第23話
学園の練習フィールドで健輔と優香は人を待っていた。
夏休みに入り、閑散とした校内と違いグラウンドはまだ学生で溢れている。
チームで練習を行う、個人技能を磨きあげる、ただ遊びに来ているなど理由は異なれど誰もが魔導に触れ合いに来ているのだ。
同じく夏休み中の彼らがここに来た目的は練習のためではなく、来るべき戦いに備えて、新しい武器を受け取るためだった。
「は~い、お待たせしましたですよ~。いろいろと~遅れてごめんなさいね~」
緩い空気を身に纏い、健輔たちの元へやってくる1人の女性。
ほんわかした空気、間延びした口調、しかし見た目は仕事のできる女。
健輔の担任教師――大山里奈が同僚で親友である笹山彩夏と共にやってきた。
両者ともにケースのようなものを抱えている。
ケースの中に入っているもの、それこそが健輔たちがここに来た理由だった。
興奮した様子が傍からも見てとれる健輔、それを微笑ましいといった感じで隣で見ている優香。
双方、理由と様子は異なるが楽しみにしていたのは間違いない。
そんな教え子の様子をニコニコした顔で大山里奈は見詰めている。
「ごめんね~、遅くなっちゃて~特に優香ちゃんは~本当にごめんなさい」
「試合前には届けられると言った手前で、結果的に大嘘になってしまい申し訳なかったです」
2人の挨拶はそんな謝罪から始まった。健輔のものは当初の予定から夏に食い込むことが確定していたが、優香のものは初戦前には届いている予定だったからである。
パーツの納品や設計に時間が掛ったため結果として、遅れてしまったことが原因だった。
仮に優香が初戦で試作とはいえ専用機を装備していたら、試合の結果はもう少し安定していたかもしれない。
「お気になさらないで下さい。それに武具の強さを誇るよりも自分の力で強くなりたいと思っています」
「役に立つし、かっこいいとは思いますけど頼り切るつもりもありませんよ」
教師たちの心配や謝罪を関係ないと笑い飛ばす教え子。
里奈は力強く宣言する生徒に柔らかい笑顔を向ける。
初戦の相手だったチーム『黎明』やこれから戦うであろう『アマテラス』含めて、生徒たちの戦いは激化していくだろう。
彼らが持てる全てを出し切ることができるように手伝うこと、それが教師の役目だと里奈は信じている。
だから、このように強く羽ばたいてくれるのは冥利に尽きるというべきだった。
「……そうですか~、安心しましたよ~。ではでは~2人とも問題ないみたいですし~登録を始めましょう~」
「2人ともケースを開けていただいてもいいですか?」
2人は彩夏の指示に従いケースを開ける。
健輔のケースには長い棒状のもの、優香の方には日本刀に見立てた魔導機がそれぞれ収められていた。
2人は手を伸ばしてケースから魔導機を取りだす。
「魔力を流して登録してくださいね~。いつもと~同じ感じで大丈夫ですよ~」
「魔導機の起動ワードは、初期状態ですから『起動』になっています」
「了解です、『起動』」
「『起動』」
魔力を伴った起動宣言と共に内部機構が稼働を始める。
ここに自身の魔力回路から生成した魔力を流すことで登録は完了するのだった。
本当はここからややこしいセキュリティの設定などもあるのだが、今回の起動テストには関係ないため、後で行う。
『起動を確認しました、名前をお願いします』
「え? 名前? へ? か、考えてない」
「登録ネーム『雪風』、よろしくお願いします」
唐突に名前を求められてうろたえる健輔を尻目に優香は準備を進めて行く。
名前を名付け、魔力を通して魔導機は魔導師の杖として完成する。
優香側の準備が終わったのを確認した彩夏が次の指示を出した。
「九条さんの準備はいいみたいですね? では、『展開』をお願いします。量産品はここまでですが、専用機はもう1段階あるんですよ」
「わかりました、『雪風』、『展開』」
『了解しました』
眩い光が放たれ、収まった時にはいつものユニフォーム姿の優香がいた。
違う部分といえば、手に持っている魔導機だろう。
基本形は日本刀形態から変わっていないが先程までは身につけていなかった腕輪と周囲に自律稼働している小型の物体が現れていた。
「展開が終わったみたいですね。では、九条さんの『雪風』の機能について説明させていただきます。基本的な部分は前の量産品と変わりませんから省かせてもらいますね。『雪風』の設計で盛り込んだことは3つです。1つ目は術式制御力の上昇、展開された腕輪に良く使う術式を保存、使用傾向などから魔力の節約を自動で行ってくれます。単純な補助としても使えるようになってますから、そこはご自由にどうぞ」
「2つ目は~火力補助で~す。魔導機の駆動系に~特殊な術式を刻んでるので~魔力を保存して~必要な時に~ブーストできるように~なってま~す。これで~優香ちゃんの系統の~弱点をある程度埋めれると思います~」
「最後に3つ目です。最後に展開されたドローンは障壁補助に特化したものです。つまり、防御力の補助ですね。試作機では基本的に九条さんの弱点を補う形で設計させていただきました。お気に召していただけるといいんですが」
2人の教師が優香の新たなる刃について説明を行ってくれる。
弱点を補い、優香の望む限りなく万能に近い状態へと持っていく。
これが『雪風』の設計思想だった。
「ありがとうございます。これで、いろいろとやれることが増えそうです」
そう言って優香は綺麗な角度で頭を下げる。
「お気になさらないでください。基本はこのまま行く予定ですが、これから収集できたデータによっては変わることもあります。しっくりこない部分などがあったらご連絡ください」
「はい、お世話になります。そ、その……け、健輔さん? 大丈夫ですか?」
隣でぶつぶつ呟きながら唸っている健輔に優香は遠慮がちに声を掛けた。
しかし、何かに集中している健輔は反応しない。
そんな様子を見かねた里奈は、顔を輝かせると気配を消しながら健輔の背後に忍び寄り、
「佐藤く~ん、ちょっといいかしら~」
と背中から抱きつきながら、耳元に話し掛けたのだった。
「ふぁ、ふぁいい!?」
突然の柔らかい感触と、声に驚いた健輔が慌てて背後に振り返る。
そこには笑顔の担任教師が至近距離で存在している訳であって、事態の急変に脳が付いていけずに、勢いよく里奈を振りほどくのだった。
「ちょ、え? 何?」
「優香ちゃんが~呼んでますよ~気づいてあげてください~」
ようやく状況認識が追いついてきた健輔は里奈に抗議しようとするも、ニコニコ笑顔の人に何を言ったところで効果は無いと諦めた。
それよりも優香の武装を展開した姿に今気付いたのだろう、目を輝かせる。
「おお、すげぇ! 優香のやつ、かっこいいな! 俺も早く起動したい……」
「佐藤君は名前が決まらないようですから、先に起動を済ませてしまいましょう。テストモードがありますから、名前は本格的に使う時に名付けてあげてください」
「え、は、はい!」
「じゃあ、ちょっと貸してくださいね~」
里奈は健輔から起動状態で待機していた魔導機を受け取る。
「U-002Xテストモードで再起動」
『再起動を実行します』
「は~い、これで大丈夫ですよ~。後は佐藤君の魔力を流して~『展開』って言ってあげてください~」
そう言って里奈は健輔に魔導機を渡す。
少し緊張を表しながら、健輔は魔力回路を隆起させる。
「て、『展開』!」
『受諾しました、武装を展開します』
展開方法は優香と変わらず、閃光が収まると似たような姿をした健輔が現れる。
違う部分は腕輪が優香は1つだったのに対して健輔は左右に1つずつ装備していることと魔導機は棒状のまま変化はなく、シンプルな形のままな点そして、防御の補助がないところだった。
「じゃあ~佐藤君の奴の方の説明をしますね~。盛り込んだ機能は2つで~1つ目は優香ちゃんと同じ~術式制御の向上です~。正直なところ~ここに殆どのキャパシティを裂いてます~理由はわかりますか~?」
「基礎能力の向上ですか? 少ない負担で系統を使えるようになれば、その分同時に行使できるものが増えますから」
「正解で~す、2つ目の機能もこれと関係しているんですが~その魔導機は~特殊な術式を刻んでるので~使用する系統に合わせた姿に形を変えるようにできてます~」
「コンセプトは簡単です。万能系はデータが少ないので基礎力を向上させる形で組みました。データが集まって佐藤君のスタイルが出来上がってきたらそれに合わせて変えれるように九条さんのようなスタイル補強型とは違う形にさせてもらいました」
説明を聞きながらも健輔は自分の専用部武装に意識を集中させる。
基礎力。つまり、優香のような苦手を埋める形ではないため、1番重要な術式制動に全力を向けているのだろう。
それは健輔が考えていたスタイルの方向性と一致している。
おそらく、この2人はそこまで考えて設計してくれたのだろう。
嬉しそうに笑っている里奈と彩夏に深々と健輔はお辞儀をした。
「ありがとうございました!」
慣らしをやりに行くと優香と健輔はその場を後にする。
弾んだ様子の生徒たちを見て、彩夏は懐かしい気持ちになっていた。
「若いっていいですね」
「急にどうしたの~? 彩夏ちゃんも若いじゃない~」
「私たち同じ年でしょうに。……ちょっとね、私も昔はあんな感じだったのかなと思っただけですよ」
不思議そうな顔をしている親友に苦笑を返す。
今よりもまだまだ魔導の知名度が低かった時に自分は、隣にいる彼女と出会い戦ったのだ。
それはとても大切な思い出であり、今の自分を形作ったものである。
そんな姿と生徒たちが重なったからか、ついすごく年を取ったように感じたのだ、と親友に語った。
「あら~そんなことを~感じたの~?」
「里奈はないの? もうすぐ、30だと思うと急に年取ったような気がするわ」
「私は~それよりも~あの子たちが~ちゃんと~飛んでいけるかの方が~心配で~考えたことなかったわ~」
彩夏は大きく溜息を吐いて、
「本当にあなたは教師の鑑ですね」
と親友に零したのだった。
新しい武装の調子を確かめようとフィールドにやってくると、すごく見覚えがある人物がいた。
完全武装でこちらをニンマリしながら見ている先輩――藤田葵である。
直ぐ傍には同じように捕獲されたのだろう。
健輔の幼馴染、高島圭吾と優香の友人、丸山美咲がいた。
「なあ、優香」
「はい、健輔さん」
「これってもしかしなくても、葵先輩が相手になる感じのやつかな?」
「では、ないでしょうか? 『新しいおもちゃの試運転に付き合うわよ』といった感じの笑みをしておられます」
諦めたように健輔は肩を落としてご機嫌な先輩のもとに向かう。
優香はそんな相方の背中を少し遅れて追いかけるのだった。
「おそーい、こっちが気を利かせて模擬戦の準備してるんだから早くきなさいよ」
「……はは、ですよねー。葵さん、これってどんなルールでやるんですか?」
健輔の返答にさらに上機嫌になった葵は嬉しそうに語り出す。
どんどん調子を上げていく先輩にいやな予感を覚える。
そう、これはまるであの時の焼き回しのような感じだ。
似たような性格の人と模擬戦をしたときと同じ展開のような気がする、と額に汗を浮かべながら次の言葉を待った。
「アメリカに行く前に確認しときたいらしいから、私と真由美さんで1年4人の相手をすることになったわ! 健輔もやる気満々みたいだし、ちょうどいいわよね? 春からどれだけ強くなったか、直接確かめさせてもらうから、覚悟しておきなさい!」
勘弁してください、という言葉を飲み込む。
毎度のことながら理屈がきっちり通ってるあたり、本当にやりづらい先輩たちである。
自分としても新しい力を試したいという欲求はある。
だが、何も即日でなくてもよくないかとも思うのだ。
目下のところ最大の問題である、新武装の名前について悩みながらも健輔は戦闘準備を始めるのだった。
『葵のやつが説明を忘れてたようだが、今回のルールは基本ルールではない、もちろん大会準拠ものではあるがな。今日ははフラッグ戦のルールで行う。秋に向けての他のルールでの戦闘にも慣れておく必要があるからな』
早奈恵の声が念話で伝わってくる。
フラッグ戦――攻撃と防御に別れて、攻撃側は防御側のフラッグを占拠すれば勝利という形式のルールである。
基本は通常戦と同じであるが、攻撃側は相手側の陣での交代が禁止されていたりと細かい部分で差異がある。
今回は人数バランスが4対2のため、そこまで深く考えずにフラッグの占拠を狙えばいい。
『準備ができたら私に伝えてくれ。ああ、真由美たちの方は作戦などないだろうから、早く位置についておけよ』
念話で約2名から抗議が入るがあっさりと遮断した早奈恵は1年組みと作戦会議を始めた。
『あの実力はある厄介なアホ2人に対する作戦は大丈夫か? はっきりというが葵と組んだ真由美はやばいぞ』
「葵さんは私が相手をします。おそらくフラッグを守れる範囲には真由美さんがいらっしゃるでしょうから、そちらは健輔さんと圭吾君でお相手する形になるかと」
『……ふむ、なるほど健輔たちでフラッグ狙いというわけか?』
「はい、フラッグの占拠方法は3つ、まず敵を全滅させること、これは地力で劣るこちらには条件が厳しいため、今回は狙えたら程度のものです。2つ目が指定された範囲に入って一定時間存在すること、これもジリ貧になる可能性が高いです」
『最後に相手の旗を自陣に持ち帰ること、これが1番狙いやすいパターンだな。了解した、いい試合になりそうだ』
早奈恵は優香の自信の籠った言葉に何か思うところがあったのか、否定もせず念話を切った。
健輔たちもこのやり取りを聞いていたが特に異論はなかった。
自信はあっても過信などしてはいなかった。
今回、確実に1番きついのは健輔たちなのだから。
『それでは、双方準備はいいみたいだな? では、試合開始!』
開始の号令が掛り、優香は雄々しく空を征く。
その影に隠れて、健輔たちは決死の覚悟で魔王が待つダンジョンへと忍び込む準備を始めるのだった。




