第21話
試合会場から幾分離れたカフェ。
2人の女性が先ほど終わった試合を振り返っていた。
片方はショートカットに長身と一見すれば男装の麗人とも言えなくない女性――二宮亜希。
もう1人は、九条優香と良く似た容姿をしていながらも、優香より幾分か柔らかそうな印象を受ける女性――九条桜香。
両名は感慨深げに先程の試合を思い返していた。
「両チーム、予想から大きく外れる戦いになったわね。正直、『黎明』の覚悟を舐めていたわ。あの戦法、1年の子の機転で結果的には失敗したけど、実力差を考慮すれば脅威的な戦果よ」
亜希は先程の試合で大健闘を見せた黎明を大きく評価する。
どんな人物だろうと力不足を素直に認める事は困難だ。
そんな中、認めた上で足掻いた『黎明』は彼女からは輝いて見えた。
彼らの覚悟に敬意を表する事に異論など何もない。
亜希の言葉にはそういった思いが籠められている。
一方の桜香はあの試合からまた別の印象を受けていた。
「どちらかというと、私は万能系の怖さを感じたわ。器用貧乏で決定打にはならない、そんな前評判だったけど、あの子――健輔君は思い切りもよければ、使い方もよく考えられてたわ。使い手次第では今後すごく怖い系統になると思う」
「……そうね。如何な手段も問わない相手がどんな魔導でも自在に扱う。器用貧乏って侮りは捨てた方が良さそうね。多分、最後まで残しちゃいけないタイプよ、彼」
双方共に最初から相手を侮るような人間ではなかったが、器用貧乏だという印象をもったままだと足元を掬われる可能性があると判断していた。
桜香はコーヒーを口に運び、一拍置く。
「先生方が言ってたわ。今期の大会は荒れるって」
「荒れる?」
「ええ、系統の基本的な使い方とか戦い方の基本とかは大分体系化されてきたじゃない? そのせいか、今期はみんな形に捕らわれない戦い方を模索してるって言ってたわ」
「そう、そうね。日本はちょっと教科書的なところが強いって言われてたけど大分個性が強くなってきた。そういうことなのね」
形に捕らわれない戦い。
今回の自爆作戦などもそうだが、定石が整えられて安定してきたからこそ外れたことをやろうとする者たちが増えていた。
魔導式の研究的な進歩の後押しもあり、チーム単位でやれることが増えてきているのもその一助となっているのだろう。
自爆などまだまだ氷山の一角に過ぎない。
発想次第で格上を食える可能性を『黎明』は公式戦で示して見せたのだ。
あれを見た中堅チームは勇気を貰ったに違いない。
1番オーソドックスなルールである正面対決であれだけ戦い方が変わってきているのだ。
戦術を競うタイプのルールならより大きな変化があっても何も不思議ではなかった。
「私も、どこかで天狗になっていたってことかしら」
幾分、自嘲を含んだ言葉を桜香は漏らした。
努力を欠かしたことなどないが自身の才能に慢心していたといえば、否定は出来ない。
どこのチームも信じられない進化を遂げていた。
それに対して自分は順当に強くなったという程度だ。
意外性がない。
桜香が思う自身の弱点がそれだった。
「あのね、それは流石に考えすぎよ? 普通に強いならそれで問題ないのよ。奇策、邪道、言い方なんてなんでもいいけど、今日の試合は後半それの応酬だからね? 正道を行けるならそれが1番よ。自罰的なところは本当によく似てるわね」
誰と比べられているのか長い付き合いの桜香にはよくわかったが否定しなかった。
自覚があるというか、本人も直さないといけないと感じている部分だ。
そして、妹にも直して欲しい部分でもある。
親友の言葉に具体的な言葉を返す事なく、桜香は席を立つ。
「どちらにせよ、賽は投げられたわ……。夏の間に私たちも特訓ね」
「ええ、正直なところ各チームどんな隠し玉が出てくるのか、わかったものではないわ」
国内大会は始まったばかりだが、これから待ち受ける激闘を思い、2人は溜息を吐くのだった。
開始前は、整備されて美しかった会場。
それが今や地面はひっくり返されて用意された木々は破壊されているという見るも無残な光景になっていた。
「自分が教えた生徒たちが大きく成長してくれるのは、素直に嬉しいんですけどね」
「ね~。みんな~いろいろ考えてるみたいで嬉しいわ~」
試合が終わり人気のなくなった会場で彩夏と里奈を含む教師陣が生徒の大暴れの後始末をしていた。
特に最後の試合は陣地を大規模魔力解放で吹き飛ばしているため、土壌の再生を含めて作業量が大変な事になっている。
彩夏は今回の戦いに試作機が間に合わなかったことで申し訳ない気持ちがあったのだが、流石にこの惨状を前には恨めしい気持ちも湧いてきてしまう。
「自爆がこんなにほいほいやれるようになってしまったのも、技術の進歩のせいと思うとなんとも言えませんね」
「あら~いいじゃない~。諦めて~腐った気持ちで挑むよりも~ずっと健全だわ~。ルールもきちんと~守ってたんだしね~」
生徒第1主義である里奈にとって、設備が吹っ飛んでも生徒が良いなら何も問題なかった。
親友の上機嫌ぶりを見ながら彩夏は苦笑する。
新山昇も里奈はクラス担任をしていたことがあった。
今まで受け持った生徒のことは全て覚えている里奈のことである。
最後まで諦めずに全力で戦った教え子が誇らしいのだろう。
そして、その教え子を全力で相手にした教え子についても嬉しくて仕方がない様子だった。
「あなたにとって、教師は本当に天職ですね」
「そうよ~。どんな風に育つのか~そう考えるだけで~私楽しいもの~」
まさか初戦からここまで荒れるとは思っていなかったが、確かに生徒が全力でやった結果なら受け止めるのが教師だろうと、彩夏は修繕作業に集中する。
ここから先、試合はどんどん激しくなっていく。
その時、彼らが万全に戦えるようにするのが教師の役目である。
荒れ果てた会場を前に、彩夏と里奈は協力して立ち向かうのだった。
どこかの遠い場所、少なくとも日本ではない場所で金の髪を持つ美女が嬉しそうに笑う。
「おめでとう!! 真由美、あなたも無事に初戦は勝てたのね! 私の方も無難に勝てたわ。あなたのことだから、相手ごと陣を消し飛ばしたのかしら?」
『順調に消し飛ばしたよ、って言いたかったんだけど、正直に言えば、思い通りにできた感じの試合じゃなかったかな』
自身が認めた実力者にしてライバルである存在が少し申し訳なさそうに告白する。
しかし、それは却って彼女の興味を掻きたてる形となった。
少しトーンを上げた美女は興味深そうに聞き返す。
「あら? あなたがそんな風に話すってことは本当に辛勝だったのね……。いいわ、すごくいい。今年の日本はすごく楽しそうね」
『そういうところ、本当にあおちゃんとそっくりだね』
「あら、失礼ね」
友人の少し失礼な評価にも笑みを崩すことなく、彼女は上機嫌のまま笑う。
同時に先程の声から若干の苦さがあったことの聞き逃さない。
「チームの出来はどうなの? あなたが時間を掛けて作ったんですもの、きっと素敵なチームなんでしょうね」
『自信はあるんだけどね。でも、やっぱり未知数の部分が多いかな。特に1年生にも頑張ってもらわないといけないからね』
苦笑しながら苦しい内情を漏らす友人に対して彼女は素敵なお誘いを思いつく。
これはきっと真由美も喜んでくれるだろうと、彼女――ランキング4位『女帝』ハンナ・キャンベルはある提案を行うのだった。
「ねえ? 真由美。よかったら、今年の夏はチームでこっちにこない? 施設の申請もするし、模擬戦も私たちが相手をするわ。いい特訓になると思うんだけど、どうかしら?」
動揺といったものをあまり表に出さない親友が、電話越しにわかるほど狼狽えているのに笑いながら、その中に嬉しそうな響きがあることを彼女は聞き逃さなかった。
今年の夏は本当に楽しくなりそうだ。
ワクワクした気持ちを押さえられずに女帝は笑みを浮かべる。
傍でそれを見守っていた相棒は呆れた顔で彼女を見詰めるのだった。
「君が自爆を敢行して、保健室にやってくるのはこれで何度目かな? 技術の進歩のおかげで疑似ダメージ化が進んでいると言っても、身体に影響はあるんだ。ほいほいとやるものじゃないよ」
健輔は日頃からよくお世話になっている保健室の先生に釘を刺されながらも無事に帰路に着いていた。
優香との朝錬でもわりと最終奥義『自爆』を使っていたため、かなりお世話になっていたのだ。
流石に使いすぎのようで、真由美からも練習での使用は既に禁止されている。
健輔としても頻繁に使い過ぎている感はあったため異論はなかった。
このままでは自分の2つ名が『自爆王』とか『ドM』になってしまいそうな危惧があったのだ。
「流石にそんなカッコ悪いのはいやだな」
くだらない妄想にを笑って流す。
「それよりも試合だよ、試合。いい加減、自爆頼りはやめないとな」
微妙に自分を誤魔化しながら、今日の試合について思い返してみる。
最後にまた自爆に頼ってしまったが、正直今の手札の少なさでは仕方がない面も多かった。
何をするにしても、健輔の未熟さが足を引っ張っているのだ。
複数存在する系統の内、健輔がまともに使えるのはまだ5系統ほどしかない。
それを踏まえて、戦闘に使えるバトルスタイルは3つという驚きの少なさが問題であった。
どうしても、最後のピースを埋めるのに自爆を使用する場面が出てきてしまう。
そこを解消するためには成長が必要なのだが、簡単には成長出来ない。
「はぁぁ……。焦っても仕方がないけどさー」
まだまだ成長の余地があると自身を慰めながら寮に帰ろうと学園の外に出る。
真由美としては初戦突破記念に祝勝会でもしたかったらしいのだが、予想を超える乱戦に疲労を考えて後日ということにして今日は解散したらしい。
圭吾がメールで纏めてくれておかげで保健室に直行した健輔も事情が分かっていた。
親友のこういう部分でのマメさにはかなり健輔もお世話になっている。
「今日の晩飯、何するかな」
正門から外に出ようとすると見覚えのある顔がいることに気付く。
大会初日のため講義が休みだったこともあり、既に校内は人が疎らになっている。
夕日に彩られる学園で門のところにはこの光景によく似合う美少女が1人。
――九条優香が静かに佇んでいたのだった。
長く綺麗に整えられた黒髪は夕日に良く映え綺麗な姿勢で立っている様は写真に収めて額にでも飾りたいほど芸術的な光景だった。
予想もしていなかった光景に健輔の動きが止まる。
どうして彼女はあそこに直立不動でいるのか。
そんなことを思いながらも視線は美しい光景に奪われていて動くことができない。
とっくの昔にチームは解散してるのだから既に帰っていると思っていた。
健輔は怪訝な表情で、事情を聞いてみよう彼女がいる方向に向かって歩き出す。
「何してるんだ? 九条」
健輔からすれば当然の疑問だったが聞かれた当人は不思議そうな顔で健輔を見返す。
その後、何かに納得したのか頷くような仕草をすると笑顔を作りながら、
「佐藤さんをお待ちしていました」
と言い出すのだった。
「お、おう。さ、サンキューな」
「いえ、お体は大丈夫ですか? 自爆は衝撃などが体にかなりのダメージを与えると聞いてますが」
「筋肉痛みたいなもんだよ。そこまで大したものじゃない。俺は慣れてるしな」
「ふふ、そうですか」
優香が何を思いここで健輔を待っていたかはわからないが、礼は言うべきだろう。
1ヶ月前とは比べものにならないくらい親しくなった関係に少しだけ嬉しくなる。
今まで見たことが無いほどにころころ変わる表情に少し和みながら春辺りを懐かしく思った。
鋭利な美貌を持つ大人びた美人、そんな優香を健輔は久しく見ていない。
彼女と相棒になってからは、普段は冷静で落ち着いた様子だが何かがあると表情がくるくる変わっていく優香しか見ていなかった。
可愛いことは可愛いし、眼福物であるのも間違いなかったが、心労というべきか精神的な負荷も大きかった。
懐かしい、というのは変かもしれないが素直にそう思う。
「それで? なんでわざわざ待ってたんだ? 何か用事でもあるとか?」
優香が困った顔をしている時は基本的に何と言えばいいか悩んでいる時だ。
健輔側から促すといつもなら話し始めてくれるが、今回に限ってははそれでも言いにくそうにしていた。
「あ、え……と、その……」
珍しいことに優香の中で踏ん切りがついていない。
恐らくこのまま健輔が察することができない場合は下手すると言わないまま別れることになってしまう。
ここまで待ってもらってそれは申し訳ない。
回避するためには健輔から言いたいことを察してやらないといけないのだが困ったことにまったく見当もつかなかった。
「そ、その佐藤さん、す、少しよろしいでしょうか?」
どうしようかと健輔が頭を悩ませていると意外にも優香側から踏み込むことに成功する。
成長している優香に妙に感動してしまう。
健輔は笑顔で頷いた。
「ああ、構わないけどどうするんだ?」
「そ、その、あの公園でお話します。そ、そこまで付いてきてもらっていいですか?」
「お、おう。大丈夫だぞ」
「ありがとうございます!」
見たこともないほど嬉しそうな笑顔の優香に見惚れながら公園へと移動する。
一体に何を言われるのかと健輔は少しだけ不安を感じるのだった。
「ここなら大丈夫なのか?」
「は、はい……」
「じゃあ、話が何なのか聞いても良いか?」
「そ、それは……」
公園に着くと優香の勇気はそこで尽きてしまったのか再び思案顔に戻ってしまう。
つまり、ここから先は健輔が考えねばならないということだった。
静かな沈黙が支配する場所で、ベンチに座った男女が無言で空を睨んでいる。
傍から見るとそんな意味不明な光景になっているだろう。
想像するとおかしい光景だが、健輔はは必死だった。
「あ、あう……」
何かを言おうとして諦める。
ツッコみそうになるのを耐えながら、健輔は優香の言いたい事について考えていた。
優香にとって大事な話題だとわかる。
問題はどんな話題なのか、ということだった。
残念ながら心当たりがまったくない。
最近は優香が美咲と仲良くしていたこともあって接触自体微妙に減っていたのだ。
約束なども心当たりが――そこまで思考が及んだ時に、健輔の中で何かが引っ掛かる。
――約束。
その単語が強く引っ掛かったのだ。
「九条」
「は、はい」
約束、そう健輔は優香とある事を約束していた。
公式戦が終わった後に言いたい事がある、そう言っていたのを思い出したのだ。
タイミング的にも間違いないだろう。
さもわかってましたと言わんばかりに健輔は問いかける。
「試合が終わったら言いたいこと、って何なんだ?」
「えっ……」
これぐらいかっこつけるのは許して欲しいと、健輔は心の中で優香に謝る。
優香は不安そうだった顔が一気に華が綻ぶような笑顔になっていく。
覚えていてくれたんですかといった表情である。
健輔の良心が激しい痛みを訴えるが思い出したのだから嘘は言っていない。
「は、はい。そ、その! 実は、1つお願いがありまして」
神妙な空気が漂ってくる。
この意思1つで場を変える力は凡人の健輔にはない、優香の特徴だった。
堅い表情で意を決したように優香はついに本題を切り出した。
「け、け、健輔さんとお呼びしてもいいですか?」
「へ? はい? え?」
優香の奇襲により、壊滅した脳内を落ちつけながら健輔は必死に言葉を整理する。
「け、健輔さん?」
「は、はい、そうです。だ、ダメでしょうか?」
自分の名前なのに誰だそれと問いかけそうになった。
一体誰が自分をそう呼ぶんだよという、意味不明な疑問までも湧きだしたがなんとか口から出る前に沈静化出来たのは幸いだろう。
九条優香は佐藤健輔を『健輔』と呼びたい。
健輔は完璧を導き出した。
冷静に混乱している健輔を他所に優香は続けて爆弾を投下する。
「わ、私のことはゆ、優香で構いません!」
優香は言い切った言わんばかりに息を吐く。
なんでそれだけのことでこんなに大事になっているか。
経緯と動機はさっぱりさっぱりわからない健輔だったがやりたい事だけはわかった。
別に美咲や圭吾と差をつけたつもりはなかったが気になっていたのだろう。
だったら、答えてやるべきだ。
彼女は健輔の相棒なのだから。
「そっか、じゃあ、これからもよろしくな優香」
「はい、不束者ですがよろしくお願いします健輔さん」
いつぞや聞いた微妙にずれた返答に彼は笑う。
やるべきことは終わったのだ。
いつまでもここにいる必要はないと優香を連れ立って公園を出ていく。
そんな2人の後ろ姿を公園の桜の木だけが見守っていたのだった。
初戦が終わりもうすぐ夏休みになる。
戦いが本格化するの前の最後の期間、そこで彼らはどれだけ強くなれるのか。
思い知った自身の実力とまだ見ぬ強敵たちに不安は感じる。
しかし、嬉しそうに隣を歩く相棒を筆頭に頼りになる仲間はいるのだ。
自分1人で戦うわけではない。
「優香」
「はい?」
「夏休みも頑張ろうな」
「はい、そうですね」
かつて夢見た舞台に健輔は辿り着くことも出来た。
辿りついた場所は思ったよりも現実的だったが、後悔はない。
次の夢が見つかるまで、頼りになる仲間と共に我武者羅であれば良いだろう。
まだ見ぬ未来へ思いを馳せて、健輔は家路へとつく。
始まりの春は終わりを迎え、夏へと移り変わるのだった。




