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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第2章 夏 ~飛躍の季節~
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第22話

 ぶつかり合う閃光と閃光、激突の余波で崩れる大地。

 全力と全力、双方譲ることのない頂上決戦。

 彼らはただ、それを見守ることしかできず、ただ立ち尽くしていた。

 

 いや、正しくは見惚れていたのかもしれない。

 魔導師としての一つの到達点。

 『女帝』と『凶星』の戦いがあまりにも綺麗だったから――






 蝉の鳴き声が彩る夏。燦々と照りつける昼の太陽、高い湿度。

 本土と言うわけでもないのに忠実に再現されたじっとりした日本の夏。

 あまりにも見事に再現されていることに無駄な技術力に呆れればいいのか、感嘆すればいいのか判断できないなと、思いながら青年は学校に向かう。


 公式戦から早1週間。

 激闘の疲れも取れた佐藤(さとう)(けん)(すけ)はそんなくだらない事を考えながら、部室に向かっていた。

 

 7月も最終週に入り当然のことながらここ、魔導技術の普及を担う『(てん)(しょう)学園(がくえん)』も夏休みに入る。

 学生の中には実家に帰省を行うものもいるだろうし、この学園を含んだエリアで存分に休みを過ごす者もいるだろう。

 部活動を行っているものなら、活動によっては練習などがあるだろう。


 つまり、天祥学園で部活に相当するもの、『チーム』に入っている健輔は当然ながら練習があるのだった。

 

 「夏休みの間は大会もないから、公式戦の初戦で出た問題点や他チームに対しての対策を行う、か。こう言ったらなんだけど秋から試合だらけっていうスケジュールにするぐらいなら夏にもやった方がよくないか? そこのところどう思うよ、優香」


 健輔から優香、と呼びかけられた少女。

 腰まで伸びた絹のような美しい黒髪と、鋭利な美貌を持つ美少女であった。

 中でも1番目を引くのは、強い意志を感じさせる瞳だろう。

 そんな彼女――九条(くじょう)()()は少しばかり思案顔をした後、問いに応える。


 「過密なスケジュールと言っても、魔導師には左程、肉体的な負担にはなりませんし、一応試合に参加するものは一部の授業を免除する形にもなっていますから、問題はないと私は思います」


 ぐうの音も出ない意見だった。優香の言うとおり、そこまで負担になるわけではないのだから健輔の意見は前提が破綻していた。

 言った本人も愚痴の類でしかないと自覚はあったのか、真面目に考えてくれたパートナーにばつが悪そうな表情を見せる。


 「まあ、うん。夏休みに学校行くんだったら試合の方がいいかな、ってだけだから。……すまんね、つまらんこと言って悪かった」

 「気にしないでください、私もどうせなら試合の方がいいと思いますよ」

 

 普段は鋭利な美貌を持つ少女の屈託のない笑顔でのフォローに微妙に落ち込みながらも、健輔は話題を変えようと頭を回転させた。

 微妙に居心地の悪い空気を変えれる話題は無いのかと、思考を巡らすとちょうどいいものが1つあることを思い出す。


 「夏休みってどんな予定になってるよ?」

 「夏休みの予定ですか?」

 「ああ、とりあえず、2週間はどこぞに合宿って聞いたが残りの2週間は自由にしていいって話だったからさ、帰省したりするのか?」

 「いえ、おそらく9月に向けての調整をしてると思います。笹山先生から連絡があって試作機が届くというお話でしたから」

 

 試作機、それは健輔にも無関係な話ではなかった。

 調整に夏休みを当てると言うことは優香は夏の間はこっちにいるのだろう。

 だったら、ちょうどいい。自分も調整を行わなければいけないのだから、ここはいろいろとお世話になろう。


 「なあ、ちょ」

 「へーい!! 御2人さん元気かーい!!」

 「ぶふぉ!」

 

 背後から唐突に抱きつかれたため、健輔は舌を噛んでしまう。

 声と行動から誰かわかっているが、抗議の意味も込めて叫ぶのだった。

 

 「藤田先輩! 舌噛み切ったらどうするつもりっすか! 死ぬでしょ!」

 「へ? あー、何か話してたのか。ごめん、ごめん、別に噛み切ってしまえばいいと思ってないよ」


 そもそも、背後から襲いかからないで欲しいと思いつつも、これ以上は言い過ぎだろうと健輔は矛を収める。


 「はあ……、今度から気をつけてくださいよ」

 「おはようございます、葵さん。すごくご機嫌ですけど何かあったんですか?」

 「ふふふ、わかる? わかっちゃう? 真由美さんからすごくいい事聞いてねーテンション上がってたんだー。そしたら2人の姿が見えたからつい、勢いよく来ちゃったよ、ごめんよー健輔」

 

 ――藤田(ふじた)(あおい)、健輔たちのチームにおける単純な実力では部長に次ぐナンバー2にあたる人物である。

 

 初対面の人間でもわかるほどに活動的な印象を受ける女性で、運動をしやすいよう短く揃えられた茶髪に、小麦色の肌と誰でもわかるスポーツ美少女である。

 そして楽天家であり、同時に大の戦闘好きという外見からは想像できないバトルジャンキーでもあるのだった。


 戦えば相手のことはわかるといって入学してばかりの空もまともに飛べなかった健輔はボコボコにされたことがある。

 それ以来、妙に健輔を気に入ったのか姉のように接してくれる先輩だった。

 そんな先輩が機嫌がいい理由など大体想像できるが、念のため問いかけてみる。

 

 「いい事ってなんですか?」

 「気になるよね? なるよね? でも、ごめんよー。真由美さんがまだ話したらダメっていうからさー。まあ、今日の集まりに関係してることだから直ぐにわかるよー。さあ、さあ、早く行きましょう!!」


 元気よく駆けだす子どものような先輩の様子に、健輔と優香は顔を見合わせて苦笑しながら後を追いかけるのだった。

 

 

 夏休みに入り、いつもより静かな校内。

 その中でもまだ人の賑いが残っている部室塔の1室で後輩の到着を待つものたちがいた。


 「わざわざ、葵のやつに先に教えてやったのはあいつのモチベーションを考慮したからか?」

 

 白衣を纏った小柄な女性、身長は140㎝に届くぐらいだろうか。

 小柄な背丈に愛らしい外見と、それだけなら小学生にも見えないことはないのだが声と雰囲気がそれを裏切っていた。

  

 「それだけじゃないけどねー。葵ちゃんにはいろいろ我慢してもらったからこれぐらいは先に言ってもいいかなって思ったのも理由の1つだけどさ」

 

 白衣の女性の言葉に応えるのは、落ち着いた雰囲気と子どものような雰囲気を合わせつ持つ女性だった。

 親友のまた裏があるのか、といった感じの問いに女性は苦笑する。


 「そんなに私って腹黒みたいに見える? 後輩のことぐらい真剣に考えてるよ」

 「腹黒というか、あなたっていつもいろんなことを同時にやろうとしすぎなのよ。たまには相談くらいしなさい」

 「我が妹はテンション上がると何をするかわからないからな」

 

 苦笑する女性――チームのリーダーである近藤(こんどう)真由美(まゆみ)は自身の仲間からの評価の辛さに苦笑するしかなかった。

 白衣の女性――武居早奈(たけいさな)()が追い打ちをかける。

 

 「日頃の行いを振りかえってみろ」

 

 爆笑する兄と親友たちに真由美は頬を膨らませる。

 いろいろと考えている自分に対して腹黒とは失礼な友たちだ。

 抗議しようと声出そうとすると、ちょうどいいタイミングで兄の制止が入る。

 

 「いつまでも真由美で遊ぶのもあれだから、最初の話に戻すぞ」


 真由美の兄である近藤隆志はいつもこのような役割であり、本人もそれを自身の仕事だと思っていた。

 放っておけばどこまでも脱線していく彼らのまとめ役であり、引き締め役だった。

 流れをついで、金髪に長身、モデルのような女性――石山妃里が話題を戻す。

 

 「当初の予定では無難に国内の魔力実験所にでも行って2年対1年とかをやるつもりだったわよね?」

 「そうだよ、学内でそのままバンバンやっちゃうと情報がだだ漏れになっちゃうからね。他のチームもそうするだろうし、海外に行くとこもあるかなって思ってた」

 

 当初の合宿の流れを確認する妃里に対して、真由美は補足を行う。

 そう、つい1週間前まではこの予定になっており、場所の確保も済んでいたのだ。

 それを唐突にキャンセルしたことが、そもそもの始まりである。

 

 「さっきの説明で大体の流れはわかったわ。でも、いいの? 世界を目指すならあそことは必ずぶつかるわよ。手札を晒して大丈夫かしら?」

 

 新しい合宿先については3年の間でも賛否はあったのだ。

 何せ事前の予定を一切の相談なしで壊されれば流石に戸惑いぐらいは生まれる。

 真由美から経緯とメリットの説明を受けたとはいえ、どうしても不安は残る。


 「決まったことは仕方あるまい。今更、元に戻すことはできないしな。それに手札を晒すデメリットよりもメリットの方が多い。『女帝』は打倒『皇帝』が目標だからな、決勝トーナメントで当たる可能性もそこまで高くない。アマテラス突破を考えれば、左程悪い選択でもないよ」


 元々、そこまで反対でなかったこともあり、妃里はそれ以上何かを言う事はなかった。

 3年の女性陣はみな性格も趣向もバラバラだが、仲間のことは信頼していた。

 真由美が駆け足すぎるため、普段は妃里が抑えに回っていて、早奈恵が仲介を行う、とバランスのいいサイクルを作っている。

 話が纏まったのを見た隆志が、最後に纏める。


 「確認も終わったし問題ないな? そろそろ時間だから準備をするぞ。もう、健輔たちも着いたみたいだしな」

 

 外から聞こえてくる賑やかな声が後輩の到着を知らせていたのだった。

 

 

 「合宿先はアメリカ!?」

 

 チーム全員が集まった室内に健輔の声が響く。

 声こそ出していないが1年組みは同じように驚いた顔を見せ、2年はあれ? と首を傾げていた。


 「急なことで驚いたとは思うんだけど、向こうが誘ってくれてね。せっかくなら大規模施設がある方が私たちもやりやすいと思ってさ」


 真由美は落ちついた声で周囲に経緯を説明していく。

 

 「向こうでは、ハンナのチームが模擬戦の相手もしてくれるしね」

 「つまり、合同合宿であるということですね? ハンナ……確かアメリカの『女帝』でしたか、葵の機嫌がいい訳です」

 

 2年の頭脳担当、杉崎和(すぎさきかず)()が冷静な様子で問い返す。

 

 「うん、そう思ってくれていいよ。得るものが多い合宿になると思って向こうからの提案を受けたんだよね。2年のみんなには相談もなしに急な予定変更で申し訳ないけど、これは3年としての決定だから従ってほしいな」

 「それならば、こちらには異存はありませんよ。世界を知るいい機会だと思いますし、何より葵が喜んでいるところに水を差したら、後が怖い」

 「余計な言葉付け足さなくていいわよ!」


 和哉は肩をすくめて隣に座っている剛志に視線を向けた。

 

 「日頃の行いだ」

 

 質実剛健、長身に筋肉と以外な面倒見の良さを持つ漢――佐竹(さたけ)(つよ)()は葵を一言で切って捨てる。

 そのやり取りに何かデジャブを感じたのか3年たちは笑いを噛み殺すかのように下を向き、真由美は苦笑いをしながら、生温かい視線向けて、

 

 「お仲間だね、あおちゃん」

 

 と言い放ち、葵は机に顔を伏せるのだった。

 


 「健輔も失礼だと思わない!? みんなして、人のことで盛り上がってさ! 真由美さんも笑ってないで注意してくれればいいのに!!」

 

 ご立腹な先輩はお気に入りの後輩を連れて食堂で愚痴をこぼしていた。

 曖昧な笑みで誤魔化す後輩たち、健輔と優香はどうしようかと視線を合わす。

 優香の困った笑顔に、俺がいくか、と健輔が口を開く。

 

 「まあ、藤田先輩も落ち着いてくださいよ」

 「あ・お・い、よ! もう、下でいいよって前言ったじゃん、健輔、女の子の言ったことはきちんと守らないとダメなんだからね」

 

 指を突きつけて、言いたい事を言う前にとまったく別のところをダメ出しされる。

 そこかよ、と健輔は言いたいのをぐっと我慢して、先輩を宥めに掛る。

 

 「葵先輩、せっかくの合宿なんだから怒ってるよりも、楽しくいきましょうよ。天祥学園以外の魔導学校に行くのも初めてなんで、俺たちは結構楽しみにしてますし、先輩すごい乗り気だったじゃないですか。というか、諸先輩方には怒ってる方が受けがいいんじゃないですか?」

 「頭いい感じに言っちゃって……、健輔だって真由美さんとか、私の側なのにそっちに着くんだー。何よ、真希辺りに誘惑でもされたの? ダメよ、あれは性悪なんだから」

 「誘惑されてないですし、同じカテゴリーに入れないでくださいよ。部長や先輩程、無茶苦茶してませんよ」

 「どうだかねー。そこのところ優香ちゃんはどう思う?」

 「そ、その健輔さんはいい方だと思います」

 「ちょ、否定して、そこは否定してくれ」

 

 言外に同類だと認めている優香の発言に、健輔が慌てて訂正を求める。

 期待通りの答えだったのか、葵は笑いながら優香の頭を撫でた。

 

 「優香ちゃんは嘘吐けないもんねー。ほらー健輔もこっち側じゃん、諦めなさいよ」

 「いやですよ! なんすか、そのいやな仲間意識。お、俺はまだ改善の余地がありますからね」

 

 二マーと厭らしい感じの笑みを浮かべた葵は残酷な事実を告げる。


 「それ、去年の私も言ってたからね」

 「ぐは!」

 

 後輩を撃沈して鬱憤も晴れたのか、葵は笑いだす。

 俺で機嫌直すなよ、と優香に慰められながら、内心で怒りを溜めこむのだった。


 「ごめんごめん、私が悪かったよ。そうよねーせっかくの女帝との戦いだものいつまでも不機嫌はつまんなわよね。でも、やっぱり腹立つわ―。なんで、私の同級って性悪ばっかりなんだろう」

 「類友じゃないっすか? 普段はすごく仲いいじゃないですか」

 「そういう事言うのは、この口かなー?」

 「い、いひゃい、ひっぱりゃないで」

 

 葵は健輔の頬をひっぱる。葵なりに後輩とスキンシップを図っているのだが、真由美と違って心理的な距離が近すぎるためか敬意とかよりも軽口を叩く仲になることが多かった。

 中でも健輔は葵と馬が合うというか、考え方がそっくりなためか1年の中ではよくひっぱりだされるため、さらに距離が近くなり、ほとんど姉弟みたいな関係となっている。


 「もう! みんなして、脳筋、脳筋ってひどい話よね? そう思わない優香ちゃん」

 「あ、葵さんはいい人だと思います!」

 

 先程と似たような優香のリアクションに肩を落とす。

 この子は嘘吐けないわね、と改めて思い、溜息を吐いた。

 

 「はあ、この事は今度ゆっくりと話し合いましょう。健輔、行く前に聞いておきたいんだけど、この先の考えについて聞いておいてもいいかしら」

 「この先、ですか? それってどういうことですか?」

 「聞いてない? 合宿中は私が真由美さんの代わりをするのよ。逆に圭吾たちを真由美さんが見るようになるの。入れ替わりと言うか、ポジション的な意味で今度はそうするんだってさ」

 

 この脳筋がある意味で上司になる。そんな絶望的な情報が耳から脳にたどり着いた時に健輔はあることを悟る。

 ――これは夏は大変なことになるだろう――と。

 

 「そんな訳で青い顔している健輔はちゃんと希望とか考えておいてねー。私がみっちりと鍛え上げてあげるから。それともう1つ、2人は嬉しいお知らせもあるよん」

 「嬉しいお知らせ、ですか?」

 「うん、両方の試作機できたってさ。夏の合宿でデータ取りをすればいいんじゃないかな。私も『餓狼』の調整があるからお付き合いするよー」

 

 試作機という単語に反応した健輔に葵は苦笑する。

 本当にこの後輩は自分に良く似ている、と思いながら。

 

 「今回の合宿は相当楽しくなると思うわよ」

 

 あえて、そこで一旦区切る。後輩たちはまだ最上位同士の戦いを見たことがない。

 今のランキングは所詮、去年のデータから作られたものだ。今、現在の実力に沿った厳密な順位とは言い難い部分がある。

 だが、それでも上位5名の実力は本物だ。

 

 「健輔には前、言ったわよね?」

 「はい? 何がですか?」

 「真由美さんが国内の後衛のナンバー1だってことよ。じゃあ、当然世界で1番強い後衛がいるわけでしょ」


 それが一体、誰なのか。優香の姉である桜香は国内最強の敵ではあるのだが、真由美のライバルではない。

 真由美とポジションが競合するライバル、それこそが。


 「ハンナさんのところよ。合宿に興味出てきたでしょ? だって、そんな2人が仲良く練習だけして終わるなんてないもの、必ずぶつかるわ。公式とか、そんなの関係なしにね」

 

 自信を持って断言する葵の言葉に健輔と優香も気を引き締める。

 今回の合宿はただ、各々のレベルアップを図るといった範疇で終わることはなさそうだ。

 確かな激戦の気配を感じた彼らは静かに準備を始める。


 蝉が鳴き、日差しは照りつける。そう、夏休みに表面上は試合はない。

 だが、その裏で各チームは着々と準備を進めていくのだ。

 戦いの夏はまだ、終わっていないのだから。


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