第237話
戦場に残るのは2対3と拮抗した数。
天空の焔エース2名と女神を前衛としたヴァルキュリアの3名。
消耗しているのは天空の焔だがまだ余裕はあった。
理想とは幾分異なる状況だが、それでもチームを背負う2人が残ったのは大きい。
時間制限があるクラウディアとは違い、集中してきた香奈子は撃墜3名を含めて絶好調だった。
「ん、前をお願い」
「了解です!」
合流してから、速やかにフォーメーションを組む。
ほのかには劣るがクラウディアとの連携も十分な錬度を持っている。
対するヴァルキュリアもフィーネが前に出てきた。
「レオナ」
『わかってます。クラウディアですね? そちらは』
「ええ、香奈子はきちんと相手をするわ」
フィーネは槍を回転させてから魔力を高めていく。
風だけでなく、数多の鎧が彼女の身を守る。
しかし、安心感はない。
破壊の黒王は突破してくる。
フィーネには確信があった。
「魔力還元、なるほど強いわね」
習得が破壊系を極めるという高すぎる壁があるが、空間展開などの最上位の技に負けていない。
今までで目覚めた魔導師がほとんどいないため、空間展開と違って対応策もあまり考えられていないのも痛かった。
純魔力系の防御が危険なぐらいしか判断基準が存在しない。
「……桜香対策を使うには良いかしら」
香奈子が前衛2人を落とす可能性は考慮していたが、現実化すると脅威を感じずにはいられない。
相性の悪さがここに来て逆転するのは、あまり良い兆候ではなかった。
フィーネの勘は油断すると、流れを持っていかれる事を読み取る。
想定した中では大体3番目辺りの悪い流れだった。
「レオナ、クラウディアを牽制して。そのまま、速度差を保って戦闘に入るわ」
『了解。攻撃開始します』
言葉と共に一条の光がクラウディアに向かって放たれる。
攻撃自体は障壁で完全に防御されたが代わりに僅かとはいえ身動きを取れない。
普通は隙とは言えないほどの僅かな時間を見逃すことなく、フィーネは一気に香奈子へと迫った。
「また会いましたね。随分な変りように驚きました!」
「ん、倒すよ」
フィーネは接近して改めて香奈子の表情を観察する。
仲間の撃墜が火を点けてしまったのか。
雑念が感じられない見事な姿勢でフィーネを待ち構えている。
チャージされる黒い光。
エースクラスすらも容易く屠る1撃を前にして、フィーネは突撃を選んだ。
彼女は女神――欧州最強の魔導師。
敵を恐れる理由など存在してはいない、ならない。
「発動」
『フィールド展開』
展開される暗闇の結界――重力障壁が光の進行を阻む。
昨年の戦いでフィーネは桜香の魔導吸収に狼狽してしまい敗れてしまった。
その反省から精神修養と、純魔力以外の防御手段を構築したのだ。
より多彩になった自然操作や創造は副産物である。
中でも最大の成果たる重力系の操作は攻撃に使用することは禁止されたが、自分や物にかけること、後は防御にも制限が掛かっていない。
破壊系とはいえ、空間の影響は受ける。
重力操作自体は魔力で行っているものだが、直接砲撃に干渉しなければ魔力還元も起きない。
浸透系を用いて、本物の風を核にして防ぐのとやっている事は同じだった。
1部空間の重力を操作して、空間を捻じ曲げる。
僅かでも軌道が変わってしまえば、砲撃を避けることは容易い。
「っ、これぐらいで、終われない!」
「貰いますよ!」
攻撃を超えて迫ってくるフィーネを香奈子は迎撃する。
ショートバスターでの牽制、魔弾での反撃。
クォークオブフェイト戦でハンナやアリスが見せた攻撃だが、絶対の防御力を持つフィーネは気にせず直進してくる。
「障壁、全開!」
「押し切らせていただきますッ!」
風で速度を後押しした1撃が香奈子の障壁に接触する。
足を止めているため、本来ならばチャンスなのだが攻撃の最中にも展開されている重力結界がそれを許さない。
全てが高い能力で纏まった万能型の魔導師。
香奈子のような特化型が、相手の得意なフィールドで止めるのは難しい。
「ま、まだっ!!」
「――ここで、砲撃を選びますか。見事な敢闘精神です」
「発射ッ!」
障壁をぶち抜くように放たれる攻撃。
相手を香奈子の魔力で飲み込んでしまえば、重力障壁も無効化が可能だ。
どれほど強かろうと怯む理由などなかった。
しかし、フィーネもまた普通の魔導師ではない。
防御を放棄しての攻撃に即応して、物理障壁を展開する。
水、土、火、風の4属性の防壁で僅かに時間を稼いで即座に離脱。
そのまま背後に迫っていたクラウディアに槍を一閃する。
「っ、気付いていたの!」
「当然です。周囲を見るのはリーダーの役目ですよ」
「私もいる、忘れないで」
「忘れてないですよ!」
フィーネは魔導機を向ける香奈子と雷撃を放つクラウディアに笑みを向ける。
2名の連携は見事であり、称賛の念しか湧いてこない。
だからこそ、このまま相手をするつもりはもうなかった。
クラウディアの挑発に乗って試合を運んだのも、最後にはフィーネが状況を操作できるからである。
「風よ、我が前に立ち塞がる壁となれ」
槍型の魔導機を回転されて僅かな風を起こす。
動作としては簡単なそれ、香奈子とクラウディアには何が起こったかもわからない些細な動作を以って、この試合の運命は決まってしまった。
優しい風は数秒も経たない内に竜巻へと成長して、フィーネを挟んでいた2人を弾き飛ばしてしまう。
強制的な戦場の分割。
加えて、体勢が崩れたところを見逃すヴァルキュリアたちではない。
クラウディアにレオナとエルフリーデが、香奈子にフィーネがそれぞれ追撃を仕掛ける。
分断された戦場。
不利だとわかっていても香奈子とクラウディアは戦いに応ずるしかない。
天空の焔が組み上げた最後の策はフィーネの、本当に些細な動作で砕け散る。
女神は揺るがない、その微笑みを曇らせない限りヴァルキュリアに敗北はないのであった。
弾き飛ばされた状態のクラウディアが最初に行った事は、全身を覆う結界を張る事だった。
フィーネが追撃してこないと言う事は、戦う相手は必然として限られる。
彼女たちの攻撃方法から考えれば、このままの状態は非常に不味かった。
「トール!」
『全域結界』
行動自体は何も問題ない。
しかし、残念な事に速度が足りなかった。
咄嗟に結界を張ろうとするも――光の速度には敵わない。
複数の光線がクラウディアの身体に突き刺さる。
削られるライフ、間に合わなかった事に表情を歪めるも直ぐに精神を冷却した。
風の1撃を防げただけマシだっただろう。
まだ半分もライフが残っている、と己を誤魔化す事で怒りを鎮めるのだ。
「ぐっ!」
『ライフ、残り50%。マスター気を付けてください』
「わかってるッ!」
攻撃はなんとか防げたが、フィーネの嵐はまだ止んではいない。
ライトニング・フィールドを塗り替えるような規模の展開に流石のクラウディアも言葉を失う。
フィーネの攻撃規模が大きいと知ってはいても、ここまで大きいのを見たのは始めてだった。
明らかに1個人が起こすような事象ではない。
仮にこの規模の台風が来たら、と考えるとぞっとする規模である。
驚きと――恐怖に支配されそうになる心。
「違う、そんな場合じゃない。香奈子さん……」
頭を振って、冷静になるが状況的に出来る事が少ない。
助けに行きたいが、進路を阻む嵐の障壁と2人の後衛。
特に、今の状態ではエルフリーデの攻撃を防ぐのが困難になる。
ピンチ、分断されて相性の悪い相手との戦いを強要されるのはそれ以外の言葉が当てはまらないだろう。
「……信じるしかないよね」
香奈子は大丈夫だと信じてここはクラウディアだけ勝つしかない。
残しておいた最後の魔力を注ぎ込みクラウディアは切り札を展開する。
本当はフィーネとの戦いに残しておきたかったが、ここで出し惜しみをすれば負けるのはクラウディアだった。
「術式展開『ライトニングモード・ジェネシス』」
『了解、展開します』
溢れ出る魔力は黄色だが、穏やかな色合いをしていた。
偶然なのか、それとも狙ったのか。
奇しくも状態は優香の『オーバーリミット・エヴォリューション』と似ている。
確保しておいた魔力を使い切る最後の切り札。
魔導機に示されたカウントは3分。
最速で決着を付ける必要があった。
「2人の場所は……そこね」
大幅に上昇した能力による魔力探知がフィーネの魔力で荒れ狂う中でも、レオナたちの居場所を教えてくれる。
魔導機を構えて、クラウディアは笑った。
何でも出来そうな感覚、練習の時も感じた万能感に高揚する。
「行くよ、トール」
『マスターの命ずるままに』
体を覆う雷光は防御を兼ねているだけではない。
スフィアからさらにもう1つ進んだ形態が此処に顕現する。
「術式展開『オーラガード』!」
『発動します』
香奈子の破壊系の魔力による防御から生み出したクラウディアの新しい攻防の形。
魔力が身を覆うような状態へ移行して、中に電気を迸らせる。
準備は出来た。
残りの時間で決着を付けるために、最速でクラウディアは移動を開始するのであった。
「来たわよ」
「わかってる」
レオナはエルフリーデへ簡潔に返答する。
クラウディアの様子が変貌している事はわかっていたが、彼女たちに焦りはない。
最後の切り札、相手には正真正銘何も残っていないだろう。
この時点で2人の役割は半ば終わっている。
後は少しでも長く生き残ればよかった。
「術式展開『リフレクトミラー』」
魔導機に命じて、光で出来たレンズがクラウディアの進路上を埋め尽くす。
殺し間というものがあるが、それをこの短時間で生成したのだ。
彼女が撃墜王と呼ばれた所以でもある。
あらゆる角度からやってくる光速の魔弾。
防ぐ方法は全身を障壁、結界の類で覆うしかない。
攻撃力が僅かに不足しているのが、唯一の弱点だからそれは正しい対処法だった。
無論、この殺し間では時間を稼ぐ程度の意味しかないが、僅かでも時間を稼げるならば意味はあるだろう。
「撃ち抜く!」
放たれる光速の攻撃、1発、2発と数を増すにつれて対処はより困難になっていく。
物理的に発射後で避ける事が不可能な1撃は展開されたレンズ間を移動するたびに威力も軌道も読めなくなる。
欧州でも猛威を振るった攻撃を前にして、1年生のエースは何も出来ない――はずがなかった。
ノータイム、戸惑う様子すらも見せずに直進したままクラウディアは死の回廊に突入する。
レオナだけでなく、エルフリーデすらも正気を疑う光景だったが次の瞬間にそれは別の驚きへと変わっていた。
「嘘!」
「私の攻撃を吸収している!?」
レーザーが着弾した瞬間に黄色のオーラに融け込むように消えてしまったのだ。
慌てて放たれるエルフリーデの攻撃。
風の1撃だったが、こちらも同じように消えてしまう。
不可解な現象、事前調査にはない能力を前にして2人は速やかに別行動に移った。
クラウディアの目の前で2人は反対の方向へ逃走を開始する。
そして、それはクラウディアにとって、もっともされたくなかった事だった。
「待ちなさい!」
「それで待つ人はいないわよ」
挑発するかのように僅かに立ち止まるエルフリーデを追撃する。
「っ、このっ!」
挑発するかのようにエルフリーデから放たれる風の弾丸を弾き飛ばしてクラウディアは雷撃を放つ。
物質化しており、固有化した魔力は容易くエルフリーデの障壁を焼き払った。
直撃する攻撃、しかし、不敵な笑みは崩れない。
「風の防壁!」
「あら、良いのかしら貴重な時間が無駄になるわよ」
「減らず口を!」
クラウディアの雷撃を防げても近接戦闘ではエルフリーデは相手にならない。
一気に距離を詰めて斬撃を幾重にも交差させて、風の暗殺者を仕留める。
「良しッ!」
何故自信満々に近接戦を望んだのかわからない程、あっさりと敵は撃墜された。
これで人数的には互角。
後はレオナを仕留めるだけ、と多少落ち着いた時、クラウディアは妙に空が明るい事に気付いた。
天空の焔の陣はフィーネの力で雨になったり、『ライトニング・フィールド』が展開されてからは晴れなのに雷が降り注いだりと大変なことになっている。
今もフィーネによって起こされた嵐によって、空は暗雲に遮られているはずだった。
青空が見えるような状況では断じてない。
「空が、蒼い……どうして――」
急激な変化にクラウディアは足を止めた。
輝く太陽の光に目を奪われたのかもしれない。
しかし、それは彼女に対しては悪手だったとしか言えないだろう。
「術式発動『ソーラーアロー』」
どこからか聞こえた声。
クラウディアは反射的に魔力を全開にして防御態勢に入った。
最速、最高の防御状態へ移行。
反応出来たのが奇跡であり、防御出来たのは偶然だった。
「結界展開――『オーラバースト』!」
「ここで間に合わせますか! 流石ですね。イリーネよりも戦の機微には聡そうです!」
上空に向かって放たれる黄色の魔力。
変換すらも間に合わないと判断したクラウディアの決断だった。
撃墜されることも見越した状態で、必ずレオナを連れて行くための半ば自爆に近い術式。
放たれる魔力が光の裁きとぶつかり合う。
「ぐっ、しぶとい!」
「負けないッ!」
準備が万端だったレオナと準備不足のクラウディア。
言うまでもなく優勢なのはレオナだった。
しかし、クラウディアの全力が徐々に光を押し返す。
「これでッ!」
最大規模の攻撃を気合で跳ね返して、クラウディアは閃光の如くレオナに迫る。
消耗した状態でも今ならばまだクラウディアに勝機があった。
レオナに何もさせないための最速の行動。
選択には何も間違いはなく、これ以外に選べる道はなかっただろう。
だからこそ――この状況に、分断された事自体が終わりの始まりだったと気付いた時にはもう、遅かったのだ。
「なっ――」
「再照射――『ソーラーアロー』!!」
圧倒的な術式展開速度。
攻撃力、防御力でクラウディアが優っていても、速度だけは絶対に勝てない。
『光輝の殲滅者』――最大の特徴がここで致命の1撃をクラウディアに命中させる。
それが彼女――レオナ・ブックには致命傷になってしまう。
「ま、まだ――」
「2度目は、させないッ!」
光に飲まれながらも、魔力を解放してクラウディアは再び抵抗を続けた。
良く防げた。
僅かな時間であってもそれは偉業だっただろう。
障壁に罅が入り、徐々に広がっていく。
ただ耐える事だけを考えて、クラウディアは力を振り絞る。
決死の抵抗は素晴らしかった。
だからこそ、レオナは一切の容赦をしない。
「第3射――発射!」
「――あ」
容赦のない第3撃がクラウディアを終わらせるべく放たれる。
無慈悲な天から1撃は抵抗の意思を身体ごと圧し折ってしまう。
1度目を耐えれた奇跡も数段構えの態勢を前にして意味をなさない。
順当な終わり――しかし、それでも諦めないのがクラウディア・ブルームという少女だった。
「ま、まだ耐えるの!」
レオナの額に汗が浮かぶ。
これほどの規模の術式、いくら彼女の属性が光と言えども連射には限界がある。
冷静沈着、動揺を見せなかった影の柱がここで初めて隙を見せた。
一瞬の気の緩み――それをずっと待っていたのだ。
「発動――『黄昏の閃光』!」
「『シュトラール』!」
『攪乱空間展開』
優香の『蒼い閃光』に匹敵する輝きがレオナの攻撃ごと彼女を飲み込む。
雷と魔力の入り混じった1撃。
まだまだ不完全な術式だったが、今のクラウディアには最大の火力だった。
「はぁっ……はっ……」
撃墜を確認する余裕もなくただ息を吐く。
少しずつ下がる高度は既に体力を消耗し尽くした証だった。
「なんとか――」
言葉を発しようとしたクラウディアの胸に光の槍が突き刺さる。
クラウディアは転送陣の輝きに包まれる。
「えっ」
「悪いけど、私も負けられないの」
光から満身創痍の状態でレオナは言い放った。
執念では、自分も負けたはいないのだ、と。
「香奈子さん、ごめんなさ――」
僅かな差、最後の余力の違いによりクラウディア・ブルームは敗北する。
天空の焔は――残り1名。
最後の希望は香奈子に託された。
『破壊の黒王』――赤木香奈子。
『元素の女神』――フィーネ・アルムスター。
フィーネに勝てば、消耗したレオナに彼女は勝てる。
細い、細い勝機ではあるが0ではなかった。
そこに賭けるしかないのである。
風で飛ばされた果て、最後の1人となった事で香奈子の集中が極限まで高められていく。
試合時間は残り15分。
両チームのリーダー対決を以って、試合は終焉を告げるであった。




