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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第211話

 空を駆ける七色の閃光。

 この学園――いや、世界広しといえど、この魔力の輝きを持つのはただ1人。

 九条桜香――『不滅の太陽』の2つ名をを持つ天祥学園最強の魔導師しか存在しない。

 最強のイメージと共に周囲の人間に諦観を抱かせる桜香の力の象徴。

 凡夫には才能の差を見せつける事にもなる虹色の魔導師は常になく焦った表情を浮かべていた。


「しつこい!」


 背後から迫りくる何かに向かって斬撃を放つ。

 並みの魔導師ならば、障壁ごと粉砕する1撃。

 魔力の固有化すら発動させて、文字通りの全力で彼女は立ち向かっていた。

 加減が一切見受けられない。

 いつも余裕のある彼女らしくない厳しい表情は桜香がプレッシャーを感じている事の表れなのだろうか。


「っぅ、抜けれない!」


 カウンター戦法で数多の魔導師を仕留めた桜香がその攻撃に対応する事が出来ない。

 桜香の周囲を捉えるかのように糸――あまりにも細すぎて魔力を目に集中させないと見えないほどの魔力糸がいくつも展開されていた。

 肉眼では捉えられない特別製の檻。

 太陽すらも捉える監獄を前に、桜香も緊張を隠せなかった。


「私の魔力に干渉してくる……っ」


 結界の内部では全力が出せないように様々な工夫がされていた。

 桜香の知覚に外部から干渉して、感覚を失わせるのは序の口だ。

 糸に区切られた空間内では、相手の魔力波が魔素を拡散させてしまい、思うように力を発揮することが出来ない。

 捕らえた者を弱らせ、その上で如何なる者も逃さない結界。

 まるで蜘蛛の巣のように危険な代物だが、相手はまだ全力ではなかった。

 かつて、パートナーを務めたのだ。

 その実力を彼女は誰よりも知っている。


『警告』

「上ッ!!」


 アマテラスの警告に従い、頭上に視線を送る。

 強化された桜香の視力は結界を構成していた糸が1つずつ集まっていくのが見えた。

 相手の意図を理解した瞬間、咄嗟に体が動いた。


「っ――、囮!」


 桜香の真下から彼女を射抜くように何かが高速で襲い来る。

 魔力で編まれた糸が束ねられた物――魔力布とでも言うべきだろうか。

 1つ、2つ、桜香が確認できるだけでも最低で10を超える塊が彼女に迫りくる。


「舐めるなッ!」

 

 桜香の叫びと共に、大量の魔力が一気に周囲へ流れ出す。

 力技で作られた壁が敵の攻撃を一瞬だけ停滞させる。

 九条桜香の持ち味であり、シンプル故に真似出来ない防御方法。

 今年の国内大会でも猛威を振るった能力だった。

 普通ならばここで止められる。

 しかし――、


「やっぱり、ダメ!? 結界障壁展開!!」

『障壁展開』


 僅かな時間を稼いだ後に、敵の攻撃はあっさりと桜香の攻撃を超えてくる。 

 敵の魔力に干渉して、すり抜ける浸透系技術の最高峰。

 技術だけ見ればクラウディアも使用したことのあるものだが、錬度の桁が違う。

 相手は『不滅の太陽』九条桜香なのだ。

 簡単に魔力に干渉、ましてや突破など出来るはずはない。

 現実に目の前で起こらなければ、信じられない光景だろう。

 

「耐えてね。『アマテラス』」


 難攻不落、破壊系でも無ければ突破不可能の防壁。

 桜香の究極の防御、空間を隔てる壁が攻撃を迎え撃つ。

 否、彼女が受けに回らざるおえない程に状況は切迫していた。

 それでも万全の防御を展開出来たのは、桜香の高い実力があっての事である。

 ここで耐えられれば、状況も変えられるはず――桜香の考えに誤りはなかった。

 

「あれは……」


 桜香の対応を確認したからなのかはわからないが、いくつもの魔力布に大量の魔力が集まっていく。

 防御態勢を固めてしまった桜香はその光景を見守る事しか出来ない。

 平たい形だった魔力布たちは、次第に槍のように先端を鋭い形へと変化させていく。

 生まれたのは柔軟に形を変える生きた武器たち。

 彼らは主の命を受けて、岩戸に籠る『太陽』を引き摺りだそうと動き出す。

 研ぎ澄まされた先端部分を桜香に向けた彼らはゆっくりと見せつけるように、ポジションを固めると――


「くぅぅ!」


 ――桜香の障壁へ向けて突撃を開始した。

 結界障壁へ先端部分が僅かに侵入した程度で、罅を入れる事も出来ない。

 障壁突破を図った敵の攻撃を全て完全に防いだ。

 桜香にとってのチャンスがようやくやって来た。

 しかし、本人にはそんな余裕など微塵も存在しない。

 険しい表情のまま、尖った先端部を睨みつける。


「くっっっ……」


 魔導機を構えて、魔力を注ぎ込んで異物を排除しようと力を込めるが敵は止まらない。

 少しずつ、本当に少しずつだが、攻撃が前進を始めたのだ。

 何度も障壁に突撃を行い、僅かずつ侵入部分を拡大する。


「この、程度でッ!」


 叫びをあげても現実は変わらない。

 七色の魔力はいつもよりも猛っている。

 それでも相手を排除することは出来なかった。

 それだけではない。

 相手はまるで桜香の努力を嘲笑うかの如く、武器を高速で回転させ始める。


「こ、こんな……っ!」


 言うならば、それはドリルだった。

 結界と硬い地面を掘削するために形態を自在に変化させる糸。

 使い手の意思を受けて柔軟に姿を変える浸透系の神髄をこれでもかと見せつけてくる。

 戦闘系統の中で幾分と地味な浸透系だが本来はこれだけの力を秘めているのだ。

 桜香はまだ自分が使える系統の実力を発揮しきれていない。

 この攻撃も桜香のレベルならば、同じ浸透系で妨害出来るはずだった。

 純然たるレベルの差がなければ、であるが。


「突破、される……っ!」


 桜香が自身の実力を思い返す間も、ドリルは少しずつ掘削を進めている。

 突破まで残り時間はほとんどなかった。

 防御に全力を割いた状態で突破された場合どうなるかなど、簡単に予測できる。

 無防備になった桜香をあの武器たちが容赦なく貫く未来が見えるのだ。

 極限状態での決断、このまま耐えられると信じるのか。

 それとも、全力で敵を撃破するのか。

 答えは2つ、桜香の選択がこの戦いを動かす。

 

「アマテラス、術式発動!」

『御意。『御座の曙光』』


 桜香最大の攻勢術式。

 大規模を薙ぎ払う範囲攻撃が唸り上げる。

 しかし――、


『そこで大味に頼るのがあなたの悪いところ。もっと冷静に、落ち着いて。規模の大きさと質はイコール関係じゃないわ』

「あっ、しまっ――」

 

 涼やかな声が桜香に失策を悟らせる。

 『御座の曙光』で吹き飛んだはずの敵の攻撃が、無傷のまま煙の中から飛び出て来た時に思いは確信となった。


「くっ、まだッ!」


 魔導機で1本はなんとか切り払うが、残ったもう1本には何も出来ず、攻撃は彼女の身体に突き刺さり――


『桜香、ライフ0%。撃墜判定』


 ――この戦いは終わりを告げるのであった。






「はぁ、はぁ……。これで3戦、3敗」


 桜香はこれまでの模擬戦を振り返り、不甲斐ない結果に苦い表情を作る。

 受けから攻めへのバトルスタイルの変更。

 正確にはカウンターだけではない新しいスタイルを模索しているからとはいえ、納得出来るような成績ではなかった。

 相手のレベルを考慮に入れても、1勝はしておきたかったところである。

 歪んだ表情が彼女の心を表していた。

 そんな桜香の元へ、ゆっくりと近づいてくる人影。


「こら、また何か悩んでるでしょう」

「あっ、そ、その……」


 口調とは裏腹に声は優しく、包容力に溢れている。

 桜香は頭が上がらない人物の登場に慌てふためく。

 くすくすと品の良い笑いが聞こえてきて、桜香の混乱はさらに加速する。


「落ち着いて。さっきも言ったけど冷静に、ね?」

「は、はい……すいません」


 年相応の姿を見せる桜香を優しく見守る女性。

 容姿は美しい黒の長髪と整った顔付きという九条姉妹とよく似た要素を持っているが、トータルで見るとまったく違う印象を受ける。

 肉体的にも豊満な桜香と比べると、その女性はスレンダーな美人と言えるだろう。

 純粋な大和撫子、着物が似合いそうな美人だった。

 まだ高校生であり、僅かにだが顔に幼さが残る桜香と違い、女性として成熟した姿を見せている。


「紗希さん……」

「ふふっ、戦闘中はあんなに激しくなったのに、今は昔のままなのね」

「さ、最近、……その、き、気合を入れた方が良いかなと思っていて」

「うん、凛々しい桜香ちゃんも可愛いよ」


 桜香が紗希と呼んだ人物。

 彼女こそが先代の太陽――『不敗の太陽』藤島(ふじしま)紗希(さき)である。

 桜香に続くスーパーエースの系譜を繋いだ『アマテラス』が誇る魔導師の1人だった。

 引退直前となる去年の世界戦で桜香を庇って撃墜されるまでは、個人戦績においてただの1度も撃墜がなかったのだ。

 練習、公式戦を通して落ちた事がないからこそ付いた2つ名が『不敗』。

 紗希は過分だと言っていたが、桜香も含めて誰も異論を挟まないし、挟ませない。

 桜香に続いて、ある意味では桜香以上にアマテラスの聖域にいる人物である。


「それにしても桜香ちゃん、強くなったわね。魔力に干渉された時は少し驚いたかな」

「いえ、紗希さんにはまだまだ及ばなくて……」


 桜香は恐縮したように頭を下げる。

 頭が上がらないという事も含めて、対桜香最強の兵器であり、同時に桜香を鍛え上げる事が出来る唯一の存在でもあった。

 桜香という規格外を研ぎ澄ませる事が、出来るのは同じように規格外の魔導師だけである。

 3つの系統を持ち、国内史上最高の浸透系魔導師は桜香からしても容易な相手ではなかった。


「すいません。大学部もお忙しいでしょうに、呼び出すような形になってしまい……」

「ううん、気にしないで。私も体を動かす事は嫌いじゃないから」


 笑顔で否定してくれるが、夏の時も無理を言って来て貰ったのだ。

 紗希ほど優秀で人格も優れた魔導師は当たり前のように大学部でも人気者である。

 研究などで忙しい中、時間を作ってわざわざ付き合ってくれる事に、桜香としては感謝の念しかなかった。

 謝り通しで行動に移せなくなっている桜香を見兼ねたのか。

 仁がゆったりと近づき、紗希に話しかける。


「藤島先輩」

「ん? 何かしら仁くん」

「先輩から見た桜香くんの問題を教えて欲しいのですが、よろしいでしょうか?」

「あら、もう反省会? ふふ、やる気満々だね」

「彼女の願いでもありますので」


 仁からの問いを受けて、紗希は少しだけ思案顔になる。

 今回の戦闘では最初から紗希に『結界』に包まれるなど桜香が不利な状況から始まった。

 それでもこの結末、紗希が無傷で勝利するという結末は仁からしても驚きである。

 桜香は敗北から強くなった。

 その桜香が何も出来なかったのである。


「そうね……。まずは、あれかな桜香ちゃんは強いけど波があるの」

「……調子の差があるんですか?」

「ええ、基本的に圧倒的に強いから問題ないし、相手が強いと集中するから問題ないんだけど……。まあ、尻上がりタイプだと考えれば良いかな」


 言われてみれば、仁にも覚えがある。

 健輔との戦いでも桜香が最高の集中力を発揮したのは追い詰められてからだった。

 本当の意味で瀬戸際まで来ると、逆に集中が切れてしまっていた部分もあの試合では見受けられている。


「私も桜香ちゃんが負けた試合は見たけど、け、……対戦相手の子もかなり研究してる感じだった。多分、桜香ちゃんが尻上がりなのもわかってたんだろうね」

「なるほど……」

「後、新しいスタイルを模索するのはいいけど、流石に『皇帝』や『女神』、他にも余計かもしれないけどあの子にも効かないと思うよ」

「……やっぱり、ですか」

 

 桜香が念頭に置いている相手を紗希は的確に指摘してみせる。

 本命が誰なのかまでは指摘しなかったが、紗希から見ても桜香は些か焦りが強い。

 ラストスパート、世界へ向けての最後の調整だからこそ焦っているのはわかるがそんな心理状態では上手くいくものも上手くいかなくなる。

 そこまで考えてると紗希は唐突に笑いがこみ上げてきた。


「ふ、ふふふふ」

「紗希さん?」

「ご、ごめんなさいね。なんていうか、少し嬉しくて」

「嬉しい……?」


 桜香は紗希が何を言いたいのかわからないのだろう。

 答えを求めて、視線を彷徨わせる。

 捨てられた子犬のような視線を向けられて、仁は僅かに頬を赤らめて視線を逸らした。

 そんな後輩たちの右往左往が面白かったのか、紗希はついに肩を震わせて笑い出す。

 紗希が卒業する時はどこか浮世離れした雰囲気だった少女が、今は等身大の人間として雪辱を望んでいる。

 そんな些細な事ががとても嬉しかったのだ。

 急に笑い出してしまい困らせたのは悪いと思ったが、止められないのも仕方ないだろう。

 負けたくない。

 顔にそう書いてある少女の必死の努力をなんとか叶えたくなってしまう。


「ご、ごめんなさいね。お詫びじゃないけど、1つだけアドバイスを贈るわ」

「あっ、いえ、その……」

「新しいバトルスタイルの模索も自分の魔導の追及も思う存分やるのは良い。でも――」

「でも?」


 紗希はそこで言葉を区切る。

 強すぎて、一気に階段を駆け上がり過ぎたからこそ桜香にはわかっていない事があった。

 他の者なら辿ってしかるべき道を今、彼女は歩き始めたばかりなのである。

 かつての自分、紗希も天才と呼ばれる人間だからこそ、覚えがある光景に口元を綻ぶ。

 桜香が見据える先にいる人物には悪いが、男の子として責任を取って貰おう。

 女性を本気にさせたのだから、しっかりと受け止めてほしかった。

 それが出来る子だと彼女は知っている。


「――楽しみなさい。あなたはまだ、魔導が楽しいと思った事がない。何もかも忘れて、体のままに任せるの。その時のあなたがきっと1番強い」

「楽しむ――」


 紗希の言葉をしっかりと飲み込むように桜香は目を閉じる。

 あってしかるべき手順を逆に進んでしまった。

 天から彼女は降りているのだ。

 だからこそ、たどり着くのは原点である。

 紗希の言葉を桜香なりに飲み込む事が出来たのだろう。

 どこか納得したような穏やかな笑みで、

 

「ありがとうございます。――なんだが、しっくりきました」

「ふふ、どういたしまして。頑張ってね」

「はい! 今度こそ、アマテラスが優勝旗を持ち帰ります」

「ええ、応援してるわ」


 先輩と後輩の他愛無い約束。

 そこに至るまでの苦難などを思い、紗希は少しだけ遠い目をする。

 桜香がどこまで行けるのかは、本当にわからない。

 しかし、最高の素質を持つ少女が本当の意味で目覚め始めたのだ。

 敵も、そして味方もその輝きに目を奪われる事だけは間違いないだろう。


「仁くんも桜香ちゃんに負けないように頑張ってね」

「勿論。ええ、今度はロマンも何もないです。全霊で後ろを振り返らずに進みます」


 九条桜香率いるアマテラス。

 『不滅の太陽』は最高の輝きで戦に挑む。

 眩き輝きは敵すらも包み込んでしまうだろう。

 彼女を止められる者がいるのか、それはこの戦いで明かされる事だった。


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