第238話
風で弾き飛ばされたのを利用して、香奈子はフィーネから距離を取る。
フィーネと比べれば経験は浅いが、香奈子も既にエースとしてそれなりの戦いを超えてきた。
国内大会の激闘は彼女を大きく成長させている。
だからこそ、この展開に陥った時にクラウディアの運命を悟ってしまう。
「ん……クラウは、ダメ」
口に出すのも辛い事実だが、恐らくクラウディアは勝てない。
直感に過ぎないが、彼女はそのように感じてしまった。
レオナ・ブック。
僅かに対峙しただけだが、経験などでクラウディアを圧倒しているのは間違いないだろう。
同じ後衛だからこそわかる脅威というものがある。
フィーネの存在により目立たないがヴァルキュリアのもう1つの柱だと確信を持っていた。
クラウディアを信じてはいるが、リーダーとして希望的観測にすがる訳にはいかない。
どのようにクラウディアを出し抜くのかまではわからないが撃墜されると考えた方が自然だった。
「だったら、私が倒さないと」
欧州最強を倒す。
所詮は国内第3位のチームのエースであり、その上1年程度の戦闘経験しか持たぬ魔導師が大きな口を叩くと本人も思っていた。
相手――フィーネ・アルムスターは此処に至るまで本気を見せていない。
手を抜いているのではなくて、初めからこの辺りを着地点に決めていたのだろう。
流れを掴んだと思ったところからの3人撃墜など、今思えばあまりにもタイミングが良すぎる。
把握していたのを泳がせていた。
そう言われた方が自然に感じるほど、完璧な主導権の持っていき方であろう。
「やはり、土台が違う……」
撃破したのは間違いなく香奈子たちの力だが、過程についてはそこまで気にしていないのが行動の端々に読み取れる。
最終的に残ったのが3人だろうが、1人だろうが勝てば結果は勝利となるのだ。
拘る方がおかしい、と変わらぬ笑顔で言われそうである。
「……負けない」
香奈子の闘志に火が灯る。
フィーネが、正確にはヴァルキュリア側が狙っているのはなるべく手札を隠した状態での勝利なのは間違いないだろう。
イリーネやカルラ、後はレオナなどが相応に力を見せているから勘違いしてしまいそうになるが、肝心のフィーネがほとんど力を見せていない。
最初の脅し、後は只管に格闘戦で魔導師としての本領は先ほど僅かに覗かせたぐらいである。
桜香に対する対抗策などが欠片も見えてこない。
第2試合、いや第3試合、第4試合を睨んで隠せるところを隠しているのだ。
作戦上、チームリーダーとして選んだ選択に理解は出来る。
しかし、納得は欠片も出来ない。
力に欠けるそう言われても共に来てくれたメンバーを香奈子は愛しているのだから。
仲間を舐められて、負ける訳にはいかなかった。
「皆の、戦いを」
ヴァルキュリアに刻みつけないといけない。
向こう側にとってはある程度予定通りであっても、まだ試合は行われていて結果は出ていないのだ。
最後まで、挑み続ける限り勝利の芽は残り続ける。
魔導機を握る手に力を入れて、香奈子は向かってくるフィーネに意識を集中させていく。
彼女はスロースターターであり、同時に責任感が強かった。
最大のパフォーマンスを発揮するのは今をおいて他にはない。
「カタストロフィ、バーストモード。ここで、ありったけを」
『了解。バーストモード発動します』
足りないものは他所から持ってくる。
香奈子をクラウディアが研究していたように、香奈子もクラウディアを研究していた。
時間制限付の大幅なパワーアップはクラウディアだけの専売特許ではない。
今は香奈子にも扱えるものだった。
チーム内、それもエース同士が協力し合って生まれた術式。
魔力は捧げられたヴァルキュリアのものと、撃墜された3名が溜めてくれたものだ。
チームの力を以って、欧州最強をその座から引き摺り下ろす。
「私たちの焔は、まだ消えてない」
荒れ狂う黒いオーラを攻撃的に光らせて、香奈子は女神を狙い撃つ。
真由美を凌駕すると称された圧倒的な攻撃力が真実、フィーネに牙を剥く時が来た。
フィーネは香奈子の戦意の高まり、向いてくる闘志の強さを感じて笑う。
仲間が全て落ちて、残ったのは自分1人で戦う相手は世界ランク第3位。
普通ならば心が圧し折れる状況で前を向ける魔導師はそれだけで貴重だろう。
世界大会に出てくるチームのリーダーにして、エースとして相応しい心構えである。
「心は良し。でも、実力はどうでしょうか」
放たれる黒い光。
遠慮など欠片も存在しない全力攻撃を受けて、フィーネの表情は何も変わらない。
彼女の防御を打ち破るには、香奈子には手段が足りないのだ。
戦法の根幹が力押しである以上、それが出来ないフィーネに不利になるのは至極当然のことだった。
世界の最上位で3年間戦った女傑は伊達ではない。
放たれる攻撃を全て防ぎつつ、フィーネは前進する。
破壊系の力は確かに魔力に対して効果が高いが、彼女は女神――自然を操るのだ。
彼女が操る手段をなんとかしないと突破は不可能である。
「見えた」
後退しながらの攻撃では速度は出せない。
放たれる攻撃を防ぎ、黒い光に恐れも見せず愚直にフィーネは進む。
決して揺るがないその姿を見て、敵――香奈子も覚悟を決めた。
後退が止まり、香奈子はフィーネに向かってくる。
交差する2人。
タイプは違えど、チームを背負うリーダー同士。
その背にはリーダー以外にはわからない責務が乗っている。
「ここで前にくるとは、お見事!」
「上から言わないで」
フィーネの槍を魔導機で受ける。
香奈子は攻撃の重さに呻き声を上げた。
槍型の魔導機を片手で操る身体能力など、地味で見えづらいところがかなりパワーアップしている。
桜香とも戦ったからこそ、よくわかった。
確実にこの格闘戦能力の強化は彼女を想定している。
「まだ」
「この距離で砲撃! 自爆でもするつもりですか!!」
「違う、勝つために必要!」
接触している距離での砲撃は香奈子にもダメージがいく。
ライフは残り僅か、残っている人数を考えれば可能な限りダメージは減らさないといけない。
しかし、欧州最強の魔導師がその程度で落とせるだろうか。
香奈子にはとてもじゃないが、そうは思えなかった。
後を考えていて勝てる相手ではない。
かつての桜香を健輔が打倒した時のように、試合の勝敗を捨てるだけの覚悟がなければ勝てないだろう。
「穿て!」
「その程度ッ!」
バーストモードによって大きく威力が上昇した砲撃がフィーネの重力障壁と接触する。
一瞬だが不動の女神に浮かんだ焦り。
香奈子はそれを見逃さない。
「やはり、完全ではない」
「っ、目敏い」
破壊系は魔力に対しては無敵に近い。
それすらも防ぐ重力障壁。
香奈子はその原理が気になっていた。
魔力還元化は固有化でも対処困難な上に空間展開にも対抗できる。
空間に満ちる魔力すらも無力化することで、相手の戦力を削ぎ落とせるからだ。
フィーネが規格外とはいえ、魔導師の定義からは外れていない。
何かしらの手段を用いて対抗している可能性は高かった。
問題はどのように、と言う部分である。
防御能力さえ突き崩せれば、香奈子の攻撃力ならばまだチャンスがあるのだ。
そして、今その一端を掴むことに成功した。
フィーネの魔力を無効化される事への対策は簡単である。
浸透系と創造系の合わせ技だ。
「魔力を内に、現象を外に。そうすれば干渉出来ない」
「……見破ったところで、私の防御は突破出来ないですよ!」
「ううん、いける。今の私ならば!」
フィーネがやっている事は簡単である。
通常は満遍なく影響を齎すはずの魔力を、1つの方向に偏らせただけだった。
イリーネが敵陣で転移を行ったのと原理は似ている。
風ならな魔力を核にして、周囲に風を纏う。
これで魔力還元化の影響を受けることなく防御を可能としていたのだ。
対抗策は1つ。
重力障壁はエネルギー系には強いが物理攻撃には通常の障壁よりも劣る。
無理矢理でも魔導機を侵入させてしまえば、普通に攻撃が可能だった。
魔力を全力でブーストして、黒い破滅は女神に突撃を行う。
「後衛が、前衛に組み付こうとして、上手くいくとでも!!」
「上手くいかせる!」
一瞬、0距離での砲撃が上手くいけば香奈子は勝てる。
バーストモードで上昇した能力がそれを後押しした。
日本が誇る最強の砲台――『破壊の黒王』赤木香奈子。
彼女の全身全霊を賭けた突撃を前に、流石のフィーネも表情が歪む。
余裕がない訳ではない。
この程度のピンチはいくつも乗り越えているが、必ず勝つという気迫を前にしてフィーネも覚悟を決める事を強要されている。
「最後まで上手くいかない! 今年は面倒そうですね!!」
白銀の魔力が放出されて、フィーネの身体能力が大きく向上する。
クラウディアや香奈子に限らず、時間制限付の能力向上は割とポピュラーな能力だ。
使いどころを誤らなければ強力な武器となる。
より完全な上位の形態もあるが、使用出来るような状況ではない。
手軽な強化でここを凌ぐ必要がある。
激しい空中戦、近づこうとする香奈子と離れようとするフィーネ。
「魔力還元、私の魔力に干渉しますかっ!」
「ここで、ありったけをッ!」
バーストモードによって大規模に噴出された魔力がフィーネの身体を包み込む。
白銀の光が押し返そうとするが、触れた端から魔力が分解されてしまう。
破壊系の特性を最大限に押し出した技。
香奈子の特攻染みた突撃はフィーネから余裕を削ぎ落とす。
「このまま、だと」
0距離で砲撃を喰らう可能性がある。
それは彼女の撃墜を意味していた。
まだレオナが残っているが、後を託すには戦況が荒れすぎている。
ここでフィーネは香奈子を凌ぐ必要があった。
「――テンペスト、術式展開『ヴァルハラ』」
『承認――展開します』
故にここで切り札の1つが姿を見せる。
フィーネ・アルムスターの空間展開――破壊の極致に匹敵する創造の奥の手がここで姿を現した。
香奈子は極限の集中力に至っていた。
だからこそ、フィーネが行動に移った時これが最後のチャンスだと認識出来たのだ。
「これを凌げば」
切り札の展開は凌げば逆転のチャンスにもなる。
破壊系の究極たる『魔力還元』があれば、直ぐに撃墜されることはない。
しかし、現実は彼女の予想を超える。
『元素の女神』――フィーネの真実の一端、彼女の本質に触れることになるのだった。
「えっ」
香奈子が驚いたのは、空間が展開された瞬間に何も見えなくなったことである。
先ほどまであったはずの景色が消えて、彼女は何もない暗闇に取り残されていた。
最初にしたのはバックスに連絡を取ること、次に魔力による干渉を疑うこと、最後に――これがフィーネの攻撃としてされた事を考えること。
瞬時の3つの思考の元、行動を開始する。
そして、そのどれもが空振りに終わるのだった。
「そんなっ、どうして……!?」
念話が繋がらにないのではなく存在していない。
急にバックス陣地が消滅したかのような事態に香奈子は戦慄を隠せなかった。
同時に魔力の干渉も一切存在しないことが確認出来ている。
ならば、最後フィーネの攻撃だが香奈子には攻撃方法がまったく思いつかなかった。
光の操作による視界の攪乱なら魔力を視認して散らせば良い。
しかし、何も見えないというのは、世界がそのようになっているとしか考えられなかった。
「世界、まさか」
フィーネの空間展開、より言うならば自然操作の本質を悟り香奈子は声を上げる。
仮にそうだとしたら、地の利だけは絶対にフィーネから勝ち取れない。
「そこまでですよ。――そこがあなたの終着点です」
「あ――」
「これを使う事になったのは予想外でした。だから、これは敬意です」
頭上から掛かった声に従い上を見る。
一目でわかる巨大な魔導陣。
戦術魔導陣に匹敵する大規模術式がそこには展開されていた。
個人の持つ攻撃能力としては破格の性能を誇るだろう術式。
それが香奈子という個人に向けて放たれようとしていた。
呆然自失の状態でも、体は自然と迎撃に動く。
放たれる黒い光、破滅の攻撃は魔導陣に届くことなく黒い穴に吸い込まれていった。
その術式を香奈子は知っている。
「ディメンションカウンター……」
「レオナ、やりなさい」
「発動、『ジャッジメント・レイ』」
いつの間にそこに居たのか、香奈子にもわからない。
自在に空間を入れ替えるようなその戦い方、香奈子はフィーネが隠していたものを悟り寂しそうに微笑んだ。
攻撃は奇しくもクラウディアと同じような天から攻撃。
裁きの光『ジャッジメント・レイ』を受けて香奈子のライフは0へと向かう。
全てを絞り尽くして立ち向かい、女神には届かなかった。
心に浮かぶのは共に来てくれた仲間たち。
そして、3年間只管に進んできた日々と託された約束だった。
明星のかけらとの約束に応えられなかった無念。
過る思いがありすぎて、言葉は1つしか出てこなかった。
「ごめん、なさい」
――言葉と共に香奈子は光へ飲まれていく。
世界大会第2試合。
ヴァルキュリア対天空の焔はヴァルキュリアの勝利で幕を降ろしたのだった。
「クラウ……」
優香の悲しそうな声が部屋に響く。
この場にいるもの全員が善戦空しく敗北した天空の焔の事を思っていた。
アリスもまた、例外ではない。
むしろ、この中でもっとも天空の焔に共感できるのは彼女だろう。
同情を見せることはないが憂いのある表情が内心を表していた。
そんな中、健輔は殊更明るく言葉を発する。
可哀相、などというのは戦っていたどちらのチームに対しても侮辱でしかないだろう。
全霊を掛けて戦い、そして敗北したのだ。
結末がなんであれ、それだけは真実だった。
「……ま、これで相手は決まったな。それにヴァルキュリアがデータよりもヤバイというのがよくわかった」
「そうだね。……1年生はともかくとして、残りはかなり危ない人たちみたいだね」
「ああ、あそこまで徹底してると困るな」
「……あのさ。そこ2人が何に納得してるのかはしらないけど、わかるように話してくれる? 私、戦闘魔導師じゃないからね」
美咲の言葉に健輔はモニターを睨みながら答える。
この試合で天空の焔はヴァルキュリアと良い戦いをした。
表面上は少なくともそうだろう。
女神――フィーネの今年の実力がわからなかったという事を除けば。
最後の最後、香奈子が引き出した空間展開らしきものすら、徹底して秘匿している。
モニターから見てわかったのは、魔力が大規模に展開された事、香奈子の位置を転移で入れ替えた事。
最後にレオナの術式を一瞬で展開したこと、それだけである。
どんな効果があるのか、具体的な事は何もわからなかった。
「……それって」
「結局、切り札は隠しきってる。天空の焔の実力不足とかじゃなくて、相手が1枚上手だったな。最後まで自分と言う札を綺麗に使ってた」
「事前のイメージだと力押しがメインな感じだったけど……」
「まあ、印象操作だろうな。あの前衛の1年はそんな感じだけど、他は違う」
カルラ、イリーネが知っているのかはわからないが、確実にフィーネたちは狙っていただろう。
ド派手な戦い方、自信のある振る舞い。
一見すると力押しの名門、策謀などには向かないように見えて芸が細かいのが見て取れる。
クラウとの戦いであった不自然な近接戦闘の様子などから考えても額面通りに捉えてよい相手ではない。
健輔は警戒レベルを一気に上げる。
力だけならばなんとか出来たが、上手く使われるとあっさりと潰されかねない。
この様子だと健輔に好き勝手やらせてくれる相手ではないだろう。
「……いいね。面白くなってきた」
「いつも通りね」
「うん、平常運転だ。最近はこうじゃないと安心出来ないよ」
「バトルジャンキーね。優香、あなたもこうならないように注意しなさい」
「えっ……その、かっこいいと思うんですけど」
好き勝手言ってくれる外野をスルーして、健輔は思考に没頭する。
クラウディアと戦えない事に寂しい思いはあるが、それに囚われる事はない。
彼女は全力を尽くしたのだ。
笑顔で讃えれば良い、仮に辛気臭い顔など見せたらそれこそ縁を切られるだろう。
彼女に――天空の焔に報いたいならヴァルキュリアの敗北をプレゼントすれば良いのだ。
そのためにも、女神だけでなく敵チームを攻略する方法を考える必要があった。
「あれだけの戦いだ、万事が思惑通りってわけでもないだろう」
香奈子が最後の最後に引き出してくれた術式――『ヴァルハラ』。
健輔はあそこで何が起こったのか、どんな能力なのか想像が出来ていた。
クラウディアたちが引き出してくれなければ、初見で対応する危険性があったのだ。
天空の焔の奮闘は無駄ではない。
この試合で得られたデータは全て次の戦いに活かして見せる。
健輔は陽炎に命じて、フィーネの戦闘を纏めておく。
次の試合は2日後。
まだ時間はあるのだ。
存分に悩めばよいのである。
それに健輔にはある確信があった。
誰かが聞いたら笑ってしまうかもしれない妄想。
仮に女神の能力が想像通りのものだとしたら、クォークオブフェイトで勝てるのは健輔しかいない。
そんな確信があったのだ。
「……俺が、あんたを倒す。絶対に」
画面の中で優雅に手を振る女神に宣戦を布告する。
誰も知らない小さな誓いを最後にAブロックの試合は終わりを迎えた。
明日からはBブロックの試合となる。
2回戦を前にして、健輔の戦う理由が増えていく。
挑むは欧州最強――玉座奪取を狙う女神を天から落とすために知恵を絞る。
影たる魔導師は光源たる女神をどのように攻略するのだろうか。
圧倒的な強さを前にしても闘志は微塵も衰えない。
誓いを胸に、そして友人の無念を晴らすため健輔は静かに決意するのだった。




