事を言うわけにもいかず答えに窮する。
美咲たちの解析結果を待ってからの方が、精度は上がるはずだった。
ここで自信満々に答えて外れていたら恥ずかしいというのもある。
「……俺にも確証はない。すまんな」
「いいえ、答えを急ぎすぎました。申し訳ないです」
健輔が言いよどんだを察したのか優香は質問を取り下げる。
安心したからか、健輔は少しだけ軽口を零した。
たった1戦、別のチームと戦っただけでここまで健輔を揺さぶる魔導師は後にも先にも桜香しかいないだろう。
本当に健輔の心臓に悪い女性だった。
「まったく、厄介な人だよ。本当にな」
「ふふ、私の姉ですから」
「そっか。そうだな。優香の姉なんだ。一筋縄ではいかないか」
「あっ、私の事、馬鹿にしてますか?」
「してない、してない」
少し拗ねた表情をする優香に慌てて言い訳をする。
空気が和らぐのを感じつつ、思考の片隅では桜香の事を考えていた。
このまま先に進めば最後に待つ可能性がある最大の敵。
健輔にとっても、優香にとっても負けられない相手。
言葉では語り尽くせない思いがあるが、健輔は優香に笑いかけながらその気持ちを封印しておく。
桜香について、思考は続けるべきだがそれでも今はまだ、彼女の事は忘れるべきでもあった。
彼女に劣らぬほどの敵が次に立ち塞がっている。
複数の物事に集中出来るほど健輔は器用ではない。
忘れないように心の片隅に刻んでおき、今はただ前だけ見つめる。
全ては3回戦を超えてから、瞼の裏に不滅の輝きを焼き付けて、遠い未来を健輔は思うのだった。
「なんとも、まあ、桜香も厄介な方向に突き抜けたものです」
ヴァルキュリアの面々が集まる中、フィーネはそう言って話題を切り出した。
昨日の試合から一夜明けて、既に割り切れている2年生たちとは異なり不機嫌そうな1年生たちと共に試合を鑑賞したのだが、あまり気分転換にはならなかったようである。
フィーネは内心でイリーネ、カルラにかつての己を思い出す。
初めて皇帝に負けた時も割り切るのに時間が掛かった。
特に欧州では負けなしだったのが余計に彼女を苦しめたのだ。
イリーネたちも今、似たような心境であろう。
先輩の優しさとしては、なるべく意識させないぐらいしかない。
こういうのは最後は己の手で立ち直る必要がある。
実体験として彼女はそれを知っていた。
「フィーネさんから見ても厳しいですか」
「端的に言って、個体の極致ですね。皇帝とは真逆の道。でも突き抜ければ結果は似たようなものでしょう」
「最後のあれは?」
「少し解析すればわかるでしょうけど、空間展開だと思うわ。自分を起点とした、ね」
レオナとフィーネは桜香の能力について大凡の考察は済んでいた。
なんという事はない。
硬くて強い、ただそれだけである。
元から特殊能力に強くて、飛び抜けた基礎能力だったものがさらに飛び抜けただけだった。
脅威ではあるが、フィーネからすれば最初から桜香は宿敵であるため大した驚きでもない。
自身に比する相手が正しく自分に匹敵した。
それ以上でも、以下でもない。
しかし、周囲からはまた違った面がある。
最後の最後、決勝戦で戦う可能性がある相手としてこれ以上の脅威は存在しなかった。
危機感を覚えるのも仕方がないだろう。
少し強張った表情でイリーネがフィーネに問いかける。
「……フィーネ様はこの桜香様に対抗する手段が?」
「私の宿敵よ。……それで察して頂戴」
「……そうですか」
仲間にも隠しているというべきだろうか。
フィーネは切り札を秘匿している。
おそらくメンバーで知っているのはレオナだけだった。
イリーネは別に不満を感じている訳ではなかったが、面白くないという感情はある。
口に出さないくらいの分別はあったが、態度には出ていた。
フィーネとしては、態度に出るから教えれないと思っていたがそこを注意するほど彼女は優しくない。
自分で気付かないと過ちというのは是正されないのだ。
フィーネの教育方針は中々に厳しいものだった。
「さて、それよりも私たちが気にするべきはクォークオブフェイトの方々でしょう?」
「そうですね。データは前に配ったものと大きな差異はありません。違いと言えば、最優先目標の撃墜優先度が更に上がったくらいでしょうか」
「佐藤健輔。向こうがどう出てくるかはわからないけど、先に倒すべき相手でしょうね」
「万能系なんて強そうじゃないんだけどなー」
カルラの言葉にフィーネは鋭い視線を向ける。
睨まれた事に気付いたカルラは背筋を伸ばした。
普段は温厚なフィーネだが、怒る時は怒る。
流石に、チームリーダーとしてその発言は見過ごせなかった。
「……今、この段階でその言葉。意味はわかってますか? カルラ」
「あっ、いえ、その……」
言いよどむカルラにフィーネは視線をさらに細める。
蛇に睨まれた蛙、カルラの身体は硬直してしまう。
そのまま数秒間の睨み合いが続くが、イリーネが級友の失態を補うために声を上げる。
「カルラ!」
「わ、わかってるよ」
「お黙りなさい! 先にやるべきことがあるでしょう!!」
フィーネよりも先に隣に座る友人に諌められて、カルラの勢いは萎んでしまう。
友人も普段は気品を重視して、穏やかな物腰なのだ。
それが怒っている。
カルラでも自分の発言が悪かった事は既にわかっていた。
しかし、それでも謝罪は口に出来ない。
よくも悪くもまだ幼いのがカルラの特徴である。
素直すぎる感情は普段は悪くないが、今だけはタイミングが悪かった。
「先の試合で敗戦したにも関わらず、相手を侮るような発言。いざという時にその心根が出ないと言い切れますか」
「それは……」
「佐藤健輔はクラウディアにも勝利しているのですよ。あなたが撃墜されて、そこからチームが負けた時、責任を取れるおつもりですの?」
「……ま、負けないよ!」
言っているカルラが虚勢でしかないとわかっていた。
非を認めたくないという幼稚な心からだが、それでも言葉に勢いがない。
自分を騙せない嘘では誰も騙されてくれなかった。
イリーネはこれみよがしに溜息を吐く。
カルラもチームの上級生以外からの敗北で意地になっている部分があるのだろう。
しかし、これ以上フィーネの前で醜態をさらすのはよくなかった。
フィーネは温厚だが、取れる手段の中では最適なものを模索する。
先の試合のような枷がない今の状況では本当にカルラを外しかねない。
「イリーネ、もういいですよ」
「フィーネ様! しかし」
「カルラも意地になっている部分があるのでしょう。……試合ではしっかりとしてくださいよ?」
「は、はいッ! わかってます!!」
背筋を伸ばして、カルラは勢いよく立ち上がる。
次の試合に向けて動き出すヴァルキュリア。
欧州最強のチームにも問題がないわけではなかった。
意外な苦戦によって、チーム内で良くない空気が生まれ出す。
その兆候を前にして、フィーネはある事を考えるのであった。
「くしゅんっ!!」
「風邪かい? 気をつけないとダメだよ」
「いや、そんなはずはないんだけどな」
健輔は鼻を啜りながら圭吾に返事を返す。
次の試合まで余裕があるため、健輔はある場所に圭吾と2人で向かっていた。
目指すは島の反対側である。
「それにしても、本当に次の試合は見なくていいのかい?」
「――見ない訳じゃないよ。まあ、思うところがあるんだよ」
「なんだい、そのよくわからない言い訳はさ」
圭吾もわかって聞いた言葉だったが、予想通りすぎる解答に笑ってしまう。
クロックミラージュは同年代のチーム。
既に己でチームを作り、道を拓く同年代に思うところがあるのだ。
健輔にしては珍しく相手を侮ったような発言が出たのもそのためである。
何より、仮にここでアルマダ、クロックミラージュのどちらが勝とうとも次の相手を考えればあまり期待は出来ないだろう。
「Bブロックはこのままアマテラスかな。健輔はどう思うんだい?」
「さあな? まあ、俺は桜香さんが負けるところを俺が関わらない場所では思い浮かばないってだけだな」
殊更軽い感じで言っているが、仮にこれを第4試合の面々が聞いていたら怒り心頭だろう。
お前らではアマテラスに勝てない。
健輔は遠回しに断言しているのだから。
「自信があるね。第4試合の面々がいたら怒ると思うよ」
「問題ないよ。いけ好かないチームも出てるみたいだしな」
「健輔は皇太子が好きじゃないね。どうしてだい? 星野さんとかは嫌いじゃなかったのに」
「チームを繋ぐ絆とチームメイトをバッテリー扱いは違うだろう? 戦っても詰まらなそうだしな」
「戦士系じゃないからね。それは仕方ないと思うんだけど」
「ま、何か波乱でも起きてくれたらいいんだけどな」
「そこまで上手くはいかないだろうね。でも、本当に良いのかい?」
アマテラスが来ると信じた以上、健輔にとってこの2チームは優先度が大きく下がる。
元々、クロックミラージュがあまり好きではない健輔には桜香の宣戦布告がありがたい限りであった。
試合になればしっかりと見つめるが、今はまだ健輔も思うところがあるのだ。
才に恵まれた1年目の新鋭。
隣の芝生は青いと言うが、健輔の気分はまさにそんな感じであった。
「……まあ、気にはなってるよ。それだけは認める」
「同級生だしね。素直じゃないな」
「うるせぇ」
健輔が望む強い自分を体現する異国の同級生。
そこまで高望みをしていない圭吾も少し面白くないのだから、仕方がない面も多いだろう。
今の自分に納得しているし、満足もしている。
しかし、小さなしこりのようなものは健輔と圭吾、両者に存在していた。
あまり面白くない話題なのを自覚して、圭吾も話を逸らそうとする。
話題は本題、目的地についてだった。
「まだ1日だけど、行って本当に大丈夫かな」
「大丈夫だろうよ。香奈子さんとかはそこまで浅い人じゃない」
「僕は一応の保険?」
「そういう事だな」
2人がバカな話を続けている内に目的地が姿を現す。
外観は健輔たちが止まっているのと同じ宿舎。
ここに彼女たち――天空の焔が泊まっている。
「いくか」
「そうだね」
2人はゆったりとした様子で歩みを再開した。
戦いを終えた焔、彼女たちと言葉を交わすためにやってきたのである。
目的はただそれだけであった。
激戦から一夜明けた戦士たち。
片や勝者、片や敗者。
正反対の状況の魔導師たちが邂逅する時が来たのだった。




