第230話
フィーネという前衛と後衛どちらでも最強クラスの魔導師を除けば、ヴァルキュリアの後衛で最も対処し難いのは彼女――レオナ・ブックとなる。
変換系属性『光』。
基本的な攻撃方法は俗に言うレーザー攻撃だが、姿の幻惑や光学探知など他にもいろいろと器用な事が出来る。
魔力が物質化したもののため、大気による減衰もほぼしない上射程は半端なく長い。
おまけとばかりに彼女の属性は照準においても役に立つ効果を備えていた。
探知術式と合わせた光学照準術式は極めて高い精度を持っている。
イメージ的には衛星に監視されているのを想像すれば良いだろう。
光という属性をあらゆる部分で活用する魔導師――それがレオナだった。
「見つけた。数は6名。リーダーは黒い魔力を纏っている。でも、光学探知に少しブレがありますね。もしかしたら、ダミーの可能性があるかも」
「あら、あなたへの対策もしてあるみたいね。雷光――クラウディアはしっかりと仕事をこなしているみたいで感心だわ」
フィーネの表情から余裕は消えない。
侮るのではなく、冷静に、かつ多面的に敵を正確に評価しているのだ。
多少小細工をして、埋まるような差ではない。
それをまず向こうに理解させる必要がある。
「仕掛けます」
「お願い」
言葉少なくレオナは許可を求め、フィーネはそれに応える。
放たれた光は数秒もしない内に正確に敵を射抜く。
遥か彼方で舞う粉塵を、直接直ぐ傍で見ているかのようにフィーネたちは目撃していた。
光を操ると言う事は視界を捻じ曲げる事も不可能ではない。
変換系の使い手たちは全員が連携することで恐ろしい力を発揮するのだ。
「……来ますわね」
「あら、それは重畳」
天空の焔から放たれる黒い咆哮。
破壊の力が敵を粉砕せんと唸りを上げて幾つも放たれる。
先の試合のハンナ・キャンベルには劣るがそれでも十分な数が存在する魔力での迎撃が困難な砲撃群。
日本では桜香以外に止めれなかった攻撃を前にして、フィーネは甘い微笑みをみせる。
「風よ」
手を翳して一言。
それだけで黒い虚光は見えない壁にでも当たったのか消滅してしまう。
後続の攻撃、全てで見られる類似の現象。
破壊系による攻撃のため、魔力による防御が困難なはずなのにあっさりと対応して見せた。
これが――世界ランク第3位『元素の女神』フィーネ・アルムスターである。
九条桜香に匹敵、部分では凌駕する格と力を存分に見せつけていた。
ゆったりとした所作には戦闘中でも気品がある。
強さと美しさ、そして触れていけないものを見たように感じさせる1つの恐怖。
微笑みがここまで怖い女性はそうはいないだろう。
「リタ、エル、やりなさい。その後に私たちがいきます。レオナはいつも通りでお願いね」
「わかりましたよー」
「お任せあれ」
仲間に指示を出して、フィーネは含み笑いをする。
初戦の相手として、天空の焔は実に不足のない相手だった。
彼女が望んでいる全てを満たしていると言えるだろう。
簡単に止めてみせたが、あれが牽制である事をフィーネは直感で見抜いていた。
何を企んでいるかまではわからないが、極めて冷静に行動している。
防がれるのも何かの確認のためではないか。
「似ているわね……。クォークオブフェイトを意識してるのかしら?」
序盤の探りなどに共通点を見出す。
天空の焔は新興チームではないが、伝統のあるチームという訳でもない。
中途半端というと聞こえは悪いかもしれないが、ポジション的には中間地点に位置するチームだろう。
そのため、似たような事をしてくるのは不思議な事ではない。
シューティングスターズと違ってヴァルキュリアは乱戦でも強いが、向こうもそれぐらいは承知の上だろう。
「うん、ちょっとわからないかな」
頭の片隅で考察は続けるが、おそらくその時にならないと答えは出ない。
フィーネは笑みを抑えきれなかった。
彼女はハンターではなく傾向としては戦士なのだ。
獲物を待っている訳ではなく強敵を望んでいる。
天空の焔はその点、不足はないようだった。
「気概と実力、どちらもある。あなたたちを戦士と認めて、全力でやりましょうか」
そうでなければ失礼だ。
フィーネは探知から隠す形である魔導の発動準備に入る。
敵の驚く様を瞼の裏に思い描いて、美しい笑顔を浮かべるのだった。
「来ます。皆さん、警戒を」
『わかったわ。皆、いいわね!』
『了解!』
前衛5名の指揮を執るクラウディアは高まる戦意に警告を発する。
地に伏せた彼女の周囲は先ほどのフィーネの攻撃で泥濘んでいた。
魔導による保護を身体機能の維持のみに集中させているため、水が滴る頬が艶めかしく妙な色気を感じさせる。
服も年齢にしては豊かなボディラインを強調するかのようにピッタリと張り付いていた。
それらの外的要因を無視して、クラウディアは機会を窺い続ける。
現在のヴァルキュリアの基本戦術はクラウディアが知っているものから、大きく変わっていないだろう事は想像出来ていた。
ホイホイと変えるようなものではないし、知っていたとしても対処が難しいため問題は少ないからだ。
彼女が知らない後衛についても、応援団から集めた情報があるため予想は容易い。
フィーネによる炙り出しが上手くいかなかったのだから、次は方法を変えてくるのはわかっていたことだった。
「そろそろ……」
ヴァルキュリア側が光学探知の妨害を行わないのは防御に自信があるからだろう。
抜けるものなら抜いてみろ、と挑発しているのだ。
クラウディアは割と気が短い方だが、ここまでわかりやすい挑発に乗るほど馬鹿ではない。
怒りは力になるが対処を誤らせる事もある。
感情は制御できないと戦闘では意味がなかった。
荒ぶる心を落ち着けて、冷静さを保ちながら待っているとついに敵が動き出す。
「リタ・アーレンス。……狙いは!」
相手は『地』属性の魔導師。
物質化した岩石で何をするかのかなど、容易く想像が出来る。
手に装着するタイプの珍しい魔導機を翳して、ニヤリと笑うのが強化された視界に届いた。
次の瞬間、天空の焔の陣地に大量の岩石が降り注ぐ。
その恐怖は先ほどの雷雲などにも優るだろう。
単純故に対処が難しいというタイプの基本形だった。
「っ……、皆さん、耐えてください!」
『わかってる! あなたも頑張って』
「ほのかさん、そちらも!」
サンドバック状態、殴られ放題だが世界大会の大きな試合会場を全てカバー出来るような魔導師はそれこそフィーネぐらいしか流石のヴァルキュリアにもいない。
リタの投石攻撃とて、当たらなければどうと言う事はなかった。
無論、ただ耐え続ける事による精神的な疲弊はあるが、来る時のための我慢だと思えば耐えられないような苦痛ではない。
来る時まで今は怒りを溜めるのだ。
爆発させるのはそこまで先の話ではないのだ。
「見てなさい、必ず後悔させてあげるわ」
唇を噛み切って、血が流れてしまうがクラウディアは気にする素振りも見せなかった。
敵が今の自分たちよりも強いのは認めている。
しかし、敗北するつもりなど欠片もないのだ。
少しでも差を埋めるためならば、どれほど惨めでも構わない。
クラウディアや香奈子だけでなくチーム全員にそれだけの覚悟があった。
いや、むしろそれだけの覚悟がなければ欧州最強に一太刀入れる事すらも困難なのだ。
だから、今はただ耐え忍ぶ。
殴り合いに応じるのは、自陣でなければならない。
敵に勝利するための、大前提がそこなのだから、足を踏み入れて貰わないといけないのだった。
「その時こそ……」
雷光も黒王もただその時を待って、力を溜め続ける。
この試合に様子見など存在しない。
敵が来た時こそ、そのまま試合が決着する瞬間なのだから。
静かで地味な戦い、しかし、重要な戦いはゆっくりと進行していた。
「なんていうか、地味ね」
部屋に響くアリスの言葉。
率直すぎて虚飾がないのはアメリカ人らしいと言うのか、聞く者によってはバカにされたように感じるだろう。
この部屋にそんなバカはいなかったが、美咲などは僅かに眉を顰めていた。
正しいが、時に正しいだけではいけないのが世の中の難しさである。
健輔は諌めるようにアリスに話しかけた。
「直球すぎるぞ。駆け引きだって事くらいはわかるだろう?」
「え? ああ、そういう事。ごめんなさい、印象を言っただけなのよ」
「わかってるよ。実際に地味だしな」
構図の差こそあるが、結局のところやっている事はクォークオブフェイトやシューティングスターズと同じである。
私たちはこのように戦いたい、というのを押し付け合っているのだ。
ヴァルキュリアはこんなところで激しい近接戦をして能力を晒したくない。
逆に天空の焔は近接戦に持ち込みたい、ただし自陣で、と注文を付けているのだ。
早い話、どちらかが折れるか、要求を取り下げる事が必要なのだが、終了時間まで粘られるのも困りものだった。
最後の5分で攻勢を仕掛けられて、そこで総ダメージで負ければ敗退である。
リスクなどを天秤に賭けて、ヴァルキュリアが決断するのにそこまで時間はかからないだろう。
「天空の焔側にヴァルキュリアを引き摺り込むような札はないってことがこれでバレたけどな。もしかしたら、隠しているだけかもしれないが」
「そこは作戦だからね。戦術は結果論も多いからなんとも言えないんじゃないかな」
圭吾の言葉に頷いておく。
天空の焔が弱いとは微塵も思わないが、ヴァルキュリアに優っているとも思えなかった。
ここに人材で勝とうと思えば、日本のオールスターを揃える必要がある。
それだけの人材は強みであるし、戦略としては正しい。
「クラウディアさんも御辛いでしょうね」
「あれがそんな殊勝な奴かよ。今頃、腸煮えくり返ってると思うぞ」
「あら、雷光ってそんな感じの奴なんだ」
「負けず嫌いだと思うよ、俺に負けないくらいには」
楚々とした所作も見受けられるがあれは教育によるものであり、本質的には健輔と同じタイプだろうと健輔は勝手に判断している。
勝ちたいし、そのために努力するという姿勢は健輔にも好ましかった。
ドンドンと強くなられてしまい、危機感も半端ないのだがそこは男の見栄で隠している。
「しかし、らしくないというか。性格の悪さが垣間見えるというか」
「ん? 健輔は天空の焔の狙いに気が付いているの?」
「あ? いや、そんな事はないけど、どうしてそう思ったんだ?」
「あなたのさっきの言い方がそんな感じだったからよ」
「ああ……いや、この作戦というかやり方に見覚えがあっただけだよ」
アリスの疑問に苦笑で答える。
知った風に語るのは、健輔が試合で身に付けたハッタリなのだが、日常生活にも影響を与えているようだった。
心のメモ帳に改善点として、記載しておく。
常に偉そうなやつなぞ、無駄に敵を作るだけである。
今は疲労しているから仕方ないと自分を誤魔化しておく。
そんな事を思っている間にも、アリスは目ざとく健輔の言葉から引っ掛かるワードを似き出していた。
「見覚え?」
「ああ、まあ、これは武雄さんの作戦だろうさ」
「武雄? 有名なの」
「日本ではな」
賢者連合の名は世界に知れ渡るほどのものではない。
武雄も強いが地味な類のため、アリスが知らないのも無理のないことだった。
詳しい説明をするのはめんどくさかったため、簡単に概略のみを答える。
霧島武雄が如何にめんどくさい魔導師なのか、ということをだ。
「……その人の作戦なの? この普通で地味なのが」
「ああ、普通で地味だからヤバイな。あの人、面白くなるなら博打の1つや2つくらいは教え込むだろうしな」
「香奈子さんとか、クラウディアさんは素直そうだから簡単に信じそうだよね」
「流石に世界戦、しかも自分のチームじゃないところに無断で仕込みとかはないだろうから、クラウたちが選んだんだろうが……」
「めんどくさい事にはなる、そういう事よね?」
アリスの問いに満面の笑みを返す。
納得したのか、それともあまり呆れたのかはわからないが、アリスは溜息を吐いてから画面に視線を戻した。
健輔も同じように試合の方へ意識を移す。
既に試合が始まって20分になるが、未だにヴァルキュリアが撃ちまくっているだけの試合。
そろそろ選手側も焦れてくるだろう。
特にヴァルキュリアは戦況はイーブンから変わっていないのに、気分的には押しまくっているような勘違いをしているに違いない。
いくら女神が優れた魔導師で指揮官だと言っても、制御するのには限界があるだろう。
これで僅かにでも交戦していたら、もう少し話は違ったのだが、攻撃を止めたのは女神しかおらず、天空の焔の危険度を体感出来ていない。
言葉で説得できるかは五分五分だった。
女神が力ずくで抑えるならば、このまま撃ち合いが続いていく可能性もないわけではないが、おそらくあり得ないだろう。
「あれで、結構お茶目な感じらしいし、あえて誘いに乗ってくるかな」
挑戦者としての意識ならば乗らないだろうが、今はまだ王者の気分だろう。
天空の焔が送った招待状に積極的になる可能性は高い。
「さてさて、どんな仕掛けがあるやら」
「地の利を味方に付ければ、なんとか出来るそんなレベルの話ではなさそうですね」
「ああ、まあ、クラウが乗るくらいには実用的な作戦だろうさ」
「ふふ、ですね」
健輔が優香と話している間にも画面では動きが出始める。
明らかに高揚した様子を見せるヴァルキュリアの1年生前衛陣。
女神の楽しそうな笑顔を見て、健輔は確信を抱く。
「攻めるぞ」
「はい。戦意が高まっていますね」
その数秒後、3名は姿を消した。
転送陣による転移、おそらく前線まで一気に行くのだろう。
健輔は僅かに身を乗り出して、試合に神経を集中させる。
天空の焔の戦術、仕掛けているだろう罠、そして今の実力。
ヴァルキュリアの前衛の真価と女神の強さ。
様々なデータを集めるのにとても良い機会だった。
見逃すわけにはいかない。
楽しそうな健輔を優香が微笑んで見守る中、試合は次の局面へと移る。
本格的な攻勢、最初に天空の焔と交戦を開始したのは、『烈火の侵略者』の名を持つ魔導師だった。
ついに始まる格闘戦。
国内大会とは違う動きを見せる天空の焔。
応戦しない天空の焔を粉砕せんとするヴァルキュリアによって、戦いが次の局面へと移り変わるのだった。




