第24話
優香が空を舞うと同時にそれは襲いかかってきた。
先の試合でも猛威を振るった『終わりなき凶星』近藤真由美の大規模魔導砲撃の嵐である。
大規模火力で前衛を文字通り、消し飛ばす。
味方ならばこれほど頼もしい相手は居らず、敵ならばこれほど厄介な相手もいないだろう。
事実、優香も春から今までに駆けて幾度となくその暴力を叩き込まれ、空から落とされてきたのだ。
しかし、今の優香には新たな剣が存在する。
「『雪風』、防御術式の1部制御をお願いします。私は機動に集中します」
『了解しました』
襲いかかる大規模砲撃に怯むことなく優香は突入する。
休むことなく叩きこまれる暴力の嵐を彼女は風のように軽やかに避ける。
最小の魔力で接触する攻撃を逸らして、最速で駆け抜ける。
これが、優香が考えていた理想の攻撃機動である。
今までは、全ての制御を自分でやらなければいけず、実現できなかった機動だった。
でも、今は違う。彼女の新しい力『雪風』は彼女の足りない部分を補ってくれている。
「それがあなたの目指すスタイルの理想形かしら? 技量でいなして相手を落とす。まあ、テクニカル系の前衛が持つ理想の1つね」
砲撃を抜けた先で、誰かに語りかけられる。
相手が誰なのかは考えるまでもなかった。
「葵さんと私はタイプが逆ですからね。……小細工と笑いますか?」
「そんなこと言わないわよ。私がそうした細かいのが嫌いなのは間違いないけど、だからって相手のやつをバカにしたりはしないわよ。何より、私と違う方が楽しいじゃない?」
「……そこで楽しいとおっしゃるから戦闘狂呼ばわりされるのでは?」
「あー、そういうこと言っちゃう! もう! いいわよ、どうせ私は戦闘狂ですよーだ」
拗ねたような口調の軽い言い方だったが、それに反して場の空気はどんどん重くなっている。
優香は目の前の女性のギアが上がっているのを感じていた。
この脅威に対処する方法を考える。
藤田葵――2つ名は『掃滅の破星』これは真由美のチーム所属だったこともあり、準える形で付けられたものである。
系統はメインが収束でサブが身体系の前衛型。スタイルは真由美と同じ超火力高耐久型。
2つ名とスタイルからわかる通り、葵の戦い方とは、
「優香ちゃんは知ってるよね? 私の攻撃、当たれば終わりだよ」
ありあまる魔力で押しまくるタイプ。つまり、真由美の前衛バージョンであり、究極の脳筋タイプだった。
「くっ!」
葵の周囲に物凄い魔力が音を立てて集まる。
魔力光が淡く周囲で光る程度なら優香も行えるが、葵の規模は完全に桁はずれである。
魔力がオーラのようになっている。完全に身体から溢れているのだ。
そう、真由美の戦闘スタイルは至極単純である。
「ほらほら! いくよ、優香ちゃん!」
有り余る魔力で高めた身体能力とその高い魔力で殴りかかる、というものだった。
「『雪風』! 防御はいいです、機動にリソースを全て回して!」
『了解』
先程まで、自分がいた場所に葵の拳が突き刺さる。
直撃は避けられたが、その速度に戦慄を覚える。瞬間的な直線速度ならば、優香を超えていたかもしれない。
また事態はそれだけに留まらなかった、完璧に避け切ったにも関わらず放出された魔力の余波だけでダメージを負っていたのだ。
『九条、ライフ95%』
無論、掠り傷程度ではある。しかし、優香の脳裏にはあの拳と打ち合って勝てるイメージが全く湧かなかった。
「本当に、私たちの先輩は怪物揃いです」
「尊敬していいわよ?」
笑顔で言ってのける葵に苦笑を返す。
普段の自分を取り戻す為にも一旦、心を落ち着ける。
自分らしくないことだが、新しい力に浮かれていたのだろう。
もう、そのような甘えはない。
「では、先輩。私に付き合っていただきます。打ち合うには少々力不足ですので、鬼ごっこになりますが、かまわないでしょうか?」
「後輩の頼みに胸をかしてあげるのは先輩の役目よね! いいわよ。もっとも、いつまで逃げ切れるかしらねー」
葵は軽く挑発するようにこちらに不敵な笑みを向けてくる。
下手な挑発だということはわかっているが、ここは乗るべきだ。
この人はいつか超えないといけない壁なのだから。
「勿論、私たちの勝ち逃げですよ」
「……いいわね! それぐらいじゃないと!」
それが呼び水となり、両者の激突は加速するのだった。
優香の華麗な戦闘を隠れ蓑に密やかに潜行していた2人。
これが本来の人数なら、多少はうまくいったかもしれないが、この少人数ではそうそううまくいくことはなかった。
優香が葵との戦いに集中できているのは、真由美の援護がないためであり、その矛先が誰に向いているかなど考えるまでもない。
両者撃墜が現実的にでない上に占拠も無理。故に奪取が選択されたわけだがそれも容易いことではなかった。
「部長の裏をかくとか、一体どうやってやれと言うんだ!」
「正直なところ接近すら、命がけなんだよね。健輔、何かいい手はあるかい?」
「あったら、もう使ってるわ!」
連発される砲撃をなんとか突破しながら、フラッグが見える位置を取ることはできたのだ。
問題は直ぐ傍に門番が存在することである。
固定砲台、もしくは移動要塞呼ばわりされる相手が敵なのだ。
中途半端な火力では防がれて反撃でこちらが潰されかねない。
フラッグの持ち逃げもあそこまでがっつり接近して守られた状態に、突っ込むなどそれこそ自殺と変わらなかった。
「どっちにしろこのままだとジリ貧だよ? 僕が行くから後は任せてもいいかな?」
「待て待て! この状況で考えた作戦で行ってもやられるだけだろ!? 一旦退こうぜ!」
「九条さんの方に標的が向いたらどうすんのさ? 僕は残るから、健輔は何か考えておいて」
「っ、仕方ないか。わかった、少し頼む!」
「なるべく、早く頼むよ」
魔力糸で陣を作った圭吾は真由美の行動を拘束するために動く。
戦場から一時離脱した健輔は状況の整理を行った。
まず、第一に今回の目的はフラッグの奪取を行い、自陣に持ち帰ること。
そのための障害は2つ、葵と真由美である。
葵は優香が拘束してくれているため、今は考える必要がない。
問題は真由美の突破についてだった。真由美の特性はもう完全に頭に入っている。
超火力高耐久型。門番として、これ以上に厄介なタイプはおそらくいないだろう。
向こうの勝利条件は制限時間までフラッグを守ることか、こちらを全滅させることである。
そのどちらにも対処しやすい真由美は最強の番人に他ならない。
「圭吾じゃ、離脱に時間が掛る。となると、俺が持っていくしかない」
速度型ではない圭吾では、離脱後に補足される可能性が高い、必然的に健輔が奪取役を引き受けないといけなくなる。
しかし、無策で行っても真由美はダメージ覚悟でこちらを潰しに掛るだろう。
突破するには、真由美側が対処しきれない速度か、防御を粉砕する火力が必要なのだ。
そのどちらも健輔は持っていないことが問題である。
事前の作戦案でもここは問題視されたのだが、葵との接近戦リスクに比べるとマシなためこの状況になったのだ。
常識的に考えてダメなら逆転の発想である。
作戦目的を変えるのだ。真由美は奪取を防ぐためなら、攻撃を受け止めてでも阻止しようとするはずだ。
そこが狙い目だろう。
「美咲、ちょっと確認したいことがある」
『大丈夫だよ、いい作戦でも思い浮かんだ?』
「ああ、優香にも伝えて欲しいんだが、作戦目的を変えようと思う」
『フラッグの奪取のためでなく? 撃破か占拠にするの?』
「ああ、俺たちは部長を動かすよ」
真由美が首筋にピリピリしたものを感じ始めたのは健輔が姿を消してから5分程してからである。
虫の知らせ、直感など言い方はいろいろあるが魔導師としてベテランの域にいる真由美はそういった状況変化の前触れを感じることがよくあったのだ。
「ふーん、これはそろそろ来るかな」
圭吾の動きに何か変わったところはない。先程までと同じようにこちら側への牽制を行い真由美の動きを拘束しているだけだった。
隙があれば撃墜を狙ってもよかったのだが、それをするには圭吾は憎らしいほどに纏まっていた。
健輔と優香に隠れてしまってあまり評価されていないが、真由美はこの後輩の隠れた能力を見逃していなかった。
現時点において、正面からの殴り合いでは先の両名に差をつけられているが、こういった細かい仕事なら既に2年レベルにも負けていない。
圭吾は基本ルールより今回のような実力以外の部分が必要になるルールの方が強いはずだ。それはチームとして選択の幅が広がることに繋がる。
そんな風に未来に思い馳せていた真由美だが、妙な違和感に気づく。
まるで、銃口を向けられているような悪寒、これは――。
「砲撃? 私相手にそれが通用すると思ってるはずないよね……となると」
そこまで言った時、圭吾の動きが変化する。
どう見ても隙を見て旗を狙うなどと言う動きでない。これは、
「私狙い!? それは流石に考えてなかったよ!」
真由美は笑いながら、後輩を迎え撃つのだった。
真由美を捕らえようと圭吾の魔力糸が自在に動く。
全方位の小型砲弾――シューターによって包囲を砕く。健輔には突破できなかったが真由美の火力ならば容易いことだった。
「甘いよ! 健ちゃん!」
その隙を狙い砲撃が真由美に飛来するが、そもそもこの程度は隙ではないのだ。
一瞬で収束された砲撃が健輔の砲撃を相殺する。
視界の隅で圭吾が糸を束ねるのが見えた。
真由美は判断に迷った。あれはフラッグ奪取のためものか、それともこちらを落とす為のものなのか。
1秒あるかないのか、刹那の間にその迷いを捨てて圭吾を潰すことを選ぶ。
どちらにせよ、行動不能にしてしまえばいいのだ。
威力はいらない、今は狙いの方が重要だ。
「いくよ!! 圭吾君!」
「くっ、障壁展開! 防御陣構築」
圭吾が防御態勢に入るが、そんなもので止められるはずもない。
1発、2発と魔力糸による陣を粉砕した砲撃は彼に直撃する。
『高島、障壁0%、ライフ0%。撃墜判定』
それはまさしく、火力型の戦い方であった。生半な防御など1撃で粉砕する。
実力差などを考慮すれば、当然の結末ではあるが真由美は自分の後輩でここで終わる訳がないと確信していた。
だから、だろう。切り込んできた健輔を見て驚かなかったのは。
真由美は膨大な魔力が籠った斬撃を障壁で受け止める。
『真由美、障壁50%』
展開していた障壁が一気に砕かれる。
この火力、間違いない。真由美は笑いながら、相手の意図を悟った。
どおりで圭吾の抵抗を弱く感じるわけである。
「支援は健ちゃんに集中させて、私に近接戦闘を行える距離まで近づく。タイプは葵ちゃんと同じかな? ふーん、初めから圭吾君は捨て駒?」
「人聞き悪すぎでしょう! 機動か、火力の2択で俺に機動は難易度高すぎです。だったら、火力でこうするのが1番いいと思っただけですよ」
「まあ、正解かな。言っちゃ悪いけど初めからこういう戦法もあるよーっていう条件付けだから、絶対にみんなで勝つんだ! とかやられたらどうしようって感じだったからね」
真由美は魔導機を構え直して健輔に向かい合う。
接近戦が苦手だろうと、その火力と耐久がなくなる訳ではない。
勝敗の天秤はまだ均衡を保っている。
「いくよー!!」
真由美が動く、元々受身な性格ではないのだ。
障害は笑いながら粉砕する、そんな性格の彼女であることを健輔はよく知っている。
奇しくも、優香と2人で真由美とぶつかった模擬戦が思い出された。
あの時も、このように1対1だったのだ。
あれからどれだけ成長できたのかがこの戦いでわかる。
そのためにも新たな剣の門出は、今行うべきだ。健輔は確信を持ちながら己の刃に真なる目覚めを促すために、『名』を告げる。
「よし!『起動』!『陽炎』!」
『受諾しました。『陽炎』起動します』
咄嗟に思いついた名前だったが悪くはないように思える。
千変万化、幻のように姿を変える自身の系統にぴったりのではないか。
精神論ではないが、気の持ちようで世界が変わると言うのも間違いではない。
「今度こそ、完璧に勝つ!」
「どうかな? 今度は負けないよ!」
『陽炎』の術式制動能力により、健輔は系統制御に集中することできるようになっていた。
それは通常2系統分、無理をして3系統の効果を発揮できるというレベルだったものが、余裕を持って3系統は行けるレベルまで彼の地力を引き上げる事を意味する。
3系統を用いて、安定した機動と火力を両立することができるようになった健輔はそのスペックなら1年の中でも最高クラスであろう。
しかし、そのスペックを持ってしても遊びの無い格上相手は厳しいものがあった。
「ほらほら、どうしたの! 怯えてたら落としちゃうよ! 相性だけ見ればそっちの方が有利なんだからさ!」
「くっ!」
接近戦というのものは、遠距離とはまた違った覚悟が必要だ。
互いに一撃あてれば終わるというレベル火力を向け合っているのだから、その心労は推して知るべしであろう。
何より、真由美は機動戦に付き合わない。防衛が目的である彼女は強固な障壁を多重展開して、不動を保つ。
「はあああ!」
烈火の気迫と共に力を込めて切りかかるが、障壁を貫くに至らない。
真由美は障壁ごと健輔を消し飛ばそうと魔導砲のチャージを開始する。
小型の砲弾による牽制と合わせて、大量の魔力を使用しているはずの真由美に底が見えない。
固有能力――健輔の脳裏にその単語がよぎる。
実力的に今回、真由美は本気だと聞いている。ならば、先輩たちが偶に漏らすそれこそが、あの大量の魔力の秘密のはずだ。
つまり、このままではまずいということだった。
仕方ない、やはりこうなったか、と笑いながら念話を繋ぐ。
『美咲、プランBを発動する。優香にも連絡を頼む』
『了解! こんな無茶苦茶なやつで本当に大丈夫かな……』
葵の猛攻を華麗に捌く、優香。
蝶の如く舞い、蜂のように刺す。優香の攻撃はまさしくそれを体現していた。
葵から見ても優香の地力は元々高かったのである。
それでも1年の範疇を超えるものではなかった、はずだった。
「制御を委任するだけでこれか、なるほど人気先行の2つ名ってわけでもなかった訳ね」
ほら、今も少しを気を逸らしただけで、一瞬で間合いに入ってくる。
『葵、ライフ60%』
「ああ、もう!! うっとおしい!」
全方位に魔力を放出して対処する。怯む隙を見て一撃を叩きこもうとするが、既に優香は離脱していた。
今までも、幾度か直撃を与えるチャンスはあったのだ、だが全てが不発に終わっている。
腹立たしいことに相性が悪い。全てを粉砕する大砲も当たらなければ意味がない。
それは葵にしても愉快なことではないが、事実はきちんと認めるべきだろう。
自身が優香のようなタイプが苦手なことは1年のころにはわかっていたのだから、今更の話ではある。
「1年だけじゃなくて、私の出来も確認したいってところかな。相変わらず、読みづらい人だこと」
部長に対して悪態を吐きつつ、状況を整理する。
このまま膠着状態だったとしても、試合としての勝利は揺るがない。
とはいっても、葵からすれば勝負に負けてしまうようなものである。
それは気分的によろしいものではなかった。
「しょうがないわよね、よし!」
優香の次の攻撃で相打ち覚悟で仕掛けよう。葵は決心を固めた。
耐えきれる可能性は低くないし、今回はそこまで悪い手ではないはずだ。
その瞬間に意識を集中させるために、雑念を追い出す。
魔力を集め最大の攻撃を放つ、その隙に優香は攻撃を仕掛けてくるだろう。
自身の最大火力を囮に、一撃与える。そこまで良い交換比率ではないが状況を動かすには十分だ。
「魔力最大!! 潰れろ!!」
大ぶりだが、尋常な速度ではない拳が優香に迫った。
その時、葵の直感が警報を鳴らす。
先程までとパターンが異なるような違和感――そう、まるで葵など眼中にないといったような――を感じたのだ。
もっとも、気付いたところで葵にできることは多くなかったのだが。
ふわりと最大の好機にあっさりと捨てて優香は回避を行う。
え? と一瞬思考が真っ白になった後、相手の狙いがわかった。
「と、止まらない!? きゃああああ!」
なんとか姿勢を変えようとするが、最大火力を放とうとして最速で突っ込んだ状態で止まれるはずもなく。
優香の誘導により、地面に攻撃方向を向けられていた葵は見事地面へと衝突するのだった。
誘導した本人ははその結末を見ることなく、全速で離脱を行っていたのだが。
そう、向かう場所はただ1つ。
健輔の攻撃はまさしく特攻だった。違うのは十八番の自爆攻撃ではなかったことだろうか。
常識知らず、セオリー無視と言い方は何でも構わないが、非常識であったことは間違いない。
真由美の3年間に渡る魔導師としての戦闘経験の中でもただの1度もなかったことであった、空中での取っ組み合いなどというものは。
「あ、ありえないでしょ! 本気!? こんなのあり!?」
「部長をここまで怯ませれたなら、作戦成功だろ!」
魔導機を干渉させあい、互いに媒体として使用不能になった状態した上で魔力にも干渉を行う。
結果として発生するのは、空中で取っ組み合うという珍妙な光景だった。
「くっ、こ、こんなのあり!?」
「ルールで肉弾戦を禁じる、なんて知らないですよ!」
旗の番人たる真由美が行動不能になっている。この作戦のメリットはそれだけである。
仮に健輔が持ち逃げしようとし、解放した瞬間に叩き潰すことが可能だろう。
故に、旗のお持ち帰りには最適な人物を別に用意してある。
「お待たせしました。……それにしても凄い光景ですね。真由美さん、申し訳ありませんがいただいていきます」
「葵先輩が復活してるだろうから、気をつけてな」
「健輔さんも頑張ってください」
優香はフラッグを取ると全速で離脱を開始する。
ここに至って真由美も相手の作戦の全貌が見えてきた。
「そう、そういう作戦ね。妙に時間を掛けて私に戦闘を仕掛けてきたのは葵ちゃんを熱くさせるため?」
「ええ、見事に焦れてたみたいですからね。わざわざ不利な人数で試合するって聞いた時から実力の均衡を図ってたんでしょう? 部長から見て、優香と葵先輩の実力が互角に近いなら絶対に熱くなると思いましたから」
真由美は収束・遠距離の超火力高耐久型の魔導師だ。後衛であることも含めて、フラッグ防衛についていることは簡単に想像がついた。
葵もまた、高火力高耐久型の魔導師である。早い話、高速移動が可能な優香を封じれる人材は遠距離の真由美しかいないのだから、それを拘束してしまえば優香は葵を振り切ることは難しくなかった。
ドヤ顔を決めている健輔に青筋を浮かべながらも、真由美の内心は絶賛の嵐だった。
この空中での奇妙な組み合いは健輔が万能系だからこそ、できるものである。
操作・身体・収束の組み合わせで全力でこちらを妨害していた。
まず、操作系統でこちらの魔力に干渉、これで攻撃が封じられる。空中機動で振り払うことも同様に不可能になり、空中で2人が正面から見つめ合う状況がこれで完成する。
ロマンスの欠片も存在しない見つめ合いだが、打開方法も簡単だった。
仲間に相手を潰してもらえばいいのである。
「でも、それを行うと機動力で劣るこちらは優香ちゃんをどうすることもできなくて」
「そうですよ。俺がこの状態に持ち込んだ時点で、葵先輩が普通に優香に振り切られたとかなら、ともかく」
「いいよ、大技放つように誘導されて、とかその辺りでしょう?」
真由美は大きく溜息を吐いた。火力偏重の組み合わせだったことが、こうも裏目に出た事とそこに目を付けた後輩に感嘆した。
これは後で早奈恵に怒られそうだ、と内心で憂鬱になりつつも素直に祝福する。
「はあー、今回は完敗だよ。……ああ! もう! 毎回人の思惑を斜めに飛んで行くよね! 本当にさー」
「その筆頭が何言ってるんですか。まあ、ありがたく勝利はいただいていきますよ」
『そうだな、今回は人数減らして実力を均衡させようとした真由美が大元の原因だ。きっちり、反省するんだな。1年生チームは見事だったぞ、今回のようにこういった基本ルール以外の試合では相手を倒す以外も選択肢になるということ覚えておいてくれれば、目的は十分に果たしたといえるだ『ちょっとーーーー!! 健輔!! 聞いてる!! 後で――』、うるさいな』
早奈恵の言葉に割り込んだ葵の抗議の言葉は早奈恵により切断される。
うわ、といやそうな顔をする健輔に少しいじわるでもしてやろうかと思いながらも、笑みが零れてくるのわかった。
――私たちはいける――
真由美が確かな思いを抱いたのはこの時が始めてだったのかもしれない。
『よし、九条が着いたぞ、真由美』
「うん、ありがとう。では! フラッグの奪取によりこの試合、1年生チームの勝利です! おめでとう!!」
喜ぶ後輩たちを祝福ながらも意識は今回明らかになった自身と葵の弱点にも向いていた。
後、1ヶ月。後輩たちの剣は順調だ。そろそろ、自分に本腰を入れるべきだろう。
明らかになった課題への対策を考える真由美であった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
次は金曜日になります。




