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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
219/341

第216話

 ヴィオラ・ラッセル。

 ヴィエラ・ラッセル。

 双子の美しい姉妹だが、性格は大きく異なる。

 秀才タイプであり、知略で相手を捉える事を好むヴィオラと天才肌で感性を優先するヴィエラ。

 まったく噛み合いそうには見えない2人だが、残念な事に実態はその真逆だった。

 連携など他者と力を合わせる事は、人間の常であり戦の常道である。

 しかし、彼女たちは違う。

 力を合わせる?

 協力する?

 どちらも本質を捉えていないのだ。

 彼女たちは2人で1人の魔導師――共にいる時こそが、本来の実力なのである。


「くぅぅ……こなくそッ!」

「あら、ヴィオラ。健輔様が辛そうだわ」

「そうね、お姉様。でも、必ず乗り越えてくれるわ。健輔様はお強いもの」


 呑気な姉妹の声に怒鳴り声を上げたくなる。

 ここで感情のままに罵倒して、殴り飛ばす事が出来ればどれほどスッキリするだろう。

 意味のない仮定に逃避してしまう程度には、今の状況はよろしくなかった。


「俺の対処法がわかってるな。ええい!」


 巻き起こる砂嵐が健輔の視界を遮り、姉妹の姿を覆い隠してしまう。

 魔力による探知もヴィオラとヴィエラ、2人の魔力が大量にばら撒かれている現状では意味をなさない。

 おまけとばかりに、攻撃を加えるのはゴーレムの1部分ばかりで、健輔の前に2人は姿さえ現さなかった。


「クソッ、強くなりすぎだろうが! おまけにやり辛い事、この上ない!」


 健輔は如何なる状況でも対処出来る自信があるし、実際にそうやって危険を乗り越えてきた。

 しかし、それには大前提として、相手が戦ってくれるという条件が必要になる。

 組み合わなければ、実力を発揮しきる事が出来ないのだ。

 砂嵐1つで完全に場を掌握されてしまった事に、今更ながら焦りを感じる。

 相手に舞台に無理矢理立たされてしまっていた。

 浸透系と創造系の応用範囲の広さが脱出のカギなのは読めているが、敵対者がそのエキスパートであるため、迂闊な行動に移れない。

 力押し、例えば砲撃などは有効だろうが、攻撃後に隙を晒すのは避けられないと些かリスクが大きかった。


「うお!?」


 砂嵐から時たま飛んでくる石礫などを必死に避ける。

 追い詰められていると認識しているが、逆に健輔にはまだ考えるだけの余裕はあった。

 今のところ、相手が上なのは間違いないが隙間がない訳ではない。

 まずは火力不足。

 2人の系統から考えても当たり前の話だが、健輔を一撃で仕留めるような火力を彼女たちは持っていない。

 次に技量の差があった。

 完全に相手に地の利が握られている状況だが、ここに至るまでの全ての攻撃を避けているのだから、健輔の技量は間違いなくヴィオラを上回っている。

 以上のように、プラス要素がない訳ではなかった。

 とは言っても、状況がマズイ事は変わらない。

 神業と呼んでよいレベルの回避を幾度も行っているが、健輔に誇る気持ちはなかった。

 奇跡の安売りが、いつまでも続くはずがないのだ。

 早急に手を打たないと無残な屍をさらす事になる。


「今度は手か。範囲攻撃はめんどくさいな!」


 一瞬で魔導機を砲撃型に変形させて、消し飛ばす。

 そのまま流れるように次の行動へと移る。

 早急に打開策を考えなければいけない。

 もしくは決断が必要だった。

 世界大会に向けて仕込んだものを使うか、どうかの。

 健輔は少しでも考えるための時間を稼ぐため、どこかで見ているだろうヴィオラに余裕のない表情を作って叫んでみた。

 

「少しは労われよ!」

「あら、ヴィオラ。健輔様はまだまだ元気なご様子よ。どうしましょう」

「ふふ、お姉様。決まってるじゃないですか。動物園に案内しましょう? きっと喜んでいただけるわ」

「流石ね! では、健輔様、私の可愛い動物たちで癒されてくださいませ」

「また声だけか……、徹底してるな。ああ、もうッ!」


 健輔の声に返礼するかのように唐突に前足らしきものが攻撃を仕掛けてくる。

 巨大なライオンの姿を模したゴーレム。

 一瞬でこんな物体を生成する実力に寒気がする。

 形の創造、この1点だけならば間違いなくヴィエラは立夏すらも超えていた。 

 健輔が知る限り創造という分野で頂点に立つ人材である。


「戦闘能力はそれほどでもないんだけどな!!」


 そこを補う存在がいるのが厄介だろう。

 この砂嵐が健輔の行動範囲を狭めて、相手に有利なフィールドを生み出す。

 性質こそ違うが空間展開とよく似た術式だった。

 自分にとって有利なフィールドに相手を引き摺り込み、生かして返さない。

 見事なバトルスタイルだろう。

 姉妹がお互いを綺麗に補っている。


「手品……種がわかる必要はない。実態を理解すればいいんだ。そうすれば壊せる」


 夏休みの合宿でもそうだったが、ヴィオラは本当の狙いを隠すのが上手かった。

 今、この瞬間も彼女が何かを隠している事は明らかなのだ。

 それがこの事態を打開する手段と言う事は健輔にもよくわかっていた。

 

「わかりやすいからこそ、対策も立てやすい。しかし、目立つ穴は罠……となると」

 

 下から現れた巨大な顔をさっくりと潰しておく。

 粘りに粘る健輔、ここまで姉妹の攻撃に耐えられた相手はそういない。

 万能系の底力というものを存分に見せつけていた。

 

『シルエット選択――葵』

「うおおおおおッ! 人形風情が、舐めるなよッ!!」


 迫る巨人の拳を正面から砕く。

 以心伝心たる魔導機『陽炎』のサポートもあり、変幻自在のバトルスタイルをさらに磨きあげた健輔は簡単には落ちない。

 激しく移り変わる状況の中で、健輔は冷静に持っている情報を精査する。

 何も考えていないように見せかけて、貴重な時間を稼ぎ出す。

 やけになったと思ってくれればよいが、そこまでの高望みは出来なかった。

 ヴィオラはある意味で健輔の戦い方の方向性を決めてしまった人物でもある。

 水を用いた戦い方――あの発想力は明確な脅威だった。

 あの時受けた衝撃を健輔は忘れていない。

 要は使い方であると、ヴィオラとの戦いは教えてくれたからだ。


「この砂嵐も基本は海の奴の応用か……。それはわかってるんだけどな!」


 おそらく大半がカモフラージュであり、巧妙に攻撃用の部分などを隠しているのだ。

 ゴーレムが完全創造ではなく、部分創造である事もそれを補強する材料だった。

 しかし、そんな事がわかっても状況が好転することはない。

 夏の合宿でヴィオラが行った海水を用いた弾幕戦法。

 大半が形だけを取り繕った出来損ないだったが、中に本命が紛れていた。

 今回は砂だが、根本の発想は同じだ。

 使われている技術がヴィオラの強さに合わせてランクアップしているに過ぎない。


「……凌いで、凌いで、凌ぎ続けるしかないか」


 健輔は美しい姉妹に囚われた哀れな獲物なのだ。

 内部から突き崩せるような甘い相手ではないだろう。

 最初からわかっていた事だが、厳しい戦いだった。

 

「ふっ、ふふふふははははは」

「健輔様?」

 

 健輔の突然の大笑いにヴィオラの訝しげな声が聞こえる。

 このような状態でも姿を見せない辺り、徹底した態度だがそんな事は今はどうでもよかった。

 重要なのは1つ、ここから脱出することは難しい。

 難しいが、攻撃を凌ぐ事は可能だと言うことだった。

 内的にどうにもならないのなら、外部がどうにかしてくれることを期待するしかない。

 念話も封鎖されて外の状況はよくわからないが、一緒に前に出たあの人物が大人しくしている事などあり得ないだろう。


「失敬。あまりにも見事なダンスだから、少し見惚れただけだ。情けない上に下手くそで申し訳ないが、俺のダンスでもお返ししよう」

「……この状況でそのように言える精神力。なるほど、サラ様が言っていた事がなんとなくですが、わかります」

「ふふ、自信に溢れた殿方はかっこいいわね。私たちも淑女として、恥じないように頑張りましょう?」

「ええ、健輔様の返礼を楽しみにしていますよ」

「ああ、それなりに頑張るさ」


 8割はハッタリだが、残りの2割で確信もしていた。

 後はタイミングを見逃さないように集中しておくだけである。

 健輔はここで切り札を見せる選択肢を破棄しておく。

 まだ序盤も良いところなのだ。

 相手の舞台で披露して、情報だけを抜き取られるのは避けた方が良い。

 ましてや、この程度の苦境、地力で突破出来ないのならば世界で勝ち抜くなど不可能である。

 健輔は無駄な思考を全てカットして、目前の戦闘にのみ注力できるように準備を整えていく。

 相手をここで抑え込むという重要だが、地味な役割を遂行するため、健輔は全霊を尽くすのだった。






「こっ、こんな出鱈目ッ!?」


 空を覆い尽くす砲弾の嵐。

 1年生ながら、姉に匹敵するだけの『量』を生み出せるのは彼女の高い実力を表していた。

 アメリカでは次代の『女帝』たるものとして高い評価を受けてきたのだ。

 高火力高耐久がスタンダードであるアメリカでは彼女はまさにスタープレイヤーだった。

 夏休みの雪辱を晴らさんと意気込みも十分であり、自身を指導してくれた真由美のチームなのだから、油断も存在していない。

 何しろ夏に敗北したのは彼女たちなのだ。

 これで油断などしていたら、本物のバカだろう。

 

「近接魔導師が、ここまで来るなんて、狂ってる!!」

「あら、こんな体験は初めて? よかったわね。良い土産話になるわよ!!」

「っ、あの弾幕をこんな簡単に!?」

「数だけ多いような攻撃で私は止められないわよ!!」


 アリスは目前の魔導師に心の中であらん限りの罵倒を行う。

 収束砲撃は光には届かなくても、速度的に発射された後に対処できるような攻撃ではない。

 だからこそ、前衛魔導師は隠れて進行するのが定石となっているのだ。

 それを目の前の魔導師は完全に無視している。

 発射点から予測して、勘と度胸だけで砲撃を殴り落とすのは知っていたが、いざ目の前でやられると衝撃は段違いだった。


「クソっ、クソっ、クソッ!!」


 トレードマークのツインテールを激しく振り乱して、相手を振り払おうと全力の空中機動を行う。

 後衛魔導師であるアリスだが、凡人とは違う。

 その耐久力を活かした近接機動戦も弱くはなかった。

 小型の誘導弾で動きを制限して、収束攻撃を叩き込む。

 前衛が近づいた時の必勝法もしっかりと編み出していたのだ。

 ――それらが全て通用しない。

 そんな在り来たりの方法は知っていると言わんばかりに、あっさりと対処された時にはもはや恐慌を通り越して安心したぐらいである。

 この狂戦士はそれぐらいやってのけるだろう。

 アリスでもわかる程に存在感が図抜けている。


「事前のミーティングで姉さんが警戒してた理由がわかるっ。これは危険だ!」

「ちょっと、これ呼ばわりはひどいじゃない! お仕置きするわよ」

「――あアアアぁぁぁ!!」


 葵を近づけないためにアリスは全力で攻撃を行う。

 避ける隙間など微塵もない砲撃群、普通は障壁で耐えるのが正しい選択だろう。

 もっとも、その選択肢は後衛が望む行動であり、前衛が打ち取られる最多のパターンに繋がっている。

 だから、彼女――藤田葵は別の選択肢を選ぶのだ。

 すなわち、当たるのだけ落とせば良い――とそういう事だった。


「真っ直ぐ行って、ぶん殴るッ!」

「がァ!?」


 アリスの展開した障壁は紙のように引き裂かれて、最高の1発がボディに決まる。

 意識が飛びそうになるのを必死に繋ぎとめるが、アリスのとっての死神はまだ満足していない。

 さも当然のように2撃目の準備に入っており、アリスの視界には横から迫ってくる足が見えていた。


「――ち、そう上手くはいかないか」

「え……」

 

 何があったのかわからないが、葵は2発目を放つ事なくアリスから離れる。

 素早く身を翻すと、砂嵐が巻き起こっている方へ高速で離脱を始めた。

 その直後、アリスの直ぐ傍を駆け抜ける一条の光。

 アリスはその色を見て、直ぐにある人物を思い浮かべる。

 

「アズリー先輩?」

『バカ、葵と正面対決なんてするな! ラインを下げるわよ。あなたはヴィオラたちの援護をしなさい。ほら、早く!』

「は、はい!」


 真希と狙撃対決をしているはずのアズリーが援護してくれたのだ。

 この視野の広さと冷静さが彼女が次期リーダーに押されている理由だった。

 今のアリスには持ち得ないものである。


「……悔しい」


 国内大会を勝ち抜いた事で自信を付けていた。

 今度こそ、負けはしないと意気込んでいたのに結果はこの様である。

 上級生のトッププレイヤー、その肩書きを本当の意味では理解出来ていなかった。


「次は、次は負けない」


 まだまだ試合は続くのだ。

 試合開始からおよそ、20分を過ぎた辺り。

 お互いに探り合いは終わった。

 認識のすり合わせは出来たのだから、ここからは本格的に勝利を目指していく。

 雪辱の対象として新たに葵を加えて、アリスは後退を続けるのであった。






「よっ、と。危ない危ない……。いやー、アズリーとの試合は神経削るよ」


 額に浮かんだ汗を拭って、真希は軽い口調でぼやく。

 表情と一致しない言葉は彼女の緊張を示していた。

 激しい戦闘が行われている前方と違い、真希がいる後方は表面上は静かである。

 稀に真由美が撃ち漏らした砲撃が流れてきて、肝をつぶすこともあるが、緊迫する場面はそれぐらいであり、照りつける日差しを除けば周囲に敵はいなかった。

 しかし、穏やかな環境とは正反対に心はドンドンとすり減っている。

 敵は彼女と同じ狙撃型の後衛。

 彼女らは正面戦闘ではそこまの脅威ではないが、戦闘中の横やりでは最大級の難敵となる。


「健輔は砂嵐で援護不可。ま、あっちは葵がなんとかするでしょ。問題は……」


 剛志とサラの格闘戦は両者が近すぎて誤射の可能性があるため、迂闊に手を出せない。

 真由美とハンナの頂上決戦は当たり前だが、介入出来ない。

 試合開始からほぼここまで一貫して、彼女は本来の仕事が出来ていなかった。

 やることがないわけではないのだが、アズリーを抑え続けるだけでは勝てない。

 

「和哉は真由美さんの補佐だから……。うわー、どうしよう、この試合ずっとこのままかも」


 和哉は今回の戦闘では序盤の役割が補助と定められている。

 巨人の間に挟まるのは可哀相だと思うが、同時に適切な役割でもあった。

 痒いところに手が届くタイプの魔導師はこのような使われ方が多い。

 次代の参謀として、頭が回るのも彼の立場を補強している。

 後で労っておこう。

 縁の下の力持ちに、感謝の言葉を内心で捧げて真希は再度魔導機を構え成す。

 アズリーが動くのに、合わせて1発お見舞いしたのだが、上手に避けられていた。

 ここいらでダメージぐらいは欲しいのである。


『真希、聞こえるか?』

「おろ、早奈恵さん? どうかしましたか?」

『葵が前線を食い破ったはいいが、後ろに引くようだ。アズリーが援護したようだな』

「ああ、だからこっちに来ないのか。了解です。仕切り直しってことはメンバーチェンジですよね?」


 和哉と真希のどちらか、もしくは両方を入れ替えて前線を強化するというのが、試合前の方針だった。

 交代をするのならば、タイミングが重要になる。

 向こう側も前衛を強化する可能性を考えると、悪くないタイミングではあった。


『和哉が交代する。真希、お前はそのままだ』

「……ふむ。アズリーが交代しない?」

『ああ、むしろ向こうはそのまま攻めてくるだろうさ。少し早いが既に優香を投入する準備は始めている』

「ああ、剛志くんがヤバイ感じなんですね?」


 早奈恵の言外の意に真希は気付く。

 サラの格闘戦能力、アメリカの国内大会でも隠しきった技は確実に剛志を意識しているだろう。

 普段通りの彼と待ち構えていたサラではどちらが有利なのかは明確だった。

 

「このタイミングで前線を下げるのは難しいですか」

『援護も必要だからな。葵が敵陣の奥深くまでアリスを追いかけるのは流石に時期尚早だな』

「了解です。努力しますよ」

『頼んだ』


 早奈恵からの念話が途切れ、真希は素早く移動を開始した。

 今までは防戦を軸にしていたが、攻めの姿勢がそろそろ必要になる。

 決断したのならば、速やかに行動するのは鉄則だった。

 1秒の遅れが戦局を変えてしまう事もある。


「忙しくなってきたぞ、ってね」


 ぺろりと唇を一舐めして、不敵に笑う。

 両チームが状況を整えるために、同意の上で戦力を動かし始める。

 先に準備を完了した方が、一気に仕掛けてくるだろう。

 その時に備えて、良いポイントへ移動しておくのが吉だった。

 葵に劣らぬ勘を頼りに、真希はある場所を目指して駆けていく。

 嵐の前の、一時の凪。

 全面攻勢の季節が少しずつ、近づき始めていた。


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