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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第219話

 真由美の規格外の砲撃に合わせて、クォークオブフェイトが攻勢に出る。

 あれだけ降り注いでいたハンナたちの攻撃が今は1つも存在していない。

 ハンナが強力な魔導師なのは疑いようもないが、固有化を発動した真由美はあらゆる意味で別格であった。

 撃ち合う、などという事は選択肢に上げてはいけない。

 被害を避けるためにシューティングスターズは防御を選択した。

 現在、両チームの境界線にはサラによって障壁が展開されている。

 陣地を半分に割るような障壁は真由美の攻撃を完璧に防いで、シューティングスターズに被害を生じさせていない。

 しかし、この選択は同時に抵抗の放棄を意味していた。

 ハンナが攻撃を開始した瞬間、真由美の1撃は容赦なく彼女たちを薙ぎ払うだろう。

 それを避けるための、消極的な対応策であるのも1つの事実だった。


「ほらほら! 剛志、遅れてるわよ!」

「わかっているから、煽るな」

「葵さん、もう少し落ち着かれた方が良いのでは」

「平気よ、平気。向こうは穴倉を決め込んでるし、逆に攻めてくるなら、私はそっちは方が良いもの」

「戦闘狂め、少しは自重しろ」

「気が向いたらねー」


 ハンナとアリスが実質的に封印されている。

 その恩恵を活かして、3人は存分に空を舞っていた。

 先ほどまでは撃墜を危惧して、低空飛行に済ませていたがそのような遠慮はもう存在していない。

 これは挑発でもある。

 壁の中から出てくれば、3人を落とせるかもしれないぞ、という葵からのメッセージだった。

 もっとも、ハンナたちが挑発に乗ってくれるはずもなく悠々と空を駆けるだけになっているのが現状である。

 そんな敵がいない空を赴く葵たちの直ぐ傍を真紅の光が駆け抜けていく。


「おお、凄い! これは真由美さんの系統に憧れる人が増えるでしょ」

「道のりは険しすぎるがな。それにこの早期発動は健輔がいないと不可能だ」

「ははっ、それもそうね。影――シャドーモードは面白いわ」

「先輩、私はここで」

「ん、優香ちゃんも頑張って。剛志は早く風穴をあけなさい。中に入ったら帰還は考えなくていいしね。2人はノルマだよ」


 1人は撃墜するのが当たり前だ。

 葵の言外の意を剛志は鼻で笑い、優香は苦笑で返した。

 いつも自信に溢れている葵の発言だが、今日は一際強い。

 それだけ世界に向けて高めた実力に自負があるのだろう。

 

「狙撃には注意ね。入った瞬間に集中砲火は普通にあり得るから、真由美さんの攻撃に合わせて、フェイントをかける」

「言われるまでもない。俺に合わせられるのか、お前がな」

「言うわね。いいわよ、好きに動きなさい。優香ちゃんもよろしくね」

「お任せを」


 優香はそこで速度を上げて、大きく迂回する形を取る。

 フィールドを分断するように作られた障壁だが、広大なフィールドを本当に両断しているわけではない。

 横からの侵入は可能だった。

 問題点は迂回距離が長すぎて、後衛から狙い撃ちになることだけである。

 

「ま、壁の中で待ってるのは当たり前だろうから」


 向こう側から何の反応もないのは、障壁を突破してきた瞬間を狙っているからだろう。

 サラの障壁は複数の小さな障壁を組み合わせたタイプに変更されている。

 1つの巨大な壁だと剛志の拳で1撃で沈む危険性があるため、対応としては至極普通のものだった。

 裏にはいろいろと意図があるのだろうが、基本は剛志対策であるのは間違いない。


「そんな素直に前から行く訳ないのにね」

「些か頭が固いようだな」

「本当に、安心感っていうのは言いかえると思考停止よ。ここなら大丈夫ーとか思ってるんでしょうね」

「……女がしてはいけない顔になってるぞ」

「おろ? これは失礼」


 壮絶な笑みを浮かべる葵を剛志が嗜める。

 葵に対する幻想などとっくの昔に破壊されきっているが、美人は美人なのだ。

 相応しい表情とまではいかなくても、目を逸らしたくなるような表情はやめて欲しかった。

 これから決戦を挑むという状況でも変わらない在り様。

 緊張に強い、という意味では2年生たちは最強かもしれなかった。

 真由美ですら感じているプレッシャーを彼女たちは微塵も感じていない。

 葵というリーダーに似てきたのか、それとも初めから類は友を呼んだのか。

 どちらが先なのかはもうわからないが、1つだけ確かな事がある。

 試合を決めかねないこの攻撃で1番槍を務めるのは、葵以外にありえない。

 誰もがそのように認めるエースが彼女だった。


「見えた!!」


 鉄壁の防御を見つけ、葵は歓喜も露わに突撃する。

 迎え撃つシューティングスターズ。

 両チーム、特性に沿った形で決戦が行われる。

 暴れ回る凶星と沈黙する女帝、対照的な両者の戦いに結末が描かれる時は近かった。






「アリス! 合わせなさい!」

「はい、リーダー!」


 姉妹が力を合わせて、敵を迎え撃つ。

 サラが生み出した障壁を容易く掻き消す破壊の拳。

 剛志によってあけられた穴にありったけの攻撃を叩き込んだ。


「よし! これならっ」

「やれてるはずがないでしょう! バックス、報告」

『動体反応検知。恐らく無傷だと思われます!』

「えっ」


 壁を壊したからといって、素直に正面から侵入する必要性などない。

 ハンナが葵と同じ立場でも同様に行動しただろう。

 今のは待っている事を確認しただけだ。

 突入するのにはまだまだ余裕がある。

 何せ、こちらから向こうには攻撃することが出来ないのだ。

 時間は好きなだけ掛ける事が出来た。


「……私の熱を下げるのも目的ね。やってくれるわ」


 ハンナも真由美と同じように魔力固有化を発動することは出来る。

 しかし、条件もまた彼女と同じだった。

 長時間、とはいっても世界大会では試合時間の半分45分程の全力稼働が必要となる。

 そこを真由美は封じに掛かっているのだ。

 攻撃を行う事が出来なければ、魔力回路を必要な領域まで引き上げる事が出来ない。

 今はまだ大丈夫だが、このまま待ちの姿勢が続けば遠からず冷め切ってしまうだろう。


「私に全力を出させないで、自分は全力でいく。悔しいけど、作戦では完全にこっちの負けね」


 1度攻勢に出るなどで攪乱を行い、ある程度は流れを引き寄せた。

 些細なアドバンテージだが、後に大きくなると踏んでいたのだ。

 それを1発の攻撃で全て無効化された。

 力技としか言い様がないが、有効な手段であることに疑いようはない。

 ハンナが何を言ったところで負け犬の遠吠えにしかならないだろう。


「このままいけば……」

「ね、姉さん?」

「……」


 アリスが心配そうにハンナを見つめていたが、ハンナはそれを無視する。

 彼女はシューティングスターズのリーダーであり、エースなのだ。

 この状況を打開するために思考しないといけなかった。

 彼女の直感、そして経験が囁いている。

 このままだと押し負けてしまう、と。

 シューティングスターズは傾向的に防御的な要素が強いのだ。

 剛志はともかくとして、葵と優香というエース級を容易く撃破するような火力があるのは、ハンナとアリスだけだろう。

 ヴィエラとヴィオラは強いのだが、技巧派の部類であり、力技で局面を打開するタイプではない。

 乱戦に持ち込まれれば、葵に押し切られる可能性は高かった。


「剛志はサラをなんとしてでも落とそうとするでしょう……。それに、疲弊した状態でいつまでも真由美の攻撃を止められるとは思えない」


 サラの実力をこの世で1番信頼しているのはハンナだと断言できる。

 だからこそ、限界も容易く把握する事が出来た。

 サラならばやり切れる、と信頼するのは良いがそこから突き崩される可能性をリーダーとして否定できない。

 サラの防御力に対する信頼と同じぐらいには真由美の破壊力を信頼していた。

 経験、直感、思考の全てがこのまま推移した場合は無残に敗北する未来を予見させる。

 国内戦の時にも似たような時があった。

 対『パーマネンス』、皇帝の戦いの時である。

 行くべきか、行かざるべきかの判断をあの時も強いられた。

 今、再び似たような状況がハンナに到来している。

 過るのは3年間の戦い、ここに至るまでの道のりだった。

 平坦などではなく、苦難も多かったがなんとかここまでやってきたのだ。

 『女帝』と言われても彼女は頂に立った事はない。

 アメリカでは常にナンバー2。

 世界では頂点の争いに絡む前に敗退。

 思ったよりも上手くいかない物事に涙したこともある。

 そこまで考えて――、


「総員、傾注」

「は、はい!」


 ハンナは決断する。

 このまま押し負けるようならば、逆に舵を切るしかない。

 死中に活を見出すのだ。


「サラは障壁を解除。打って出るわよ」

『了解!!』


 チームメイト全員から了解の意が伝わる。

 疑問を誰も挟まない事に感謝しつつ、ハンナは彼方を睨む。

 この決断も予想されている可能性が高い。

 これだけではまだまだ勝利するには足りないだろう。


「私がここで終わる女じゃないって事、見せて上げるわ」


 見据えるは彼方、ライバルがいるだろう方向に向かって宣戦布告を行う。

 ノーガードの殴り合いが始まる。

 先に根を上げた方が負けるというとんでもなく男らしい戦いが始まるのであった。






「これは――流石! ハンナさんはわかってるわね!!」

「喜んでいる場合か! 来るぞ!!」


 障壁が消滅するのと同時にハンナたちの砲撃が雨あられと降り注ぐ。

 2人は拳を突きだして対応するが、とてもではないが対処しきれる数ではなかった。

 葵は持ち前の突破力を生かして、なんとか前に進んでいるが、剛志は長くはもたないだろう。


「剛志、くるわよ!」

「わかっている!」


 このハンナの対応は予想済みの範疇である。

 順当にいくぐらいなら、逆を選ぶ性格だ。

 早奈恵だけでなくクォークオブフェイトの全員の意見が一致している。

 ハンナたちの砲撃を薙ぎ払うかのように、真紅の光が葵たちの後方から飛来、流星群を消し飛ばす。


「誰か落ちてればいいんだけど」

「残念だけど、その期待には沿えないわね」

「――後ろ!」


 葵が漏らした独り言に誰かが言葉を返す。

 剛志ではない。

 聞き覚えのある女性の声。

 しかし、彼女がこんなところにいるはずがない。

 あり得ないと思いながらも、体は勝手に動いていた。

 振り返り様に魔力を込めた拳を叩き付ける。

 

「魔導機……私に格闘戦を挑むつもりですかっ! ひどい侮辱だわ!」

「あら、私が格闘戦が出来ないなんて言った事があったかしら? 知っているでしょう。私は総合力で真由美を超えているからこそのランク4よ。近づいたぐらいで勝てるとか――本気で思っているなら、そっちの方が侮辱よ」


 葵と同じように僅かに怒気を滲ませた声。

 黄金の髪を持つ女性――『女帝』ハンナ・キャンベルは高らかに宣誓する。


「ここで潰れなさい! 葵!」

「ぐっ!?」

 

 魔導機を用いた棒術。

 拳を用いた一撃を受け流されて、脇腹に攻撃を決められる。


「っ、舐めるな!!」

「舐めてなんてないわよ。純然たる実力差!」


 葵の拳を最少展開された障壁で受け止める。

 広い範囲を覆えない代わりに密度が上がっていた。

 予想していなかった光景に苦い表情となるが、ハンナの行動はそこで止まらない。

 葵の背後、見えない位置に魔弾が一気に生成される。

 ハンナの固有能力――『ポイント・ゼロ』。

 彼女に掛かれば、全ての砲撃動作に時間を必要としない。

 ここに高い体術技能を加えれば――、


「喰らいなさい」

「ちィ!!」


 ダメージ覚悟で葵は前に出る。

 固有能力を発動させて、一気に魔力を高めておく。

 肉を断たせて、骨を断つ。

 タダでやられてやるつもりはなかった。

 そんな葵の行動をハンナが予測していないはずがない。

 アリスとの戦いとは逆の光景が生み出される。

 クォークオブフェイトの前衛にハンナを超える経験の持ち主などいない。

 葵レベルの前衛とも対戦した事があるのだ。

 対処方法も心得たものだった。


「私があまり前衛をやらないから、頭から抜けてたかしら?」

「撃墜した訳でもないのに、もう勝った気分ですか? そんなんだから、2番手なんですよ!」

「あら、大口を叩くわね」


 葵の挑発を涼しげに受け流して、ハンナは魔導機を構え直す。

 後衛にあるまじき格闘戦能力の高さ。

 この総合値の高さがハンナを真由美の上に置いた。

 不敵に笑う女帝に追い詰められたという認識はない。

 彼女の認識ではまったくの逆、追い詰めたと思っている。


「前衛でここに乗り込んでくるのはいいけど、こうやって乱戦に持ち込んだら真由美の力は発揮出来ないでしょう?」

「……っ」

「無言は肯定と取るわよ。ええ、確かに連携を断たれたわ。何をしたのかはわからないけど、見事な攻撃だった」


 サラが居なければ、奇襲の一撃で壊滅していた可能性は十分にある。

 表に出すことなどあり得ないが、内心で悔しさは感じていた。

 後衛を半ば放棄することが勝機に繋がるなど、ハンナにとって最も避けたかった展開なのだから。

 それでも、勝利のために彼女はプライドを捨てる。

 前衛を巻き込んだ大乱戦。

 真由美が味方ごと、一掃する危険性も孕んだ大博打。

 

「――全て、称賛に値するわ。その上で、私たちはあなたたちを超えていく」

「話が長いですよ。……早くやりましょうよ」

「あら、ごめんなさい。準備に結構時間が掛かるのよ」


 ハンナの全身を覆うように、明るい黄色の魔力が漏れ出してくる。

 葵は僅かに目を細めて、観察を行う。

 これが、ハンナが最後まで隠したかった切り札だと、直感が囁いていたからだ。

 僅かに見える魔力のラインは浸透系のもの、チームの特性を考えれば誰が繋げているのかは直ぐにわかる。

 問題は繋がっている先だった。

 段々と高まっていく魔力と、それに応じて、ハンナの髪の色が変わっていく。

 どこからか、供給を受けて無理矢理ある現象を起こそうとしているのだ。


「偶然……、それとも」


 葵はこれとよく似た光景を知っていた。

 神のイタズラなのか。

 健輔がシャドーモードを用いて、真由美を強制覚醒させたのと同じ原理の技である。

 集まっていく魔力を見つめながら、葵は汗をかいている事に気付いた。

 良く見れば、手も震えている。


「……敵にすれば、これほど恐ろしい」


 魔力固有化の圧力に、葵の額に汗が浮かぶ。

 女帝が目覚める。

 対皇帝用に隠しておきたかったとっておきを携えて、クォークオブフェイトを粉砕するために前に出たのだ。

 

「さあ――いくわよ」

「……受けて立つ!」

 

 どれだけ時間を稼げるか。

 目前の怪物を前に、葵は冷徹に自分の命が何分持つのか考える。

 迫る黄色の光に目を奪われながらも、闘志は朗々と燃え上がっていくのであった。


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