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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第239話

「さて、どうみる?」


 試合が終わり、一通りのデータ整理を終えて隆志たちクォークオブフェイトの首脳陣はミーティングを始める。

 議題は当然、次の試合――『ヴァルキュリア』との戦いについてだった。

 データだけでなく、彼らもよく知っている天空の焔との激突はいろいろな示唆を彼らに与えてくれている。

 その上で、クォークオブフェイトがどのように戦うのかを決めないといけない。


「当日の陣地だが……おそらく今日と同様の配置になるだろうな」

「向こうは遮蔽物が無い方が強いけど、こっちはあった方が無難でしょうね。真由美だけだと、相手が難しい感じがするわ」

「最初の頃はいつもメンバー。まあ、オーソドックスにいくつもりだったが和哉ダメだな。相性が悪い」

「同感だな。汎用型は健輔位しか使い道がないな」


 ヴァルキュリアの後衛の能力を改めて確認したことで、出場メンバーに1部変更が加わる。

 和哉は痒いところを埋めてくれる存在なのだが、次の試合では力不足が目立つという理由から外されることが決まった。

 ここで問題になるのは代わりに誰を入れるのか、ということである。

 クォークオブフェイトは優秀なチームだが、真由美という後衛の存在もあり、正統派な砲台魔導師が欠けていた。

 真由美が圧倒的なため、ここまで問題にはならなかったが、流石に世界戦と言うべきだろう。

 彼女でも力不足になる部分が出てきてしまった。


「カルラ・バルテルは葵で問題ない。イリーネ・アンゲラーも優香で良いだろう」

「女神、か。予定では健輔だったが」

「リタ・アーレンスを野放しにするのは危険だろう? 後衛が気付いたら壊滅、なんて展開もあり得る」

「真由美はレオナ・ブック。真希がエルフリーデ・ベーア。まあ、対応から考えればリタは砲撃型が相手をすべきよね」


 健輔の万能性を以って女神を抑えて、しかる後に全員で潰す。

 元々の作戦も極論としてはそんな感じだったが、相手の能力を確認すると後衛側で問題が出てきてしまった。

 どれも放っておくとマズイ、というのは既知だったが、ヴァルキュリアがあそこまで柔軟なチームだったのは予想外としか言えない。

 自分たちと似たようなチームだからこその作戦。

 そのまま実行するのが危険なのは直ぐにわかった。


「向こうは最終的に勝ちを拾えるならば、ある程度の犠牲はあっさりと許容する。要は女神とレオナだろう。ここを潰す必要がある」

「天空の焔と違って俺たちは最初から全力でぶつかる。となると、真由美もレオナと殴り合いか……」

「危ないわよね。固有化を発動してるならともかくとして」

「今回、シャドーモードはギリギリまで温存したい。女神対策にあれはいるだろう」


 考えれば考える程に悩むのは、決断するまでの楽しくも苦い時間だった。

 3人はあらゆるパターンを想定して、案を出していく。

 隆志が前衛として、加わるパターン。

 妃里が加わるパターンなども考えた結果、もっとも勝率が高いのはある人物が出た時だと結論が出る。


「……真由美にはこれで提出だな」

「あら、まだ早奈恵は納得出来てないみたいだけどいいの?」

「理性では正しいと判断しているんだがな。流石に、な」

「実力云々ではないからな。だが、必ず仕事は果たしくれるさ。覚悟がある。和哉も変わりに出るのがあいつならば納得してくれるだろう」

「晴れ舞台よね。頑張って貰わないと」


 最後に決断するのは真由美だが、3人は確信を抱いていた。

 この布陣でしかヴァルキュリアから勝利をもぎ取ることは出来ない。

 正当派の前衛である隆志たちがまったく役に立たない特異な戦場においては、彼のような一芸を極めようとするものが立ち向かえる。

 ある意味で皮肉な事だが、同時に頼もしい1年生たちと言えるだろう。

 欧州の頂点たるチームにクォークオブフェイトは下級生を中心として挑むのだ。


「女神を抑えるのは――高島圭吾。異存はないな」

「ええ」

「了解した」


 ここにかつての健輔を超える苦境に圭吾が投じられる事が決定した。

 彼が1対1で相対するのは欧州最強の魔導師にして世界ランク第3位。

 『元素の女神』――フィーネ・アルムスター。

 彼が焦がれる女性にも負けないレベルの女性を相手にして、彼の戦い方がどこまで通用するのか。

 圭吾にとっても1つの正念場がやってきたのだった。






 夕方となり、アリスだけでなく優香たちとも別れた健輔は1人で島を歩き回っていた。

 目的は特にない。

 試合について考える事はある程度終わり、残りは実践するしかないというところまでは詰めていた。

 気分転換以上にはならない気軽な散歩。

 当初の予定では間違いなくそうだったのだ。

 彼の背後を追いかけてくる相手がいなければ今でもそうだっただろう。


「なんで俺は追いかけられてるんだ……」


 無駄に高度な技術を使っての追跡。

 万能系の器用さを活かして調べてみると背後には見覚えのある黒髪。

 同時に信じられない人物でもあった。


「あの人は、何をしてるんだ……」


 健輔もまさか自分を追いかけている相手が彼女だとは夢にも思わなかった。

 何やら考え事をしているような表情をしていたので、しばらくウロウロしつつ反応を待ってみたのだが何も反応がない。

 健輔もいつまでも外をウロウロする訳にもいかないので、そろそろ潮時と言えば潮時だった。

 溜息を吐いて、念話を送る。


『……あの』

『はい!? ……あ、あの何でしょうか?』

『なんで後ろに付いてきてるんですかね?』

『えーと、ほ、方向が一緒だからです!』


 頭が良いはずなのにいきなり意味不明な事を言いだした美しい黒髪の女性。

 優香に良く似た容姿を健輔が見間違えるはずもない。

 ずっと付いてきていたのに、それは無理があるだろうと思ったが健輔にもツッコまないだけの優しさはあった。

 正面から話すのは本当に久しぶりだが、こんなにポンコツな人だったかと一瞬だが誰かの変装などを疑う。

 もしくはドッキリでも仕掛けられてるのかと思ったが、健輔を嵌める意味がわからないので流石にそれはないと判断する。

 桜香が自分の意思でついて来たのだろうと認めるしかなかった。


『……宿舎の方向、違いますよね?』

『そ、その! ゆ、優香に会おうと思って』

『は、はあ……だったら連絡しましょうか?』

『い、いえ、そのビックリさせたいので黙っていてくれると……』


 嘘を吐くなら最後まで頑張って欲しかった。

 恥ずかしそうに言うセリフは中々の破壊力があったが、言っている事の意味はさっぱりわからない。

 健輔としてはもう少しお姉さん然とした人だったはずと首を傾げるしかなかった。

 まさか桜香が健輔を見つけてなんとなく付いてきてたら、突然の質問がやってきて混乱しているのが真実とはわからない。

 健輔は必死に桜香の目的について考える。

 しかし、真実はその程度なのだから答えが出てくるはずがなかった。

 衝動的な行動であり、意味などそこにはないのだ。


『とりあえず、どこかに入ります?』

『あっ、えーと、その……お願いします』


 念話で了解の意を受け取り、健輔は後ろに歩き出す。

 合流して顔を直接確認した時に茹蛸のような顔を見て、健輔は桜香と優香の血縁を確信した。


「それじゃあ、行きますか」

「う、うん……」


 微妙に意気消沈している桜香を連れて、その場を歩き出す。

 とりあえずは落ち着ける場所に行くのが先決だろう。

 健輔は陽炎に命じて適当な喫茶店を探させるのだった。


「ご、ごめんなさい。その、話したい事が少しだけあって」

「いえ、気にしてないのでそんなに謝らなくていいですよ」


 落ち着ける場所に来て、ようやくマシになったのか桜香の雰囲気が前に接したものと同じようになる。

 ずっとあのままだったら、健輔の胃に穴が開いていた可能性もあった。

 

「……」

「……あの」

「なっ、何かな?」

「え、いや……」

「あっ、そうだよね……うん」


 健輔は心の中で訂正を加える。

 この人、まったく落ち着いていない。

 正面上だけは普段通りなのが逆にやり辛い。

 チラチラとこちらの様子を窺っている感じといい、無駄なところで優香とそっくりだった。

 偶に突拍子のない行動で健輔の胃を痛めつける部分まで似ているとは完全に想定外である。

 魔導競技とはまったく関係ない部分で健輔が戦慄していると、おずおずと桜香がようやく本題を口にしてくれた。


「実はね。少し聞いておきたいことがあったから」

「はあ、優香の事ですかね?」

「うん、それも、入る感じかな」


 どこか口調に違和感を感じるのは何故なのだろう。

 無理をしているのとは違うが、背伸びをしている感じがする。

 もっとも、ここでツッコむほど健輔は野暮ではないし何よりもアホではなかった。

 わざわざ見えている地雷を踏むような趣味はもうないのである。

 表情とは異なるノリツッコミを心の中で繰り広げるという無駄に高度な分割思考を駆使している傍で桜香は真剣な表情を見せていた。

 

「じゃあ、1つ。優香が試合で使った術式だけど」

「……ああ、なるほど、問題点に心当たりがあるわけですか」

「ええ……似たような術式を使っているからね」


 最初からそれを言ってくれればよかったのに、と口には出さないが感想として抱く。

 わざわざ健輔を訪ねてきた理由にも納得出来る。

 『オーバーリミット・エヴォリューション』は優香に圧倒的な力を与える反面、いろいろと問題点も多い。

 敵としてもよりも、姉として気になるのだろう。

 似たような能力を使っているのならば猶の事であった。

 ここで健輔は少しだけ、意地の悪い問いかけをしてみる。

 胃を痛めつけられた恨み、という訳ではないが相棒としては血縁でも問うておくべきことだった。


「心配なのはわかりますが、桜香さんはまだ敵でしょう? 切り札の詳細について教えれると思いますか」

「……そう、それはそうね。でも、あなたなら教えてくれると思うわ」

「へー、理由を聞いても?」

「そうした方が優香のためになる。違うかしら?」


 自信ありげな桜香の表情に両手を上げて降参を示す。

 より完成した優香は目の前にいる人物なのだ。

 こちらの札を晒す危険性よりも、向こうから貰う情報の方が価値がある。

 そのように断言出来る程度には、九条桜香という魔導師を健輔は知っていた。

 下手な小細工、しかも裏ワザになりそうなものなどこの女性には必要はない。

 ヴァルキュリアの女神のように、自信を持って行動すれば大抵の事は達成出来てしまうのだ。


「そっちは後でお話します」

「ありがとう。多分、優香に直接言っても聞いてくれないだろうから」

「ああ、それはそうですよね」


 嫋やかな外見に騙されていけない。

 優香もまた魔導師の1人であり、負けず嫌いなのだ。

 打倒桜香を目標に掲げている以上、いくら心配されての事とはいえ結果的にパワーアップに繋がってしまうのだから、素直に受け取ってくれるかは微妙だろう。

 桜香の気遣いもなんとなくだが理解出来る。


「それで、もう1つというのは?」

「うん、それはね。えーと、少しだけ恥ずかしいけど、やっておくべきかなと思って。フィーネさんは強いし、先には『皇帝』もいるから」


 赤い頬は桜香が照れていることを示している。

 優香に関して心配していたのは事実なのだろうが、本命はこちらのようだった。

 健輔は何かあったかと記憶を探ってみるが、当然ながら該当するものはない。

 負けた経験が多いから気付かないかもしれないが、本来負けるという行為は印象に残るものだ。

 それが大事なものであれば、当たり前だろうし、桜香のように数が少ないならば猶のことである。

 だからこそ、意を決した桜香から放たれた言葉は意外であったし、同時になんとも言えない気分にさせてくれるものだった。

 桜香は大きく深呼吸をして、その美しい瞳を真っ直ぐに健輔へ向ける。


「――決勝で待ってるわ。そこで、国内大会の雪辱を晴らします」

「え、は、はい……」

「ごめんね、大袈裟な感じで。でも、これだけはやっておかないとって思ったから」


 そういうと桜香は伝票を持って、立ち上がる。

 机の上には一応頼んでおいたコーヒーが2つ。

 女性に払わせるつもりはなかったが、先ほどの発言と合わせて完全に虚を突かれてしまう。

 立ち上がる桜香の行動を見送ることしか出来ない。


「え、え、いや、払いますよ」

「いいの、一応私がお姉さんだから。じゃあ、優香の事はお願い。データは送っておいたから。次の試合、頑張って」

「は、はい、そちらこそ、明日頑張ってください」


 颯爽と去っていく桜香を混乱したまま健輔は見送る。

 今更ながら、国内大会で与えた敗北の意味を知った。

 勝利は人を成長させないが、敗北は成長させる。

 上に伸びていく『不滅の太陽』――その脅威を健輔はもっと真剣に捉えるべきだったのだ。

 

「甘かったかな……、はっ、これは気を引き締めないとな」


 頬を叩いて気合を入れ直す。

 少し余裕染みた態度が増えていた。

 己の分を改めて見つめ直す。

 制御出来たらよいな、ではない。

 シャドーモードを完全に制御しないといけないのだ。

 まだ先の話だが、決勝戦で待っていると宣言した女性に応えるためにももっと強くならないといけない。

 試合の終わり、1日の最後に出会った太陽によって健輔は再び覚悟を固める。

 挑むのは常に上、その心を改めて確認したのだった。


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