第213話
開会式が終わってからそれなりに時間が経ち、各チームの魔導師は各々好きに過ごし始める。
ハワイという土地柄は観光地、彼らのような稀人が泊まる場所はいくらでもあった。
そんな中、健輔は圭吾と共に割り当てられた宿舎で雑談に興じる。
転送陣があるため、別にいつも通り部室で話すことも可能だが、そこは気分というものがあった。
それに大会側からも試合以外の時はなるべく宿舎に居て欲しいと要請が来ている。
積極的に破るつもりはないのだから、言われた通りにするのに異論はなかった。
転送陣はある程度は安定して使えるようになったが、条件によっては使用出来なくなることもある。
万が一、帰ってこれないなどという事態に陥れば、謝って済む話ではなくなってしまうだろう。
余計はリスクは避けるようにしておくべきだった。
「ぷはー、しんどかった……」
「健輔も緊張するんだね。まあ、確かに空気が重いというか。すごくピリピリした感じだったけどさ」
「戦意の高まりだな。強そうな奴ばかりで楽しそうだったな」
「そう思うのは健輔と葵さんだけだよ。僕は今から心臓が痛いよ」
やたら豪華な部屋で同室の圭吾に健輔は愚痴をこぼす。
開会式の諸行事は無難にこなしたが、重苦しい沈黙というのを健輔は好いていないのだ。
せっかく世界の魔導師がいるのだから、是非話してみたかったが空気がそれを許してくれなかった。
それでも注目すべき魔導師はしっかりと観察していたのは、健輔らしいと言うべきなのか。
「圭吾、お前は海外の魔導師を見てどう思った?」
「健輔、ハッキリと言ってくれてもいいよ。皇帝、女神を見てどう思った? でしょう」
「お、やっぱりわかるか?」
「物凄い顔で見てたからね。ただ皇帝はともかく、女性の女神にあの顔はマズイと思うよ。通報されたら言い訳出来ない」
「ばーか、そんなんじゃないっての」
圭吾の物言いに呆れたように笑う。
本気で言っているのではないとわかっているが、反論はしておくべきだった。
女神を女性として見たつもりはないのだ。
確かに幻想的な銀の髪を持ち、整った容姿を持つ彼女は女神という呼称が良く似合っていたが、健輔の心にはそこまで響かない。
桜香や優香とは違ったタイプの超級美人だと認めてはいるが、それ以上の感想は存在しなかった。
むしろ、健輔が気になったのは容姿よりも瞳である。
餓えていて、かつ燃えている瞳。
健輔にも見覚えのある光の方が遥かに関心が高かった。
「女神だが……、あれはヤバイな。実物を見て、さらに思ったよ。これは凄いって」
「天才、っていう人種は九条さんも含めて超然としてることが多かったよね。でも、あの人にはない」
「ちょうど桜香さんと似た感じだ。でも、レベルが違うな」
桜香がよくわからない衝動に身を焼いているレベルだとすれば、フィーネは自在に燃料をコントロールできるレベルだ。
これだけ聞けばフィーネの方が大した事がないように感じるかもしれないが、実際はそんな事はない。
常に燃え盛る桜香は肝心な時に力を発揮出来ない可能性がある。
対してフィーネは必要な時に溜めた怒りを爆発させることが出来るのだ。
感情という荒波を制御している。
天才――挫折を知らず凡人の努力を嘲笑うような人間たちだが、フィーネはそこには当て嵌まらないだろう。
彼女を直接見た時に、健輔はその事を確信した。
仮に激突するとすれば突破するにあたって、最強最大の壁となるのは間違いない。
これらの事は事前の予想を補強するだけの事だが、直接脅威を確認出来た事の意味は大きかった。
「皇帝は良くも悪くも予想通りかい?」
「ああ、俺としてはもっと違うイメージもあったんだが……。くっ、戦うのが楽しみだよな」
「本当に好きだね……。僕はあの能力を突破出来るイメージがまったく湧かないよ。勝つ勝たない以前に戦えるかもわからない」
「そんなの俺もだぞ? 戦う内に思いつくかも、とかそんな感じだ」
「それで戦えるんだから健輔は本当に大物だね」
苦笑する友人の評価に少しだけ納得いかないが健輔は言葉を飲み込んでおく。
今まで幾度も繰り返した論争だ。
試合前日に改めてやることでもなかった。
「……他のチームもどこもオーラがあった。楽な試合は国内でもなかったけど……。やっぱりレベルが高いな」
「どこもアマテラスみたいなものだからね。人材の豊富さ、後は伝統の長さ。いろいろと僕らとは違うよ」
真由美たちは優秀なリーダーだが、やはり世界戦には戸惑いがあるようでいつもより覇気が少ない。
試合をすれば元に戻るだろうと心配はしていないが、健輔たちにも不安はあった。
世界の強豪、その中であくまでも1年生にすぎない自分が本当に戦えるのか。
結果が出るまでこの悩みが晴れる事はないだろう。
「……明日だな」
「うん……。健輔、頑張ってよ? 九条さんを差し置いて、1年生を代表する形で出場するんだからさ」
「ああ……、わかってる。絶対に勝つさ」
部屋から見える美しい海を見ながら、健輔は誓いを口にする。
美しい空の景色にどこか優香を思いだして、健輔の心は軽くなった。
自信を持って、いつも通り120%の力で戦えば良いのだ。
傍までやって来た試合の音に震える体を沈めながら、明日の朝日を待つのだった。
夜――昼間の熱気が過ぎ去った会場で肩を並べる2つの影。
1人はクォークオブフェイトのチームリーダー、近藤真由美。
もう1人は明日の対戦相手、シューティングスターズのチームリーダー、ハンナ・キャンベル。
明日激突するチームのリーダーたちは戦いが控えているとは思えない穏やかな表情で笑い合っていた。
「真由美ったら失礼しちゃうわ。私はそこまで砲撃バカではないわよ」
「そうかな? それを言うなら私だってそこまで砲撃バカじゃないよ」
試合の事に触れないようにくだらない話題で語り合う2人だったが、いつしか会話が途切れ、無言が場を覆うようになってしまう。
何を言おうか迷っている。
普段はお互いに果断な2人だったが、もう2度とない機会を前にすれば迷いを抱くのも仕方のないことだった。
「「ねえ」」
意を決して、相手に発した言葉はまったく同じ内容となっており、綺麗に重なる。
先ほどまでとは別の沈黙が場を覆う。
夜の静かな空気の中、見つめ合う2人の美少女。
黒と青の瞳が見つめ合う中、どちらともなく笑い声を上げ始める。
「ぷ、ふふふはは!! 何よ真由美、私の真似をしないでちょうだい!」
「こっちのセリフだよ! まったく、同じ内容なんて。もうっ」
2人で意味もなく笑い合い、しばらく周囲には笑い声が響き渡った。
彼女たちが出会ったのは2年前のこの場所、世界大会での話である。
伝統を持つ強豪チームの1員だった真由美と、自分で生み出したチームのリーダーだったハンナ。
この時にはぼんやりと自分でチームを作ってみたい程度の思いだった真由美にとって、彼女は先行した存在だった。
自分のやりたい事を体現している。
バトルスタイルまでもそっくりで話してみれば、性格までも似ていた。
ここまで来れば同族嫌悪に陥ってもおかしくなかったのだが、幸いにも些細な違いがあったからこそ、彼女たちはライバルであれたのだ。
量を重視した砲撃と、質を重視した砲撃。
複数年に渡って計画されたチーム構成と、割と思いつきで集めた人材。
似ているようで彼女たちはその実、鏡合わせのように反対の性質を持っていた。
極めて近くて、同時に限りなく遠い。
そんな不思議な関係だった。
「真由美」
「うん? 何かな」
「――あなたに感謝を。私だけがこの道を歩いていたら、此処に至れたかはわからなかった」
「ハンナはそんなの関係ないと思うよ」
「それでも、よ」
自分とチームの力だけで世界に来る事は不可能ではなかっただろう。
ハンナは自分を評価していたし、仲間たちも同様に評価している。
それでも彼女は思うのだ。
――彼女がいなければ、きっと今の自分はなかっただろう、と。
もしもの自分よりも今の自分の方が強いとハンナは断言出来た。
あなたがいてくれたから、私もここまで強くなれた――ハンナの瞳が語る。
「ありがとう。でも、それは私も同じよ。世界の頂点を自分のチームで取りたい。行動に起こせたのはハンナのおかげだわ」
「あら、どういたしまして」
――同じように真由美もハンナに感謝している。
ハンナ・キャンベルがいなければ、人生の楽しみが1つは減っていた事だろう。
お互いに意識し合うライバルとして、高め合ってきた。
一生の中でそんな人物を持てるのは、きっと幸福な事だろう。
真由美もハンナもその思いだけは同じだった。
「だから、明日――」
「ええ、明日――」
明日、世界で彼女たちは雌雄を決する。
お互いの3年間の終わり。
ハンナと真由美、どちらかの夢にどちらかの手で幕を降ろすのだ。
両者の心に僅かな痛みが走る。
そして、大きな安堵も感じていた。
どこか、それこそ別のチームの手で終わりにされるぐらいなら自分の手で終えたい。
そんな思いも確かに2人の心の中にあったから。
「「――決着を付けましょう」」
宣戦布告。
とっくの昔に決まっていた激突だが、直前だからこそやる意味があった。
言いたい事はもうない。
ここから2人は友人ではなく敵となる。
「おやすみなさい。真由美、また明日ね」
「ええ、おやすみなさい。ハンナ、またね」
別れはいつも通りに。
心の中は戦意で満ちている。
最高のコンディションで彼女たちは試合に臨む。
――クォークオブフェイト対シューティングスターズの戦いがついに始まる。
『さて、解説の立夏さん! どういう試合展開になると思いますか?』
『そう、ですね。戦闘フィールドは砂漠。双方共に遮蔽物のない環境であり、同時に海もないため、身を隠すのは難しい。ならば、必然として、正面衝突が起こるはずです』
世界戦の試合会場。
日本陣営に用意された解説席で実況を含めた4名が試合が始まるのを固唾を飲んで見守っていた。
眼前には魔導技術の粋を凝らした立体映像が広がっている。
世界戦の戦闘フィールド選択はいくつかのルールが定められており、それに沿った場所が選定される。
例えば、自陣はチームの特性にあったフィールドである事、などが上げられるだろう。
今回のクォークオブフェイトとシューティングスターズの場合はお互いに大火力が売りのチームである。
だからこそ、遮蔽物が存在しない殴り合いのフィールドが選択されているのだ。
他にも広さの上限が国内大会の倍になっており、試合時間も大体30分程延長されている。
これらの細かな違いは選手たちがより大きな力を発揮できるように配慮されているためだった。
見栄え的にもそちらの方が面白いという判断もある。
「莉理子さんはどちらの方が有利だと思いますか?」
「菜月さんは難しい質問をしますね……。他のチームならば、もう少し有利不利があるのですが、この2チームは……」
「す、すいません。私はその……魔導師としては普通なので、ちょっと不安で」
菜月の言葉に莉理子は思案顔を見せる。
先の言葉に嘘はなく彼女も本当にわからないのだ。
『女帝』ハンナ・キャンベルはランク4位。
『終わりなき凶星』近藤真由美はランク5位。
ここだけ見れば、ハンナの方が僅かに有利だが、この2名に関しては実力差と呼べる程のものが存在しない。
ランクに差異があるのは実質上、実績差と呼べるものでしかないのが、原因なのだがそれをここで語っても菜月は安心出来ないだろう。
クォークオブフェイトが同格、もしくは格上と戦うのはアマテラス以来なのだ。
不安を感じるのも仕方ない事だった。
「菜月さんの言いたい事はよくわかるのですが……世界は番狂わせが案外と起きます。本当に最後まで試合はわからないんですよ」
「あっ、はい。何度も言われたんでわかってるんですけど……」
「信じて上げてください。応援団長は1番近くで彼らの努力を見つめてきたでしょう?」
「……はい。その、ありがとうございます」
「いいえ。説教臭い感じでごめんさいね」
菜月は前を向いてしっかりと空を見る。
不安をようやく吹っ切ったのか、少しはマシな顔になっていた。
その様子を見て、莉理子をようやく眼前の光景に集中出来る。
「……今日の試合は心臓に悪そうなものばかりですね」
試合開始初日にして、いきなり日本勢が2戦するのだ。
その上、勝敗によっては天祥学園のチーム同士が激突することになる。
見逃せない戦いというのはその通りだろう。
学園の方でも今日は授業が中止となっており、全員で試合を見ているはずだった。
「どうか、勝利を」
クォークオブフェイトが望む結末を得られる事を莉理子は祈る。
世界大会第1戦――『クォークオブフェイト』対『シューティングスターズ』。
――試合開始。
運命と流星が思いをぶつけ合う。
勝者はどちらか1つのみ。
地に落ちるのがどちらになるのか、
1時間半に及ぶ戦いの幕が切って落とされた。




