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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第224話

『申し訳ありません、ハンナお姉様』

「謝罪なんていらないわ。あなたは全力でやった。相手が上手だっただけよ」


 健輔を撃破してから、速やかに合流したハンナだったが、その時には既にサラが落ちていた。

 チームの戦術、防御を支える要の柱が折れてしまっている。

 この深刻さに正確に気付いているのは、シューティングスターズではハンナを除けばヴィオラだけだった。

 チームの特徴である防御能力を使えない事態に陥っているのは、控えめに言っても問題が多い。

 それに対して、クォークオブフェイトは持ち味の個別戦闘に持ち込もうとしている。

 主柱が欠けた状態で受け止めきれるのか。

 ハンナでなくても疑問に思うだろう。

 指揮官として、自分のチームならば出来るなどという希望的観測にすがるわけにはいかなかった。


「優香のデータは……前のはあまり使えないわね。下手に参考にすると見誤ってしまうわ」

『はい、今の優香様ならばエースと呼ぶのに遜色はないかと』

「こっちとしては頭の痛い話よ。……状況はわかったわ。あなたはそのまま現状維持を行いつつ、戦力再編して。アリスは単独。あなたはヴィエラと一緒に前に出なさい。私も直ぐに行くから」

『わかりました』


 念話を切って、考えるのは今後の試合展開だった。

 消耗は双方共に大きい。

 ハンナの固有化もそろそろ限界が近い。

 アリスの共鳴現象も近々解除されてしまうだろう。

 ヴィエラはまだ幾分余裕があるが、彼女は直接的な戦闘能力に乏しい。

 自由気儘な精神が強みであり、その創造性はチームの財産なのだが、このような逆境では攻撃性がない事は嘆かずにおれない。

 

「ああ、もう! ダメね。状況が悪いと思考がネガティブになるわ」


 チームメンバーの戦い方に、文句を付けるようになったらおしまいだろう。

 ハンナは頭を振って、アホな考えを追い出す。

 この状況に陥った責任は全ては彼女のものであり、他の誰にも帰されるものではない。

 責任者とは、偉そうにするためにいるのではないのだ。

 本当に大事な時に、自分に任せろと言えるのが責任者だとハンナはリーダーとして、自分に刻み込んでいる。

 そんな基礎的な事を忘れてしまってはここまで追い詰められるのも当然だと、自嘲するしかなかった。

 余計な思考を凍結して、ハンナは目前の課題に集中をする。


「真由美は私が抑える。問題は……」


 残りは葵、優香、真希の3名。

 真希に関しては正直なところどうしようもない。

 放置することに恐怖はあれど、何も出来ないのだ。

 タイミングが合えば、排除を狙うが積極的に潰すような相手ではなかった。

 

「葵はアリス。優香はヴィオラたち……でも、これは」


 消去法的に相手は決まっていくが、それもあまりよくない結果だった。

 アリスは既に葵に対して、1度敗北している。

 共鳴化している状態ならばもう少しマシだが、その恩恵もほとんど残っていない。

 消耗した今の状態で葵に勝てるのか、不安は大きかった。

 ヴィオラたちもまた同様である。

 底が見えてきているヴィオラと未だに全貌が把握できない優香では後者が有利だ。

 サラがなんとか与えてくれたダメージのおかげで消耗はあるが、それはヴィオラも同様である。

 人数的には互角、しかし、内情は厳しい限りだった。


「……いいえ、信じましょう」


 先ほどの事を思い出す。

 仲間たちの力を信じている。

 仮に敗北があったとしても、それは彼女たちではなく自分の責任だ。

 誰に譲るものでもなかった。

 ハンナは最後の戦場に舞い降りる。

 目を閉じて、再び開いた時に、その瞳に迷いはなかった。

 近くて、どこか遠く離れた友人との戦いしか目に入らない。

 残りの全てを賭けて、黄色の女帝は真紅の凶星に戦いを挑む。

 お互いに消耗は極大、ライバルとの最後の戦いとしては地味だが、ある意味で相応しい舞台だと言えるだろう。

 自然と浮かぶ笑みを自覚して、少女は魔導機を天に掲げる。

 最後の一瞬まで、戦いは終わらないのだから――。






 双方共に満身創痍。

 消耗は極大であり、限界ギリギリまで力を振り絞っている。

 それでも、瞳から力が消える事はない。

 どちらも先に落ちた戦友に誓っているからだ。

 後は任せろ――戦友に誓った言葉を違える事は許されない。

 混沌とした戦場、どちらも主力のメンバーが撃墜されて、動揺が走っている中で先に立て直したのはシューティングスターズだった。

 どれほど疲弊していても、監督として、この舞台の責任者としてヴィオラは最後まで全力を尽くす。

 どれほど欠けてしまっても、中核の星はまだ健在だった。

 彼女らしからぬ余裕を捨てた表情で、懸命に糸を手繰る。

 その中核を食い破ろうと本能で駆ける戦士がいた。


「ヴィオラッ!!」


 消耗しているはずなのに、それを感じさせない力強い魔力のオーラ。

 脇目も振らずに、一直線に戦場を駆け抜ける。

 立ち塞がるのは、幼き流星。

 女帝などという風格は間違っても持ち得ないが、ハンナとよく似た顔には仲間を案じる気持ちが強く出ていた。

 葵の攻撃を察知したアリスは迷わず、彼女の前に出る。

 序盤に手も足も出ずに敗れた事など、既に記憶に残っていなかった。

 あるのは、守る――その気持ちだけである。


「通さないッ! 絶対にッ!」

「無理矢理でも、突破するッ!」


 クォークオブフェイト最強の格闘戦能力が唸りを上げる。

 砲撃魔導師の強力な障壁を物ともせずに、無造作に放った1撃が全体に罅を広げてしまう。

 風を切り裂いて迫る拳を前に、アリスは反応出来ない。

 彼女は1年生であり、後衛魔導師なのだ。 

 短時間で葵の攻撃に対応できるはずがなかった。

 約束された終わりが牙を剥く。

 この結末は立ち塞がる前から決まっていた。

 

「舐めるなッ! 私は、このチームを背負うのよッ!」

「はっ、それはこっちのセリフよ!!」


 葵の拳に対して、最速でチャージした魔弾をぶつける。

 躊躇なく攻撃した葵からライフが引かれて、同じように至近距離で爆発した魔弾にアリスもダメージを負う。

 

「自爆なんて、見慣れてるのよッ!」

「くっ、この!」


 迷わず突っ込んだ葵にアリスは対応出来ず、咄嗟に魔導機を突き出す。

 ぶつかる魔導機と葵の拳。

 しかし、思いがけない光景にアリスは固まることになる。


「そんな、罅が……」

「貰ったッ!」

「え――」


 武器としても使えるようになっている魔導機だが、アリスのものは前衛型ではない。

 ハンナは前衛並みの強度をを持っているが、アリスは純粋な後衛タイプのものだった。

 強度で葵の拳に耐えれるようには出来ていない。

 呆然としてしまい、隙を晒すアリス。

 演技などでない素の反応に葵は好機と見て全力で掛かる。

 それを、同じように好機と見た女がいることを一瞬とはいえ、視界から追い出してしまった。

 それが葵にとって、致命的な事態を招き寄せる。


「え」

「なっ」


 重なる驚きの声。

 アリスの身体が本人を無視して動き出す。

 罅が入った魔導機に容赦なく大量の魔力を注ぎ込み、アリスの身体を操ってそのまま叩き付けたのだ。

 杖の中頃から魔導機は完全に破壊されるが、溜まった魔力は行き場を無くしてその場で解放されることになる。


「っ~~ヴィオラ、あなた!」

「――ヴィオラ、ありがとうっ!!」


 感謝と悔しさ、正反対の様子を見せて光に飲み込まれる2人。

 戦場を俯瞰する指揮者は、その光景に胸を痛めるも次の戦場に意識を移そうとした。

 その時、2人が消し飛んだ場所から、アリスとよく似た光がヴィオラ目掛けて飛来する。

 意識を切り替える一瞬の間隙。

 確かに戦場に残っていたはずなのに、一切存在を探知させない攻撃方法。

 光に貫かれ、ヴィオラは自分が嵌められた事を察した。

 葵は囮、最初から本命はこの攻撃だったのだ。


「おねえ、さま……」


 落ちる意識の中、残った2人に後を託す。

 最後の情報を送って、指揮者は戦場から退場するのだった。






 蒼い閃光が戦場を駆ける。

 迎え撃つ姉妹の片割れは妹の撃墜に悲痛な表情を浮かべた。

 彼女たちは文字通り2人で1人なのだ。

 半身をもがれた痛み、ヴィオラの無念に心が軋みを上げる。

 それでも、彼女の創造は止まらなかった。

 ここで悲しみに浸るような姉を妹は愛してくれないと知っている。


「ああ、悲しいわ。悲しいから、あなた様をここで倒します」

「健輔さんの分は、私が勝利を勝ち取ります!」


 ヴィエラの言葉に応じて、優香も応戦する。

 今の優香にサラとの戦いで見せた圧倒的な力はない。

 今まで通りのオーバーリミットだけだが、ぞの状態でも優香は以前より強くなっていた。

 空中制動、格闘能力、咄嗟の判断力など全ての能力が高い水準を示している。

 解説席からこの試合を見守る女性の薫陶の賜だった。

 彼女の技は、正しい意味での後継者には受け継がれず、妹に託されたのだ。

 優香は託されたモノの重みを理解している。

 真っ直ぐに前を見つめる瞳に暗いものは何1つとして存在していない。


「近づいてしまえば!」


 ヴィエラは前衛型の魔導師だが、近接能力は高くない。

 実質的に戦闘を担当していたヴィオラが撃墜された事で大きく戦闘能力が低下しているのは明白だった。

 空を駆ける速度に陰りはなく、力強さに満ちていた。

 途中出場の優香だけが、この戦場ではかなりの余力を残している。

 優香が負ける要素は少ない。

 しかし、優香の表情には余裕など微塵も窺えなかった。

 ヴィエラは彼女が単独で残った際の情報がほとんど存在していない。

 未知の敵、それが如何に手強いかを彼女はよく知っている。

 彼女の相棒こそがそれを体現したような存在なのだから、警戒するのも当たり前の話だった。


「ヴィエラさん!」

「優香様、御覚悟を」


 黄金に輝く魔力光――眩いばかりの輝きを前にして優香は魔導機を構え直す。

 創造系と収束系の組み合わせ。

 ヴィエラが何をやってくるのか、優香にも想像出来ない。

 攻撃能力は低いと判断していたが、それがあっているのかもわからない以上、性急な攻めは危険と隣合わせだった。


「雪風、プリズムモード!」

『了解しました。術式発動』


 空に生まれる乙女たち。

 一気に数を増した幻影と共に、優香はヴィエラに狙いを定める。

 その時だった。

 妙な悪寒が優香の身体を駆け巡る。

 視界に映るヴィエラはいつも通り――とは言い難い。

 悲しげな微笑みは妹が落とされた事に対するものだろう。


「何か、おかしい?」


 疑問を口にした瞬間、優香の視界が大きく揺れる。

 いきなり横合いから何かに殴られたような感触。

 無防備な体に対する直撃は優香のライフを一気に危険域まで運ぶ。


「攻撃!?」


 何をされたのかはわからないが、攻撃を受けた事だけは理解出来る。

 優香は魔力を高めて、機動力を一気に高めて離脱しようとするが、何もないはずの空で何かとぶつかってしまう。

 直感がこのままだとマズイと訴えかける。

 間違いなくヴィエラの攻撃のはずだが、何も見えないのだ。

 意気込んでおいて、未知の相手とぶつかったら負けたでは笑い話にもならない。

 敵の攻撃方法、何をしているのか。

 諸々の事情を全て考えていては時間が足りない。


「雪風!!」

『魔力をバースト、障壁を四方に展開。感知範囲を広げます。魔力反応はなし』

「……インパクトの瞬間だけ……見えない。そうか!」


 どんな方法であれ、基本的に魔力が絡んでいるのは間違いない。

 健輔のような万能系ならば、それすらも隠蔽出来る可能性があるが、ヴィエラは創造系1本に絞った魔導師である。

 収束系では敵に対しての干渉は難しいのだから、必然的に創造系による攻撃へ選択肢は限定されていく。

 魔力を盛大に発散しつつ、優香はヴィエラに迫る。

 再度の接近にも彼女の表情は何も変わらない。


「ここ!」


 先ほどと同じ距離、よくわからない攻撃を受けたポイントで優香は魔力斬撃を放つ。

 同時に雪風から警告が入る。


『マスター、来ます。下からです』

「やっぱり!」


 障壁で1度攻撃を受け止めると優香は離脱する。

 放った斬撃の末路は優香の予想通りであった。

 ヴィエラに直撃する直前に、壁か何かにぶつかったように消えてしまったのだ。

 ヴィオラがカモフラージュの中に本命を混ぜると戦法を使っていたが、ヴィエラも妹と似た――いや、同じ方法を取っているのだろう。

 2人の攻撃はそれほどまでによく似ていた。


「空気の壁……、よくそんなものを生み出せます」


 形のないもの、想像が難しいものは創造系の生成難度が高い。

 ヴィエラの攻撃は完全に兆候がなかったため、優香も反応出来なかった。

 攻撃が具現化する瞬間のみに魔力を用いるようにしているため、魔力を探知する類の術式にも反応しない。

 隠密性では妹のヴィオラを圧倒している。

 しかし、弱点がない訳ではない。

 手品の種が割れてしまえば、対処方法は簡単にわかってしまった。


「2回目は辛いけど、ここで使わないと」

『オーバーリミット・エヴォリューション』


 魔力の性質が変化して、優香が魔導機を構え直す。

 優香の魔力適合値の上限を大幅に引き上げて、無理矢理に力を引き出すこの術式は体への負荷が大きい。

 連発はあまりよくないが、ヴィエラを攻略するには強力な遠距離攻撃が必要だった。

 優香の中でそれを満たせる術式は1つしか存在しておらず、この後も考えると通常モードで使うわけにはいかない。


「これで終わりです。『蒼い閃光(ブルー・ライトニング)』!!」

 

 本来ならば、優香の全力を込めて発射するべき術式が無造作に放たれる。

 ヴィエラに迫る蒼い輝き、美しい蒼を目にして彼女は悲しげに眼を伏せた。


「……ヴィオラがいないと私はこんな事しか出来ない」


 目の前に展開した空気の巨人は沈黙したまま、何も答えない。

 彼女に出来るのは作る事だけ、そこに命を吹き込んでいたのは妹だったのだ。

 どれだけ知恵を尽くそうとも、根本的な欠陥はどうしようもなかった。


「ごめんなさい、ハンナお姉様。私、お役に立てませんでした」


 光に飲まれて、また1つ流星が消える。

 戦場に残った魔導師は残り4人。

 味方を全て失って、女帝はただ1人で凶星に挑む。

 劇の終焉が近づいていた。


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