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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第228話

 試合開始時間が近づき、慌ただしくなる実況席。

 実況担当の宮永瑠愛が応援団長を務めているのが、この試合で戦う天空の焔である。

 他よりも熱が入った様子でメンバーを紹介するのも無理はないことだろう。

 

「しかし、熱が入ってますね。立夏さんはどう思いますか?」

「そうね……。気持ちはわかるかな。私もアマテラスには優勝して欲しいし、贔屓のチームってのは誰にでもあるものだからね」


 天空の焔は這い上がって来たチームである。

 言い方は悪いが、クォークオブフェイトもアマテラスもエリートが作ったチームだ。

 真由美、桜香などというタレントを抱えていて弱い方が問題だろう。

 対する天空の焔はクラウディアこそ元から優秀な魔導師だが、香奈子を筆頭に叩き上げの存在が多かった。

 泥臭いからこそ、好きになる人たちが出てくる。


「香奈子さんの話なんてよく出来てるでしょう? 全てを捨てて賭けた3年目に仮に優勝でもしてみなさいよ。感動ものじゃない」

「無粋な話ですが、確かに日本人受けはよさそうですね」


 下の者が努力の果てに栄光を勝ち取る。

 日本人だけでなく、世界的にも王道のストーリーだろう。

 香奈子は少し雰囲気が暗いが、容姿は別に悪くない。

 フィルターが掛かれば影のある美少女と言えなくもなかった。


「まあ、瑠愛さんはそんなつもりないんでしょうね。純粋に応援したいとか、そんな感じでしょうか」

「多分ね。私も出来れば勝って欲しいわよ。奇跡よ、起これってね」


 奇跡、立夏はこの試合における天空の焔の勝利をそのように表現した。

 隣で聞いた莉理子も異論を挟まない。

 あらゆるデータが示す格差。

 なにもヴァルキュリアは女神だけが問題ではないのだ。

 彼女は最大の問題であるだけであり、ヴァルキュリアは集団として危険極まりない集まりなのである。


「奇跡を起こすのは諦めない意思ですが、不屈の女神にどこまで通じますかね」

「厄介よ、本当にね。仮にだけど、それこそ敗北を知らないなら、追い詰めれば桜香ちゃんみたいにボロを出すこともあるかもしれない。いきなり、能力を無効化されたりしたら、恐慌するかもしれない」

「しかし、女神は全てを経験している。他の天才とはそこが違いますか」


 チーム力の強化に勤しんだのも、自身に万が一があった時に負けないチームにするためではないのだろうか。

 莉理子はそのように女神の行動を予測していた。

 昨年もそうだったが、今年に関しては例年以上に人材発掘に力を入れている。

 おかげで来年度もヴァルキュリアは強豪に名を連ねたままだろう。

 仮にフィーネがいなくなっても世界戦にあっさりと来れるぐらいには強い。


「意外なのは最初からフルメンバーな事ね。バックスだけは1、2年生が中心みたいだけど」

「戦力を揃えたから十分、というアピールかもしれません。警戒してるけど、全力は必要ない。舐められていると言えばそうでしょうが」

「実態は次の試合に向けてでしょうね。手の内は隠したい、でもみたいな」


 チームの格を考えれば仕方がない面も多い。

 出場メンツがほぼ2つ名クラスだと考えれば、天空の焔が不利なのは明らかである。

 先を見越して準備をするのも、格上の特権だった。


「これで天空の焔は闘志には火が付くでしょうけど……」

「それでなんとかなるのかしらね、このメンツ」


 ヴァルキュリアの出場メンツを見て、立夏は呆れたような顔を見せる。

 仮に欧州限定で強い魔導師を集めろと言われた際に、ほぼ全員が選ばれるようなレベルなのだ。

 現時点では疑いようもなく、激戦区たるヨーロッパで頭1つ飛び抜けた存在であると断言出来る。

 日本で比較されるのはアマテラスだが方向性が違う。

 アマテラスについてよく知っているからこそ、立夏はその違いがハッキリとわかった。

 

「まあ、霧島くんが入れ知恵なり、助力なりしたみたいだし、簡単には倒せないでしょうよ」

「あの人、何故か一般席で観戦してますね。実況を断ってまで」

「『負けた儂が何で敵の解説しないといけない』とか言って、拒否したらしいわ。天邪鬼というか、彼は気儘で良いわよね」


 立夏たちも天空の焔には協力したが、最大の貢献をしたのは賢者連合と暗黒の盟約だろう。

 試合相手を盟約が務めて、頭脳面を賢者連合がみっちりと鍛えた。

 国内大会終了の段階とは、たった一ヶ月とはいえ歴然とした差がある。

 後はどこまで、喰らい付けるのか。

 実戦で確かめるしかないだろう。


「これもなんとも言い難い戦いになるでしょうね」

「解説できるんですかね? ヴァルキュリアはクォークオブフェイトと似た感じのチームですから、乱戦、混戦になるような気もします」


 天空の焔にとっては雪辱の相手クォークオブフェイトに対する予行練習にもなる。

 勿論、言葉の前に『勝てば』という3文字が付くことになるが、負ける事を考えていても仕方がない。


「どの試合もレベルが高くて大変よね」

「ええ、だからこそ遣り甲斐もありますけど」


 高い目標だからこそ挑む理由がある。

 チャンスが既に残っていない立夏は少しだけ寂しそうに微笑む。

 彼女も仲間たちと世界に来たかったのだ。

 届かなかった思いを他のチームに重ねて見ている。


「……頑張ってね、赤木香奈子」


 負ければ、香奈子もそこで終わる。

 下位チームでの戦いは残るがそれは本題ではないだろう。

 同級生が前に進める事を立夏は静かに祈るのであった。






 クォークオブフェイトの試合が終わってから3時間。

 すっかりと復調した健輔は、いつもの調子を取り戻していた。

 優香とアリスの3人で昼食を摂り、観戦のために移動をしている。


「しかし、お前、本当についてくるのか? 俺たちと一緒で良いのかよ」

「さっきも言ったでしょう。今日はもういいわよ。……それに、恥ずかしいの、これで察して」

「ああ……うん、わかった」

「2人ともどうしたんですか?」 


 アリスのバツの悪そうな表情を見て、同行している理由を悟った健輔は苦笑いで頷く。

 赤くなった頬を隠しきれないのは照れもあるのだろう。

 優香の疑問をスルーして、アリスは話題の転換を図った。


「それよりも、ヴァルキュリアの編成は見たの? あなたちは次で戦う可能性が高いでしょう?」

「おう、もう見たよ。本気で来てるみたいだな」

「ええ、天空の焔、だったっけ? 強いチーム?」

「俺が楽しいと思うぐらいには」

「ぷっ、何よそれ」


 アリスは健輔の物言いが可笑しかったのか、つい噴き出してしまう。

 中々に新鮮なリアクションだった。

 健輔の周りはもうこんな反応を見せてはくれない。

 最近は菜月でさえもわかってます、という感じの笑顔を見せて頷くだけになってしまった。

 健輔としては冗談なのに通じず、悲しい思いをしていたのだ。

 このように素直な反応は地味に嬉しかった。


「いやー、あれだな。新鮮な出会いっていいな」

「よ、よくわからないけど、そうね。夏ではほとんど話が出来なかったもの」

「ああ、ラストで戦ったぐらいだもんな」

 

 夏は自分の事で精いっぱいだったため、周囲を見る余裕などなかった。

 今でこそ勿体ないと思うが、仕方がない面も多いだろう。

 あそこで集中して特訓したからこそ、今の健輔があるというのもまた事実である。

 後から振り返れば、ああしておけばよかったと思うのは、魔導師に限らず多くの人間が思うことだった。


「っと、脱線したな。ヴァルキュリアの編成だったっけ? アリスは何か思うところがあるのか」

「あなたはないの? 天空の焔については私は情報をあんまり貰ってないから、詳しい事は知らないけど、エースが中心のチームなのでしょう。失礼だけど、勝てるとは思えないわね」


 ヴァルキュリア出場メンバーは全員が名の知れた魔導師である。

 また例外なく変換系を持っているのが、今回のメンバーの特徴だろう。

 

「前衛の3人は全員が2つ名持ちで、その内2名は1年生でしたよね?」

「ああ、クラウから結構詳細に教えてもらった」

「欧州に知り合いでも居るの?」

「天空の焔に留学生がいるんだよ。私たちが倒すから、教えておくとか言われたけど」

「へー、いい友達がいるのね」


 クラウディアらしい言い方だったと健輔も妙に懐かしくなる。

 いきなりやってきて、情報を言うだけ言って去っていたのだ。

 冬休みに入って少しした辺りの出来事だった。


「前衛の1人目は言うまでもないだろう。欧州最強、世界ランク第3位『元素の女神』フィーネ・アルムスター」


 女神については語る事は多くない。

 何かを隠しているのは確定だろうが、国内大会でもほぼその真価を隠して勝ち抜ける程には強かった。

 現在わかっているのは、固有能力『ナチュラル・ディザスター』を保持している事と4系統の持ち主だということである。

 創造・浸透・身体・収束。

 桜香には及ばないが全域で戦える規格外の魔導師である事に疑いようはない。

 遠距離も固有能力発現によって埋まってしまっているため、欠点らしい欠点がほとんど存在していないのが特徴だろうか。

 去年の段階では、能力の全てが純魔力だったため、桜香の魔導吸収と相性が最悪だった。

 それだけが敗因ではないのだが、能力が効かずに焦っている間に撃墜、敗北してしまう。

 そんな欠点をそのままにしているとは思えなかった。


「桜香さん並みに絶望的な情報ばかりだな」

「はい、姉さんはシンプルでしたけど、この人はまた方向性が違う感じだと思います」

「流石に女神は別格よ。1人でも相手のチームを壊滅させるのも難しくないクラスの魔導師だもの」


 このクラスの魔導師とまともに戦うには、かなりの下準備が必要だった。

 頂点に近い領域の魔導師として、間違いなく万能であり強い。

 真価を発揮するのは、この世界大会からなのは間違いないだろう。


「次はクラウの同期で次期女神の呼び声が高い『水霊の創造者』イリーネ・アンゲラー」

「後は、『烈火の侵略者』カルラ・バルテル」


 変換系属性は『水』のイリーネは、変幻自在の戦法を用いる魔導師らしい。

 クラウディアからの話を健輔なりに纏めた感じとしては、攻撃能力を大幅に向上させたヴィオラというのが合致する。

 反面、チームに対する影響度などはヴィオラに劣るだろう。

 そして、もう1人のカルラに関してだが、クラウディアも微妙に煮え切らない言い方だった。


「煮え切らないってどういう事なの?」

「割ところころと戦い方を変えるらしい。天才肌でなんでもそつなくこなすんだとさ」


 属性は『火』、攻撃性を象徴するかのような属性だが、印象に反して結構器用らしい。

 パワーファイターのようで技巧派でもあるので、迂闊に攻めると痛い目を見るとクラウディアは警告していた。

 健輔としては、葵に似ていると言われた時点で警戒度マックスである。

 この3名がヴァルキュリアの前衛だった。

 何れも2つ名持ちの強力な前衛魔導師、少なくともクラウディアと同格である1年生が2名と世界最強クラスが1名。

 厚すぎる壁だった。


「後衛についてはどれくらい調べてる?」

「大体は調べてるかな? 我らの応援団は優秀なのさ」


 菜月の努力により、今回出場しているメンバーについてはある程度は把握していた。

 ヴァルキュリアは人数が多いチームため、隠れたメンバーなどがいるとマズイがそちらに関しては仕方ないがないだろう。

 全員の詳細なデータを集める事など、名門相手には実質不可能である。

 新興のチームは全体の人数が少ないため、ある程度はなんとかなるが、それでも結構厳しいのだ。

 冬の間の成長なども考えると、とてつもない労力が必要になる。


「あら、そっちも優秀なのね。私の情報提供はいらないかしら?」

「いや、くれた方が嬉しいな。後衛陣は今年の活躍が多いみたいだから、クラウの情報も古くて当てにならない」

「そう、まあ、少しは役に立つかしら」


 後衛陣は全員が2年生になっている。

 フィーネ以外が後輩ばかりなのは、変換系を試合に取り入れるためだった。

 古きを一新したことで、国内大会では圧勝をしている。

 フィーネという巨大な嵐に隠れがちな、チームを支える3名の魔導師。

 1人目はエルフリーデ・ベーア。

 属性は『風』。

 風と言われると健輔は暗黒の盟約に所属する宗則が思い浮かぶが、彼とは違ったタイプの風使いである。

 遠・近どちらも強い宗則と違い、完全に遠距離特化の嵐のスナイパー。

 大規模攻撃も行える万能砲台とも言える存在であった。


「エルフリーデ選手はアズリー先輩がすごい対抗心を燃やしてたわね。忍んでないスナイパーは邪道だって、さ」

「真希さんも怒りそうだな」


 ふざけた感じだが、実力は本物であり厄介な存在だろう。

 健輔も仮に戦うのならば、最大の警戒を向ける予定だった。

 気付いたら撃墜されていたなど、笑い話にもならない。


「次は後衛の2つ名持ち『光輝の殲滅者』レオナ・ブック。属性は『光』。欧州での撃墜王ね」

「撃墜王?」

「公式称号ではないんだけど、試合での平均撃墜数が3人以上の魔導師をそう呼んでるのよ」

「へー、初耳だわ」

「非公式だし、仕方ないと思うわよ。まあ、称号を付けて遊ぶ感じかしら」


 変換系で物質化を会得した彼女の攻撃方法は所謂レーザー攻撃である。

 欧州最速のラファールでも発射後の回避など不可能な1撃。

 おまけに射程距離も信じられない程長い。

 チームと前衛の要がフィーネならば、後衛を纏めるのは彼女――レオナ・ブックである。

 女神に目を奪われすぎていると、彼女に射抜かれてしまう。

 物質化により通常状態の破壊のオーラでは防御が出来ないため、香奈子にはかなりきつい相手だった。


「まあ、撃墜王って言っても威力自体はそこまでじゃないわ。厄介なのは援護能力とかね」

「ほい、それは初耳だわ」


 レオナの弱点は攻撃力の不足である。

 攻撃が魔力の干渉を受けやすい『光』のため、防御が容易いのだ。

 魔力を身に纏う収束系ならば、普通にバーストしてるだけで防げる。

 障壁の突破もまた、速度を優先する限りは難しい。


「どっちかというと、狙撃型って訳か」

「ええ、レオナさんもアズリー先輩は注目してたわ」

「うんで、最後が」

「リタ・アーレンス。物理型魔導師ね、こっちはヴィエラがやる気だったわね」


 そして、最後の1人がリタ・アーレンス。

 変換系としては珍しいエネルギー系ではなく属性は『土』。

 タイプとしてはヴィエラに似ているが、攻撃能力が段違いである。

 前衛もいけるタイプであり、多彩な創造攻撃は破壊力で対処するしかない。

 地味に前衛と相性が悪いのは見逃せないだろう。

 優香のような高機動型にはかなり厳しい相手である。


「……めんどくさい相手ばっかりだな」

「あなたたちが戦うんだからしっかりとしないさい」

「健輔さんなら大丈夫ですよ」

「お、おう、ありがとう」


 これら後衛の3名と先ほどの前衛の3名。

 全てを合わせてチームヴァルキュリアになる。

 前評判で今回こそは優勝すると言われるのは伊達でなかった。

 健輔も初めて聞いた時には『皇帝』の能力と同じぐらい落ち込んだものである。


「まあ、試合はやってみないとわからないからな」

「はい。データはデータです」

「否定はしないわよ。……これにどうやって挑むのかは興味あるけどね」


 宿舎に辿り着いた3名はお互いに頷き合う。

 試合観戦は健輔の部屋で行う事になっている。

 3年生たちは研究ために視聴室を使うらしいが、試合に出ていた選手は自室で休むようにとのことだった。

 健輔は言葉に甘えて、自室でゆったりと観戦することにしたのだ。

 圭吾と美咲にも連絡しているため、1年生たち全員が集まることになっている。

 アリスが増えたのは誤算だったが、部屋の主は特に気にしていなかった。


「クラウには頑張って欲しいな」

「はい。……私も彼女と戦いたいですから」


 友人の勝利を祈願してから、宿舎の中に入る。

 祈った心に偽りはないが、何処かヴァルキュリアと戦いたがっている自分を自覚して、健輔は自嘲した。

 試合開始まで残り僅か、世界大会第2試合。

 『ヴァルキュリア』対『天空の焔』がもうすぐ始まろうとしていた。


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