第215話
「解説の立夏さん。今はどちらが有利と言えるのでしょうか?」
「シューティングスターズではないでしょうか。クォークオブフェイトは少し予想外の流れが生まれたみたいで今一乗り切れてない感じですね」
「ほう、ではシューティングスターズが1歩リードと言った具合なのですね」
「リードと呼べる程なのかは、正直なところ微妙ですけど……」
試合開始前はハイテンション過ぎていろいろと心配になった立夏だったが、いざ試合が始まってみると司会の瑠愛は実況としての仕事を完璧にこなしていた。
流石はプロ、と微妙にずれた感動の仕方をしたぐらいである。
「立夏さんもちゃんとやれているみたいでよかったです。それよりも……」
尊敬するリーダーがそんな内心とは露とも知らず、莉理子は安心したように微笑む。
微妙にテンポが違うのか、立夏がやり辛そうにしているのは若干気になったが割って入るほどのものではないと判断していた。
実際、2人の噛み合っているのか、噛み合っていないのかよくわからないコンビだが実況の方はわかりやすく、ネットの評価も良い。
無粋な介入はいらないだろうと、試合の方へと意識を向ける。
「大丈夫ですか?」
「うぅ……心臓に悪いよ」
試合開始前よりも良くなるどころか悪化を始めた菜月に声を掛ける。
集中したくても隣で呻き声などを上げられてしまっては途切れてしまう。
可愛らしい後輩なのだが、今だけは少し遠慮して欲しかった。
「試合を見るのは初めてじゃないでしょう? どうして、そんなに辛そうなんですか?」
「せ、世界戦だと勝手が違うといいますか……。国内大会の時は実況もしてたので……」
「ああ、より感情移入しちゃって大変なんですね」
「はい……」
涙目の菜月を慰めるように莉理子は明るい話題を提供する。
子どものように目を潤ましている彼女が忍びなかったのだ。
「立夏さんはあのように言いましたが、今のところクォークオブフェイトも想定通りに試合を運んでいますよ」
「そ、そうなんですか?」
「優香ではなく、健輔さんをエントリーしたのもラッセル姉妹対策でしょうしね。ゴーレム使いを倒すには大火力が必須になります。クォークオブフェイトでも条件を満たせる人物は少ないです」
立夏は流れをシューティングスターズ有利としたが、裏の言葉を莉理子は読み取っていた。
クォークオブフェイト側も前衛との戦闘を望んで攻撃を仕掛けたのだ。
おそらくだが、健輔がラッセル姉妹を相手にするのは予定通りの事だろう。
葵がアリスと戦うのも同じくである。
剛志がサラとぶつかれば、彼女は否応なく不利になっていく。
無論、サラが何も対策をしてないのはあり得ないとはいえ、相性が良くないのは事実なのだ。
砲撃の応酬ならば、ハンナよりも真由美が優る。
その程度の計算はしてあるはずだった。
「じゃ、じゃあ、勝てるんですかね」
「……どうでしょうか。ここからはもう個々の戦力の問題ですからね」
お互いに世界戦へ向けて隠している手札があるだろう。
ここから先はそれを披露して、ぶつけ合う形になる。
ラッセル姉妹も2人揃えば、十分にエース級の実力者なのだ。
2人分の器用さやゴーレムのタフさなどから考えて健輔相手には悪くない人選である。
どちらも相手を倒すだけの手段があり、技量的にも近い。
となれば、必然として消耗戦が発生する。
問題はその中で流れを掴めるのかということだった。
「しかし、まだ評価が甘い感じがしますよ。女帝」
莉理子は聞こえないとわかっていて、ハンナのミスを指摘した。
健輔の実力について中途半端に知っているからこそ、ハンナはある勘違いをしている。
その齟齬がこの試合でどのように影響するのか。
莉理子にもわからない。
しかし、意味がないとは思えなかった。
「……それにしても、これだけ心配されるのは男性冥利に尽きるのではないでしょうか」
視線を菜月に向けて、莉理子は苦笑した。
どこから取り出したのか物凄い数のお守りが鞄から飛び出している。
交通安全などと試合には役に立たなそうなのもあるが、籠っている気持ちだけは本物だろう。
「さて、ここからどうなりますかね」
序盤は想定通りの殴り合いに終始している。
荒れるとすればこれからであった。
参謀として、嵐の兆候を感じ取る。
あの場に立夏と共に立てなかった事を寂しく思いながら、次の展開を待つのであった。
ハンナよりも僅かに明るい色の閃光は大量の砲撃で葵を狙っていた。
接敵から10分。
各地で個別の戦闘が行われる中で、この戦いは既に膠着した状況へ陥っていた。
「……中々やるわね。良い砲撃だわ」
健輔と同年代の後衛にしては頭1つ飛び抜けている。
能力的なものではなく技術的な部分を葵は評価していた。
現時点で真由美の8割程度の実力はある。
偶に葵でも少しだけヒヤリとする攻撃があるのは、センスが優れている証拠だろう。
「ま、それでも私を落とすにはちょっと力不足かな」
足止めには申し分ないが、撃破は無理だ。
葵は客観的に彼我の戦力差を導き出す。
相手の隠し玉、切り札にもよるが現時点の葵を止められない以上、結論は変わらないだろう。
戦力的には1人で戦っている優香と同等クラス。
エースには届かないが準エースを超えるレベルだと判断した。
一皮剥ければ『女帝』の後継者としては申し分ない。
「……凶星を継ぐのが健輔とは……ちょっと申し訳ないかな」
試合中に意識を逸らすのはマナー違反だが、次代魔導師を見てらしくない事を葵は思った。
真由美の砲撃の神髄を受け継いだのが、万能系の健輔なのだから世の中何が起こるのか本当にわからない。
その健輔の練習相手をしていたからこそ、割とあっさりな感じでアリスに対処出来ているのだから、皮肉というか面白い運命だった。
前衛と後衛の2つの視点を体感として持っている健輔との練習は葵をもう1段階上に引き上げるのに良い練習だったと言えるだろう。
今の葵には、どれほど強力な砲撃でも来るとわかっていれば対処出来る自信がある。
「……ま、射点がわからないと流石に光速は無理だけどね」
手品みたいな技のため、種がばれてしまえば一気に不利になる。
相手もそろそろ工夫はしてくるだろう。
ある程度は勘でなんとか出来るが、そのような神業は簡単に狙ってやれるものではない。
どうやって事態を打開するべきか。
葵が思いを巡らせていた時に、望んでいた連絡がついにやってくる。
『葵ー、準備オッケーだってさ。ステルスしてた剛志がサラさんに仕掛けるよ』
「よし! 了解! 合わせて私も突撃するわ」
『はいは~い! ……ん? 葵、健輔の援護は?』
「そんなの自分でなんとかするでしょう。美咲ちゃんにサポートだけお願いしといて」
『えっ、いや、それはマズ――』
「はいっ! 念話おしまい!」
まだ何かを言おうとしている香奈を無理矢理振り切って準備を始める。
何を心配しているのかは大体わかっているが、聞くつもりがないのだから結果は同じだった。
健輔は自由にやらせた方が面白い。
葵の思いは一貫して変らないし、変えるつもりもなかった。
それに今はそれよりも面白い事が待っている。
余計な事に気を取られたくない。
「敵陣に突入して暴れられるチャンスだもの。払ったリスクの分はしっかりと元は取らないとね」
わざわざ相手の思惑に沿う形で、健輔をプレゼントしたのはそのためなのだ。
罠だとわかっているのならば、準備の上であえて乗るのも戦術の1つだった。
葵は獰猛な笑みを浮かべて、ゆっくりと相手に気付かれないように魔力を高めていく。
突撃するのを気取られてしまうと、迎撃されるリスクは高くなる。
チャンスはそれほど多くないだろう。
剛志が仕掛けるタイミングの前後あたりが良い。
「……でも、なんか嫌な感じもするのよね」
本当にアリスの実力がこのレベルなのか、警戒する必要性を感じていた。
あえて避けやすいようにして、本命を隠している可能性はまたはそれを読まれる事にも対策をしていないか。
大筋の作戦は既に止められない。
しかし、細部の微修正は可能である。
葵はギリギリまで相手の意図を読むことをやめなかった。
獣のような直感と冷徹な計算が同居しているからこそ、藤田葵という戦闘者は強いのだ。
後輩にも受け継がれている思考方法は、確かな脅威として静かに胎動していた。
状況が動く時は近い。
それは敵であるシューティングスターズも感じていたのであった。
「そろそろ来る」
真由美が放つ真紅の暴虐を前にして、サラは微塵も怯えを見せない。
夥しい数の障壁展開数、『鉄壁』の由来たる彼女の技はシンプル故に破り難かった。
純魔力体であるため、破壊系に弱くその性質上、物質化しても影響から逃れられないと明確な弱点こそあるがそれ以外には完璧に近い防御手段である。
破壊系を武器にしている魔導師は数少なく、大会で活躍出来るレベルはさらに少ないのだ。
本来ならば、そこまで警戒する必要もないのだが、何の因果かわからないが日本には彼女にとって鬼門となる魔導師が複数存在していた。
1人は天空の焔、赤木香奈子である。
理由は明白だろう。
サラの障壁を容易く消し飛ばす悪夢の体現者だ。
じゃんけんにおけるパーとチョキの関係であり、何をしようが絶対に勝てない。
そして、もう1人。
香奈子に比べれば脅威度は落ちるとはいえ、警戒すべき相手がいる。
「ハンナ、前に出てきそうな感じだわ。もしもの時はお願いね」
『了解。アリスにも言っておくわ。葵が本陣に来た場合は予定通りに動くから、あなたもそのつもりでお願い』
「わかったわ。武運を」
『そっちこそ、剛志とのデートはしっかりとこなすのよ?』
「ふふ、ええ、わかったわ」
念話が切れるとサラは周囲へ探査のための感覚を広げる。
直感だけで処理しても構わないのだが、サラは自分をそこまで信じていない。
壁役として攻撃を受ける時に、受け止めれない事だけは避けないといけなかった。
「真由美の砲撃……。ふふ、少し不謹慎ですけど、いろいろと思い出しますね」
真由美とハンナ、人種も国籍も何もかも違うのに何故かよく似ている2人。
ハンナの親友として、両名の凌ぎ合いを間近で見てきたからこそ、サラは2人がどれだけ努力を重ねたかを知っている。
目指す頂が同じ2人が偶々同年代に居たのは、まさしく『運命の巡りあわせ』だろう。
神様というのは優れたエンターテイナーだと、サラも感心したものだった。
「――これは」
昔を懐かしんでいても警戒を怠る事はない。
ある種のルーチンワークを繰り返す中で感じた些細な変化。
真由美の攻撃兆候ではなく、静かな闘志の発露をサラは確かに感じた。
葵のような野生の荒々しさではない。
研ぎ澄まされた戦士の意思――間違いないだろう。
「ガーディアン。警戒レベルを最大に」
『ラジャー。多層障壁の及び、物質化障壁の準備を行います』
この間にも真由美の攻撃は止まらない。
サラは役割を果たしつつ、周囲の様子を改めて探るが反応はなかった。
「……ううん、絶対にいる」
気付いていない振りを続けて、相手の攻撃を誘ってみる。
サラの経験が訴えるのだ。
お前を、仲間を狙う者がいるぞ、と。
合理的ではない直感だが、外れた事はない。
いや、ここで外すような魔導師ならば2つ名など与えられなかった。
警戒したままの状態で、真由美の砲撃を防御する。
中々に神経をすり減らす行為だったが、彼女は『鉄壁』守りに関しては最上位の魔導師だった。
「来る? 来ない?」
ここから先は我慢比べである。
あえて警戒しているところに踏み込むのか、それとも後ろに下がるのか。
中堅レベルのチームに多いのは、一旦仕切り直すことだ。
警戒されているのだから、踏み込むのはアホがする所業だろう。
合理的な判断であり、間違いではない。
しかし――、
「真由美のチームに、そんな臆病者がいるはず――ないッ!」
「貰うぞ」
「させませんッ!」
――前に出なければいけない時はあるのだ。
真紅の砲撃に紛れて、先ほどまでは1人だった空に無粋な乱入者の影。
破壊系と身体系の隠密性を最大限に生かしていた静かなる攻撃。
拳の射程圏に入るまで検知出来なかったのは、剛志の高い熟練度を示していた。
感嘆と驚愕が入り混じった心を置き去りに、サラの身体は迎撃に動く。
既に剛志は攻撃態勢に入っている。
上から打ち下ろすように放たれた拳は彼女のライフを削るには十分な威力があるだろう。
順当にいくならば、間違いのない事だった。
「何……?」
「っ、とあああ!」
剛志は予想外の光景に戦場で僅かだが、動きが止まってしまう。
彼の無骨な拳を迎撃したのは、サラの優美な足だった。
大部分が服で見えなくとも、細さと繊細だけは伝わってくる。
「っ、バカな――」
「はあああッ!」
続けざまに放たれる足技、そして軽やかな空中機動。
サラは前衛だが格闘系ではない。
データの上では疑いようがない事だったが、剛志には何が起こっているか理解出来た。
魔導とは関係ない部分での技術。
つまりは純粋な体術である。
「なるほど、よく考えてある。だが、それで俺に勝てると思うな!」
「どうかしら? やってみないとわからない、でしょう!!」
腕の部分には盾のように1部分だけを展開された障壁。
攻撃のインパクトの瞬間にも生成されているのだろう。
剛志は先ほどの攻防で感触に違和感を感じていた。
「障壁を組み合わせた格闘戦……確かにそれならば、破壊系の影響は最小限だ」
「あまり才能がないから時間が掛かったけど……。中々、様になっているかしら?」
サラにしては挑発的に笑う。
わかりやすいにも程がある挑発だが、女性の誘いを断るほど剛志は無粋ではなかった。
何より、技術を競うというのは悪くない。
「……良い戦意だ。体術を競うのも悪くない」
「お互いに目立たない戦い方同士、1曲付き合ってくれますか?」
「ああ、無学故、風情などを解せぬ身だが、精いっぱい相手を務めよう」
盾と拳がダンスを踊る。
2人の戦いは各地の状況も動かすだけの意味があった。
混沌たる戦場を2つの光が照らす中、魔導師たちは死力を尽くす。
戦場の中に生まれた戦いの場は、参加者の熱量に合わせて、どんどんヒートアップするのだった。




