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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第245話

「誰か落ちた!?」

『総員に連絡、撃墜はこちらです。正憲が敵に抗しきれませんでした』

「っ、仕方ないわね!」


 自身も交戦中の亜希はやられた同輩に何を言うでもなく意識を戦闘に切り替えた。

 悔しい事に個々の戦力で押されているのは事実なのだ。

 アマテラスが九条桜香のチームであるというのは、少なくとも世界戦では間違っていない。

 彼女らアマテラスの面々でも力不足になるからこそ、世界戦は魔導競技における最高の舞台なのである。


「いけッ!」


 生成した魔力弾を放って視界の攪乱を行う。

 交戦を開始してからそこそこの時間が経っているが、亜希は一方的に押されていた。

 創造・収束系という前衛系統の魔導師である彼女だが、ある致命的な弱点を抱えている。

 それは未だに自己の創造目標が定まっていない事だ。

 立夏ならば剣、優香ならば目指すべき目標から分身、サラならば誰かを守るために壁。

 今回世界大会に出場している面々の中でも創造系をメインにしている人物は多いが彼女らは皆、自分の目標として創造したいものが定まっている。

 強固なイメージがないと創造系は汎用性だけは優れた微妙な系統になってしまうのだ。

 このレベルの戦いでそれは致命的と言うほかないだろう。

 妃里のようにあえて特化しない事を選ぶのも1つの選択だが、亜希の場合はそれすらもない。


「くっ! 効いてない!?」

「甘いなッ! あの程度の弾幕が騎士に効くものかッ!」

「っ、まだまだッ!」


 敵魔導師の言葉に何も言い返せずただ必死に剣を操る。

 その技量も中途半端、国内におけるベテランクラスではあるが、世界規模で見れば中堅を超えられない。

 力不足、必死に食らいつけるだけまだレベルは高いと言えるのだが、主力と呼べるようなものではなかった。


「っあ!?」


 亜希の必死の抵抗空しく懐に入られた相手から1撃を貰う。

 決意をして、彼女たちは強くはなった。

 以前からすれば大きな進歩――それでも世界には届かない。

 ましてや、相手はナイツオブラウンド。

 総合力において、圧倒的ともいえる格差がある。

 桜香がいなければ、彼女たちの実力はその程度のものだった。


「私の……望みは……」


 創造系は願望が投影されることが多い。

 有効に使いこなすには、まず自分をしっかりと見つめる必要があった。

 圧倒的な汎用性を誇るからこそ、目的意識をしっかりと持たないと扱いきれる系統ではない。

 そして、願望というのは衆目に晒したいものではない事も少なくなかった。

 褒められるような祈りならば良い。

 しかし、その形が醜い憧れだったならばどうすればよいのだろう。

 亜希が創造系を選んでおいて扱いきれない理由はそこにあった。


「……また、私は自分の事だけ考えてるっ!」


 叫び声を上げて敵と戦うが、亜希はこの試合で自分が決断出来ない事を確信していた。

 知られて、桜香に嫌われたら立ち直れない。

 彼女との友人関係に罅を入れる可能性が僅かでも存在する以上、展開することは出来なかった。


「増援……そう、私を先に、狙うのね」


 敵の後衛らしき魔導師と先ほどまで戦っていた相手が合流する。

 弓を構えるナイツオブラウンドの後衛魔導師を見て、亜希は力なく笑った。

 自分のあまりの役立たなさに彼女自身が嫌悪感を覚えている。

 それでも決断出来ないのは、嫌悪のためか、それとも――。


「少しでも、時間を稼ぐ!」


 鼓舞する声が空しく響き、自分でもその事を信じられない。

 それでもチームを――桜香を裏切らないために努力は重ねた。

 しかし、拮抗していた状況に敵が1名追加されたのだ。

 切り札もない状況で亜希が出来る事は多くない。

 胸に突き刺さった弓矢が残酷な現実を彼女に叩きつけるのであった。

 

「クソぉ……!」


 泣きそうな声を上げて、太陽の欠片がまた1つ戦場から消えていく。

 試合は徐々に騎士たちの勝利へ傾き始める。

 悪化する戦況。

 残ったアマテラスの面々は必死に食い止めようと努力するのだった。






「亜希くんが落ちて、こっちに2人が追加か!」


 仁は戦況の悪化に頭を抱えるしかなかった。

 最初の1人が落ちるまでになんとかこちら側も敵を撃墜したかったのだが、敵が事前の予想よりも遥かに硬い。

 欧州ナンバー2、というのは理解していたし、侮ってもいなかったが幾分予想が甘かったと言う他ないだろう。

 騎士たちが前衛・後衛に限らず硬く強いとは聞いていたが、仁をあっさりといなせるほどの強さだとは思っていなかった。

 敵のナンバー2は事前に仁が相手をするのが決まっていたため、対抗術式も準備していたのだ。

 それでも決定打にならない。

 これはただ単に実力不足というだけではない事に、仁は薄々感づき始めていた。

 同時に、それは簡単に解決できる事ではでない、ということにも。


「――考え事をする余裕はないか……」


 背後から追ってくる相手に、視線を向ける。

 交戦し、逃げて、再度交戦していく。

 幾度も繰り返したが、有効打は少なく仁は徐々に削られるライフに焦りを隠せなかった。


「こちらの動きはお見通しかい!!」

「ああ、お前たちは少しはマシになってるけど、1年近く太陽に甘えたままだったんだ。一朝一夕で性根は治らんよ」

「くっ……!?」


 仁を除いて、ベテランクラス程度には鍛え上げられているメンバーは弱くない。

 こうまで追い詰められたのは、修羅場に対する経験不足が原因だった。

 亜希、及び最初に落ちた正憲も仁と違い試合で苦戦した経験がほとんどない。

 国内大会では桜香が無双していたのだから当然だが、その強さと経験のギャップがここで噴出してしまった。

 わかったつもりでも、本当に実行出来ているのかはその時にならないとわからない。

 練習はしていたが案の定、ここで出てしまった。


「クソっ、やはり足りない部分は多いか!」


 その点、他のメンバーよりも仁は優秀だった。

 桜香に頼り切っておらず、しっかりとした目的意識を持っているのは彼しかいない。

 それは同時に彼さえ落とせば、他は大した脅威ではないという事でもあった。

 

「攻勢が苦手なのも大きいかな。……ああ、もう! こんな状況なのに課題ばかりは直ぐに思いつくッ!」

 

 3対1の状況を必死に捌きながら対抗策を考えるが、思いつくのはチームの解決すべき問題ばかりであった。

 桜香は中心であるが、彼はリーダーなのだ。

 責任者として、今の苦境に対する原因の一端は彼にあった。

 仁が昨年からデザインしてきたチームカラー、それがこのタイミングで上手く機能しなくなっている。

 最大の原因は桜香の敗北から生じたものだが、あれがなくとも起こり得る可能性はいくらでもあっただろう。


「簡単には負けられないねッ!」

「悪いがこっちも急ぎでなッ! リーダーを早く助けてやらんといけないのさッ!」

「くっ――」


 元々、仁が得意ではなかった正面からの対決だったのだ。 

 ここに3対1という状況まで重なってしまえば、彼が優秀な魔導師であっても対処は困難だった。

 桜香でさえ、葵、健輔、優香の組み合わせに敗れているのだ。

 そこから考えれば仁は頑張った方だろう。

 

「終わりだッ!」

「クソおおおおおお!!」


 剣が1撃、もう1人からも1撃。

 最後に止めの弓矢が仁を貫き、彼のライフを0へと向かわせる。

 この瞬間、戦局は決定的にナイツオブラウンドへと傾いてしまう。

 騎士たちはそのまま残った欠片に狙いを定めて、速やかに殲滅していく。

 対抗するような力は残っておらず、ついにアマテラスは桜香1人だけが残る事になるのであった。






「まあ、そうなるよな」

「健輔さん? あの、わかってたんですか?」


 健輔の口から漏れた言葉に菜月が反応する。

 菜月とは反対側、右手に座る優香も似たような反応を示していた。

 健輔は背後から感じる圧力を伴った葵の視線を虚勢で無視しつつ、2人の疑問に答えていく。

 アマテラスというチームをもっとも研究してるのは、立夏か健輔だと断言できるぐらいの自信はあるのだ。

 あのチームの欠陥には国内大会で戦った時から気付いていた。


「アマテラスの欠点は桜香さんを軸にした戦術しかないってことだ。これは知ってるだろう?」

「はい、姉さんに依存しすぎた態勢。それが原因で私たちにも勝てなかったのは知っていますが」

「あれって、ちょっと大雑把な言い方なんだよな。正確にはアマテラスって『桜香さん抜きでの攻勢』が出来ないんだよ」

「えっ、それって」

「そ、自分たちでの攻め方が出来てないんだよな。実は防御主体のチームって訳だ」


 クォークオブフェイトの面々は連携を無視して好き勝手に個人で戦っているように見えるが、当たり前だがそれを実行するのは練習が必要である。

 与えられた情報から各々の判断がチーム全体と合致するようにするのは並大抵の苦労ではない。

 個々に高い裁量が必要なのもそうだし、ころころと軸が変わるのも普通は不安になるものだ。

 それが実行できるからこそ、日本国内でトップのチーム力と評価されていた。

 本当に何も考えずに個々で戦って勝てるほど、シューティングスターズは甘い相手ではない。


「攻撃には目標が必要だ。どのように撃破していくのか。事前のミーティングで脅威度などを共有しているのはそのためだな」

「まあ、私たちはもうこれが本能みたいなものだから、そこまで深く考えて行動しなくていいけどね。そのための練習な訳だし」


 早奈恵と葵が健輔の言葉を補足する。

 攻撃と防御だと、防御行動の方がパターンが絞られる分習熟は簡単なのだ。

 世界に限らず、国内でも防御をメインとしたチームが多いのはそれが理由である。

 攻勢を凌いで逆撃する、こちらの方がわかりやすく、やり易い。

 その上で強いのだから文句など出るはずもなかった。

 同時に安定感もあるため、伝統のあるチームであれば大抵は防御型に流れる。

 軸が攻撃に寄り易いのはどちらかと言えば、個々の力を優先しがちな新興チーム、それもスーパーエースが所属するチームに多い傾向だった

 そっちの傾向を持ちながら、防御主体で組み上げていたシューティングスターズはハンナに明確なチームの形があったからそうなったのである。

 では、アマテラスはどうなのだろうか。


「アマテラスは桜香さんが敵を落としていくチームだから、周りは耐えていればよい。だから、俺たちと戦った時、桜香さん以外の人たちも硬かっただろう?」

「……そういう事だったんですね」

「じゃあ、今のは?」

「練習して実力を上げて、意識改革もしたんだろうが、まあ、経験不足だな。今まで耐える戦い方だったのが急に攻める戦い方になったんだ。慣れるので精いっぱいだろうさ」


 攻撃を凌いで反撃するのは、時間が掛かる戦い方である。

 攻めて相手を崩す戦い方とは心持ちからしてあり方が異なっていた。

 ギャップがあるのは理解していただろうが、それが最悪のタイミングで噴出したのだ。

 ナイツオブラウンドが短期戦を挑んできたのはその辺りを理解しての事かもしれなかった。

 攻撃、防御などを器用に切り替えて。あらゆる戦場に適応するのが彼らのチーム特徴である。

 相手に合わせて攻め方を変えるぐらいはお手の物だろう。

 元々は同じよう総合力で優れていたアマテラスがエースに頼り切ってしまったために生まれていた欠点。

 そこを上手く突かれてしまったのだ。


「ここから厳しくなるな」

「姉さん……」

 

 ナイツオブラウンドは後衛のメンツを交代して、総員を前衛に変える準備をしている。

 桜香に対して大規模火力を直撃させるには前衛を巻き込む必要があるが、そこまでやっても桜香を落とせるか怪しい。

 それならば、数を増して着実に削る選択の方が堅実ではある。


「このままいけば、6対1。いくら桜香さんでも厳しいだろうよ」

「おまけに敵は弱兵ではない。ナイツオブラウンドは欧州の近接戦闘の申し子だ」


 隆志の言葉に健輔も頷く。

 普通ならば勝てるような戦力差ではない。

 自爆に対する警戒、エースとの戦いで消耗したであろう部分まで考えれば勝てる要因の方が少なかった。

 敵のエースもライフが3割を切っているが健在なのだ。

 最後、死ぬ気で挑めば桜香を撃墜するのも不可能ではないだろう。

 おそらくナイツオブラウンドにとってはベストな形で試合を進めれたはずである。

 アマテラスの性質まで読んだ彼らの作戦勝ちだった。

 

「だけどな……」

「健輔さん?」


 先ほどまでの憂いのある表情を消して、優香は健輔に声を掛ける。


「どうかしましたか?」

「……ちょっと、な」


 この程度の事、アマテラス全体はともかくとして仁と桜香ぐらいは気付いていた可能性が高い。

 仮に仁が気付いていなくても桜香は気付くだろう。

 チーム内で桜香に頼らない精神を持っているのは他ならぬ本人も含まれる。

 桜香は健輔が言うまでもなく優秀な女性だ。

 チームの欠点ぐらい気付いてしかるべきだし、気付いていたはずである。

 しかし、試合を見るとアマテラスは何も対策が出来ていないかのように崩れていった。

 仁の戦い方から、彼が僅かに警戒していたのは窺えるが他のメンバーに関しては恐慌している内に落ちた感じである。


「わざと放置した……。荒療治?」


 仮に気付いていても実感がないと桜香が考えていたとすればどうだろう。

 もしくは、


「自分がいれば、負けない」


 桜香に宣戦布告された健輔としては、このままあっさりと決着がつくとは思えなかった。

 先々の試合、それこそ決勝戦まで見越した上で桜香が戦場にいるのは間違いないのである。

 このまま終わるはずがない。


「優香」

「あっ、はい。なんでしょうか?」

「しっかりと見ておくと良いと思う。……きっと、桜香さんの全力が見れる」

「え、それは」


 歓声が上がるのが聞こえ、2人は視線をモニターに移す。

 天に昇る光――また1人、新たな撃墜者が生まれたのだ。

 アマテラス対ナイツオブラウンドは終盤戦に突入する。

 まだ半分にも至らない試合時間。

 戦場に1人で残った『不滅の太陽』――九条桜香。

 変わらない表情でアレンと戦っている彼女は何を思っているのだろうか。

 絶望的な戦闘、6対1の決戦が幕を開けようとしていたのだった。


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