第241話
大会2日目の朝。
前日に劣らぬ熱気に包まれた会場から少し離れた場所、宿舎の自室で健輔は画面を静かに見つめる。
今日はBブロックの第1試合――アマテラスとナイツオブラウンドの戦いが行われる日だった。
昨日受け取った宣戦布告。
まだ誰にも話していないあの出来事を胸に、健輔は桜香の――アマテラスの戦いを心に刻み付けるつもりだった。
1つたりとも見逃す事など許されない。
相手は欧州の強豪『ナイツオブラウンド』。
実力で言えば、ヴァルキュリアにも劣らぬ正真正銘の強豪チーム。
総合力では今大会の上位3チームに入るだろう。
今のアマテラスを知るのには、最適なチームだった。
中途半端に強いところでは、真価を引き摺り出せないが彼らは本気を出させる事が可能だろう。
「……見せてくれないと困るからな」
AブロックとBブロックでどちらが厳しいかと言えばAブロックである。
パーマネンス、ヴァルキュリア、クォークオブフェイトと1位が揃っており、お互いにぶつかり合うのが確定しているのだ。
パーマネンスに関してはまだ確定してはいないが、ヴァルキュリア対クォークオブフェイトだけでもかなりの激戦になるのはわかり切っていることだった。
「まあ、あまり重く考えても意味がないか」
「どうしたんだい? 独り言なんて」
「いや、今日の試合についてちょっとな」
「アマテラスだもんね。どっちが勝つのかはわからないけど、見応えがある試合にはなるだろうね」
「ああ、そうだな」
圭吾の言葉に同意を示す。
健輔は自分が戦うのも大好きだが、同じぐらい戦いを見るのも好きである。
自分もあれぐらいやってやる、と対抗心が湧き出てくるのだ。
特に昨日の天空の焔対ヴァルキュリアのように良い試合を前にするとその気持ちはより強くなった。
今日の試合も実力、特性的に面白い事になるのは目に見えている。
そういう意味でも健輔は期待していた。
騎士たちのチームは突出した要素がない代わりに安定している。
高い平均値で圧殺してくる戦法とでも言うべきだろうか。
総合力で対処出来ないチームは厳しい。
もっともそのような数値上の計算を突破してくるのが、九条桜香と言う極点でもある。
如何にして、九条桜香を抑えるか。
それこそがアマテラス戦の課題となるのだ。
しかし、今回に関してはそれほど悩む必要はないだろう。
昨年の段階でランキング第8位『騎士』。
現在2年生で騎士たちを纏め上げる男が桜香とぶつかるのは確定事項だろう。
ハッキリとした実力が示さている最強クラスの前衛魔導師。
彼の真価もこの試合で発揮されるのは間違いなかった。
「ナイトリーダー、アレン・べレスフォード。データは見たけど、安定してるよな。強さにブレがない」
「騎士たちの頂点、というのは伊達ではないよ。欧州で騎士、っていうのは攻撃、防御、速度が高い領域で安定している万能型魔導師の事を言うみたいだしね」
身体・収束系の組み合わせをメインとするものが多く魔力の制御が抜群に上手いのが騎士たちの特徴だ。
攻撃力は魔導機での斬撃がメインであり近距離に強い。
溢れる魔力に飽かした障壁を全開にした正面突破は欧州で猛威を振るっていた。
妃里を単純にもっと強くしたタイプだと言えば、強さは大体想像出来るだろう。
「強いチームの特徴だな。シンプルだ」
「複雑な技術はまあ、称賛は出来るけど安定はしてないからね」
「俺の術式とかはまさにそれだな。計算が狂うのが怖いのはわかるよ」
健輔も強さが安定していない、より正確に言うなら数値化が難しい。
数値化出来る方が強いというのではないが、安定という意味では最強の客観性を持つのが数字である。
ナイツオブラウンドはそういう意味では極めて数値化し易いチームだった。
エースが安定した実力を持っているところも含めて基本に忠実と言えるだろう。
健輔としても、見習いたい部分であった。
「俺の戦い方は心臓に悪いらしいからな」
「そりゃあ、ね。健輔もその内、気持ちがわかるようになるよ」
「はあ? なんでだよ」
「待つ事になったら、大変さがわかるものさ。僕たちも来年には後輩が出来るからね。待つこともあると思うよ」
「……な、なるほど」
自分が待つ。
その時に戦っている人物が自分のような戦い方だとしたら、確かに心臓に悪そうだった。
どんな相手と戦っているかなど関係なく、胃に激しいダメージが与えられそうである。
「……もうちょっと、気を遣うようにするわ」
「賢明だね。早奈恵さんとか、美咲ちゃんが喜ぶよ」
少しは優しくなろう。
どこまで我慢できるのかはわからないが、誓いを立てる事に意味はあるはずだった。
守れる気はあまりしないが、心に留めておくだけでも進歩には違いない。
立ち止まって振り返れば、新しく見えてくることもある。
時には歩みを止めるのも必要だと言うことを健輔が知るのは、そう遠い未来の出来事ではなかった。
遠く離れた――日本、天祥学園。
転送陣で1分もあれば帰れるとはいえ、実際の距離は離れている。
彼女が帰ってきた、と思うのも無理からぬことだろう。
住み慣れた場所というのは、それだけでホッとするところなのだ。
離れて見つめ直してみると其処の大切がよりわかる。
たった1日とはいえ、激戦を終えた真由美にとっては再度出発点を認識する場所としてこれ以上ないところだった。
「すいません。こっちから声を掛けたのに呼び出すような形になってしまって」
「ううん、真由美ちゃんが大変なのは知ってるからね。大学も今は忙しくないから、そんなに恐縮しなくて大丈夫だよ」
「そう言ってくださるとありがたいです」
真由美がわざわざ学園まで戻ってきた目的は何も自己の再確認だけではない。
きちんと別の目的が存在している。
それを果たすために必要な人物こそが彼女だった。
藤島紗希、先代の太陽の貴重な経験が必要になる。
「試合は見たわ。もう、遠距離では絶対に勝てそうにないかな」
「紗希さんはそういう事を言いますけど、本当は負けるつもりないんでしょう?」
「あら、あなたの中で私はどんな人間になっているのかしら」
朗らかに笑う紗希を前にして、真由美は懐かしい気持ちになっていた。
紗希の前では彼女も1人の後輩魔導師である。
きちんとしないといけないというプレッシャーもない。
いつまでも頭が上がらない人物を前にして、真由美は苦笑する。
きっと、世界戦に負けても彼女はいつも通り出迎えてくれるだろう。
――仮に、相手がアマテラスだったとしても。
紗希は笑顔で話は聞いてくれる。
精神的な助力はいくらでもしてくれた。
しかし、それ以上のラインは絶対に踏み込んでこない。
アマテラスのみに肩入れする訳ではないが、明確な差が他とは存在していた。
その事を少しだけ寂しく思うも後悔はない。
先輩なりの不器用な気遣いに感謝するだけである。
「それで、お話した件ですけど」
「ええ、可能だとは思うかな。フィーネさんの術式に干渉出来るのは、多分健輔君だけだろうけど魔力への干渉なら圭吾君でも可能よ」
「……なら、最低限はいけそうですね」
「ええ、頭の回転も悪くないし、後は度胸の問題だと思うけど」
「少し経験が足りないけど、なんとかしてくれると信じてます。そこだけは私にもどうにも出来ませんから」
対フィーネを見据えた場合経験者に話を聞くのが最適だった。
桜香以前は紗希が彼女の相手をしたのだ。
1年生の彼女と戦ったことがある人材として、これ以上の人は存在しないだろう。
成長、というのを間近で見たのだから基礎にある部分についてよく知っている。
「前もお話を聞きましたが、今年を見て感想はどうでしょうか」
「あまり変わらないわ。基本ラインは同じね。ただ……」
「ただ?」
「余裕、があるわね。去年はもう少し張りつめていたけど……。多分、チームが自分の意思で動くようになったからだと思うわ」
伝統の弊害の1つがノウハウを溜めこめる代わりにそこから外れたことをやり辛くなることにある。
フィーネほどの人物でも、下級生の立場で上級生に物を言うのは難しかっただろう。
あまりにも優れていた故に後輩からの受けは良いが、同級生や上級生からはあまり良い評判を聞かない事も多い。
桜香や、それこそ紗希のように上級生からの評判も良い方が珍しいとはいえフィーネが苦労していたのは間違いないはずだった。
しかし、今年においてはそれらの『枷』は存在しない。
心理的にも開放された『女神』。
強いのは当たり前だろう。
「なるほど……。忘れてはいけない要素ですね」
「精神的な環境が変わるだけで強さが倍近く変わる人もいるものね。フィーネさんがそうじゃない保証はないわ」
「注意します」
「ん、頑張って。今日はこれで戻るのよね?」
「はい。紗希さん、応援の方は?」
真由美の言葉に紗希は苦い表情を見せる。
紗希も応援には行きたいのだが、用事がない訳ではなかった。
残念そうな表情から、本人の無念さが伝ってくる。
「今日の試合はダメね。あなたたちの分には行くつもり」
「ありがとうございます!」
「頑張ってね。3日目が終われば、とりあえずは落ち着けるはずだから」
「はい、いろいろとお手数おかけしました」
真由美は頭を下げて、その場を後にする。
時間にしてたった1日だが、それでも1日だった。
やるべきことはたくさんある。
意識を切り替えた真由美は、振り返ることなく去っていく。
小さな、けれど立派になった後輩の背中を見て紗希は笑みを浮かべていた。
自分の後ろにいた者たちが、次々と立派に歩んでいくのを見るのは彼女にとっても嬉しいことである。
「健輔君と圭吾君も立派になったみたいね。あー、私ももうすぐ20才か。早いなー」
過ぎる時間の早さを思い、紗希もその場を後にする。
後輩の誰もが大好きで、頑張って欲しい。
彼女が今思うのは、それだけであった。
いつもより静かな感じがする学園。
人の数がそこまで減ったわけでもないのに、そんな気がするのは熱さが減っているからだろうか。
この時期、世界大会の時期になると彩夏は妙な寂しさを感じてしまう。
「感傷、というのでしょうか。私も歳を取りましたからね」
「そうね~。私たちも~20代は終わりに近いもの~」
「数字にすると現実感が増してダメージも倍ですよ」
彩夏は少しだけ非難するかのように里奈を見る。
視線の先にはいつも通りののんびりとした表情があった。
出会ってから既に10年以上になるが、多少落ち着いたぐらいで雰囲気が本当に変わらない友人である。
これで魔導師としても優れているのだから、人とは本当にわからないものだった。
「はぁ、それよりも大会の方ですが」
「う~ん、香奈子ちゃんは残念だったわ~」
「せめて下位の方で頑張って欲しいですが……。タイプ的にシューティングスターズが厳しいでしょうね」
「他の子も~頑張ってるんだけどね~。やっぱり~急激すぎる成長も~良し悪しね~」
教師として、教え子の成長は嬉しいがそれらが全て本人の為になっているかと問われれば彼女たちも答えることが出来ない。
特に香奈子はあまりにも急速に強くなってしまった。
チームと共に成長して、これが3年目の挑戦、というのならばヴァルキュリアに勝つことも不可能ではなかっただろう。
実際にそれを実践していたのは敵であるヴァルキュリアであり、結果として天空の焔の挑戦は終わりを告げてしまった。
努力は十分、人事も尽くしていた――足りなかったのはただ1つ、言うならば『運』である。
残酷だが、事実であるのも間違いなかった。
「残りは2チーム。アマテラスは左程心配はしてませんが」
「桜香ちゃんの~『アマテラス』って~調整が入ったのよね~」
「ええ、近接機能は部長が担当してましたよ。術式関係は別の企業なのでわかりませんけど」
「桜香ちゃんに~あった魔導機を1社じゃ作れなかったんだし~仕方ないんじゃないかしら~」
「この辺りは高位魔導師にとっても難点ですよね。やりすぎると装備で優遇されてるとか言われますし」
桜香だけでなくフィーネもそうだが、彼女たちの魔力量や後は術式を正常に動作させようと思うと専用機の中でもかなりの予算を掛けて制作をしないといけなくなる。
性能面でも飛び抜けているのは言うまでもないが、彼女たちに関してはそれぐらいでないと術式が暴発する可能性があるため、仕方がない面も大きかった。
それでも文句を言う輩と言うのは一定数存在するものであり、そういうのに対処するのも彩夏たちの仕事の1つなのだ。
「競技の公平性~っていうのはわかるけど~実力に見合わない武器を~持たせるわけにもいかないものね~」
「そこら辺を知っていて言ってるならいいんですけど、人間って見たい部分しか見ない生き物ですから」
溜息を吐いて、彩夏は首を回す。
彼女も魔導師のため肉体的な負荷とは基本的に縁がないのだが、ついこういう動作をしてしまう。
彩夏も効果などほとんどないとわかっているのだが、何故かついやってしまうのだった。
魔導師でも精神的な枷からはまだまだ逃れられていない。
「さてと、大会は大会でやることがありますが授業はきちんとしないといけませんからね」
「そろそろ~チームに入りたいっていう子も増えるでしょうしね~」
2人は授業の用意を持って立ち上がる。
世界大会という非日常の傍で、日常も恙なく進んでいく。
今はまだ、あの舞台を見上げるだけの者の中にも挑もうとする者が出てくるだろう。
変わらず見てきた光景の中、里奈たちは仕事をこなしていく。
かつて彼女たちも通り過ぎた道。
始まりがあれば、終わりもある。
その時のために、彼女たちは準備を進めておくのだ。
かつて、彼女たちがそうして貰ったように――。




