第244話
「正面対決、真っ向勝負。まあ、言い方は何でも良いけどさ。あれだな、葵さんが大好きな感じになってるな」
「健輔も好きだろう? それにしても、桜香さんと同年代であそこまで強い人がいるとは……世界は広いね」
「昨年ランカー入りしたのは桜香と同じだからな。目立たないのはバトルスタイルの影響もあるだろうさ。地味なのは間違いない」
「健輔、後で話があるわ」
「え……」
試合を見守るクォークオブフェイトの面々は各々感想を述べる。
綺麗な笑顔の先輩に見詰められてフリーズしている親友を無視して、圭吾は和哉へこの試合の印象を聞いてみた。
「和哉さん」
「あん? なんだよ。聞きたい事でもあるのか?」
「はい、敵チームのエースですけど」
「ああ、そこの話ね」
「ええ、僕的にはちょっときついかなと思うんですが、和哉さんはどうですか?」
「そうだな……」
圭吾からすれば、ナイツオブラウンドの対応は分が悪いように思える。
桜香を1対1で撃破、それどころか抑えようとすることさえ正気とは思えない。
国内において、圧倒的な強さを持つ世界ランク2位『不滅の太陽』。
敗北後は輝きも増している。
いくら同じ世界ランク保持者とはいえ、8位では厳しいのではないか。
圭吾がそのように思うのは不思議な事ではなかった。
「ま、気持ちはわかるさ。俺も、下位ランカーで勝てるのかよ、って思った事があったからな」
「じゃあ……」
「答えを急ぐなよ。ランクの上位3名は圧倒的に強い。それも容赦なく、な。でもな、こういうとあれだが、絶対に勝てない相手でもないだろう?」
「それは、そうですね」
未だに無敗の皇帝を除けば、桜香、フィーネの双方に敗北の経験がある。
桜香の方は彼らが打倒したのだから、格下による撃破の可能性は0ではなかった。
ならば、下位とはいえ同じランカーにも撃破の可能性はある。
あくまでも総合評価に近いランクでは、厳密に全てを測れているわけではないのだ。
特に下位はその傾向が強い。
固有能力が強力なものと、単純な戦闘能力が高いものでは比較が難しいからだ。
上位ほどどちらも圧倒的だ、というのなら話は簡単だが世の中そこまで甘い話もなかった。
「アレンの奴の評価8位はそこまで高くない。だが、あいつの場合は戦闘能力と昨年の成績を合わせての考慮だ」
「あっ、そうか固有能力がない」
「そういうことだな。戦闘能力が固有能力抜きで強い。それも1年の段階で、だ」
下位でわかりやすい比較対象は星野勝だろうか。
第7位と彼の1つ上だが、仮の話としてアレンと星野が1対1で戦った場合勝つのはアレンである。
これは勝の能力が全体に影響を及ぼすタイプのものと、それによるチームの躍進が合わせて評価されたために起こった事だった。
ランカーの強さは必ずしも個体の強さには異存していないのだ。
無論、勝が単体で弱いという訳ではない。
方向性の違いの問題であり、ランクもいろいろとあやふやな部分があると理解していればよかった。
「まあ、8位ってのは妥当なところだと思うぞ。規格外の戦闘力だが、別にあいつだけの話じゃないからな」
「なるほど、そういう理由なんですね」
「補足を入れるとあれかな、この試合に限れば桜香ちゃんとの相性は悪くないよ」
「香奈さん?」
和哉と圭吾の会話に香奈が割って入る。
葵が健輔と戯れているため、暇になったのだろう。
「桜香ちゃんは近接型、万能に近いけど本人の性向的に斬り合いを好むでしょう?」
「はい、そこに固有化の能力を合わせて」
「敵の特殊能力を封殺、後は強行突破だね」
桜香の戦闘スタイルは特殊能力に頼る傾向がある魔導師ほど厳しくなる。
昨年のフィーネが敗れたのも、その辺りに1因があるのは間違いなかった。
しかし、アレンはこの例に当て嵌まらない。
健輔がそうだったが、本人レベルでしか影響がない特殊能力などの場合には桜香の戦闘力は正面からのものに限定される。
絡め手などは基本ないのだ。
ここがフィーネとは大きく違う部分だろう。
去年の段階のフィーネは特殊能力に長けており、それによる戦力の封殺に対処出来なければ勝てなかった。
反面、能力を突破されると脆さが出てしまったのだ。
桜香が規格外、と言う事を差し引いても直接的な戦闘能力が彼女よりも低かったのは間違いない。
対する桜香は絡め手などで相手に干渉する事はないがこちら側の小細工も効かないため、純粋に戦闘力だけで、しかも正面から撃破することが必要となるのだった。
「どっちもしんどいけど、桜香の方は戦闘だけでクリアできるからな。分かりやすくはあるだろうさ」
「相性が悪くないってのはそういうことですか」
「アレンも相応に手強い。同系統の戦い方だからこそ、最終的に負けるのはアレンだが」
「逆を言えばある程度の時間稼ぎは出来るもんね」
「その間に周囲を撃破して最後は数で勝てば良い、って作戦だろうね」
桜香とアレンはほぼ同系統の近接型魔導師。
戦い方が似ているため、最終的にはアレンが敗北する。
しかし、特殊型の相手と違って近い相手だからこそ、早々に決着は付かず戦闘時間は長引いていく。
そこを利用したナイツオブラウンドの策だった。
時間さえ稼げれば良いのである。
「目論見は上手くいきそうですね」
「流石は名門だな。自分の敗北も計算に入れる辺り厭らしいよ」
モニターに映る戦闘は和哉たちが語ったように膠着している。
桜香とアレン、同年代の似た者魔導師。
2人の戦いはじわりじわりと相手を追い詰めるような戦況となっているのだった。
「はあッ!!」
「てりゃああッ!!」
ぶつかり合う剣と剣。
高い身体能力と格闘戦能力を用いた争いは舞のようにも見える美しいものだった。
桜香のバトルスタイルは今でも基本形はカウンターである。
相手の攻撃に対して合わせる形で隙を生み出し、最後はその能力で押し切ってしまう。
技巧と力なら、どちらかと言えば力よりの戦い方だが、彼女ほどの魔導師には逆に小細工の方が足枷になる。
「くっ!」
「そこッ!」
桜香のやり方は変わっていない。
その状態で押し切れないのならば、理由の全ては彼に帰結するものだった。
アレン・べレスフォード――彼の技量が桜香の力に食い下がっているのだ。
剣と剣は正面からぶつかり合っているように見えて、インパクトの瞬間、力が逸らされているのを桜香は感じていた。
見掛け上は完全な力勝負だが、細かい部分で細工がされている。
手段は異なるが結果はフィーネの自然操作とよく似ているだろう。
常と変わらぬ動作の中に、小さな罠をいくつも仕込んである。
最終的にそれを爆発させるところも込みで良く似た戦い方だった。
「やり辛いですね」
フィーネと異なるのは細工類が能力ではなく、技術で行われているところである。
それがこの戦いの膠着状態を生み出していた。
桜香の保持している特殊能力の傾向は大きく分けて2つ。
『オーバーカウント』などを筆頭にした自己強化能力。
『魔導吸収』などを筆頭にした周囲干渉能力。
以上の2つに分けられている。
自己強化に関してはそこまでわかりにくいものではない。
己の魔力量を上昇させる、もしくは放出量を上げるなど自分に関するものとなる。
番外能力などでは割とメジャーなタイプだろう。
そしてもう1つの方もそこまで複雑なものではない。
敵の能力に干渉して、何かを起こすタイプの能力だと言うだけである。
魔導吸収もそうだし、固有魔力による性質のコピーも同じだった。
ここにカウンター戦法を乗せると九条桜香という魔導師になるのだ。
「はっ!!」
「たああッ!」
自分と敵、2つに対する能力を矛と盾と言い換えても良いだろう。
特に後者に関しては特殊能力を軸とした魔導師には天敵に近い能力である。
能力を並べて見ればわかる理不尽なまでの強さ。
しかし、今回に限って言えばその強さは半減している。
「アマテラスッ!」
『御座の曙光』
「エクスカリバーッ!」
『魔力を展開。刃に守りを――『バスターブレイカ―』起動』
徹頭徹尾、アレンは自己強化しか行わない。
純魔力系の砲撃魔導すらも保持していないのだ。
遠距離を捨てた完全なる前衛魔導師――それがアレン・べレスフォードである。
保持する能力の内半分が封殺され、自己強化系のみで対峙している桜香は能力自体は上位互換だが、だからこそ決定打を保持していない。
遠距離からの攻撃で押し切ろうとしても――、
「斬撃で砲撃を斬り裂くとは!!」
「遠距離対策はしていますよ! あなたの能力がどれほど規格外だろうが、後衛としては本職の後衛には勝てません! 『星光の魔女』すらも打ち破った我が剣にそんな中途半端な技が効くはずがないッ!」
アレンの言葉は正しい。
力任せの砲撃、そのような稚拙な遠距離攻撃に負けるほど彼の技量は低くなかった。
明確な弱点としてわかっているのだから、対策しているのも当然だろう。
撃墜などは微塵も期待していなかったとはいえ、僅かなダメージもなく砲撃を斬り裂かれるとは思っていなかった。
「所詮は小細工、私には似合わないですか!」
「お付き合い願いましょう! こちらの狙いはわかっているのでしょうが、突破など簡単にはさせない!」
桜香もナイツオブラウンドの狙いはわかっている。
時間を掛けるのもマズイのは理解していた。
しかし、目の前の敵を倒さない事には何も出来ないのである。
「片手間で相手は出来ない。最速で倒そうにもっ」
「余所見をする余裕があるのですかッ!」
桜香が気を逸らしたのを、アレンは見逃さない。
一気に斬り込んでくる相手に舌打ちをして、桜香は迎え撃った。
決定打のない剣技だけの戦い。
敵の土俵に乗らざるをえない事に不快感を覚える。
対策はあるが、まだ切るには早すぎるのだ。
「そこまで、全部を見越して戦いを挑んでいる。流石は欧州の名門、伊達ではないですね!」
「『太陽』にそのように思って貰えてうれしいよ!」
付かず離れずの格闘戦。
桜香はときおり小技を混ぜるも、全てが見事な技量で捌かれる。
このような状況でも見惚れてしまいそうな素晴らしい技量だった。
純粋に剣だけへ的を絞れば、桜香すらも超える逸材である。
「アマテラス、魔力を攻撃にッ!」
『諾』
「エクスカリバー、魔力を守りにッ!」
『了承しました』
桜香が魔力を増やして攻撃に回ると、直ぐにアレンは防御に回して、障壁などを含めた身体保護技能を高める。
剣と剣をぶつけ合う変わり映えのしない攻撃。
試合開始から今に至るまで2人はこれを繰り返してきた。
無論、双方共に無傷ではない。
幾度目かの攻防、繰り返しの中には小さななダメージが積み重なっている。
『マスター、ライフ91%』
「ありがとう!」
『騎士アレン、ライフ74%』
「わかっているッ!」
一進一退の戦い、勝負としては名勝負だろう。
お互いの格と能力を披露する素晴らしい戦いだった。
しかし、ここで視点を変えれば桜香が敵の舞台に引き摺り込まれているのは1つの事実であった。
完全に桜香が――いや、アマテラスがナイツオブラウンドの掌の上で転がされている。
「はッ!」
「はあああッ!」
桜香は敵をそのように評価して、気を引き締めた。
徐々にライフを削っている事など頭にはない。
頭にあるのはただ1つ、如何にしてこの敵を崩すのか、それだけだった。
「行きますッ!」
「くっ……、重い!?」
桜香の集中力が高まるにつれて、アレン側のダメージは増えていく。
上手く戦えてはいるが、同時に追い詰められてもいた。
アレンだけでなくナイツオブラウンドもそれを理解している。
策と言う程ではないだろう。
この試合の方針自体は上手く進んでいる。
しかし、それは彼らの優位を意味しない。
九条桜香は単体の魔導師として見た時に、皇帝すらも超える怪物である。
相性が悪くない。
能力を半分封じている。
そんなものは彼女の実力を本当の意味で理解していないものが囀る妄言だった。
かつてよりもさらに進化した彼女は止まらないし、止められることもない。
「……あまり、長くもちそうにないな」
アレンは苦笑いを浮かべて、気圧されている自分を鼓舞した。
勝利か敗北か、どちらに向かうかの岐路はこの戦いに集約している。
あっさりと根を上げるわけにはいかないのだ。
「先に使ってもらいたいけどね……」
切り札は後出しの方が余裕が生まれる。
桜香の『オーバーカウント・ブレイク』を先に使ってもらいたいのだが、アレンはそこに追い詰めるだけの力を発揮出来ていないようだった。
桜香はあくまでも通常形態のみで戦闘を継続している。
「エクスカリバー、術式の展開準備だけは進めておいてくれ。いざとなったら先に使うよ」
『了解です。騎士アレン、落ち着いて対処をお願いします』
「勿論だよ。自棄になったりはしてないさ」
実力差はわかっていたことである。
桜香の判断も常識に沿った範疇だった。
悔しくは思うが、恨むような行為ではない。
「……まだ、今少し粘らせて貰おうか」
剣を構えて、役者は再び舞台に舞い戻る。
ぶつかり合う太陽と騎士。
彼らの仲間たちもまた、主たちの戦意を受けて激しい攻防を繰り返していた。
そんな時である。
試合開始から30分たった時、ついに試合の天秤が動き出す。
天へ上る転移陣の光。
どちらが落ちたのかを示す光。
この光を以って、試合は決着に向けて一気に加速を始めたのだった。




