第212話
「シューティングスターズ戦は剛志さんか……」
「正道な対策ですね。だからこそ、どのように対処するかが大変ですけど」
商業区画にあるファミリーレストランで健輔たち4人は晩御飯を食べていた。
時期はもう1月末。
最後の1週間、言うまでもなく世界戦まではもう時間がない。
休息と練習のバランスを鑑みて、これ以上の成長は見込めないという領域まで自分を苛め抜き、後は結果を待つだけとなっている。
それに合わせてなのか、真由美たちからは世界戦の第1試合における出場メンバーが発表されていた。
幾分変則的なのは、優香を引っ込めていることだろう。
前衛が葵、剛志、健輔の3名。
後衛が和哉、真希、真由美のいつものメンツとなっている。
特徴的なのは前衛だった。
優香ではなく葵が健輔の相方として配置されている。
交代を活用する機会も国内戦よりは多いとはいえ、強豪戦というのは接戦になりやすい。
タイミングが無ければ交代は出来ないのだ。
優香を出さないのは大胆な決断だと言ってよいだろう。
「優香は残念だったわね。第1戦のメンバーから外れちゃって」
「いえ、戦略上は当然だと思います。早奈恵さんにも言われましたけど、私はムラが多いですから」
「実際、葵さんの安定感と健輔の器用さはいいバランスだと思うよ。お互いによく知ってるしね?」
「ニヤニヤ笑うなよ。……まあ、連携をするのは楽だけどさ」
健輔といえば、やはり優香と組んだ時か、もしくは単体で暴れ回っているイメージが強いだろう。
実際、健輔が国内の公式戦で優香以外のメンバーと組んで戦った事は実はほとんど存在していない。
アマテラスでの3人掛かりなどが稀有な例に当て嵌まる。
無論、ただの偶然ではなく真由美たち3年生の思惑があってのことだった。
それが今回、第1戦から公開されることになっている。
「葵さんと健輔さんの連携の見所は破壊力でしょうか。分厚い壁も御2人なら、簡単に壊せてしまえそうです」
「あーうん、確かにそんな感じかも。葵さんとやる時は健輔ってばすごく集中してたからね」
「いや、別に葵さんだから集中してた訳じゃ……」
「へー、じゃあ、遊んでたのかしら? 健輔」
「……え?」
急に割り込んでくる聞きなれた声。
自分たちの後ろのテーブルから聞こえたその声を健輔はよく知っている。
否、忘れるはずがない。
春から続く今日に至るまでの日々で、健輔に忘れられないものを刻んだ女性の声だった。
錆びついたロボットのように健輔は恐る恐る背後を振り返る。
そこには快活そうな笑顔を見せる抜群の美女がいて、
「――ごめんなさい!」
「心意気は良し。でも、だーめ」
語尾にハートマークが付きそうな甘い声。
表情は笑顔、にも関わらず健輔の心はドンドン冷たくなっていく。
普通ならば店の中で殴られるとは思わないが、葵はやりかねない。
どうして此処にいるのかなど、数多の疑問が過るが、まずはこの事態を打開することが必要だった。
覚悟を決めて、葵を見つめる。
「おっ、覚悟を決めた?」
「決めてません。……なんでここにいるんですか」
「私たちだって、晩御飯くらい食べるわよ。ついでだし、よく居るって剛志から聞いてたからね。ちょうど良いかと思いまして」
「いつから居たんですか……」
「割と最初の方からよ。こんな感じで声を掛けたらびっくりするかと思ってね」
「まさか……」
「良いリアクションありがとねー」
いないと思っていた人に声を掛けられて混乱したため、健輔らしくない醜態を見せてしまった。
葵の目的は最近澄ました感じの健輔を脅かす事だったのだろう。
証拠と言わんばかりに2年生たちはニヤニヤと笑っている。
無言で目を瞑って、腕を組んでいる剛志と手で謝っている真希が数少ない良心だった。
「いやー良いもの見たわー。ん? でもこれでびびるってことは健輔、私が殴ると思ってるってことよね……? 少し聞きたい事があるんだけど、いいかな」
「そんな事は当たり前だろう。なあ、健輔」
「……勘弁してください。ノーコメントってことでお願いします」
「あら……。健輔、夜の運動でもする? 私は付き合うわよ」
言葉だけならセクシーなイメージが湧くが発言者が葵だとわかると悲惨な末路しか想像できない。
葵の怒気を感じた健輔は和哉にアイコンタクトを送る。
これ以上はヤバイ、助けてください――だった。
後輩からのSOSに和哉も真剣な表情で答える。
任せておけ――そんな意味が籠められた視線に健輔は涙が流れそうになった。
2年生の中で最も葵の扱いに長けた達人。
次代の参謀は後光を背負っているかのようだった。
「それは御免だな。さて、そっちの置いてけぼりの3人。付いてきてるのか?」
「あ、大丈夫でーす。わかってました」
「運動ですか? この時間は練習フィールドも閉鎖されてますけど……」
「あー、優香ちゃんはそのままでいてねー。葵ー、場所を考えてよね」
慣れたように周囲に話題を拡散させた和哉の手際に感動を覚える。
いつか自分もあの高みに至れるのだろうか。
健輔の胸にはそんな思いが去来していた。
――お疲れ様です。
――慣れてるさ。
再度のアイコンタクトはどこかハードボイルドな雰囲気を漂わせていた。
姦しい会話をBGMに2人は通じ合う。
視界の隅に店員がやってくるのが見えて、表情に苦笑を浮かべるのだった。
「驚かせるまでは同意したが、やんわりと注意されるのは計画になかったぞ」
「あー、はいはい! わかってますよーだ。今度は私が奢るから、それで許しなさいよ」
「よかったな、健輔。お前たちにも奢ってくれるとよ。世界戦の第1戦が終わったらな」
「ありがとうございまーす」
「ちょ、和哉! もう……」
都合9名の大所帯は夜の街を抜けて、寮の方向へと向かう。
あの後、店員から注意を受けて急に恥ずかしくなったのだろう。
静かになった葵の事もあり、彼らは店を速やかに後にした。
9人も集まれば多少はうるさくなるものだが、大半が女子な事もあり破壊力は3倍程度では収まらない。
肩身の狭い男性陣は後ろから彼女たちを追い掛けていた。
元気な女性陣を見守る男性陣にはどこか哀愁が漂っている。
先ほどの葵の無駄に溢れる行動力と和哉の慣れた手際を見て、2年生たちの関係性が少し見えてきた。
「……和哉さんたちは俺たちが入るまでよくあれに耐えれましたね」
「大した事じゃないさ。女性の人数がこっちの倍だからな。対抗なんて諦めただけだよ。それに俺も真由美さんは尊敬してる」
「隆志さんもきちんとサブリーダーとして機能していた。藤田もあれで礼儀にはうるさいからな」
「ああ、それはわかります」
健輔には暴れん坊な姉でしかない葵だが、年上と話す時などは楚々とした感じの女性にもなれる。
学校で葵に関する噂を聞くとギャップがありすぎて、蕁麻疹が出そうになる程だった。
身内がいないところでは出来る女なのである。
「それにしても、今日は一際テンション高いですね」
「1回戦があるからな。あいつなりに緊張してるのさ。……いよいよ、来るべき時が来たって事だからな」
和哉は軽い感じで話しているが、2年生も世界戦には何等かの思い入れがあるのだろう。
言葉の端々に力が籠っている。
「健輔」
「剛志さん?」
「藤田の奴の全力を引き出す事に集中しろ。お前には不本意かもしれんがそれが結果としてお前のためにもなる」
「はあ、わかり、ました?」
「唐突すぎるだろうが、すまんな。こいつは結構口下手だからさ」
剛志が何を言いたいのかはよくわからなかったが、やるべき事だけは健輔にもわかっている。
敵のシューティングスターズは切り札を多く伏せているだろう。
真由美がハンナの相手で動けないため、試合はそこ以外の動向で決まる。
健輔たち、前衛メンバーの働きこそが重要になるのだ。
「断言は出来ないですけど、微力は尽くしますよ。今回の試合は葵さんが鍵ですからね」
「はっ、その通りだな。圭吾も忘れるなよ?」
「出るかどうかわからないですけど、了解です」
「いや、出るさ。俺と真希じゃあ、決定打にならない。必ず入れ替えがある。シューティングスターズと比べれば、そこが俺らの強みだからな」
ベストメンバーと呼べるメンツを最初から出す事にはメリットもあるが、デメリットもある。
シューティングスターズは固定のメンバーによる強さを持っている。
それに対抗するのは変幻自在な戦力の投入が不可欠だった。
負けるとは思わないが、より強大な敵と戦うためにも必要な事である。
「気張れよ、健輔。わかってると思うが、お前が今のクォークオブフェイトの中核だ」
「勿論、わかってますよ」
「ならば良いさ。……それにしてもお前はタフだね~。1年なんだから、もっと俺らに甘えてもいいんだぜ?」
「甘える俺とか気持ち悪いですよ……。殴られているくらいがちょうど良いです」
「え……お前ってそっち系?」
「違いますッ!」
どこかあった厳かな空気は消えて、和哉は後輩をからかい始める。
時に真面目で、時に軽い。
誰とは言わないが、和哉もある人物にそっくりだった。
葵は真由美を尊敬している。
その背を目指して、魔導を学んできた。
今、健輔たちが和哉たちの背を見て、何かを学んでいるのと同じように。
――かつて彼らが歩んだ道を健輔たちは今歩んでいるのだ。
このまま最後の1週間は過ぎ去り、1月は終わりを迎え、2月がやってくる。
繋がる連鎖の果て、1つの結末がついに姿を見せる時が来たのだった。
魔導競技世界大会。
日常の中にある国内大会とは違い、完全に独立した上で各種ルールの厳格化など真の意味での『大会』はこの世界大会の事を示している。
世界の魔導師たちがぶつかり合う事から『魔導戦争』とも言われる世界大会。
開会式が開かれるのはハワイ沖にあるアメリカ校に属する人工島の1つである。
ハワイ周辺にはこのように魔導関係の施設が多数存在しており、夏休みにはクォークオブフェイトも恩恵を授かっていた。
『はーい! お集まりの皆様! 正確には私の放送を聞いてる日本の学生ども聞こえてるかい! 退屈な開会式も終わっていよいよ本番がやってきたぞおおおおおお!!』
広域念話で響き渡るハイテンションな声。
普段は伊達メガネを掛けてインテリを装っているのだが、今日だけはやめたのか高すぎるテンションで雄たけびを上げる。
審判兼実況という国内大会であった放送席の役割は世界大会では存在しない。
代わりに、というか放送部本来の仕事としての実況があった。
役割は見に来ている日本の観客と、学園にいる生徒たちへ試合を解説することである。
欧州から来た人には欧州の放送部が、アメリカにはと言った具合になっており、もう1つの熱い戦いが行われる場所だと言ってもよいだろう。
実際、テンションの高い司会――天祥学園放送部部長『宮永瑠愛』は視線でアメリカに喧嘩を売っていた。
相手も不敵な笑みで見下していたのでお互い様だが、確実に選手よりも盛り上がっている。
そんなテンションが上がっていく空間の中で小さくまとまる幾人かの人影。
1人は放送部所属で『クォークオブフェイト』応援団長の紫藤菜月。
そして、ぷるぷると震えているもう1人は、
『さて! 今回の試合ですが、例年通り、解説者を2人お呼びしてます! 皆、期待してたよね! では――どうぞ!』
『ど、どうも……『明星のかけら』橘立夏です……』
『同じく、『明星のかけら』三条莉理子です』
『はい! よく来てくれました! ――拍手!!』
瑠愛の声を合図に上がる歓声。
よくわかっていないだろうに外人も混ざっている辺り、完全にお祭り気分だった。
空を突き破るかのような周囲のテンションとは真逆に立夏のテンションは地に潜り、心は後悔で満ちていく。
こんな事ならば、大人しく部室で観戦すればよかったと心の中で涙を流す。
「立夏さん、顔に出てますよ」
「ふぇ? そ、そう? うん……頑張るよ」
「そうしてください。一応、名誉な事なんですから。1回戦は人気投票で選ばれたんですよ? 特等席で試合も見れるんだし、我慢してくださいよ」
「わ、わかってるよ……」
名誉な事だと理解しているが、周囲の温度が高すぎることが立夏を困惑させているのだ。
周りが盛り上がると冷めちゃうタイプの人間が立夏だった。
彼女は大勢の人間と盛り上がるよりも仲が良い人物とひっそりの方が良いという割と内向きの人物だったりする。
莉理子はそんな事はわかっているが、立夏の恥じらいもどうせ試合が始まるまでだとわかっているのでおざなりな対応だった。
内向的に見えるけど、それは吹っ切れるまでの話であり、1度エンジンが入ればどうとでもなると長い付き合いからわかっている。
それよりも明確に危険な状態の人物が放置されている事の方がマズイ。
莉理子はなるべく穏やかな調子で声を掛ける。
「えーと、菜月さん? 大丈夫ですか」
「だ、大丈夫です……。こ、こんなに緊張するとは思わなかったです……」
似非緊張の立夏と違って本気の緊張だった。
手が震えているのと加えて妙に庇護欲を掻き立てる姿になっている。
菜月の役割はクォークオブフェイトについて世界戦で語るというものだが、大役を前に顔面蒼白となっていた。
莉理子がフォローしないといけない、と一目見ただけで思うぐらいには追い詰められている。
「とりあえず、魔力を体内に回して身体機能を高めた方が良いですよ。今のままだと本番で気絶してしまいそうですから」
「は、はい! そ、そうします」
前途多難な感じの両翼に莉理子は溜息を吐く。
実際に戦場にいる選手たちの方がマシに見えそうなぐらい酷い有様だった。
健輔たちの戦いの裏側。
彼らの戦いを見守る場所でもドラマは作られていく。
――世界大会開催。
最後の戦いが始まる時は来た。




