第229話
『解説の立夏さん、もうすぐ第2試合が始まりますが、どのような試合になると予想しますか?』
『そう、ですね。まずは戦闘フィールドですが、遮蔽物がなく、ひらけた感じのフィールドになっていますが――』
「立夏さんが仕事をしてるな」
「結構わかりやすいって評判みたいだよ。感覚派の魔導師じゃなくて、理論派だしね」
健輔と圭吾の部屋に集まった5人は思い思いの様相で試合を見守る。
設定された戦闘フィールドは香奈子たち――天空の焔側が森林及び砂浜フィールド。
ヴァルキュリア側は海上フィールドだった。
見覚えのある光景から試合会場がどこなのかをなんとなくだが察する。
「この構成見た覚えがあるな」
「多分だけど、合宿の時のでしょうね。まあ、妥当な感じかしら?」
開けた海上フィールドはヴァルキュリアの尋常じゃない攻撃力が存分に活かせる。
逆に天空の焔側は複数の要素が組み合わさる事で、チームとしての実力を高める意図があるのだろう。
誰が設定したのかはわからないが、両チームの特徴を良く捉えていた。
「……少し、天空の焔側が贔屓されてる感じがするわね」
アリスが少しだけ剣呑な表情で呟いた。
耳ざとく言葉を拾った健輔は、アリスの見解に同意を示す。
香奈子の砲撃能力を考慮に入れれば、身を守れない海上フィールドは些か不利だろう。
ヴァルキュリアも力を発揮出来るが、天空の焔も発揮出来るようになっている。
対して、天空の焔側の陣地は別にヴァルキュリア側の戦力に帰依しない。
贔屓という言い方は別に過言でもなんでもなかった。
「まあ、それぐらいしないと差が埋まらないって考えてるんじゃないか? こういう微調整は上にいくほどなくなるらしいじゃないか」
「ええ、お姉ちゃんも似たような事を言っていたけど……。私はあんまり好きじゃないの。ごめんなさい、雰囲気を悪くして」
「うん? 別に気にしないでいいさ。なあ、圭吾」
「そうだね。……いや、健輔は本当にすごいよ」
「い、いきなりなんだよ」
心底感心したというような圭吾の表情に健輔は訝しげに問う。
このような意味深な動作は呆れているのだと、健輔も最近気付いてきていた。
「美咲ちゃんが答えてあげたら?」
「無理よ。自覚できるなら、とっくにしてるでしょう?」
「だから、何の話だよ……」
「皆さん、もう試合が始まりますよ」
美咲は処置なしと言った感じで両手を上げる。
圭吾も同意しているのか、含み笑いをするだけだった。
健輔1人だけが何故か弄られる。
優香の笑顔だけが彼の清涼剤であった。
そんな4人のやり取りを外から見ていたアリスは力の抜けた笑みを見せる。
「仲が良いじゃない」
「これを見て、どうしてそう思うんだよ……」
「息がぴったりだからよ。圭吾と美咲も見習いたくなるぐらいの連携だったわ」
「褒めてもらうのは初めてかもしれないな、僕たちもレベルアップしたってことかな?」
「健輔で経験値を稼いでも、ね」
美咲の発言で笑いが満ちる部屋。
健輔は自分だけが貧乏くじを引いている展開に不貞腐れしまう。
いつもの2人ならともかく、初対面に近いアリスまで加わるとは予想外だった。
己から敵を増やしてしまうのは予想していない。
「ああ、もう! 俺はいいから試合を待てってッ!」
「わかってるわよ。血圧あげないの。強くなっても変わらないわね」
「当たり前だろうが!」
「健輔さん、そろそろ始まるみたいですよ」
「お、サンキュー。そっちの3人も優香を見習って、ちゃんと集中しろよな」
「はいはい、わかったよ。ほら、開始するみたいだよ」
圭吾の適当な返事にジト目を送るが、付き合いの長い彼に効くわけがなく、綺麗にスルーされてしまう。
健輔は1つだけ大きな溜息を吐いて、意識を試合に集中させた。
次の試合の勝者と健輔たちは戦う事になるのだ。
実力を見れる貴重な機会、無駄にするわけにはいかなかった。
試合開始のカウントダウンが響き出す。
映し出される友人の姿に、エールを送って健輔は試合に神経を集中させる。
世界大会、第2試合。
天空の焔対ヴァルキュリアが始まったのだった。
試合が開始したが、両チーム何故か様子見から始まる地味な展開となった。
大地に降りて、出方を窺う香奈子以外の5名。
空を舞い、動きを見せないヴァルキュリアの6名。
内情に違いはあれど、動きを見せないという意味では同じだった。
僅かに動きを見せたのは天空の焔リーダー、赤木香奈子ただ1人である。
遥か彼方、香奈子は欠片も見えないはずのヴァルキュリアを睨むかのように見つめていた。
「ん……動きがない? ううん、動かない」
『香奈子さん、映像探知に成功。妨害ありません!』
「え?」
不動の構え、強化した視力でも捉えられない距離だが、バックスからの情報で向こうが何もしていない事がわかると香奈子の混乱は激しくなる。
撃ってみろと言わんばかりに、バックスによる妨害すらも存在しない。
――舐められている。
一瞬、そんな考えが過ったが直ぐに破棄した。
物覚えが悪いと武雄に散々罵倒された香奈子だが、しっかりと覚えた事がある。
それは、行動の意味を考える事だ。
このヴァルキュリアの行動には一見自己顕示の意図しか見えないが、実際は違うと考えるのがおそらく正しいはず、と自分を納得させる。
「落ち着く、あれはこうやって、揺さぶりを掛けてる」
ここで激情に駆られるのか、もしくは冷静に対処するのか性格を見ている可能性があった。
データだけでは見落とす事も多い。
体験しないと信じられない、というのも1つの道理である。
相手が作戦を使って心理的にも優位に立とうするなど予想外も良いところだが、辛うじて冷静さを保てているのは特訓のおかげだった。
香奈子は会場の何処かになんだかんだで見に来てくれているだろう武雄に感謝を捧げる。
以前の香奈子ならば、ここで暴れていただろう。
「心に刻むのは、冷静に怒ること……次には」
集中力を高めて、武雄の教えを思い返す。
ここであえて先制攻撃を仕掛けなかったのは、相手に以前とは違うと思わせるためなのだ。
小さな仕込みだが、これが後に役に立つ事も多いと賢者連合との練習で身に刻まれている。
簡単に正面対決に応じてしまえば、圧殺されるだけなのは目に見えているのだ。
武雄の教え、その2――目的を定めて行動しろ、だった。
闇雲に戦うのではなく、明確な小目的を設定して、大目的である勝利を達成しないといけない。
この場合、最初の目的は相手に手を出させる事だった。
香奈子は睨み合って、耐えるという地味な戦いを続ける。
そして、それは地上にいるチームメイトたちも同じだった。
前衛5名の極端な配置は、戦力不足を補うための陣でもある。
後衛を香奈子だけに絞ることで、エースという札を最大限に活用するという苦肉の策でもあった。
決定までにあった葛藤をもう1人のエースたるクラウディアは知っている。
「あまり、待つのは得意じゃないわね」
ただ気配を殺して地上に居るだけなのに、緊張感が半端ない事になっていた。
流れる汗は相手の強大さを感じているからなのか。
戦ってもいないのに、怯えているのか。
クラウディアも判断が出来ない。
「いつまで、続くの……」
試合が始まって既に5分だが、どちらも動きを見せない。
耐えきれなくなって、叫んでしまいそうになる衝動を飲み込んで待ち続ける。
観客も焦れ始めたその時、ヴァルキュリア側に動きが出た。
右手をかざすフィーネ、映像から探知した香奈子は迷わず砲撃を放つ。
ようやく放たれる開戦の号砲だったが、それは誰も予想をしなかった形となっていた。
後衛の撃ち合いが起こると思われた試合は、フィーネの規格外の号砲から始まってしまう事になる。
快晴の空を覆う、雷雲。
気候操る女神の本気が、天空の焔に襲い掛かるのであった。
変換系の生みの親、というには微妙に齟齬があるが彼女の固有能力がその一助になった事は間違いない。
自然現象を操るという能力は現代に蘇った魔法と言われる魔導の中でも、ある意味ではもっともらしいものだろう。
彼女の代名詞ともなっているし、魔導師の中では有名な能力だった。
しかし、データや数値、言葉では彼女の本当の脅威というものは案外伝わりにくいものだったりする。
あらゆる自然現象を操る、と言われても強いのはわかるが魔導競技にどのように反映されるかをイメージするのは難しい。
ましてや、フィーネの場合は全力を出さなくても強いのだ。
他の変換系が出来る事は大凡、全て彼女が出来る範囲に収まる。
クラウディアも、イリーネも、カルラもそれこそ後衛の3名さえも例外ではない。
1つの能力から派生したとは思えない程の多様性、口の悪い者は万年2位などと呼んでいるが、侮ってよい相手のはずがなかった。
桜香であろうとも、偶然が重なっての勝利である。
上位3名に明確な差などほとんど存在しない。
「レオナ、私が仕掛けて迂闊なのが出たらお願いね」
「了解です。こちらの準備はオッケーですよ」
天空の焔の陣だけで起こる天災たち。
大雨が降り、嵐が起きて、おまけとばかりに雷が降り注ぐ。
複合範囲攻撃として、これを超える規模の攻撃は存在しない。
魔導師といえど人間である。
そういう事が起きると覚悟していても、直ぐ傍に雷が落ちれば不安になるし、嵐が来れば同様だろう。
人が抗えない自然の驚異を自在に具現化する。
これこそが、欧州最強の魔導師フィーネ・アルムスターの力だった。
今の状態すら、欠片も真価を見せていない。
「うわぁ……」
「試合でお使いになられるのは久しぶりですね」
1年生2人は生で見る大規模な天候操作に感嘆の声を漏らす。
威力云々よりもこの事象を具現化出来る事が凄い。
突然あんなものに襲われた敵陣の混乱は凄い事になっているだろう。
落ち着いて対処出来るような人間はそうはいない。
「そろそろ切り替えますわよ、カルラ」
「はーい、了解でーす。クラウとの戦い、ワクワクするね!」
「あら、私もクラウが良いのだけど?」
「えー……ここは早い者勝ちで!」
軽いノリ、試合中とは思えない空気は彼女らの余裕の表れだろうか。
来るとわかっていても、フィーネのこの攻撃は対処が難しい。
そもそも攻撃を防ぐ手段が存在しておらず、明確な対抗が困難なのだ。
わかりやすい出方、つまりはフィーネに手を出させるために耐えたのは賢いがそれは普通のやり方だった。
クォークオブフェイト、シューティングスターズもそうだったが、どのチームにも必勝パターンがある。
ヴァルキュリアにも当然だが存在しており、このフィーネの攻撃が起点となっていた。
敵陣を混乱させて、後衛が狙い撃ち、前衛が潰す。
4つの段階で敵を叩き潰すのが戦乙女たちの戦術である。
しかし、流石に世界戦と言うべきなのか。
フィーネの攻撃から5分待っても何も起きない。
「……フィーネさん、どうしますか?」
レオナの問いかけに女神は面白そうに笑う。
エースを軸にした攻撃的なチームと分析していたのだが、予想よりもずっと我慢強い。
フィーネの今の攻撃をただの脅しと見抜いている。
元はヴァルキュリアに所属していた選手がいるのだから、それも当たり前かもしれないが、実践できるのは相手の錬度が高いからであろう。
事前の予想よりもずっとチームとしての完成度が上がっている。
ここで味方を制御できないレベルならば、話は早かったのだが世界にそんな甘い相手がいるはずがなかった。
フィーネは自分の認識を修正して、普通の戦闘に切り替える。
あくまでも相手の傾向を調べるための、遊びのようなものなのだ。
いつまでも執着するものではなかった。
「相手に失礼だったかしらね」
「いえ、冬のデータからはそれぐらいのレベルでしたよ」
「全体のレベルアップ、やっぱりあそこから伸びたみたいね。未熟と言う事はまだまだ上にいけるって事だもの、羨ましい限りだわ」
フィーネの言葉には真実の響きが籠っていた。
3強とも言われる最強クラスの魔導師にも、その高みでしか感じない悩みがあるのだ。
ましてや、彼女は自分より上位のものを打倒する立場の人間でもある。
王者にして、挑戦者という中々に複雑な属性の持ち主でもあった。
「レオナ」
「はい、タイミングはお任せします。防御はお願いしますね」
見世物は終わり、ここからが本格的に進攻を開始することになる。
右手をかざすフィーネ、瞬間天空の焔を襲っていた嵐は嘘のように掻き消えて、全体の姿が確認出来るようになった。
レオナが杖型の魔導機を構えて、レーザーを放つ。
試合開始から15分。
戦場により明確な動きが生まれる。
攻撃するのは、ヴァルキュリア。
受け止めるのは、天空の焔。
不慣れな防御戦を選択した香奈子たちは、強大な女神に勝利出来るのだろうか。
健輔たちも見守る中、本格的な激突がついに始まったのであった。




